第23話 木曽山中

 熊太郎の母親、座間遥はまだ二十四歳の女盛りであった。主に琉球空手の達人で、ぺこり十二神将の一人だったこともある。遥は巨大なくまの怪物であるぺこりのことが好きだった。いつも「大将、大将」と言ってぺこりの周りをうろちょろしていた。ぺこりの心境はわからないが、悪からず思っていたはずだ。しかし、人間とくまの怪物が恋愛に発展するはずがなかった。

 そこへ、北陸宮というやんごとなき人の隠し子が見つかり、ぺこりは北陸宮を旗印に立てて、まっとうな政治で日本を我がものにしようと考えた。北陸宮は当初、ほぼ白痴の状態だったが、十二神将や各部門の長官たちの指導でメキメキと文武両道の男になり、ぺこりを喜ばせた。「次は嫁とりだ」ぺこりが周りを見渡す。水沢舞子は渡せない。中途半端な女中やメイドでは釣り合いが取れない。他家から嫁を取るとなると、需要機密が漏れる恐れがある。そこで、目をつけたのが遥だった。はじめ、遥は強硬に固辞した。そのあまりの嫌がりぶりに、ぺこりが怒って、例の秘密の一夜が起きてしまう。その後、遥は北陸宮との婚姻を承諾。美男美女のカップルとして、国民の人気となる。ここまではぺこりの思い通りだった。


 しかし、遥が懐妊すると様相が変わる。医師によれば三つ子だという。そのうちの一子の大きさが他の二子の三倍もあるという。残りの二人の胎児や遥の生命の危険さえ出てきた。しかし、その大きな一子はたった八ヶ月で生まれてきた。身体中が毛だらけで、北陸宮は「赤子とはこんなに毛深いのか?」と周りに尋ねられたという。北陸宮が真実を悟って、あえてとぼけたのか、本心だったのかはわからない。その二ヶ月後、のちの播磨宮と讃岐宮が生まれたが、こちらは普通の赤ちゃんだった。この時、初めて北陸宮はぺこりと遥の不義に気がつき、ぺこりへの裏切りを決意した。


 立場がかなり悪くなった遥は北陸宮に離縁を申し出たがもともとは優しい気性である北陸宮はそれを許さず、自領である木曽に熊太郎を連れて隠遁せよと命じた。生活費等の心配はするなとも言ったという。北陸宮は不思議な人である。なので熊太郎は本当は「〇〇宮熊太郎」なのだが、そんな苗字の人間が木曽の山奥に住んでいたらおかしく思われるだろうというので座間の苗字にした。しかし、成長するにつれ思いっきり、くまになってしまったので、木曽の実家を出て、山の奥の方に住むことにした。住民に見つかったら大ごとだからだ。優しさを北陸宮から継いだ熊太郎は、肉食をせず、木の実などを食べていた。山の小動物たちが熊太郎になついて、エサを持ってきてくれるようになったので、空腹で困るということはなかった。決して、ウサギが焚き火に飛び込まぬよう、火は炊かなかった。

 そんな時、空から緑の珠が降ってきたのである。


 時を現在に戻そう。

「おっかあ!」

 熊太郎が呼ぶと、

「おお、熊太郎。いかがしました?」

 と遥が家から出てきた。

「実は……」

 と熊太郎が事情を話すと、

「あたいは絶対に大将の元には帰りませんよ。あたいは、あくまでも北陸宮さまの妻ですから。あの二人が和解したならともかく、お互いに無視し合っている状況でしょう? そんな面倒なところに行くより、ここで畑仕事をして、鷲の木彫りを作って売るほうが気が楽です。熊太郎、あんたは自分の好きにしなさい。大将が嫡男にしてくれたのでしょう。それなら宮さまに頼んで、戸籍を変えてもらいましょう。ああ、大将は物干団という戸籍を持っているからね」

 と遥は悲しげに話した。

「そおかあ、おっかあがそういう気持ちならば、オラは無理強いしないよ。でも、ぺこりさまは、おっかあに会いたがっていたけどなあ」

「なら、大将がここにきて土下座をすればいい。あたいは強引に宮さまと婚姻させられたことをいまだって納得してなんかいない。宮さまは優しい方だったけれど、どこか、心に空洞のある方よ。辛い生まれをされ、幽閉されて育ったんだから仕方ないけどね」

「ふーん。そうなのかあ。オラはぺこりさまと北陸宮さまの二人の息子なんだな」

「さあね、生物学的なことはわからない。でも、一度決めたなら大将の後継者になるくらい一生懸命に働きな」

「あいよ。じゃあ、戻るわ」

「達者でな」

 熊太郎はちょっと悲しい気分で飛んで行った。


「そうか……来ないか。おいらに謝れか……」

 熊太郎の復命を聞いて、ぺこりはガックリしたようだった。

「いまは、大事が起こりそうだから動けないが、最終回くらいに、木曽へ行くかなあ」

 ぺこりは独り言をした。おいおい、ネタバレしちゃダメだよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る