第9話 手練手管

「さあ、どうぞ。お入りなさい」

 と舞子が襖を開けようとした時、義照が、

「あっ、しばしお待ちを」

 と言って、襖に手を掛けた舞子の手を軽く押さえた。

「ふふふ、怖気付いたの?」

 舞子がからかうと、

「いえ、ちと第三の目を使いまして……」

「第三の目?」

「まあ、ともかくお待ちを……ご主人は巨大な岩のような方ですか?」

「まあ、そうね」

「でも、呼吸をしている。だが、人間の大きさではない……例えば、くまとか……」

「あら見事ね。じゃあ、もう一人いるから当ててみて」

「はい……これは見間違うことなき、一匹狼。身体中に傷があります。戦士でしょう。普通なら、ご主人と気が合うとは思えませんが、どうも親しくしているようです」

「ぷぷぷ、当たりすぎてて、笑いが止まらないわ。あなた、超能力者でしょ? 剣術より、そっちに人生を賭けたら儲かるかもよ」

 舞子は、笑いが止まらなかった。すると、

「いつまで、いちゃついてるんだ、早く客人をお通ししろ!」

 ぺこりの怒鳴り声がした。

「はい、ごめんなさい」

 舞子は言ってふすまを開けた。


「ご無礼いたします……」

 義照が部屋に入って、すぐに、

「わあ、すごい文庫本の量だ!」

 と驚いた。

「うーむ、普通そっちから驚くかなあ?」

 ぺこりが頭を搔く。

「義照さんは超能力があるみたいで、襖の外から、ぺこりさんやネロさんが見えたのよ。すごいでしょう」

 舞子が興奮して喋る。

「ほう、それは、いままでにない能力を持ったキャラだな」

 ぺこりが口を開く。

「ご主人、これは超能力ではありません。敵の気を察する、武芸の基本です」

「なるほどね。ところで主人などと堅苦しい言い方はよしてくれよ。おいらはよろしくま・ぺこり。ぺこりと呼んでくれ。この通り、おいらはエゾヒグマの怪獣だよ。そして国家公安委員会からテロ集団に指定されている『悪の権化』の首領だ。だけど、人を無闇に殺したり、戦争をするのは大嫌いだ。だから、普段は部下たちにボランティアとかエッセンシャルワーカーをさせている。これも、訓練の一つさ。なんて、喋りすぎたな。そういえば、義照くんは銘抜刀に会いに来たらしいな?」

「はい。我が師匠、伊東菓子ノ助(いとう・かしのすけ)に『もう、お前に教えることはない。これ以上の高みを望むなら、神の如き天才、銘抜刀に指示するがよい。ただし、銘抜刀は狂気の剣だ。そちらに引き込まれぬよう留意しろ』と言われ、悩みましたが銘抜刀先生の下に入門を決意しました。わたくしは最強の剣士になりたいのです」

「狂気の剣か。言い得て妙だな。だが、なぜここに銘抜刀がいるとわかった? あの老人は人殺しだから、我が組織で保護して、表には出さぬようにしているのだが」

 ぺこりが首を捻った。

「はい。インターネットで調べましたら、夕日新聞電子版の過去の記事に、天熊寺総合学園、剣道部特別顧問として写真付きで載っていました」

「ガクッ。腰が抜けたわ。あのジイさん、酒にでも釣られて呑気に写真を撮らせたのだろう。警察に気づかれなくてよかったわ。我が組織はまだまだ危機管理が甘い。よく見ろ、ネロ。義照君は木刀を持って入室しているぞ。ボディチェックが大海人皇子だ」

「申し訳ございません」

 ネロが謝る。

「その方を叱らないでください。わたくしは小学生の頃からこの木刀一本で鍛錬して来ました。今や、我が体の一部です。見逃されるのも当然かと」

 義照がネロを庇った。

「うん! 義照くん、おいらはきみを気に入った。銘抜刀に推薦状を書いてやろう。右筆、まいれ」

 ぺこりは爪を伸ばしているから筆も持てないし、キーボードも打てない。だから右筆が必要なのである。早速、控えていた女流書道家、紫雲が入ってくる。とんでもない美人だ。ぺこりはなうての美人好きである。くまなのにねえ。

「ところで義照くん、きみは学生かい?」

「はい、慶法義塾大学の法学部なのですが、このコロナ禍でアルバイトができず、学費が払えないので、中退しようかと思っています」

「そうか。ならば、ウチの大学部に来ないかい? 学費無料。寮は個室でWi-Fi使い放題。男女交際自由。それに銘抜刀の剣術を一日中習って、勉学が遅れても、理事長に言って下駄をはかしてあげるよ」

 ぺこりは相当に義照を気に入ったようだ。

「ありがたいお言葉ですが、そこまで甘えてしまうと……」

 義照が辞退しようとすると、

「いいんだ、いいんだ! 才能のあるものは人に支えられればもっと伸びる! おいらに任せておけ。舞子、銘抜刀のところに義照くんを連れてってやれ」

「はい」

 舞子が言う。

「若くして日本を代表する大女優に案内されるなんて羨ましいぞ! 義照くん」

 ぺこりが茶化すと、

「えっ、ああそうなのですか? だから、わたくしがどこかでお会いしたと思ってしまったのですね。失礼しました」

 義照が謝る。

「そんなこと、どうでもいいのよ。さあ、行きましょう」

 二人は部屋を出て行った。


「ふふふ」

 ぺこりは上機嫌だ。

「どうなされました?」

 ネロが尋ねると、

「おいらの後継者たりうる者が懐に飛び込んできたよ」

 と言って、またにやけた。

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