第5話 夜明けの夢

「……というリアルな夢を夜明けに見ながら目が覚めたの。なにかの暗示かしら?」

 水沢舞子が言った。あの、二十四歳にして日本を代表する大女優、水沢舞子である。そして、水沢舞子は『サザエさん方式』により永遠に二十四歳のままなのである。

「舞子よ、それはなんの暗示でもないと思うよ。まずは姫さまが十二の珠を身籠る。これは『新約聖書』を読むまでもなく、処女受胎のことだね。十二の火球が遠く彼方に飛んでいって消えたのは、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』のパクリだ。舞子は読んだことがあるのじゃないか? まあ、あっちは珠が八つだけどね。それに、日本史上、篠原幕府と言う政権も白氏、その他、きみが話した人物は誰一人として実在していないよ。ただ義輝は足利幕府の十四代将軍、足利義輝にそっくりだ。大河ドラマの『麒麟がくる』で向井理を観ていたのではないかい? それに珠姫と義輝は接点がないのでしょ? 転生して恋に落ちることもあるまい。しょせん夢は夢だよ。気に病むことはないね。それより、お茶でも立てておくれよ」

 ここまで、長々と蘊蓄をひけらかしていたのは人間ではない。国家公安委員会のテロ集団リストに、オウムやアレフ、日本共産党と一緒に掲載されている『悪の権化』首領、よろしくま・ぺこり、エゾヒグマの怪獣、体長五百センチメートル、体重三百キログラム。鋭い牙に爪、森のくまさんがぺこりに出会ったら、すぐに逃げ出す迫力である。

 しかし、その容貌に対して、ぺこりは極めて温厚な怪物である。普段は信仰している不動明王を御本尊とする天熊寺の境内にある、ひじょうに奥まっているため参拝客が入ってこない場所に五重塔を造営し、その最上階に自室を作り、日がな一日、文庫本を読んだり、惰眠をむさぼり、なんちゃって精進料理をいただく。甘いものが大好きで、特に和菓子と生クリーム系がお気に入りだ。

『悪の権化』がテロ集団に認定されているのは、かつて警察庁、警視庁庁舎同時爆発テロ、東京都内全鉄道爆破テロ、大阪府怪獣ロボット襲撃事件を起こしたためだが、これらの事件での死者はたったの二人。長年にわたり公金の不正を働いていた警察庁長官と警視総監を殺害しただけである。


 それ以降、自らはゴロゴロして、総大将代理である狐狼将軍ことネロに全てを任せている。それでも部下がついてくるのはぺこりの優しさと気遣い、そして、癇癪玉が爆発したときの恐怖に畏敬の念を持っているためだ。一度、怒りの炎に火がついたぺこりは悪魔に転じる。愛馬、ペガサスの青兎馬に騎乗し、不動明王から下賜された倶利伽羅の剣を振り回し、気がつくと、自分の周りに、生命あるものはなく、血の海だけが広がる。

 と本人は言っているのだが、そんな戦いを誰も知らないので「誇大表現?」と疑うものもいる。まあ、それはそれとして……


「やっぱり気になるなあ」

 舞子が言う。それに対してぺこりは、

「きみがそこまで気に病むと言うことはなにかあるのかもしれないね。でも、それが過去のこととは限らないとは思わないかい?」

「未来ということ?」

「いや、いまか、もしくは近い時期になにか因縁じみたことが起こる可能性は十分ある」

「じゃあ、あたしが珠姫さまね!」

「それはないでしょ。珠姫は十六だとか言っていただろ? いくら若くてもなあ、舞子も二十四か」

「ぺこりさん、あたし女優よ。歳なんて関係ない」

「間抜けなことを言うなよ。演技と現実は別物!」

「ふん、じゃあ抹茶はいらないのね。ぺこりさんの嫌いな八つ橋でもお食べなさい!」

 舞子はプイッと出て行った。


「ふふふ、舞子の夢ねえ……そういえば、あの兄妹の出自などいままで考えたこともなかった。うーん。誰か、ネロを呼んでくれ」

 そう言いながら、ぺこりは二十年前のことを思い出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る