第二話 辺境に出会いを求めるのは、大いに間違っている?#2

 まぁ、予想通りというか、なんというか、ギガント・うり坊は簡単には見つからない。

 もう既に『癒しの園』を二時間ほどもうろついているものの、その姿はおろか痕跡さえ見つかっていなかった。

 足跡らしき物はいくつか発見しているものの、それが巨大化したうり坊の物なのか、成獣の物なのか区別はつかなかった。

「ふぅむ」

 腕を組んでため息をつく。

 最初から覚悟していたとはいえ、こうもアテがないのも……。

 幼いとはいえ元は野生動物だから警戒心はそれなりにあるだろうし、比較的安全な平原とはいえ他の魔獣もいるワケだから用心深く行動するのも仕方ないし。

 そのわりには例の薬草にはウキウキで近づいてた気がするけれど、まぁ、そういう気分の時もあるということで。多分、きっと。

 一番なのは前回の遭遇地点まで行って痕跡を探すことなんだけど、なにしろ見た目の変化に乏しい平原だけあって、ここだ! と自信をもって特定できない。

 前回の遭遇も薬草を求めて適当にうろついた結果だし。ここにクリスさんがいればお互いの記憶を合わせてもう少し詳しく思い出すことができたかもしれないけれど、彼女は例のウェイトレス仕事が忙しくてこの場所にはいないし。

 もしかしたらわたしの魔力感知や空間把握のスキルを駆使すれば見つけられるかもしれないけど、手持ちの結晶や魔力限界を考えると長時間連続使用することはできない。

「……エリザさんの言葉を疑うわけではありませんが」

 若干疲れたようなレティシアさんの言葉。

「やっぱり幼獣の魔獣っていうのは、なにかの見間違いだったのでは?」

 当たり前だけどレティシアさんはギガント・うり坊の存在については懐疑的。その気持ちはよくわかる。

「普通のうり坊と見間違ったにしては、やっぱり変なんですよね」

 わたしだって普通のうり坊を見間違えた可能性を考えなかったワケじゃない。

 でもあのうり坊はあきらかに大きすぎたし、魔力に引き寄せられる習性なんて魔獣でしかありえない。

 いやでも。あの可愛さから見れば、魔獣じゃなくて聖獣だって可能性も……? いえ、聖獣ってなんなのと言われたら困るのだけども。

「なに、まだ探し始めたばかりだぞ。そう急いで結論を出す必要もあるまい」

 カラカラと笑いながら言うアイカさん。

「草を毟らずに済むなら、いくらでも付き合うぞ!」

 うん。アイカさんが絶対に薬草集めをしたくないという気持ちだけはよくわかりました。

 今となってはアイカさんに回ってくるような仕事じゃないので、もう安心してください!

