壊れる世界で


 嘘の根拠を含んだデマは異様な信憑性を持つ。ましてや、全国各地で謎の死を遂げる人が現れ、一種のパニックに陥っている時なんかは、たんぽぽの種が広がるように拡散される。




「電車のドアは壊れやすいのでもたれてはいけない」


「蛍光灯は見られると恥ずかしくて不安定になるので見上げてはいけない」


「アクセルとブレーキを間違えてしまうので車に乗る時は裸足で乗る」


「汚い手でベランダの柵を触ると手の菌が柵を壊してしまうので、柵を触る時は手を洗ってから」


 などの馬鹿げた話がネットで広がった。一週間前から騒がれている謎の死のせいだ。一部の人は謎の死のことを「ものが人を殺している」と表現している。


 というのも、ものが本来するはずのない動きをして人が死んでいるのだ。例えば電車が走行中に一箇所のドアだけが開き、男性が外に放り出されたという話や新築の学校の蛍光灯が落ちてきて、男子生徒が下敷きになった話がある。


 そうして、それらの事件が度重なり、すでに二十人近くの謎の死が報道されている。おそらく、報道が追いついていないだけで、もっと多くの人が死亡している。


 風が吹けば恐怖に震える。ネットに上がるこうしたら死なないという話にみんな食いつき、神を信じるようにデマを信じた。毎日報道される謎の死を少しでも忘れるために、信じては無様に死んでいった。


 死に方も、死に関与している"もの"も多種多様なものになり、縋るものが錯乱し始め、自暴自棄になる者や精神が崩壊する者が出てきた。




「命の重さを知るために家族、又は彼氏彼女を殺せば、死ぬことはない」


 この話を見て秀樹は思う。馬鹿馬鹿しいなと。冷静になって考えれば、命の重さなんて、謎の死で実感している。それなのに、どうして大切な人を殺して、謎の死に拍車をかけなければならないのか。


 暫くしてから彼女から会って欲しいと連絡が来た。普通に考えれば行かない方がいい。しかし、秀樹は彼女を疑いたくなかった。すぐに外出の支度をして、彼女の家へ向かう。


 彼女の家へ辿り着き、門前で軽く深呼吸をする。インターホンを鳴らすと、すぐにドアが開いた。中から由紀が顔を出し、中へ入ってと言い、そのまま部屋へ案内する。


 秀樹は言われるがまま部屋へ入った。


「私を殺して……」


 逆のパターンであった。由紀は秀樹のことを本当に好きで好きで仕方がなく、自分を犠牲にしてでも秀樹に生きて欲しいと思っているのだ。


 彼女は包丁の刃を握り締め、柄を秀樹に突きつけた。


「そんなこと……!」


「お願い! あなたが死んだら私、生きていけない」


「それはデマだよ! 信じちゃだめだ! 二人で生きなきゃ意味がない」


 秀樹は血の滲む由紀の手をゆっくり解き、包丁を奪った。そして、それをその辺に投げ落とし、由紀を抱いた。


 投げ落とした包丁は机の角に当たり、有り得ない角度で跳ねる。その刃先には秀樹の脇腹があった。


 刹那、秀樹の呻き声が漏れる。そして、力が抜けて本棚に向かって倒れ込む。秀樹は本棚の角に頭を打ち、絶命した。


 由紀は声にならない声で叫び、泣いた。泣いた。泣いた。この世の終わりかのような絶望に苛まれ、全てを呪った。呪えば呪うほど、由紀の家がボロボロに崩れ始め、涙が枯れた頃を見計らって家は倒壊した。




 ものは「使えない」や「いらない」と思われると、思った人を殺す。広がる禁忌のデマは、より"もの"の殺意を高めるのに貢献した。

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