第12話 婚約者と星祭りに行きました

 その日ケヴィン様を早めに叩き起こすと


「ちょっとー…お祭りは夕方からでしょ?寝かせてよぉ」

 と言うが私は


「早めに行って村で昼食をお取りしましょう。村長さんが用意してくださるそうですわ。それにお祭りの衣装も着せてくれるらしいので。サイズが合わないといけませんので」

 と言うと死んだ目になるケヴィン様。


「めんどくさ、わざわざ着替えるなんて」


「屋台もあるらしいですわ!並ぶのでしょう?私お祭りが楽しみですわ!」


「ああ、私達貴族は庶民の祭りなんかあんまり行く機会ないものね…祭りね…日本じゃいろいろなものが売っていて夜空に花火が上がったものだけどね…」


「ハナビ…」

 死んだ目になりケヴィン様は


「まぁ、もう見れないけどね…」

 と言う。


「もう、早く支度なさってください!そう言えば星姫って言う、村で一番可愛い子が特別な衣装を着て踊るみたいですよ」


「へー…」


「昼間村の男達が剣で戦いまして勝ち残った人はその星姫様から祝福のキスがもらえるようです」


「へー…」


「なんか勝手にケヴィン様も参加されるようになってるみたいですよ」


「へー…あ?ああ?何よそれ!!?」


「村長さんが申し込んだようです。侯爵様の勇姿をと…祭りの余興でしょうね」


「ゲッ!何で勝手に申し込むわけぇ?星姫のキスも興味ないし適当に負けていいでしょ?」


「いいですよ?余興ですし、村の男達も今日の為にめちゃくちゃ鍛えていらっしゃいますし、ケヴィン様は適当に負けるくらいでいいんです。お貴族様は弱いと思われて当然ですから」


「そう言われるとなんかムカっとするけど…適当に負けるわ…ガチムチと戦うのも嫌だしね」

 と私達は支度をして軽い朝食を取って村へと向かう。


 *

 村では夕方から始まる祭りの為に屋台を準備していたり、沢山の出店があった。木製のアクセサリーや木彫りの可愛いお人形などもあって普段こういうところに来れない私は興奮する。

 楽しいわ!!


 ケヴィン様は死んだ目で村の隅っこでガチムチの男達が練習試合みたいなのをしてるのを横目で見て


「うわっ…汗臭そう…絶対近寄りたくない!」

 とボヤいていた。

 村長の家を訪ねるとそこに星祭りの巫女衣装を着た美しい娘さんがいて、ケヴィン様を見て驚き頰を赤くした。絶対惚れましたわね。


「私この村の村長の娘のスーザン・ビアノフと申しますわ!!よろしくお願いします!!」


「よろしく…私はケヴィン・トール・ファインハルス侯爵家令息です…こちらは婚約者のエルメントルート・ロッテ・ヘルトル公爵令嬢です」

 と言うと私を見て顔を青くさせる。たぶん身分を知り驚いたのだろう。そんな目立つ顔じゃないですし私。


 村長さんと巫女衣装のスーザンさんと昼食を取り、この後のお祭りの剣試合のことを聞かされ、スーザンさんはケヴィン様を見て


「優勝なされば私がキス致しますわ!星祭りの巫女からキスをもらった方はとても幸せな一年になりますのよ!!」

 と念押すようにケヴィン様に勝ってくださいと告げている。


 それにやはり死んだ目になるケヴィン様。


「一年限定の幸せなんかいらない…」

 とか小さい声で聞こえましたよ。


 そして私の衣装合わせも始まり、何とかあまり直さずに済んだのは私の胸が小さいからですわね…。


 着替えて部屋から出るとケヴィン様が待っていて彼は息を呑んだ。


「似合ってるよ!!エル!!その衣装とてもいいね!」

 私の衣装は星姫ほどではないが青い布に白い地のエプロンに独特の模様の刺繍がされていて少し神秘的とも言えるものだった。髪の毛にも服に合わせた飾りが付き、星の飾りも付いている。


「ケヴィン様はこれからですね…」


「勝っても仕方ないから適当に負けてくるよ」

 と言うと聞いていたスーザンさんは


「まぁ!勝負の世界に手を抜くなど!!失礼ながら村の男の方のプライドも傷付きますわ!!どうか!どうか!全力でお願いしますわ!!」

 ともはやケヴィン様とキスしたくてしょうがないスーザンさんが目を血走らせていた。


「……………」

 ケヴィン様は無言で死んだ目で会場に向かい、一回戦で思い切りわざとガチムチにぶん投げられて負けた。ちょっと擦りむいていた。

 スーザンさんはショックで固まり優勝した村の男とキスする羽目になった。


 私は薬箱を持ち手当てをしてケヴィン様と屋台を回る。夕方になり灯も付いて音楽が鳴りダンスをしたりする人も出てきた。そして美味しい匂いも!!


