第22話 夏休み 3

「浅見さん。これお願い」


 茉莉香に文書が渡された。

 茉莉香は、今、編集部“Jeuneジューヌ ventヴァン”で翻訳のアルバイトをしている。


 以前、由里の家で出版の手伝いをしたことがあるが、実際に編集室で働くのは初めてだった。

 女性ファッション誌の編集者のせいだろうか、身なりも立ち振る舞いも洗練されている。


 カメラマンやライターのスケジュール調整、ショップから衣類や小物の調達、印刷所とのやり取り、レイアウトのディレクション、ゲラのチェック……。

 それぞれが電話を架け、キーボードをたたき続ける。

 慌ただしいながらも皆が、自分の仕事に集中していた。

 

 茉莉香は、デスクを与えられ、メールや文書を翻訳する仕事をしている。

 コツコツと集中できるこの仕事を、茉莉香は好きになった。

 何よりも勉強したことが生かせることが嬉しい。

 

「どう? 浅見さん。騒がしくない? 集中できる?」


 茉莉香は編集長に声をかけられた。


「はい。活気があって、とても楽しいです」

 

 茉莉香が明るく返事をすると、編集長はにっこりと笑った。


「そう言ってくれると、嬉しいわ。浅見さん仕事が丁寧で、正確だから助かるもの」


 編集長は機嫌がいいようだ。


「ところで、浅見さんの彼って、今、パリに留学しているの?」


「はい。国立建築大学に留学中です」


「いいなぁ。私も留学に憧れていたのよ」


「今は夏休み?」


「はい。フランスの西南部に旅行中です」


「私も行きたいわー! でも、忙しくて。浅見さんも、学生のうちにいろいろ旅行しておいた方がいいわよ。ねぇ。彼に会いに行けばいいじゃない」


「あ、あの……その、いろいろあって……」


 茉莉香は笑ってごまかす。両親に反対されて、会いに行けないとは言いづらい。


 茉莉香にとって刺激的な一週間は、あっという間に終わり、最終日には、編集長からねぎらいの言葉を受けた。


「浅見さん。ご苦労様です。本当に助かったわ。もし、何かあったら、お声掛けするけど、いいかしら?」


「はい! よろしくお願いします!」

 

 茉莉香の返事に、編集長はうれしそうにうなずいた。




 家に戻ると、夏樹がまた、新しい画像を送ってきた。茉莉香が誕生日プレゼントに送ったリュックサックを背負っている。


「よかった。間に合ったんだわ」


 夏樹は、西南部の街を巡って旅をしている。

 日焼けした顔が、日本にいる時よりもずっと、いきいきとしているようだ。


「本当に、じっとしていないんだから……」


 感心すると同時に呆れずにはいられない。



 明日から、les quatre saisonsでのバイトが始まる。そのあとは、学校の新学期。



 

 ……それから…それから……

 

 考えているうちに茉莉香は眠りに就いた。








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 ┏┌ Jeune《ジューヌ》 ventヴァン

 ┏┌ 『若い風』 という意味です。☆

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