第13話 義照、珠を得る
天熊寺の境内の一角にある、五重塔のゴミ集積場で『悪の権化』科学技術庁の職員が、壁に空いた穴を調べている。長官の仲木戸はダストシュートの壁面を顔中煤だらけで調査中だ。仲木戸の耳につけられたイヤーフォーンにぺこりの声が聞こえてくる。
「なあ、結局のところ『上手の手から水がこぼれた』ってことだろ? あれは、スーパーボールではなかったでいいんじゃないの。ムキになって調べても仕方ないよ。工作部呼んで穴を埋めな」
仲木戸は抵抗した。
「いいえ、あれはまごうことなき、スーパーボール。科学的データもそれを証明しています。ダストシュートの素材はステンレス。ゴムと接触し、摩擦を起こしても、普通は発火しません。そこが納得できるまで、調査させてください」
「ああそうなの。じゃあ好きにしな」
ぺこりはイヤーフォーンを外した。面前には足利義照が正座している。
「銘抜刀に厳しくやられたらしいな?」
ぺこりが渋い顔をした。
「推薦状までいただきながら、この不始末。申し訳ございません」
義照は平伏した。
「愚か者め、謝ることじゃない。銘抜刀は半年、剣を置けと言ったのだろう。ならば、置いてみるがいい。剣術一本で生きてきた、きみには辛いだろうが世の中には善悪様々なことがある。それを見聞せよと銘抜刀は言っているのだと思うよ。剣術バカより、広い視野を持つ人間になれと言うことだ」
「はっ、ごもっともでございます。ただ、わたくしにはどこから手を付けていいのか全くわかりません」
「まだ若いのに、融通が利かぬな。じゃあ、教えてやろう。半年間、マスクをつけて街を六時間散歩しろ。で、風呂に入って飯をたらふく食べてニュースを観て寝ちまえ。日曜日は休んでよいよ。『笑点』でも見なさい」
「そんな簡単なことでいいのですか?」
「うぬ、寺山修司は言った。『書を捨てずに、街へ出て売れ』とな。だからって、おいらの本は売っちゃダメだよ。文庫本を集めるのがおいらの唯一の楽しみなんだから。くだらぬ読書も少しは勉強になるぞ」
「かしこまりました」
義照は退出しようとした。そこへ、
「ああ、ちょっと待った」
とぺこりが義照を引き止める。
「なんでしょう?」
義照が効くと、
「この寺や、学園付近には不審者を見張る、忍者がたくさんいる。もし、見咎められたら、この『ぺこりくんバッチ』を見せよ。関係者だと知れて、通行が自由になるよ」
「はあ、忍者ですか……ありがたく頂戴します」
頭を下げ、義照は本当に、退出した。
義照は先日会った、「理事長先生」とか「純沙先生」と呼ばれていた女性に会いたくなった。彼女の正体は誰なんだろう? 関心があった。その感情が、ほのかな恋心だと、義照は気づいていなかった。しかし、野生の部分が彼女を求めているのだ。
まずは水沢舞子に聴いてみようと思った。廊下を歩く女中を呼び止め、舞子の居場所を尋ねる。
「舞子さまなら、札幌に行かれました」
なんでも、映画の撮影らしい。本当に大女優なんだなと義照は思った。他に知り合いもいないので直接、学園に行ってしまおうと思い。五重塔を離れ、寺の境内をスタスタ歩き、学園に来た。そうしたら、「純沙先生」が女だてらに梯子に上って、電球の取り替えをしていた。義照は、
「危ないですよ、わたくしが代わりましょう」
と声をかけた。「純沙先生」は義照を一瞥し、
「お前の方が危ない」
と冷たい声で言った。
「なんのこれしき!」
義照が憤慨すると、
「梯子のことではない。二分後になにかが飛んでくる」
そう言って「純沙先生」は梯子を抱えて校舎に帰って行った。
「二分後……忍者の手裏剣か?」
義照が身構えたその時、北の空から、真っ赤に燃えた火球が物凄いスピードで飛んできた。義照は完全ロックオンされている。
「うぬうー、熱い!」
義照は痛みと熱さに耐えて火球を捕らえた。そして掌を開けてみる。
「な、なんだこれは?」
火球は急速に冷え、緑色の珠になった……
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