衝突・(第肆拾弐弾)

で・・・ぃたぁーん

なぁ、でいたんだろ?

こんなトコで何やってんだよ

おい、なんだぁ、どーしたぁ

な、泣いてんのか?隣、座るぞ

  

泣いてはいないよ

  

うわっ!キミ、どうした!?

なんだよその顔!殴られたのか?

オイハギにでも襲われたのか?金とか獲られた?

てか、ケガ大丈夫かよ痛そうだけどよ

  

紗枝こそこんな時間にこんなトコで何してるの?

  

あたしはさ、敦子ちゃんと年越し蕎麦に乗せるかき揚げを買いにコンビニに行って来たんだけどさ、帰りにココを通ったらキミの原チャが公園の入口に停まってんのが見えて

気になったから買って来たかき揚げを敦子ちゃんに持って帰ってもらって、あたしだけ戻って来たんだよ

てか、寒くねぇの?部屋着にジャンパーじゃ寒みぃだろ?

  

ああ、寒いよ

  

この時期、真夜中の公園じゃなくっても裸足にサンダルじゃ寒みぃよ

で、誰にやられたんだよ、知ってるヤツだった?

  

ああ、よく知ってるよ

家で呑んでた親父に絡まれて殴られた

とりあえず目に入ったジャンパーだけ持って家を飛び出したんだけど

寒いからって着替えに戻るのも格好悪いから

  

マジかぁ、お父さんに殴られたのかよ

キミのお父さんヒトを殴ったりしそーもねぇのにな

相当呑んでたのか?

てか、いくら酔ってたにしても理由もなくいきなり殴ったりはしねぇだろ、何があったんだよ

  

学校からさ、俺がヤクザと関係を持ってるかも知れないから親御さんも気を付けて見ててくれって連絡があったらしいんだ

  

あ、藤城ちゃんの件だな?

ウチの高校じゃ校門の前にヤクザや暴走族のお迎えなんて日常茶飯事だけどな

キミの学校はおぼっちゃまお嬢さま学校だからな、藤城ちゃんみてぇのが学校に来ると大問題なのかもな

  

親父は仕事が忙しくてお袋と話してる時間がなくて、昨日だか今日になってお袋からその話を聞いたらしいんだ

で、俺の部屋を漁ったみたいでさ

  

けど、キミの部屋なんてなんにもやべぇモン出て来ねぇだろ

麻薬どころか、キミは酒もタバコもやらねぇからな

  

まずは名刺の話からだったよ

山口の妹の件で貰ってた刑事さんの名刺、捜査4課って書いてあったんだけどさ、「マル暴」って云うの?

親父、それが暴力団対策の課だって知っててさ

それと一緒に藤城さんの名刺じゃん?

もぅね、めんどくさくて説明する気にもなれなくて黙ってたんだ

  

あーね、刑事さんの名刺は済んだ話だからいくらでも説明出来たかも知んねぇけど、セットでヤクザの名刺を見られちゃあ、確かに面倒だな

藤城ちゃんとの関係を話そうにも、タトゥーの話からしなきゃだしな

まぁ、キミはいつかタトゥーの話でお父さんとはぶつからなきゃだろーなとは思ってたけどよ、3年になって進路の話とかでかなと思ってたから、意外と早かったな

  

思春期の息子の部屋なんてエロ本やDVDを隠してるんだろうからって、気を使って部屋には入らないようにしてたらしいんだけどさ、あったのはエロ本じゃなくてタトゥー専門誌だし、そこらかしこにタトゥーのデザインの練習や下描きじゃん?

刺青を入れたいのか!ヤクザにでもなるのか!お前をヤクザにする為に高い学費を稼いでるんじゃない!

・・・ってさ

  

それで殴られたの?

キミは何も云い返さなかったの?