「それに、その魔獣化したうり坊とやらも大いに興味を引かれるしな! 巨大なボアというのは想像するのも容易だが、うり坊が巨大化するというのは……」

 そこまで言ってからアイカさんが腕を組んで小首をかしげる。

「まぁ、新しい発見というものは忍耐の先にあるのが世の常ですから。根気よく探してみることにしましょう」

 メガネの弦をクイッと上げるレティシアさん。

「あれ? そういえば今日はメガネを掛けているんですね?」

 もう一体化しているんじゃないというレベルで似合っているというか、違和感ってモノをまるで感じなかったので自然にスルーしてしまっていた。

「あぁ。確かに珍しいかもしれませんね。実はこれ、マジックアイテムの一種です」

 レティシアさんが眼鏡の位置を調整しながら続ける。

「探しものをする時とか調べ物をする時に使うと、まぁ、色々見えて便利な物でして」

 『色々』の部分に妙に力が入っていたような気がするけれど、とりあえずそれはスルーして。

「もし魔獣化した幼獣を見つけることができれば通説をひっくり返す一大事ですし、私も色々調べてみたいですからね。どんな些細な情報でも逃すわけには!」

 なんだかどんどん語尾が強くなってる気がするんですけど。

 えーっと、ハイ。興奮したくなる気持ちはわからないでもないですけど、このままでは発見したうり坊を解剖するとか言い出しかねないような……。

「大丈夫です。安心してください」

 不安が表情に出ていたのか、殊更大きなジェスチャーで言葉を続けるレティシアさん。

「有意義な情報が確実に手に入るという保証があるわけでもないのに、それ以上の実験ができなくなるような真似はしませんので!」

 ……安心感よりも不安感の方が増したのは、決して気のせいじゃないと思う。



   *   *   *



「しかし、なんだか妙ではないか?」

 更に数十分程進んだ時、アイカさんが首を傾げながら言葉を続ける。

「このゼリーとかいう連中、これほど大量に湧いて出るものであったか?」

 そう言いつつ刀を横薙ぎに振り、刃についたゼリーの破片を振り落とす。

 あまりに大量のゼリーを切り払ったので、アイカさんの周囲にはゼリーの体液で水溜りのようになっている。

「場所によっては結構な数を見かけることもあったが、それでもここまでの数が集まってくるなど経験したことはないぞ」

 ゼリー自体は少量の魔力結晶と水溜り――発生条件こそ比較的簡単だけど、実際に発生するまでにそれなりに時間が必要なこともあって、たとえ少数でも数が揃うことは珍しい。

「確かに変ですよね」

 レティシアさんも首を傾げている。

「過去に大雨によって魔力結晶の坑道に大量の水が流れ込み、局地的にゼリーが大量発生した事例はありますけど、最近この辺で似たような異常気象が起きたとは聞いてませんし」

 そう言いつつレティシアさんはじっとゼリーの死骸だった水溜りを探るように見つめている。

「偶然にしても、妙なことには違いありません」

 うん。ゼリーが複数出たとかならともかく、集団を作っているなんて聞いたことがない。

 そもそもコミュニケーションを取る方法を持ってるかどうかも怪しいしね……案外、身体をプルプル震わせてやり取りしてたりして。

「それはないか」

「………?」

 レティシアさんが不思議そうな表情でこちらを見たけど、わたしは軽く頭を振ってなんでもないと伝えた。

「草を毟っているよりはマシだが、いい加減飽きてきたぞ!」

 更にもう何度目になるかわからないゼリーの集団に遭遇し、それを一振りで一掃した後、アイカさんが我慢の限界だとばかりに地団駄を踏み始める。

「名目上であれ、余はエリザの護衛として来たのだから、あのゼリー共を潰して回るのは構わぬ! 実際、アレは見た目以上に危険であるしな」

 いくら地面を踏みつけたところで気分がおちつくわけもなく、イライラした口調で続ける。

「これでは草むしりと大差ないわ! 余は飽きたぞ!」

「でもそれが仕事ですからね」

 おっと、レティシアさん。そこで燃料を投下するのやめてくれませんでしょうか?

「それはさておき、もう夕方も近づきましたしここいらで一度引き上げて出直すのも悪くないのでは?」

「そうだぞ。その巨大なうり坊とやらには興味もあるが、これだけ探して見つからぬのならば、なんぞ新しい方針を考える必要があるであろう」

 う~ん……確かに。

 結構な時間探し回っているものの、問題のうり坊は影も形も見えない。

 前回の遭遇地点突き止めることが出来てれば色々とヒントを見つけることもできたと思うのだけど……。

「む?」

 それまで不機嫌そうに周囲を見回していたアイカさんが、不意に一点に目を向ける。

 それは百メートルぐらい先にありそうな小さな林だった。

 基本的に『癒しの園』は平原で構成されているけれど、稀に木が複数まとめて生えている場所がある。

 その中の一本にアイカさんは視線を向けていた。

「……杖よ!」

 アイカさんの様子をみたレティシアさんが杖を掲げる。

 その先頭部が一瞬光ったところを見ると、なにか探知魔法を使ったのだろう。

「あの林、なにか妙な反応がありますね」

 わたしの予想を肯定するレティシアさんの言葉。

「うまく魔法で気配を消しているみたいですが、一部分だけ魔法を受け付けないのは、いかにも不自然です」

「ふむ」

 レティシアさんの言葉に、アイカさんが眉を寄せて更に鋭い視線を向ける。

「……この気配。どこぞで感じたことがあるぞ」

 そのまま何秒間か見つめていた後、不意にアイカさんは林の方に向けて走り出した。

「もしや、あ奴か!」

「え、ちょっと! アイカさん!」

 突然走り出したアイカさんの後をわたしとレティシアさんが追いかけるものの、まったく追いつける気がしない。魔族と人族では根本的に身体能力が違うとはいえ、ホントに足速いですね!

