法度・(第百捌弾)

おはよー

加藤のカメレオンさ、前回あそこまで出来たから今日で仕上がっちまうかもな

一応念の為に昨日加藤に電話入れたんだけどよ

腫れは2~3日で引いてて直ぐにでも続きを彫って欲しくてウズウズしてたってよ

今日の予約を忘れてるどころか待ち遠しかったって云ってたぜ

まぁ、最終的にはキミの判断だけどよ、加藤も今日で仕上げて貰う気ぃ満々で来ると思うぜ

  

良かった、加藤くんがそんな様子ならホントに今日で完成出来そうだよね

じゃ俺も今日で仕上げるツモリで気合い入れて彫るよ

それにしても紗枝、予約の前日にクライアントが予約を忘れてないかだとか施術部の具合だとか様子伺いの電話までして、ホントにマネージャーなんだね

なんか感心したよ

  

あ、そうだな

マネージャーならソコまでしなきゃだよな

昨日の電話はたまたまだよ

サッキーの時は学校で会ってたし敦子ちゃんは一緒に居るから訊くまでもねぇじゃん?

今夏休みで加藤とは学校で会えねぇからホント、念の為に電話してみただけだよ

藤城ちゃんの時なんて、あたし藤城ちゃんの連絡先すら知らなかったし

けど今後はそー云うマネージメントもあたしの仕事だよな

田沢さんの連絡先はあたしも聞いたからさ、細々とした連絡とかはあたしに任せろよ

で、これはマネージャーの仕事じゃねぇんだけどさ、その後どーよ?

菜々美ちゃんとは会って話したりしたのか?

  

うん、ボクシング・ジムに来てくれててさ

いつもみたいに酒巻と菜々美と3人で菜々美が持って来たアスパラ巻きを食べながら話したよ

最初に送別会の時は全然話せなくてゴメンって謝ったんだけどさ

逆に何か聞いてるかって訊かれちゃってね

たぶん俺が菜々美をそっちのけで香織さんと話してたから怒って帰っちゃったんだろうなと思ったから誰にも何も訊けなくて、次に菜々美と会った時に最初に謝ろうと思ってた

だから何も聞いてないよって云ったんだ

その辺りから顔色が曇っちゃってさ

  

あっちゃー

マジだぁ!ゴメン、先にあたしがキミと口裏を合わせておくベキだったな

あたしさぁ、酔っ払ってたからうっかり全部キミに話しちまったって白状しちゃってたんだよな

けど菜々美ちゃんが酔い潰れようがゲロまみれになろうがキミに嫌われたりはしねぇよって云ってさ

あ、そうだ

あの日さ、あたしが帰る前に菜々美ちゃん凄げぇ荒れたらしくてさ

タケシくんもウチに上がって敦子ちゃんと一緒に菜々美ちゃんを宥めてくれてたらしいんだけどな

次の日の朝にさぁ、あたしが菜々美ちゃんにキミが反省してたぜって話し掛けてよぉ

そもそも昨日の送別会はただの送別会じゃなくて詳しいコトは話せねぇけどキミと香織さんとの間に一悶着あって、香織さんが離れて行っちゃう前に少しでも和解してくれたらなって云う思惑もあってって話をしてたらさ

ソレは前の晩にタケシくんと敦子ちゃんから聞いたって云っててさ

むしろソレを聞いたから我慢出来なくて昨日は悪態吐いちゃったって云って

  

ん?どう云うコトだろ

みんなが俺と香織さんとの仲を取り持つ為に集まったみたいな勘違いをしてなければ良いんだけどな

実際、その思惑って酒巻と紗枝の2人だけでしょ?

