第9章 狂気と告白の絶望に
9.1
そいつは魔王城で待ち構えていた。俺達は四人で隊列を組み、襲い来る敵をかわし、魔王城の門を開くと、その先に魔王がいる。まるでいつかプレイしたゲームのようだと場違いにも思う。ただゲームと違うのは、これから待っているのはクリアした爽快感などではなく、激しい苦痛を伴った試練だということだ。
俺達が姿を見せた時もヴォルナードは顔色一つ変えなかった。カウンターの上で足を投げ出していた魔王は、ただ傲然と冷たい視線を浴びせかけただけだった。
「人間かァ……もう死んじまったのかと心配してたんだぜェ。どうやら思ったよりはしぶといみたいじゃねェか」
そこに広がるホールが自分のために用意されているのだと信じて疑わないとばかりに、そいつは悠然と足を運んで来る。たったそれだけで逃げ出したくなるような威圧感だ。後ろに三人がついていてくれなかったらそうしていただろう。
「残念だが歓迎会の準備はしてねェぞ。よくここまで辿り着いたと言いたいがよォ。敵がわんさかいただろ? どうやったんだ? まさか全部倒して来たわけじゃあねェだろ」
「簡単なことだ。襲って来た奴ら全員に言ってやったのさ。『ヴォルナードは自らの手で俺を始末することにした。獲物を奪ったらどうなるかわかるだろうな』ってな。そうしたらみんな快く道を譲ってくれたよ。どうやらお前の試練に挑んだのは烏合の衆だったみたいだな」
本当のところ、それでもなお凶器を振るう者はいた。しかしその手の輩はマリナが対処してくれていた。俺達はそのはったりを使ってヴォルナードの居場所を聞き出し、その元にまで辿り着いたのだ。
ヴォルナードは俺の言葉に眉を少しだけ上げた。
「カッ! 人間が思いつきそうな卑怯で姑息な手だ。それでどうするんだ、俺がそんな戯言を暴けば今にでもお前の首を狙って大群が押し寄せるぞォ? まさか降伏だなんてクソつまらねェ真似しに来たんじゃねぇだろうなァ……!!」
奴が踏みしめている絨毯が燻って黒い煙を立て始める。だが、俺も引かなかった。後ろにいる三人の呼吸を背に感じながら、声を突きつけた。
「俺はお前に決闘を挑みに来た」
ヴォルナードは今度こそ目に見えて表情を崩した。
「カッッ! ハ、カハハハハハハッ!! 決闘! お前がかァ!? まさかそう来るとは思わなかったぜ! 人間が! この俺に!! 決闘を挑むとはなァ!! 舐められたモンじゃねェかァッ!?」
一瞬の内に視界が床で埋まっていた。鈍い痛みが顔面に広がる。俺の頭は爪を喰い込まされたまま無理やり上を向けられる。だが、俺は怯む事無くヴォルナードの目を睨みつけた。
「もちろん、受けてくれるんだよな……まさか獄魔王が人間ごときからの決闘から逃げるわけにはいかないもんな……!!」
「ほぅ……そういう手で来るのかァ。獄魔王にわざわざ喧嘩を売るとはなァ! カハハハハッ!! おもしれェ、乗ってやろうじゃねェか」
自由になった頭を振って、視界が揺らめくのを落ち着かせる。もう一度立ち上がろうとする目の前に一本の杭が打たれた。その濃褐色の杭は地面を突いた先端が刀のように尖り、頭には松の実の笠らしき形になっている。
「だが、人間ごときに直々に俺の時間をやるのは性に合わねェ。……そいつが燃え尽きるまでだ。その間遊んでやる。それ以外のルールはテメェらの方で決めろォ。ハンデを付けても構わねェ。たかが人間一人を一瞬で消し炭にしても楽しくはねェからなァ!!」
俺は内心一息つく。これで交渉の手間が省けた。この博打の一番重要な点がそこなのだ。ここでうまくやらなければ勝ち目はなくなる。俺は慎重に切り出した。
「なら勝負は明日だ。日暮れから……それが燃え尽きるまでだ。決闘のルールは俺を殺したらお前の勝ち、生き残ったら俺の勝ちだ」
「この俺から逃げきれる自信があると?」
「やってみるさ」
無論、本当に魔王から逃げ切る自信などない。人間にはそんなことは土台不可能だ。だが、生き残るというのなら話は別だ。俺は指輪がある限り死ぬ事は無い。つまりこのルールでさえあれば最悪でも俺に敗北の条件はない。
ヴォルナードは唇を捲り上げた。威嚇するように歯を剥き出す。
「臭ェなァ……キナ臭ェ。たかが人間がそれっぽっちのハンデで魔王に挑むのかァ? ただの馬鹿なのか……それとも策があるのかァ……」
その乱雑な歯で、今にも鼻を喰い千切られそうな気がした。だが引くことはできない。
「まぁいい。馬鹿ってことにしといてやる。どうせなら魔女でも付けろォ。そうでもしねェと俺が楽しめねェ。……それで、決闘には何を賭けるつもりだ?」
「俺が勝ったら今試練を受けている奴らを全員引き上げさせろ。これ以上町を荒らすな」
「テメェは何を賭けるんだ、って聞いてんだ。人間」
「俺は命をかけている。それで十分だろ」
「アァ?」
奴は顔を近づけ俺の目を覗き込んだ。その時、ほんの一瞬だけ眼光に堪えきれずに逸らしてしまった。すぐにその失敗を気付いたがもう遅かった。ヴォルナードの視線が鋭くなる。付け入る隙を見つけられてしまった。
「甘えるんじゃねェぞォ、人間。テメェが死ぬのは大前提なんだ。こんな決闘受けなくても放っておけばテメェの首は転がり込んで来るんだからなァ!!」
言い返せずに黙り込んでしまう。だがこれこそ悪手の極みだった。これでは賭ける物が何もないと証明しているようなものだ。だが、これ以上俺に賭けられる物はなかった。元よりこの世界では命一つしか持っていないのだ。
万事休すか、そう思われた。しかし――――。
「私を、賭けましょう」
声は後ろから聞こえて来た。彼女は一歩前に出て、俺とヴォルナードの間に立ち塞がる。それは俺にとっても予想外の行動だった。
「魔女である私を賭けましょう。戦う以上私も賭けなければいけません。人間に勝った報酬としてなら破格のはずです」
「マリナ! 駄目だ!!」
しかし彼女は一歩も動かなかった。ヴォルナードはほんの一瞬、虚をつかれたような表情を浮かべた。しかしすぐに心底面白い物を見たとばかりに笑い出した。
「カハハハハハハッ!! いいだろう魔女を賭けろォ。決闘は明日、残された時間で遺言でも考えておけェ!!」
何も言えない俺を置いて魔王は高笑いを響かせながら立ち去って行った。
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