まぁ、キミのお父さんからして見たらヤクザもタトゥーの彫り師も然程違いはねぇのかも知れねーけどな

良い大学に行って良い会社に就職してってぇのが理想だもんな

  

ぃや、殴られたのはもっと後なんだ

親父、「愛」とか抜かしたからさ

会社で嫌な思いをして我慢したり、仕事で自分は悪くもないのに頭下げたりしながら頑張ってるのは家族に良い暮らしをさせたいって云う愛情からだとか云い出してさ

「そんなの後付けのイイワケだろ!」

って云い返しちゃってさ、小中高と詰め込まれるままに勉強して、何も考えずに愚直に良い大学入って、自分を見詰めるコトもせずにベルトコンベアに流される歯車になって、成れの果てが今のただ会社の歯車としてグルグル回されてるだけじゃん!ってね

自分の人生の目的とか、今更になって「家族愛」とか体の良い理由付けて自分を騙してるだけだろ!って

  

ぶぁははは!

キミ、云うねぇ!云ったねぇ!

そりゃ、酔ってなくても無条件で殴られるレベルだわ!

いや、笑っちゃってゴメン、キミのお父さん気の毒にぃ

そりゃ、かなりのダメージだっただろうな

  

うん、殴られて俺もちょっと云い過ぎたかなって反省はしたんだけどさ

その後親父、紗枝のコトを持ち出したんだよ

あんな不良娘と仲良くしてるから不良になるんだ!とか云っちゃってさ

顔中にピアスしてる高校生なんて見たコトないって、刺青だってあの不良娘の影響だろってさ

  

強ち間違いでもねぇよなソレ

まぁ、あたしがそそのかしてるって思われたなら心外だけどな

キミはあたしにそそのかされて動く様なヤツじゃねぇもんな、ちゃんと自分を持ってるしよ

店長からさ、彫り師は最初は自分の身体で練習するとか聞かされた後にお見舞いでタトゥーのガン貰ったら普通自分の身体で試してみたくなるもんな

あん時にキミがインクを入れずに空射ちで練習したってのを聞いてさ、キミは状況とかに流されたりしねぇんだよなって再確認したし、タトゥー入れたくなったら誰に云われるでもなしに入れるんだろって思ったわ

  

インクを入れなかったのはまだタトゥーを彫る度胸がなかっただけだよ

でさ、紗枝のコトをピアスだのタトゥーだのって云ってるからさ、親父は紗枝をガキの頃から知ってるハズなのに今更この期に及んで判断基準が見た目かよ!って云ったんだよ

紗枝の何処を見て来たんだってね

俺が親父の愚痴を漏らしても紗枝は只の1度だって俺に同調して親父のコトを悪く云ったコトがないって

それどころか親父の擁護をしつつ親父に理解を示しながらも上手く俺を宥めてくれてんのに、そんな紗枝を見た目でしか判断出来ないのかよ!親父の目は節穴か?って云ったんだ

  

それはちょっと違うんだなぁ

あたしガキの頃さ、父ちゃんデカいバイクに乗ってたじゃんかぁ?古いポンコツのデカいヤツ

ポンコツだったから父ちゃん騙し騙し修理しながら乗っててな、父ちゃんがバイクをバラしたり組んだりすんのを見てんのが好きだったんだよ

母ちゃんには「ちゃーちゃん危ないから離れて見てなさい」って云われてたんだけどさ、父ちゃん夢中になってくるとあたしにレンチ取ってくれだとかスパナ取ってくれだとか、ちょっとココを押さえててくれとか手伝わせてくれたんだよ

  

それで紗枝は原チャリをバラしたり組んだり出来るんだ!

今更だけど、納得したわ

  

でさ、次の日に学校に行くとよ、爪の周りとか指の指紋とかに洗っても落ちねぇ機械油が黒く残っててさ

クラスのヤツ等がコソコソ話してんのが聞こえんだよ

あたしの手が汚ねぇだとか油臭せぇだとか云ってんのは気にもならなかったんだけどよ、父ちゃんを見たコトあるってヤツがさ、「アイツのお父さん乞食みたいな格好してた」って云ってんのが聞こえてさ

「全部聞こえてんだけど!」って云って睨んだらみんなビビって逃げ出しちまったんだけどさ

確かにきったねぇ作業着で帰って来る父ちゃんの見た目はホームレスみてぇかも知んねぇけどさ、自分の親を他人から悪く云われんのってこんなに腹が立つコトなんだなって思ってさ

