第30話

「だれ?」


彼らの姿を見たリアちゃんの第一声がコレである。

すっとぼけたという感じではない。

文字通りの意味で彼らが分からない、初対面である反応だ。

それを聞いて凄く傷ついた顔をするユーリ君。

他二人は納得の表情。

ふむ。

もしやユーリ君が一方的に友達だと思っていただけ?

だとすればなんと悲しいことか。


「お、俺だよ俺っ!ユーリだよっ!」

「…?」

「ほら、たまにパンの差し入れに行ったろっ!?」

「…ああ、なるほど」


パンの差し入れでリアちゃんは思い出したようだ。

ユーリ君がパン屋の息子だということを。

ちなみに畑仕事一辺倒な僕がユーリ君の名前を薄らと覚えていたのも彼がこの辺境で唯一のパン屋さんだからだ。

元々はパン屋はいくつか存在していたのだが、ユーリ君のパン屋の味があまりにも良いということで他のパン屋は自然と淘汰されていったらしい。


「思い出してくれたか!?」

「…うん。時々カビの生えたパンを差し入れにくる嫌がらせをしてきた男の子だよね?」

「はぁ!?い、嫌がらせじゃねぇしっ!!カビの生えたパンくらいしか出せなかったからでっ!!」


え?

マジ?

カビの生えたパンをわざわざ渡しに来たって、僕も嫌がらせだと思う。

どうせならちゃんとした焼き立てを差し入れにしなよ。

彼の取り巻き二人も引いていた。


「しょ、しょうがねぇだろっ!?

差し入れするなって、関わるなって親父に言われてたから…廃棄するはずの売れ残りのパンを渡してただけで…」


何かしてやりたくても親がリアちゃんの両親を恐れてユーリ君に関わるなと言ったのだろう。

だからこそこっそりと子供ながらに差し入れしたのかな。

気持ちは分からないでもないが、ちょっとありがた迷惑感が強い。

食料難なこの世界だが、流石にカビが生えた食物は食べないようにと言われている。

むしろカビに対しては前世以上に過敏に気にする人が多いくらいだ。

この世界では魔力というエネルギーが大気中に含まれているのでカビもそれに適応、進化した結果、前世よりカビの毒素が強かったりアレルギー症状が出やすいらしく、子供のような小さな生き物が誤って身体に取り込むと普通に死ぬくらいに毒素が強い。大人の場合は酷いアレルギー症状で1週間は寝込むことになるらしい。

一応、カビの生えた周辺を削り取り、排除すれば食べれないこともないが取り損ねた時のリスクが高すぎるので基本的に食べずに廃棄するのが常だ。

それこそ餓死するくらいなら食べるかどうか、というくらいには忌避感を持たれている。

ユーリ君は子供ゆえ、まだそのあたりの教育が甘いことを踏まえたとしてもそんな物を差し入れにするなんて、ちょっとどうかなと思ってしまう。

しかも彼は食品を提供するパン屋の息子だ。

ちょっと衛生観念の教育が甘過ぎるように思う。


「私はゴミ箱じゃない」

「わ、分かってるよ!!それより、カビた部分以外は美味かったろ!?」

「…食べるわけがない。捨てた」

「はぁっ!?なんでっ!?」

「なんで?なんでと問われることになんでと問いたい。あんな物、死ぬか死なないかの瀬戸際じゃないと食べない」

「死ぬと思ってんのかよ!?ビビリだなあ、俺はいつも小腹が空いたらカビた部分を取って食べてるけど、なんともないぜ!親父が気にしすぎなんだよ!!」


勇敢だろ?

みたいな顔してるところ悪いけど、君、いつか死んじゃうよ?

悪い意味で怖いもの知らず過ぎる。

カビは、目に見える部分はあくまで胞子を飛ばすための部分。

生々しい言い方をすれば生殖器のようなもので、本体はそれに繋がる根っこのような部分だ。

だから目に見える部分だけではなく、根っこの部分もきっちり取り除く必要があるがパッと見で分からないことも多々ある。

地球の場合、周囲3センチくらいまでを取り除けば安全とは言うがまだ胞子を飛ばす部分が発達しきってない場所などもあるかも知れないことを考えると、避けるのが無難。

それを理解できていないようだ。

この無謀キッズは。


「…それで、なんのよう?」

「だからあ、遊びに誘いに来たんだよっ!」


だからと言ってもそれを聞いたのは僕でリアちゃんは初耳だ。



「いや。帰って」



とだけ答えてリアちゃんは家の中に引っ込もうとする。

去り際に僕に今日も頑張ってね、と小声で応援をしながら。

まあ、リアちゃんの友達でなかったことは残念だが、ちょっとやんちゃ過ぎるようなので友達でなくて良かったとも思う。

リアちゃんにやんちゃが移りかねん。


「ちょっ、まてよっ!」


ユーリ君がリアちゃんを掴もうと手を出すが、リアちゃんはその手を叩き落として一言。


「どうせ遊ぶならエルル君と遊ぶ。あなたと遊ぶ時間なんてない」


結構な力でひっ叩いたのだろう。

彼の腕は赤くなってユーリ君は涙目だ。


「それと、触らないで」


それだけ言ってリアちゃんは母の手伝いに戻るべく家の中へ消えていった。

後に残ったのは今にも泣きそうなユーリ君と、気まずそうなユーリ君の友達2人。

僕も気まずい。

なんと声を掛けたものか。

いっそのこと僕も畑に行ってしまおうか。

いや、それよりもパン屋のおじさんにユーリ君がカビたパンを食べている事を教えておかねばなるまい。

放置するには些か良心が痛む。

まあ、毎度のことながら魔王を生み出している僕が何を言ってるんだと思わないでもないが。


「ぐずぐず」


あ、泣き出してしまった。

まあしょうがないよね。まだ10歳児。

まだまだ泣き易い年齢だ。

僕が滅多に泣かなくなったのはいつくらいからだったかなぁと前世の頃を振り返っていると、ゼルエルちゃんも僕の部屋から出てきた。

何、ボサッとしてんのよ、今日も害虫駆除の日でしょ、私だけに働かせる気?と睨んでくる。

すいません、今行きます。


最近は特にだが、ゼルエルちゃんが毎日害虫を捕食しているうちにどんどん上手くなってきたみたいだ。

最初は害虫の付いた葉っぱごと刈り取るわけにも行かずにもたつくことも多々あったのだが今ではすっかり達人レベル。

剣を一閃するようにカマキリ特有のカマ状の前足を振るった瞬間、振るった範囲内の害虫が全てカマで捕らえられているという神業。

正直、害虫駆除という点では完全に僕を超えていた。思わず敬語を使ってしまうくらいには。

かっこいい上に美しくも禍々しくて、達人芸も持ってるゼルエルちゃんがますます好きになってきた今日この頃。

泣いているユーリ君はその余裕がなかったみたいだが、そのお供の2人はありえないほどに大きなカマキリを見て、目を輝かせていたが無視しておく。

とりあえず彼らは無視して畑仕事に行こう。

放置してれば勝手に帰るだろう。


「け、決闘だっ!!」


ん?

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