「ちょえぃ!」

 わたし達二人を置き去りにしたまま走るアイカさんは、なんとも妙な掛け声を上げつつ、そのままの勢いで一本の木の枝めがけて大きくジャンプした。



   ††† ††† †††



 人はいつだって過ちを犯す。

 どれだけ優れた才能の持ち主でも、どれほど偉大な力の持ち主であっても、過ちを犯す時はあるのだ。

 そして、その過ちには大小がある。


 取り返しがつくもの・取り返しのつかないもの。


 今回の過ちはその中でも特に小さな、そして些細な物。取り返しなんて考える必要もないほどの。

 だから、このカット・エラッタが失敗するのも世の仕組みによるものであって、それは運命というべき定めによってもたらされるもの。

 えーっと、猫も木から落ちる・猫に真珠だったけ? まぁ、いいか。

 ともかく、カットにミスがあったのではなく、世界がカットにそれを求めたのだ。

 つまりカットは悪くない。

 悪くないったら悪くない!

「……とか言ってても、状況は変わらなぁいなぁ」

 珍しいものを見つけてそれを献上しようと思ったのは良いアイデアだったと思うけど、まさかここまで見つからないとは。

 巨大なうり坊なんて目立って仕方ないし、場所は広いけれども見通しの良い平原。

 多少は手こずるかもしれないけれど、こりゃ楽勝だね! とか思っていた出発前の自分自身が恨めしい。

「目印が無さすぎて、なーんにも見つからないじゃない!」

 そうなのだ。あれだけ目立つ目標。水晶球を通じてその姿をしっかりと目に焼き付けておいた。

 考えることは得意じゃないけど、記憶力ならバッチリ! 一度覚えた物は絶対に忘れない!!


 だから、すぐに見つかると思ったのに。


「どっちを向いても地面・岩肌・草むら! たまーに薬草! どこもかしこも似たような景色!」

 全然見つからない!

 そのくせどーでもいいブルーゼリーだけはやたら見かける。

 蹴っ飛ばすだけで撃退できるゼリーなんてなんの驚異にもならないけど、なんだか数が多いよ?

 このゼリーって奴、確かにそこまで珍しい部類の魔物じゃないけどサ。

「でも、なんだか変なんだよねぇ」

 もう何十匹目になるかわからないブルーゼリーを棒の一突きで破裂させたものの、なんだか感触が違う。

 具体的にどう、とは言えないんだけど、なんか、こう引っかかる感じ。

「う~にゃぁ!」

 なにか変だとは思うけど、考えてもよくわからない。

 わからないことは後回しにするか、『あのお方』に聞けばすむことだし。

「それよりも、うり坊だよ、うり坊!」

 ここには別にゼリー退治に来たわけじゃないんだから、関係ないことは放置するに限るってね。

 今はともかく『あの方』にとって貴重な資料になる可能性がある、うり坊を見つけ出すのが先決。

「失敗したナァ」

 こんなことなら拠点でもっと詳しく周囲を確認しておけばよかった。

「後悔役に立たず、っていうけどさ」

 拠点で監視用に使っている使い魔の視点は専用の水晶球を使って覗き込むことができるけど、それようの台座に固定して使うほど大きなサイズ。持って歩くなんて絶対に無理。

 だからこそ目撃地点を自力で見つけ出す必要があるんだけど。

「やっぱり携帯用の奴を持ってくるべきだったかなぁ」

 台座に据え付けるタイプとは別に、持ち運び用の小型水晶球もある。

 監視できる範囲は狭まるけど、ウロウロと探すよりは遥かに効率的な筈。

 ただそれは『あのお方』が手元で管理しているから、こっそり持ち出すことは無理。

 ただ貸してくださいといえば、特に問題なく貸してもらえたとは思うけど。

「とは言っても『あの方』には秘密のサプライズにしておきたかったしなぁ」

 そう。今回の魔獣化したうり坊は、『あのお方』に珍しい研究素材として差し出すために探しているもの。

 前回あのアイカに遅れを取った失点を少しでも取り返すために、是が非でも捉えたい。

 そんなサプライズを予定しているのに、その相手に「プレゼント獲ってくるので貸して」とか言ったら、間抜けすぎるのはカットにだってわかる。

 だから、ここは『あのお方』になるべき気づかれないよう、秘密裏に行動しているのだ。

「そうだ! そういえば色々と小道具を持ってきていたんだ!」

 ここに来る前に『あのお方』が重要度の低いアイテムを放り込んでいる道具箱から幾つか無断で借りてきてた。

 こっそり持ち出したそれを、今こそ使う時!