そん時に決めたんだよ、他人の親のコトは絶対ぇ悪く云わねぇよーにしようってさ

まぁ、敦子ちゃんの母親は度が過ぎてて我慢出来ずに「ビッチ」以外の呼び方が出来ねぇんだけどさ

なるべく敦子ちゃんの前ではビッチとは云わねぇよーには心掛けてるよ

  

そうだったんだ

それでいつも俺の親父のコトを悪く云わないようにしてたんだね、紗枝らしいよ

けどさ、今度は聖書の話まで持ち出して来て「変な宗教の教典みたいなモンまで買わされて」とか云い出して

紗枝に勧誘されて宗教に洗脳されて思想までおかしくなってるんだろ!ってさ

たぶん、見た目だけで判断してるワケじゃないって反論したかったんだと思うんだよ

とにかく諸悪の根源が紗枝にあるって云いたいみたいでさ

  

あー

その感じだと、ウチが片親だの貧乏だのってコトも云ってただろ?

中学の卒業式の後によ、キミに手巻き寿司に誘われた時にあたし最初に「心象良くねぇだろうから」って断ったの覚えてねぇかなぁ

キミのお母さんはさ、あたしのコトをホントの娘みてぇに可愛がってくれてんだけどな

実はさ、ガキの頃にキミと遊んでるとキミのお父さんはいつも遠くから汚ったねぇモンを見るよーな目ぇしてあたしを見てたんだよ

「ウチの息子に近付くな!触るな!離れろ!」って目ぇしてたんだよな

けど、あー云うお父さんだからさ、キミのお母さんとウチの母ちゃんが仲良しだから空気読んで口先では歓迎する様なコト云っててさ

交換条約の話で盛り上がってた時もよ、これからは「ただいま」って云って入って来なさいとか調子良いコト云ってたけどさ、目はそーは云ってなかったんだよな

  

マジで?紗枝は親父のそんなのを肌で感じてて、良く今まであんな風に親父と接したり俺が愚痴った時に庇ったり出来たね!

  

キミも云ってたじゃん?評価は受け手側の問題だってさ

タトゥーもピアスも貧乏も片親も全部事実じゃん?事実じゃねーコトで誤解されてんだったら誤解を解きてぇって思うかも知んねぇけどさ、たぶん思わねーけど

そのあたしを見て不良って思うヤツには不良って思わしときゃいいし、そんなあたしのコトでも認めてくれるヤツが居りゃありがてぇなって思うし

云い方悪りぃかも知んねぇけどさ、あたしのコトを不良って思ってるクセに口先で歓迎する様なコトしか云えねーんなら、突け込んで「御言葉に甘えさせていただきます」って図々しくさせていただくまでよ

それが逆に楽しかったりもするしな、仕返しってツモリはねぇんだけどさ、ソレって因果応報だろ?

  

うん、自業自得だよ

紗枝って案外、黒いんだな

ぁ、いや、良い意味でだよ!今聞いててちょっとスッキリした

聖書の話になったらさ、黙ってた母ちゃんがいきなりキレだしてさ

俺が産まれる時に、マタニティー・ブルーとか育児ノイローゼから支えてくれたのは親父じゃなくて紗枝のお袋さんだったとか口を挟んで来てさ

同じ時期にお袋さんも紗枝がお腹の中に居て同じ境遇だったハズなのにウチのお袋を気に掛けてくれてちょくちょく電話してくれたり話を聞いてくれたりして支えになってくれたって

そんな大変な時期に仕事に明け暮れてた親父に紗枝のお袋さんが信じているモノをとやかく愚弄する資格はないってさ

  

あいやー!

その時お母さんはどーしてたのか訊こうとは思ってたんだけど、居たんだ

ウチの母ちゃんの為にキレてくれたんだ

けど、ソレってもう修羅場だな

とんだ大晦日になっちまったな

  

親父、なんて云ったと思う?