目的が俺と香織さんの仲直りだけだったなら紗枝だって菜々美を誘うなんて無神経なコトはしないじゃん

けど俺が紗枝を庇って菜々美に嘘を吐いちゃったって云うのはマズかったよね

それは顔色も曇るよね

  

ああ、あたしが悪ぃんだけどな、マズったな

タケシくんも敦子ちゃんもあたしと同じ様に「詳しいコトは話せない」って云ったらしくてな、別に実際に何があったのかが知りてぇワケじゃねぇんだって

キミと菜々美ちゃんが付き合ったりする前の話なのかも知んねぇしってな

けど、みんなが知ってるコトなのに何んで自分だけその詳しい話を聞かせて貰えねぇんだって云う疎外感だな

みんなが口を揃えて「詳しいコトは話せない」って云うってコトは何んか重大な話かも知んねぇし辛い話なのかも知んねぇってコトくれぇ察しが着くって云っててさ

だったら尚更自分もその話を共有して、一緒に悩んだり苦しんだり心配したりしてぇんだってさ

  

それでか、なるほどね

酒巻が横からさ、悪いのは自分なんだとか云って菜々美に謝り出してね

居酒屋に入る前か居酒屋に入った後でもこっそりと話が出来る席だったら菜々美には話しておこうと思ってたんだとか云ってね

席が離れちゃってたけどわざわざ菜々美のトコに行ってでも予めちゃんと菜々美には説明しておくベキだったとか云ってさ

たぶん紗枝と香織さんとの間で賭けでもしてたんだろうって

ソコの経緯は聞いてないけど紗枝も承知で香織さんが俺を口説き出したのは見てたんだって

で、ある日香織さんは俺とホテルに行った写真を見せびらかして俺とヤったと触れ回ったんだってあの時の話を結構詳しく菜々美に話し始めてさ

  

おー、サッキーが菜々美ちゃんの聞きたがってた「詳しい話」をしてあげたんだな

まぁ、香織さんとはそんな遊び半分の賭け事とかってツモリではなかったんだけどな、サッキーから見たら香織さんがあたしに持ち掛けた遊びだったんだろうって想像すんのは解るよな

けど何んでサッキーが菜々美ちゃんに謝るんだよ

居酒屋に入る前に説明出来なかったからか?

  

いや、香織さんは俺とヤったって云って廻ってて、俺は酒巻にはヤってないって云ったじゃん?

酒巻も見せられた写真や話の内容や状況から判断してどっちがホントのコトを云ってるのかは察しが着いてたけど、マブダチの俺にも「ホントはヤったんだろ?」って云わなかったし彼女の香織さんにも「ホントはヤってないんでしょ?」とも云えなかったんだって

曖昧な対応をして話を有耶無耶にして拗らせてるのは自分なんだって云ってさ

俺も紗枝も山口もタケシも、この話を知ってる人間はたぶん全員酒巻に気を遣って菜々美に詳しい話を出来ずに居ると思うから酒巻本人が菜々美に説明しなきゃいけない話だったって云ってさ

香織さんの送別会に来てくれたのにホントに嫌な想いをさせてしまったって云って菜々美に謝ってたんだよ

で、菜々美が何んか納得してちょっとだけスッキリした様な顔をした気がしたからさ

今の話で菜々美は何を納得したんだろ?って思ったんだよね

でね、酒巻は香織さんが引っ越して会わなくなる前に俺の中の香織さんに対する負の印象をちょっとでも消して欲しかったし、香織さんに対してもハナムケに俺との仲直りを贈りたかったんだって

ソレが酒巻なりの俺と香織さんとに対する最後に出来るコトだって思ってたらしくてね

まぁ、余談なんだけど酒巻はいつの間にか菜々美のコトを「ナナちゃん」って呼ぶ様になってて、たぶん俺が居ない時のトレーニングの後とかにだろうけど、結構菜々美に香織さんの話もしてるみたいだね

ソレが惚気話なのか愚痴なのかは知らないけどさ

  

ぶぁは!

サッキーが菜々美ちゃんのコトを「ナナちゃん」なんて呼んでんだぁ!