「えーっと……あった。あった」

 取り出したりますはなんだか気持ち悪い目が六方向でウニョウニョしている謎の立方体。

 これを投げるとぉ――。

「てぃっ!」

 空中高く放り投げたそれはしばらく空中を漂った後、数メートル進んだ先でぽてっと地面に落ちた。

「ふむふむ」

 この気持ち悪いアイテムは、なんと大きな魔力に反応してその方向へと飛んでゆく便利アイテム!

 なんだけど『あのお方』が言うには『反応する魔力の量が適当で、調整が効かない』らしい。

 要するに適当な魔力に反応して、ふらふらと飛ぶだけ。しかもその飛距離も数メートルしかないから、本当に方角を知るぐらいの役にしかたたないんだって。

 ただそれでもある程度は大きい魔力でなければ反応しないって話だし、魔獣そのものが大きな魔力を持っている存在なのだからこんなポンコツアイテムでも役に立つ……と思う。

 カット、たまには知性派になることもあるんだぞ。

 たまに謎のうめき声を上げるその謎立方体を拾い上げ、落ちた方向へと歩く。

 正直素手で持っているのは躊躇われるんだけど、あと数回は投げないとダメだから仕方ない。

「う~……もっとマシな物を持ってくればよかった」

『あのお方』はカットにとって敬愛やまない尊敬するご主人様だけど、ところどころ微妙にセンスが怪しくなる。



   *   *   *



「まぁ……これも魔物の一種だし、確かに大量の魔力を持っているとは思うけどさ」

 あの気持ち悪い謎立方体を投げること数回。

 カットの目の前に大量の魔力を撒き散らしている魔物が登場した。

「えーっと、あまりにポンポンとゼリーを蹴飛ばして来たから、恨みでも買ったかなぁ」

 目の前でブヨンブヨンと巨体を揺らしているのは――どっからどうみてもブルーゼリー。

 ただしサイズが果てしなく巨大。ざっと見て三メートルはありそうなぐらい。

「ブルーゼリーって、大きくても三十センチぐらいが普通だと思ったんだけどなぁ」

 そりゃ大きさに多少の幅があることぐらいは知ってるし、実際六十センチぐらいはありそうな大きなゼリーを見たこともある。

 だけど、メートル超えの大物なんて初めて見た。多分『あのお方』でも見たことないんじゃないかな。

「目的のうり坊も見つからないし、コイツを持って帰ってもいいかなぁ」

 アテのない探しものもいい加減飽きて――うんと、疲れてきたし、これだって充分珍しい存在には違いないからポイント稼ぎには充分役立ちそうだし……。

「とはうまくゆかないんだよねー」

 まるでこちらを威嚇するかのようにぶるんぶるんと身体を揺らす巨大なゼリー。

 これは間違いなくやる気満タンだ。

「ま、デカイ図体をしてても所詮はゼリー。『あのお方』が研究するほどの価値もないよねー」

 こちらも挑発するように長尺棒の切っ先を向ける。

「ぱぱっと片付けちゃうから、掛かってきなよ!」

 カットの言葉と同時に飛びかかってくる巨大なゼリー。

 もちろん馬鹿正直にそれを眺めていたりはしない。

 ドスンという大きな音をたてながらゼリーが着地したけど、ひょいと後ろに飛び退いて華麗に躱す。

 着地と同時に地面が揺れるあたり、とんでもない重量だ。

「うわ。面倒くさそう」

 普通サイズならそのまま棒で叩き落とせば終わりだけど、流石にこの大きさを真正面からどうこうするのは無理がある。

 ちょっと伸し掛かられただけで間違いなく潰されちゃうよね、アレ。

「と言っても、弱点は変わらないでしょ!」

 改めてカットへ飛びかかろうとしているのか身体を揺らし始めた巨大ゼリーに思いっきり棒を突き立てる。

 ゼリーの表皮は薄い被膜のようなものだから大した強度はない。棒で突っつけば簡単に破れる――。

「ほえ?」

 カットの突き出した棒先は、被膜を破ることもなくそのまま包み込まれるようゼリーの中へと埋まった。

「え? ちょ、うそ」

 いやいやいやいや。なんで?