 ケヴィン様を引っ張り回して


「あの食べ物はなんですの!!」

 とたくさん食べ歩きをしてはしゃいだ。


「あっ!見てよエル!!あれ!!」


「えっ!?なんです?」


「豚が…一頭丸焼き…」


「え?ううん?これは特に普通なんじゃありません??」

 ただ豚が串刺しにされて丸焼きになりあぶられているだけなのにケヴィン様は


「うわあああ…ちょっ…グロ…豚ちゃんんんあああ」

 と呻いた。

 うーん、前世ではこういうのはあまり見たことがなかったみたいですわね。


 そして切り分けられたものを貰ってケヴィン様に渡す。死んだ目をしていたけどいい匂いがするので思い切ってパクリと食べたらケヴィン様は涙を浮かべ


「豚ちゃんに感謝を…」

 と言っていた。

 賑やかな音楽や笑い声の中男にドンと押されて私はよろけて倒れてしまい水溜りに衣装を濡らした。


「あーあ!なんてこと!マナーがなってないわね」

 と助け起こされて気付いた。


「あ…お財布がありません…」


「なんですって?」

 ケヴィン様は振り返り


「ちょっと待ってなさい!!」

 と男を追いかけて行ってしまった!!

 えええ!?こんな所に私を置いてかないでください!!心なしか通りかかる村娘に汚れた衣装を見られて笑われてる気がするので私は恥ずかしくなりそっと水場に行って服の泥を落とすことにした。


 ああ、私は何をしているのかしら?

 ここに来るまでにたくさんの恋人達を見た気がする。星祭りですものね。今日は友達として楽しもうと言い出したのは私ですのに。財布は取られるわ。衣装は汚されるわ。ケヴィン様はいなくなるわ…。


 とそこで


「おい、こんなところで1人女がいるぞ!」


「ほんとだ…」

 それは昼間剣大会で優勝出来なかったガチムチの男達だった。


「優勝は出来ないし女にもモテないし…お姉ちゃん慰めてくれよう」

 と笑いながら近寄ってくる。まずい!ここはあまり人がいない!


 逃げなきゃと走るが靴が脱げて転ける。

 男達にあっという間に追いつかれて


「俺からな!」

 と言われてガチムチが私の腕を掴む。


「ひっ!!」

 恐怖で震えると


「何だお前?」

 ともう1人の男が言って私を掴んでる男も振り返るとそこにケヴィン様が怖い顔で私の財布を持ち立っていた。


「おお、何だ…昼間剣大会で一回戦であっさり負けた弱っちいお貴族様だ!!」


「なんだよ?あんたも混ざりたいのか?順番だぜ?」

 と下品な笑い声を出すとケヴィン様は無言で死んだ目を濁らせて男達に近づいて1人の襟元を掴んで男があっと思った瞬間にはくるりと襟元を返してブワリと男を背負って地面に投げ飛ばした!


【背負投げ!】


 そして私に近寄っている男に駆け寄り男の服の袖を脇に挟んで軸足をしっかり踏み込み男を腰で背負いケヴィン様はクルリと回転しながら男を勢いよく地面に叩きつけた!!


【外巻き込み】


「ぐあっ!そ、そんな…弱い貴族じゃ…」

 痛がる男達を他所にケヴィン様は私を連れてその場から離れ、2人になると怒った。


「待っててと言ったのに勝手にいなくなるんじゃないわよ!!目を離すとすぐ変なのがやってくるんだからね!」


「はい…すみません…」


「まぁどうせ服を洗いに行くと思って洗い場に来て良かった!私が来なかったらエル危なかったわ」


「おっしゃる通りです」


「はいこれ!財布!」


「取り戻してくれたのですか??」


「当たり前でしょ!取ったやつ捕まえてぶん投げてやったわよ!」


「ふっ…」

 また不覚にも泣いてしまいました…。


「はあ、もう…」

 とケヴィン様は指を伸ばして溢れた涙を拭き、


「見てほら…綺麗ね」

 と星空を見た。

 一面の星空が広がりチカチカと輝いていた。

 ケヴィン様と私の手がソッと当たりケヴィン様は小指だけで私の小指を握ったので私も返しました。


 その後馬車に乗り帰る途中もケヴィン様はぐちぐちと


「エルは男に警戒が足りない!」

 とか


「女は弱みを見せちゃダメ!」

 とか散々怒られたりアドバイスされたりして戻りました。


「でも…お祭り楽しかったです。後半は少し怖かったですけど…また行きたいですわ」

 と言うと


「そうね…また行きましょう…エルとなら楽しそうだわ」

 と微笑みドキリとした。


「じゃあもう早く寝ましょう、お休み!」

 とソファーにさっさと潜り込んでしまわれましたので私は仕方なくベッドに入り寝入りました。今日はとても楽しかったです。


 *


 深夜…ベッドですやすや眠っている女の子を見る。私の婚約者だ。

 時間はまだ0時を過ぎていなかった。

 この世界の人は暗くなるとすぐに寝てしまう。ここの人達にとって22時が深夜なんじゃないかしら?


 まだ星祭りの夜ってことよね…祭りは終わったかもしれないけど…有効なのかしら?

 まぁそんなの適当なジンクスだろうけどね。


 なら無視したら?私は何をしようとしてるの??でも無性に眠る彼女が愛しいと心は告げる。私は変態なのかしら?


 私は…心は女のはず?でも何故か男として彼女を欲している自分が同時に存在していた。

 私は眠る彼女に近づき必死でダメと思ったけど…0時に迫る時計の針を見て眠る彼女にソッと口付けた。


(これで…私と彼女は永遠に結ばれるんだ)

 と男の自分が囁いた。


 それに耳を塞ぎソッとベッドを離れて私は静かに荷物を持ち部屋を出た。自分は男なのか女なのか。苦しくて仕方がない。エルのことは好き。もう間違いない。そしてそれが私を苦しめるのだった。

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