第3話 夢の御所

 篠原幕府の政庁を庶民たちは『夢の御所』と呼ぶ。ちなみに幕張にある将軍の御息所は通称『夢と魔法の庭園』だが、実情はネズミの親玉が支配していると言われている【要出典】。一説によると、ここ二十年、将軍の行幸がないため、庭師や宮大工などの“伽巣徒(きゃすと)”と呼ばれるものたちのモチベーションが著しく低下しているため廃墟と化したとも言われる。


 夢の御所とて同じことである。いまの幕府に潤沢な金はない。それは篠原幕府の初代将軍・白讃岐守饂飩(しろの・さぬきのかみ・うどん)が戦上手の政治力皆無の男で、将軍就任時にライバルの青・黒・朱家に幕府と同様の所領を分配してしまったからだ。白家はもともと内紛が多く、饂飩に有効な進言をすることのできる有能なものがいなかったのが没落の原因と言われている。しかし、饂飩にも勝算がなかったわけではない。饂飩の本拠地は讃岐。讃岐うどんの讃岐だ。饂飩は領民に讃岐うどんの生産を奨励して、大量の讃岐うどんを作らせ、これを全国販売して莫大な利益を得ていた。領地の不足をうどん販売で補おうとしたのだ。しかし、世の中そうそう甘くない。ある時から、讃岐とはまるで関係のない、丸亀晴明(まるがめ・せいめい)という男が、讃岐うどんより安価な『丸亀うどん』という、うどんの店舗を全国に広げ、商売をはじめたのだ。讃岐うどんより丸亀うどんの方が売り上げを伸ばすのは当然だ。讃岐うどんは讃岐で打ったうどんを全国に送り、店で湯がいていたが、『丸亀うどん』は店で打ち立てのうどんを提供していた。庶民にとって讃岐だろうが丸亀だろうが、安くて美味ければ関係ない。さらに讃岐国に丸亀という地名があるのも庶民の誤解を招いた。

 白饂飩はこの状況に激怒し、重臣の花丸大吉を丸亀晴明の元に送り、詰問させたが、晴明は「丸亀はわたくしの名字でございますし、讃岐うどんとは一言も店頭に張り出していません。製法も違います。花丸さま、どうぞ製造工程をご覧ください」と言い、大吉を『うどん鍛錬場』というところに連れて行って、隠すことなく鍛錬場を見せた。

「素晴らしい」

 大吉は感嘆し、特に罪状を問うこともなく御所に戻った。そして、帰参すると、なにも言わず、幕府の職を辞し、『花丸うどん』という、うどん店を全国展開した。丸亀商法のパクリである。

 白饂飩はますます激怒したが、足軽を雇う金さえなくなり、丸亀や花丸を討つことができない。政事は元々苦手なので、管領で一門の太川俊之(ふとかわ・としゆき)に丸投げし、自身は趣味の庭造りを始めてしまった。師匠は僧・米利(こめり)という庭造りの名人である。

 こんな状況なのにも関わらず、十四代のいままで白氏政権が続いたのは、初代皇帝が白氏を日本大将軍にしたという威厳。本来、敵である青・黒・朱氏が倒幕に動かなかったため、他の武将たちが反乱を起こしにくかったのである。

 しかし今回、身内から反逆者が現れ、さらにそれを討伐に行ったはずの寵臣、一文字蔵人が翻心したという知らせが届き、現将軍義輝は落胆すると同時に、激怒した。

「一文字ごとき、余が自ら成敗する!」

 と大口を叩き、重臣連に必死に止められた。

 義輝は後の世に“剣豪将軍”と呼ばれるほど、剣術にすぐれていた。しかし、総大将に剣術は不要である。必要なのは威厳だけだ。だが、残念ながら若き将軍にはそれが足りなかった。だから、重臣たちに止められたのだ。だが……

「わたくしがお供をいたします。大樹(将軍のこと)、ともに白智城を取り返し、一文字と白智秀光の首級を晒しましょうぞ!」

 重臣たちの後方から大声がした。その主は、現管領・太川勝元(ふとかわ・かつもと)の家宰で最近相伴衆に上がったばかりの日吉長慶(ひよし・ちょうけい)であった。早速、重臣が長慶を叱責する。

「相伴衆とはいえ、陪臣が出過ぎた口を聞くでない!」

 しかし、

「長慶、余の前に来よ」

 義輝が言った。

「ははっ」

 長慶がにじり寄る。

「もっと側に」

 義輝が優しく言う。

「ははあ、恐れ多きことで」

 長慶は義輝の前に着座した。

「お主に我が節刀を与える。重臣らと協力して、余は一文字らの討伐に参る。異を唱えるものは、この場で余が斬り捨てる。よいな!」

 義輝の気迫に重臣たちもやむをえず承諾をした。


 この時から夢の御所は血の御所と変貌していく。

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