 全力を出したとは言わないけど、ゴブリンぐらいなら一発で四散するぐらいの威力はあったよ?

「うわっと!」

 一瞬ポカンとしてしまった隙に、まるでゴムの塊を付いたように棒先が思いっきり押し返される。

 思わず後ろにたたらを踏んでしまったけど、なんとか体勢を崩さずに構え直せた。

「これは、ちょっとどころじゃなく面倒だ!」

 どうやらこのゼリー。巨大化したことでサイズだけじゃなくて防御力もアップしているみたいだ。

 一体どんな理屈でこうなっているのかは知らないけど、一般的なゼリーへの対処方法では倒せない。

(こんなの相手に時間かけても仕方ないし、さっさと片付けよう)

 持ち出してきたアイテムの中から、一本の瓶を取り出す。

「ほらほら、掛かっておいで!」

 右手をクイクイさせて挑発してみる。

 視覚なんて持ってないだろうに、ゼリーが怒るように身体を震わせた。

 そして、そのまま突進するようにカットめがけて動き出す。その動きに合わせ地面までドンドン揺れている。

 うわー。あの突進を受けたら全身骨折ではすまなそう。

「ま、当たらなければ意味なんでないけどね!」

 ゼリーの突進を軽く躱し、瓶をその身体めがけて投げつける。

 瓶はゼリーの身体に勢いよく当たり、そのままさっきの棒先のように身体へとめり込んだ。

 まさに狙い通り!

「爆ぜちゃえ!」

 カットが短く言うと同時に瓶が眩い光を放ち、巨大ゼリーを内部から爆散させた。

「いっちょ上がりぃ!」

 高威力の爆裂魔法が封入された瓶。それがさっき投げつけた瓶の正体。

 適当な場所においてキーワードを唱えれば、それに反応して大爆発を起こす。その威力は今見た通り!

「……って!」

 威力はあるし離れた場所から動作させられるしで一見有用なアイテムに見える爆裂魔法の瓶だけど、そういえばこれも失敗作扱いだった!

 キーワードとなる声が届く範囲でしか動作させられないから、当然使用者の側で爆裂することになる。

 なまじっか威力があるからそんな近くで爆裂されたら巻き込まれは必至。使用者だって無事にはすまない。

 今回は相手の内部で爆裂させたから巻き込まれ被害はないけど……爆散した巨大ゼリーの破片は当然ながら周囲へ四散し、その一部はもちろんカットの方へと向かってくる。

 破片と言っても、その大半は水分。つまり周囲に思いっきり水を撒き散らしたようなもので……大量の水がまるで津波にように襲いかかってくる。

 いくらカットが運動神経の自信があるといってもそんなものを避けきれるわけがない!

「にゃぁ~~~~っっっっっっっっっ!」

 ゼリーの体液で全身ずぶ濡れになっちゃったのも、仕方ないわけで。不可抗力って奴だ!

 カットが間抜けだたワケじゃないからね!