あの顔で?ウケる、1度サッキーが菜々美ちゃんのコトを「ナナちゃん」って呼んでんのを見てみてぇな

それにしてもサッキー、ナイスなフォローだったな

そりゃ菜々美ちゃんも納得してスッキリするわ

んじゃ、残った問題はキミがあたしを庇って菜々美ちゃんに嘘を吐いちまった件だけだな

  

あ、けどさ

確かに菜々美の顔色が曇っちゃったのは事実なんだけどね、別に紗枝を庇ってのコトだとは限らなくない?

だってさ、自分の失態を知られたかどうかを訊いて来てたワケだからさ

正直に「聞いたよ」なんて云って菜々美に恥ずかしい思いをさせない為に菜々美の為にも「聞いてない」って云うのは普通じゃない?

実際「聞いてない」って答えた理由はどっちもだったと思うしね

悪い嘘ではないよね?

ま、菜々美も怒ったとか疑って来たとかじゃなく顔色を変えたって程度の反応だったからソコまで深くは考えてないのかも知れないしさ

  

だと良いな

菜々美ちゃんさぁ、帰りのタクシーでは気分が悪くて大人しかったらしいんだけどな、ウチに着いてタクシーを降りた途端にあたしにキレてたらしいんだよ

あたしが何んでキミに嫉妬しねぇんだ?って家の前で喚き散らしてたらしくてな

タケシくんと敦子ちゃんとで慌てて菜々美ちゃんを担ぎ込むみてぇにして家ん中に入れてさ

  

ちょっと相関図を見失った

俺の仮の彼女の菜々美が?俺の幼馴染の紗枝のコトを?

たぶん香織さんと絡んでるのを見てってコトだよねぇ?何んで妬かないのかって?

菜々美は紗枝に嫉妬させたいってコト?

  

嫉妬をさせたいってワケじゃねぇんだろうけどな、嫉妬しねぇのが気に喰わねぇみてぇだな

ほら、あたしは菜々美ちゃんのコトをキミの彼女だって云って紹介されても嫉妬するどころか歓迎だったじゃんか?

最初にタケシくんから聞いてた所為もあって、それはキミとあたしとの間には誰も入れねぇって云う自信の現れだと思ってるみてぇなんだよ

で、居酒屋じゃ菜々美ちゃんは事情を知らねぇのもあってキミと香織さんがずっと喋ってんのを見せ付けられて酔い潰れるまで酒でも呑んでなきゃやってらんねぇなって程嫉妬してんのに、あたしと来たら嫉妬してるどころかキミと香織さんを見ながら偲ちゃんや敦子ちゃんと爆笑とかしてたじゃんかぁ?

「紗枝さん、どんだけ自信あんだよ!」って云ってたらしいわ

ま、その部分は詳しいコトは話せねぇけどって話を聞いて納得はしたらしいんだけどな

  

そっか、そんな流れで「じゃあ何んで詳しいコトは話せないんだ?」ってコトになったんだね

じゃ、酒巻の説明はホント、タイミングも内容もバッチリだったんだ

菜々美だけ仲間外れにしてたワケじゃなくってみんな酒巻に気を遣って詳しいコトを話せなかったのまで聞けたんだからね

そう考えるとさ、ホントに何も知らないで参加して俺の隣ではしゃいでた雛沢先輩って、紗枝達から見たら笑えたかもね

  

だからめっちゃ笑ってたじゃんかよ

マジ面白かったぜ!