「オマエはどっちの味方なんだ!」ってさ

そもそもお袋の育て方が悪いからこんな息子になったんだって怒鳴ったんだよ

だから俺は親父に、お袋は育ててくれてるだけ親父よりマシじゃないか、なんにもして来なかった親父にお袋を責める資格はないって云ってやったんだ

「オマエがコイツの味方なんかするからつけあがって来たじゃないか!」って云いながらお袋の方に向き直ったから

今度はお袋が殴られると思って咄嗟に矛先をこっちに向けようと思って「敵とか味方とか、小学生かよ!言葉で勝てないと息子を殴って父親の威厳を棄てて、今度は母ちゃんを殴って人間の尊厳まで棄てるのか?」って

云い終える前に2発目の顔面パンチを喰らって

親父になんて云ってやったら1番効果的か暫く考えてて

  

いやいや、そんだけ云っちゃったら充分もうダメージ喰らってるでしょ、お父さん

息子にソコまで云われたら立ち直れねぇよ

ま、ホントのコトだから云われても仕方ねぇなとは思うけどな

そこで殴り返そうって思わねぇのがキミの良いトコだと思うぜ、理性的って云うのかなぁ

で?なんて云い返したんだよ

  

「親父、何ビビってるんだよ、1発目の拳には愛情の欠片も感じなかったけど、今の2発目のからは恐怖心しか伝わってこなかったぞ!安心しなよ、今更もう親父は失うモノなんて何もないから」って云った

親父もお袋も暫く固まってたよ

で、虫の鳴く様な声で「オマエは誰の家に住んでるんだ?誰の金で学校行ってるんだ?生意気云うのは自分で生計を立ててからにしろ」って呟いたから

「後で鏡を見てみろ、親父、今めっちゃダセぇよ!」って云ってジャンパー鷲掴みして出て来て、今ココ

  

聞いててあたしも今固まったよ!

まったく、キミと口喧嘩はしたくねぇモンだなって思ったわぁ

まぁ、ぶっちゃけ敦子ちゃんの総身彫りで学費は払えそうだけどな

あともう1人クライアントが付くかコンペティションで稼ぐなりすりゃアパート借りて立派に生計立ちそうなモンだけど、あたしは勧めねぇし、あたしに勧められてもキミは賢いからそんなコトしねぇだろうけどな

あたしに云わせりゃ、もうどぉ転がったってキミの勝ち戦だよ

お父さんに頭下げて残りの学費を出して貰うくれぇにはキミがオトナだって云うのも知ってるしな

  

あのさ、さっきから云おうかどうか迷ってたんだけどね、紗枝ってお化けとか幽霊の類いって信じる?

いゃ怖がらずに聞いて欲しいんだけどね、さっきあっちの木の陰に隠れてこっち見てる女の人がいたんだけどね

まだ振り向かないでね、その女の人、ちょっとずつ近付いてきてるんだよ

で、今紗枝の斜め後ろの木の陰まで来てるんだけど、紗枝にも見えるかなぁ

ゆっくり、それとなく、ちょっとだけチラ見してみてくれる?

  

なんだよ、お化けなんて居るワケねーだろ!

あたしは全然怖くなんてねーし!

あたしの斜め後ろの木の陰だな?ちょっと振り向くぞ

なんにも見えなかったら逆に怒るからな、覚悟しとけ!

・・・

あのよぉ、怖がらずに聞いて欲しいんだけどよぉ

居たよ、見えたよ、マジで怖がらずに聞けよ、アレはだなぁ

キミのコトを迎えに来たキミのお母さんだよ!ビビらせんなっちゅうの!

  

マジか!?

ぁ、マジでお袋だわ

なんでココが判ったんだろ?

  

あたしの経験から云えばだけどな、母親ってヤツぁそんな勘が働くモンみたいだぜ

あと、コレもあたしの経験から云えるコトだけどよ、今から原チャを押しながらお母さんと一緒に歩いて帰るであろうキミには貴重なアドバイスだから良く聞いとけ

そのジャンパーさ、袖に足ぃ通して履くとめっちゃ温けぇよ

んじゃ、あたしはお母さんには気付かなかったコトにしてこのまま原チャまで歩いて行ってそのまま帰るからよ、キミはお母さんが話し掛けてくるまでもう暫く座って待ってろよ、ジャンパー履きながらな

んじゃ、良いお年をお迎え下さいなっと

  

履かないよ、めっちゃダセぇの知ってるし!

あぁ、きっと年越し蕎麦、伸びちゃってるねゴメン

紗枝も、色々とありがとう

気を付けて帰ってね、良いお年を

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