 くしゅん。



「ひ、酷い目にあった……」

 巨大ゼリーを倒した場所から移動し、近くにあった木の上に登る。

 またあんなのにあったら面倒くさいし、とりあえずある程度乾くまでは動きたくない。

 となれば何が通りかかるかわからない地面よりも、遠くを見渡せる木の上の方が安心だ。

 更に持ち出した最後のアイテム、姿隠しのブローチを使ってカットが見えないようにしているから、この辺に出現する魔物ぐらいならこれで安心だ。

「うぅ……気持ち悪い」

 被ったのは水のように見えてもゼリーの体液。微妙にベタついて気持ち悪い。どっかに水辺でもあれば、飛び込んで身体を隅々までキレイにしたい……。

「ふー。もう帰ろうかなぁ」

 元々『あのお方』の指示ではなく自分勝手にやってきたこと。ここで切り上げても怒られることはない。

 最初の目的だったうり坊は見つからないし、時間も遅くなってきたところだし、あまり長い時間拠点から離れるのも良くない。

 そんなぼんやりと考え事をしていたせいで、カットは気づくのに遅れてしまった。

 巨大ゼリーなんか比較にならないぐらい大きな脅威が迫っていることに。

 誰かがものすごい勢いでこちらに向かって走ってきて、狙いすましたかのようにカットの方へとジャンプしてきたことを。

「………!」

 気づいた時には相手はもうジャンプする直前で、今更動くことなんてできない。

 姿隠しのブローチは、カットの身体を見えなくしてはくれるけど、気配や痕跡まで消してはくれない。下手に動いたらその時点で居場所がバレてしまう。

 今は息を潜めてじっとしておくしか……。

(……っ!)

 思わず息を呑む。

 木の枝を大きくしならせて目の前に飛び乗ってきたのは、いつぞやの魔族――そう、カットのライバル、アイカだった。

「ふむ? 気配はすれども姿は見えずとな」

 なんとも嫌なタイミングでの再会だけど……大丈夫、カットは姿隠しのブローチを使っている。

 どれだけ野生の感覚を持っていたとしても、カットを見つけることはできない……筈!

「隠れんぼとは、中々面白い趣向ではないか……破魔!」

 アイカが右手を突き出すと同時に眩い光が走り、同時に姿隠しのブローチが砕け散る。

 え? マジ?

「くふふふ」

 ブローチが砕けたということは姿隠しの魔法は無力化されたということで、それはつまりカットの姿が丸見えになっているということで、そして目の前にはアイカがいるワケで。

「どこかで感じた気配だと思えば……お主、いつぞやの猫娘ではないか!」

 まるで舌なめずりでもしているかのような笑顔で口を開くアイカ。

「いやはや、まさか姿を隠してまで余らに付き纏っていたとは……」

 なんだか大きな誤解が生まれているような気がする。ここでアイカと出会ったのは文字通り偶然で、断じてカットが追いかけていたからじゃない!

 そりゃ、いずれは復讐戦を挑むつもりだったけど、こんなに早い再会なんて想定してないし!!

 『あのお方』へのサプライズプレゼント探しだったのに、カットがサプライズ再会するなんて!

 しかもこんなサプライズは嬉しくない!!

「なんだ? そんなに余に構ってほしかったのか? 隠れて付いてくるなど、本当にういやつよのぉ」

「んなワケあるかぁ!」

 人をストーカーみたいに言うな!

「クックックッ。照れずとも良いのだぞ? 存分に愛でてやろうではないか」

 指をワキワキさせながら近づいてくるアイカ。

「やーめーろー!」

 こうなったら逃げるしか無い。

 いま復讐戦挑んだところで瞬殺されるのは間違いないし、そもそもアイカ対策なんてまったくしていない。

 逃げる方向を決めるため、素早く周囲を見回せばアイカに遅れて誰か二人がこちらに近づいて来ているのが見える。

 数的には不利だけど、このままアイカを相手するよりは楽だろう。覚悟を決めるしか無い。

「とぉっ!」

「恥ずかしがらなくとも良いぞ~」

 木の枝から飛び降りたカットの背中にアイカの声が届く。

「姿を隠しておったのも、余らへ出会いをサプライズプレゼントしたかったのだな!」

「んなワケあるかぁ!(二回目)……って、はっ!!」

 今、身体全体と魂ではっきりと理解した。


 サプライズはダメだ!


 大きな獲物が捕れた時に、献上の為に枕元に飾っておいたら翌朝ものすごく微妙な表情をされたのも。

 いつも栄養素を固めて作ったらしい棒状のもので食事を済ませているのを見かね、半日かけてゆっくりじっくりつくった『ねこまんま』に微妙な表情を浮かべていたのも。

 カットは『あのお方』のためだったけど、一方的に押し付けるのはダメ。

 ぜんぶ、ゼンブ、全部! サプライズってのが悪かったんだ!

 うん。サプライズって悪い文化!

 カット、学習した!


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