あ、そー云やさ

誰から聞いたのか知らねぇけど奈緒から連絡があってさ、なんで呼んでくれなかったんだって拗ねてたぜ

次に何んかある時は絶対ぇ誘うからって約束して赦して貰ったけどよ

そー考えたら前回の撮影会に加藤も来てたのに今回の送別会に声掛けてなかったからさ、今日は加藤の前では送別会の話は避けようぜ

まぁ、加藤は拗ねたりはしねぇと思うけどな

  

あ、そうだね

今日辺り加藤くんも酒巻とのタイマンの話をして来るかも知れないしね

送別会の話は出さないでおこう

けど彫ってる最中は加藤くん喋らないし、今日は加藤くんのカメレオンを彫った後に打合せが入ってるから加藤くんとはあまり話せないかもね

けど今日で完成出来たらさ、日を改めて完成祝いに3人でお茶かご飯でも食べに行こうか

  

そうだな、あたしは学校が始まったら加藤とは何時でも話は出来るけどよ、加藤とキミとはタトゥーが終わっちまったらわざわざ会おうと思わなきゃなかなか会えねぇもんな

あたしがセッティングするわソレ

でぇ、打合せぇ、いよいよだな

田沢さんからタトゥーの依頼の電話があったって、当然キミがご指名だったって云ってたよな

田沢さんもお目が高いよな

キミのタトゥーのデザインの価値が解るんだよ

どんなデザインにするのか、まだ降りてきてねぇの?

  

うん、まだ何も思い付かないね

タトゥーを何処に入れるのかだとかどんなデザインが良いのかだとか、今日の打合せで田沢さんの要望とか話を聞かないと何も思い付かないよ

拓巳さんが云ってたみたいにヤクザのお決まりな感じのタトゥーだったら名の有る和彫りの彫り師に頼むだろうし、わざわざ敢えて俺のコトを指名して依頼をして来たってコトはきっとオリジナルなデザインが良いんだろうね

  

そりゃそーだろ!

在り来たりなデザインで良いならキミんトコには来ねぇよ

その辺の安いタトゥー・ショップにでも行ってるぜ

けどさ、キミが店長からヤクザのクライアントとの接客心得みてぇな話ぃ聞いてる時さ、なんか格好良かったぜ

店長はキミにタトゥーやデザインで教える様なコトは何も無ぇとか云ってたけどよ、ガチな師弟関係みてぇで2人とも凄ぇ格好良く見えたぜ

エキスパートのプロから学んで正にこれからプロになろうとしてるって感じでさ

  

アレね、ああ云うのはホント、教えておいて貰わないと地雷踏んじゃうよね

御法度事とか掟とかじゃないから伝授じゃないけどって云ってたけどさ、拓巳さんの失敗談とかも聞けたし凄く勉強になったよ

同じ組の共通知人でもソッチの世界の人の話は避けろとかさ

云われてなかったら俺、話題に困ったら絶対に自分から「藤城さんは元気ですか?」とか田沢さんに訊いちゃったりしてたと思うもんね

誰が昇進しただとか内部事情を話されても興味無い顔で話を反らす様にとかもそうだしね、なんなら偲さんのお父さんの話とかも自分からしちゃってたかも知れないよね

狂臣会の組長の自宅に行ったコトがあるとか、絶対に話したらヤバいよね

  

あたしも慌ててメモとか取ったけどよ

シンヤさんも驚いてたよな、ちょっと羨ましそうな顔してさ

店長が誰かに実体験を話したり何んかを教えてる姿は初めて見たって云ってたよな

あのボディー・アート屋のスタッフ相手でもあんな風に話したりしてんのは見たコトが無ぇって

つくづくキミはホントに店長に見込まれて期待されてんだなって思うぜ、誇らしいぜマジで

  

いやいや、ソレは俺がまだ世間知らずのお仔ちゃまだからだよ

シンヤさんにしても他のスタッフさん達にしてもさ、もう大人で社会に出てから場数も踏んでるだろうしわざわざ拓巳さんが教えなくても既に身に付いてるんだと思うよ

  

ソレにしたってよぉ

ほら、「バカな仔程可愛い」って云うじゃんかよ

店長はキミのコトが可愛いくて仕方無ぇんだと思うぜ

  

ちょ、酷い云われ様だな

ソレを云うなら「出来の悪い仔程可愛い」だよ

まぁ、意味は同じなのかも知れないけどさ

「バカな仔」は酷くない?

