第17話 対面
「とんで〜とんで〜とんで〜とんで〜とんで〜、まわっちまったら〜落っこちちゃうべえええ〜♪」
義照は度肝を抜かれた。熊太郎はとんでもない風圧の中、鼻歌を歌いながら飛んでいる。まるでスーパーマンかウルトラマンだ。だが、熊太郎にそれを話すと、
「ふうあつってなに? おいしい?」
と逆質問で聞いて来た。おつむの方はたいしたことが無いようだ。単に陽気なくまの怪物とみた。
しばらく行くと、早くも天熊寺の本堂が見えて来た。一時間もかかっていない。
「熊太郎どの、ここだ。この境内に降りてくれ」
「あいよっ!」
熊太郎が急速降下した。流石の義照も恐怖を感じる、天然の絶叫マシーンだ。
「ほら、ドーンと到着」
熊太郎が二足で地上に降り立つと、広い境内を一人で掃除していた、頭の剃り跡も初々しく青い新参らしき坊主が熊太郎の着地時の揺れでひっくり返った。
「ああ、すまんこっちゃ」
熊太郎が坊主を助け起こそうとすると、
「うわあ、でっかいくまが喋ってる。お師匠さま〜」
と叫んで逃げて行った。
「ああ、しもうた。おらの姿はくまに見えちゃうんだった。でも、おらは、れっきとした人間なんだぞ」
熊太郎は呟いた。
「えっ、熊太郎どのは人間なのですか?」
義照がびっくりして尋ねると、
「そうだ。おらの父上は北陸宮さまという天皇さまのお血筋。母上は琉球空手の最高峰を極めた、座間遥だ」
義照は考えた。この熊太郎の両親の名前を聞いたことがある。しかし、記憶違いでなければ、北陸宮はぺこり追討の命をやんごとなきお方から密かに受け、ぺこりを裏切った一派の頭領ではなかったか? 当時、政府はこの件を隠そうとしたが、大東京新聞の有名女性記者がスクープし、当時の簾官房長官に問いただそうとして、黒服の男たちに無理やり退場させられた。大東京新聞は、この一件で簾官房長官を告訴して、いまも審議中なはずだ。まあ、政府がこの裁判で敗けるはずはないが、その簾が次の総理大臣になるという。おかしな世の中だ。滅亡してもいいのかなとも思う。しかし無辜の人々を殺戮するという珠姫や、そのうしろに控える宇宙連邦に汲みするのも、良心が痛む。熊太郎はこのことをどう思っているのだろう。聞いてみようと思ったが、やめた。きっと能天気な言葉が帰ってくるだけだろう。
熊太郎にびっくりして逃げ出した、新米の坊主、法名を綱島と言う。綱島と聞いてピンと来た方は拙作『悪の権化』をご覧いただいた奇特な方だ。お礼申し上げる。そう、綱島は元警視庁捜査一課の巡査で、いまは警察庁に移り、公安の広域テロ犯罪捜査課に所属している。無能で知られる彼が、なんでそんな重大な職務に就き、なぜ剃髪して天熊寺の坊主をしているのかは、そのうちにわかるであろう。
義照と熊太郎は秘密の五重塔に入った。すでに、義照には『ぺこぱ』という自動出入カードが発行されているので、大門を開けることなく、脇の勝手口から五重塔に入ることができる。
「すごいなあ。寺もデカイが、この五重塔は細部の仕掛けが素晴らしい。宮大工が作ったんだろうな」
熊太郎が芸術に堪能であるという意外な一面を見せる。そこに舞子が現れた。
「はて、舞子さま、映画の撮影で海外とお聞きしましたが」
義照が尋ねると、
「ああ、あれね。主役が大麻で捕まっちゃっておじゃんになったの。ところで、そちらの大きい方は?」
「座間熊太郎と申します」
舞子の顔色がほんのり変わった。
「母君のお名前は?」
「遥ですわ。そんなに珍しい名前じゃないでしょ?」
「そうね……あなたたち、ぺこりさんに会うのよね? ぺこりさんはいま、会議中だから、あたしの庵で、お茶とおやつを召し上がれ。熊太郎さんは、いっぱい食べるでしょ? 焼き芋なんか好きかしら?」
「大好きだ。籠いっぱい食べられるよ」
「ふふふ、さあいらっしゃい」
舞子は庵に誘った。
当然のことながら、十二神将会議に参加中のぺこりは全てのことをディスプレイで見ていた。
「遥の息子か……しかし、どう見ても北陸宮の残りの子とは全く別物だ」
北陸宮と遥には三つ子がいる。しかし、遥は熊太郎だけを連れて失踪中である。残りの二人は北陸宮にそっくりで、可愛らしいと世間で評判である。
悪童がしれっと言った。
「ありゃあ、どう見ても、大将の子だよ」
「しかし、熊の怪物と人間が交わったとしても子はできぬはず」
十二神将の一人、萬寿観音が口を開いた。
「ぺこりさまの母君は後尾をすることなく、ぺこりさまをお産みになったと伺っております。そのことを考えれば、交わりなしでのお子の誕生もあるのでは」
皆が頷く。するとぺこりが、
「実は、恥を晒すようだが、おいらと遥は一度だけ交わっておる。それは、遥が北陸宮に嫁ぐ条件だったからだ」
「遥さんは大将が好きだったのです」
天井から、蛇腹蛇腹の声がする。
「蛇腹、聞き耳立てるな!」
ぺこりが怒る。
当時、やんごとなき人の隠し子、北陸宮の存在を知ったぺこりは、自分の組織の旗印として北陸宮を利用しようとして、密かに王室から、もらい受けた。ほぼ、その時は白痴状態だった北陸宮をぺこりの組織が総力を上げて教育し、北陸宮は優秀な人材になったのだが……
「それでは、ますます」
同じく十二神将、日輪光輪が口を開く。
「そうみたいだな。絶対にくまと人間の間には子どもなどできぬと思っていたのに。遥が失踪したのもおいらのせいか」
「ですな」
ネロが呟く。
「悪いが、おいらは会議を抜ける。ネロが中心となって北岳の謎を解け」
「はい」
ぺこりは自室に戻った。熊太郎に会うためである。
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