  

あはははは!

悪ぃ、「出来の悪い仔」だったな

けどまぁとにかくキミが店長のお気に入りなのは間違い無ぇよ

店長もそー云うの好きじゃねぇみたいだけどさ、云ってみりゃ一番弟子みてぇなモンだよな

  

確かに「弟子」とかってスタイルは嫌がるけどね、可愛がって貰ってるって実感は凄いあるよ

拓巳さんの忠告ね、聞いてて思ったんだけど俺には当てはまらない話も多かったよね

だって拓巳さんの場合はさ、彫巳が彫ったヤクザが軒並みみんな出世しちゃったから派閥抗争とかで敵対してる幹部や組長の情報を聞き出そうとしたヤクザ達の板挟みになって巻き込まれちゃったって感じじゃん?

俺はヤクザ相手の和彫り専門の彫り師になんて成れないだろうし、藤城さんや田沢さんみたいにソッチ関係のクライアントさんは居ても拓巳さんみたいに彫ったヤクザがみんな昇進して重役に成るなんて伝説的なミラクルは起こせっこないもんね

けどヤクザのクライアント相手の対応だとか心得って云うか、気を付けるベキ点とかはホント参考になったよね

同じ組織で盃を交わしてる様な間柄でも腹の中じゃ何を考えてるか判らないって世界だからって、云われなきゃ普通に仲が良いんだろうなくらいにしか思わないもんね

  

たぶんなんだけどな

店長はさぁ、店長と全く同じじゃないにしてもキミが何んかしらそー云うミラクルを起こすって思ってるんだと思うぜ

少なくともあたしはキミが店長みてぇな伝説を作る彫り師に成るって信じてるしな

状況や時代が違っても変わらねぇモンってあると思うんだよな

例えば今回の田沢さんにしたってよ、ヤクザなのに和彫りじゃなくてタトゥーの彫り師のキミんトコに依頼に来たワケじゃん?

そんな感じで流行りとか時代とかが変わったなら変わったなりに店長の話を今の自分に置き換えて考えたら良いんだと思うぜ

店長はさ、キミのタトゥーやそのデザインに惚れ込んでるんだよ

ださらさ、店長がハマっちまったみてぇな余計なイザコザにキミも巻き込まれたりして欲しくねぇんだと思うんだよな

あたしと同じ考えなら、1つでも多くキミの作品が観てぇからさ、キミには絵を描くコトに集中してて欲しいんだよ

その為のアドバイスだったんだと思うぜ

  

紗枝ソレは買い被り過ぎだよ

確かにね、今はクライアントさんの話を聞いてそのクライアントの喜びそうなデザインを考えたりソレを見せて喜んだ顔が見れたり、実際にタトゥーを彫るのもだけど、そのいちいちが全部楽しくてさ

で、タトゥーが仕上がった時の達成感とか満足感とかもクセになってて

もう正にタトゥーをに首っ丈なんだけどね

紗枝が期待してる様な拓巳さんみたいな伝説は俺には無理だよ

  

まぁな、「信じてる」とか「期待してる」とか云っちまったけどよ

キミにプレッシャーを掛けるツモリは無ぇんだよ

今のまんまで良いと思うぜ

デザインを描いたりタトゥーを彫ったりするコト自体を楽しんでくれよ

キミが楽しくタトゥーを彫るコトが1番の秘訣なんだとも思うからな

そー云やさ、敦子ちゃんと話してたんだけどな

キミには名前は無ぇの?源氏名みてぇなさ、彫り師としての名前は名乗らねぇの?

そー云うのって師匠から貰うモンなのか?

店長に頼んで何んか名前貰ったらどうよ

キミは欲しくねぇ?

「彫秀」的なヤツ

  

いやいやいや

そう云うのはガチな和彫りの世界の話なんじゃないの?

俺なんてただのタトゥーの彫り師だよ?

そんな大層なモンじゃないじゃん

「彫秀」なんて重すぎるよ

あ、でもシンヤさんはローマ字で「SHIN」って描いてるね

格式高い和彫りと違ってタトゥーの彫り師の場合はそんな感じなんじゃないかな

シンヤさんくらいのベテランなら「彫慎」とかって名乗っても名前負けしなさそうな気はするけどね

俺はローマ字で「HIDE」なんて柄じゃないしね

英語読みすると「ハイド」?ないない、無いわぁ

しかも英語だと「隠す」って意味になっちゃうし

何んかを秘めて隠し持ってる様な奥ゆかしさなんて俺には無いしね

あのボディー・アート屋でも既に「秀」で通ってるし

まんま「秀」で良いんじゃないかな

  

ソレは漢字で「秀」が良いってコトか?

実はさぁ、改まって話す様な話でも無ぇんだけどな

敦子ちゃんも今までのキミのタトゥーのデザインは全部観て来てんじゃんか?

キミは文字とかを絵に取り込んだデザインも得意だよなぁ?

さっきキミが云ってたシンヤさんの「SHIN」みてぇな感じでさ、自分のサインみてぇなのを描いてみねぇ?

ちょっと前に敦子ちゃんとキミの話ぃしてた時にな、キミのロゴ・マークみてぇな?サインみてぇな?

キミが何んかそんなのを描いたりしたら是非観てみてぇなって話して盛り上がってたんだよ

キミは店長からタダで絵を描いちゃダメだって云われてんじゃんか?

もしもキミが自分のサインとかロゴ・マークみてぇになるモンのデザインを描くなら敦子ちゃんもあたしもソレを観てぇから金ぇ出しても良いよなって話してたのを思い出したんだよ

実際にキミに「金払うから」なんて申し出てもキミは遠慮して「自分の為に描くだけだから」とか云って受け取らねぇだろうなって結論でキミに「描いてみてくれ」って云うのは止めたんだけどな

何んか今、唐突にそんな話ぃしたのを思い出したわ

  

山口とそんな話をしてるんだ

サインみたいの、あったら良いかもね

彫り師は画家とは違うからクライアントさんの身体に彫る作品に直接サインなんて彫れないけどね、シンヤさんみたいにデザイン画とかに描くオキマリのロゴ・マークみたいのは有っても良いのかも

ちょっと考えて描いてみようかな

あ、勿論デザインの依頼を請けたワケじゃないから紗枝や山口からお金を貰うような筋合いの話じゃないよね

格好良く描けたら観て欲しいから自分から見せに行くと思うけど

  

やったぁ!

云ってみるモンだな!

あ、いや、金の話じゃねぇよ?

キミの描いた自分のロゴのデザインが観れるかもって喜んだんだぜ

敦子ちゃんにも観せて良いんだよな?

きっと敦子ちゃんも喜ぶと思うんだ、観てぇって云ってたからな

あ、加藤来たな

  

あ、ホントだ

んじゃ俺等もそろそろボディー・アート屋に行こうか

俺はこのコーヒー、後一口だからコレ飲んだら行けるよ

  

ああ、あたしももう出れるぜ

加藤のバイク、排気音がちょっと被ってねぇか?

キャブレーターの掃除とかして無さそうだもんな

排気ガスも若干白いしな

メイン・ジェットも調整した方が良いかもなアレ

  

ん?今の何語?

てか紗枝は排気音を聞いただけでバイクの調子が判るんだ!

凄いね、流石あのおやっさん直伝のバイク弄りマスターだね

  

あ、ほら、加藤もバイク降りて空吹かししながら首ぃ傾げてんじゃんか

別にあたしが凄ぇんじゃねぇよ

調子悪そうな音ぉしてたから気付いただけの話だよ

ほら、さっさと飲んじゃえよ!

先に行くぞ

   

あ、待って

俺も直ぐに行けるから!

  

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