第二話 辺境に出会いを求めるのは、大いに間違っている?#1

「お主ら、存外話がわかる者であったんじゃのぉ!」

 両手にホットサンド二つを持った格好で、レティーシアと名乗った女の子が満面の笑顔で口を開いている。

「いやぁ、手持ちが無くなったので飯にも困っておってな。このままでは危うく行き倒れてしまうところじゃった」

 洒落にならない境遇をそう良い笑顔で言われても反応に困るというか、ツッコミに困るというか……うん。

「その歳で洒落にならない生活してるみたいだけど……親はどうしたのよ」

 レティーシアちゃんの唇右端についたソースを拭いながらクリスさんが言葉を続けた。

「領都は他に比べればまだ安全な部類だけど、子供が一人で呑気に歩いていられる場所じゃないわよ。親じゃなくても連れの一人でもいないの?」

「いや、連れなど誰もおらぬぞ。妾一人じゃ」

 右手のホットサンドに元気よく齧り付く。

「まぁ、心配しているのは理解するが、余計な心配じゃぞ」

 あーん、と大きく口を開けて、残りのサンドを一口。

「こう見えても、お主らよりは確実に強いぞ。心配は無用じゃ」

 人の顎って、あんなに大きく開くんだ……子供って体が柔らかくていいなぁ。

 じゃなくて。

「あー、うん。それは凄いネー」

 全くまともに受け取っていないことがはっきりとわかるクリスさんの反応。

 わたしはともかくクリスさんより強いって、流石に言い過ぎじゃないかな。

 まぁ、わたしぐらいの強さがあれば領都の中ならそれなりに安全かもしれない。領都の衛士さんや警士さんは優秀だからね。

「ふん……まったく信じておらぬようだな」

 クリスさんの反応に不機嫌さを隠そうともせず、それでも片方のホットサンドを口元に運ぶ。

「妾の実力、見せてやっても良いのじゃが、街中で暴れると公僕が煩いからのぉ」

 それはまぁ、そうだね。

 さっきも言った通り、領都の治安はそれなりに良い。それはつまり、なにか騒ぎがあれば衛士なり警士なりといった治安担当者がすぐに駆けつけてくるから。

 だけど、その歳でそれを理解しているのは、結構凄いと思う。

「そーねー。ボクが子供を虐めているみたいに思われるのは心外だし。説明も面倒くさいしね」

 うん。この二人が街中で喧嘩を始めたとして、傍から見ればクリスさんが歳下の子供を虐めている絵面にしかならないのは当然。

 捕まるのは間違いなくクリスさんの方だと思う。経緯を説明するのも面倒というか大変そうだし。

「で、文無しさんはこの後どうするのさ?」

 頭の後ろで両手組みながらクリスさんが言う。

「言っておくけど、ボク達もいつまでもキミに付き合ってられるほど暇じゃないからね」

「妾としてもいつまでもお主らに付き纏うつもりはないから安心するのじゃ。この街のどこかにま――知人がおるからな、探し出して少々融通してもらうつもりじゃ」

 ん? 今なにか言い淀んだような?

「どこにおるかはっきりせぬのは難点じゃが、まぁ、その辺を適当に歩き回ればそのうち見つかるじゃろ」

「行きあたりばったりにも程があるじゃないか……」

 ごもっとも。そのうち見つかるって無計画にも程があるんじゃないかな。

 しかも手持ちのお金も無いとか言ってるワケで。このままだと良くて行き倒れになる未来しか。

「特徴でも教えて貰えれば手伝ってもいいんだけど?」

「そこまで迷惑をかける気はないぞ」

 クリスさんの提案を一蹴するレティーシアちゃん。

「見つからぬと言っても、単に此処についたのが今朝であってまだ時間を掛けていないのが原因での。なぜか以前に聞いた居場所を引き払っておったので手間取っておるが」

 なるほど。元々は居場所がわかっていてやってきたものの、いつの間にかどこかに移動しちゃってて現在地が分からなくなったという話なのか。

「まぁ、この辺におるのは間違いないし、心当たりがないでもない。そう時間はかかるまいよ」

 そこまで言い切れる理由はわからないけど、ともかく彼女は尋ね人が近くに居ると信じているみたい。

 元の居場所を引き払っているならどこか遠い場所に移動している可能性もあると思うんだけど、だからといって確証もないことを口にして、引き止めるのも何か違うし……。

 というか引き止めたとして、わたし達にできることは何一つないわけで。

「仕方ない」

 ため息を漏らしつつ、クリスさんが自分の財布から何枚かのリーブラを取り出す。

「どこかで野垂れ死にとかされたら夢見が悪いからね……持っていきなよ」

「奢りならともかく施しを受ける覚えは無いのじゃがな」

 それまでのニコニコした表情から一転、いかにも不機嫌そうな顔でレティーシアちゃんが言う。

「善意の押し売りはこの世でもっとも手軽かつ気持ち良くなれる商売じゃからな」

「こましゃくれた事を言うね。というかもう老人レベルの言い草だよ」

 クリスさんがやれやれと頭を振る。

「実際、キミの言う通りだけどね。ボクは善行で気分良くなれる、キミはリーブラを手に入れる。ウィンウィンって奴じゃないか」

「……そこは『人の親切を無にしおって!』とか言って怒るシーンだと思うのじゃがな」

「いい気分になりたいのは事実だからね。親切の裏に下心の一つぐらいあって当たり前だし、それを指摘されたからって怒るのもなんか違うしなぁ」

「お主の言い草も、大概人のことは言えぬと思うがのぉ」

 クリスさんの返事に、なんとも言えない表情を浮かべるレティーシアちゃん。

「まぁ、良い。お主ら二人には食事を奢ってもらった恩もあるしの……妾は物乞いではないからな、お主らにはきちんと対価を渡そう」

 ぶかぶかのローブの内側に手を突っ込んで、二つのガラス玉のような物を取り出す。

「生憎あまり高価なシロモノは手持ちがないので、それなりの品であるが……とりあえずの貸しを返すぐらいの値打ちはあるぞ」

「なに、コレ?」

 握りこぶしよりはちょっと小さそうなそのガラス玉を前に、クリスさんが眉をひそめる。

 確かにこんな正体不明なモノを渡されても、反応に困ってしまうけど。

 う~ん……なんだろ、わずかだけど魔力っぽい感触はある。

 ただなんというか、すごく変な感触。魔力を外に漏らすような感覚があるのに、周囲の魔力を吸収しているような感覚まである。両立しない二つの要素がなぜか一つのアイテムから発せられていた。

 しかもよく見ると薄い緑の明滅を繰り返している。ますますもってこれがなんのアイテムなのかよくわからない。

 ただ魔力こそ感じるけどそれ以外は本当にガラス玉としか言いようがなくて、正直単なる飾り物にしか見えない。いや、単なるガラス玉に魔力がこめられているというのも意味がわからないけど。

「さて、なんじゃろうな?」

 レティーシアちゃんがくつくつと笑う。

「持っておればそのうちわかるじゃろ。お主らのような生業の者であれば、相当に役に立つモノだぞ」

 いやその。役に立つモノだと言われましてもね。使い方の一つも教えてもらえずにどうすれば良いのだろう?

「さて! それでは妾はまた人探しに戻るとするかの!」

 パンパンと手を叩きながらレティーシアちゃんが言う。

「誤解が元とはいえ、世話になったの」

「探し人、見つかるといいですね」

 最後のわたしの言葉に軽く手を上げ、レティーシアちゃんの姿は人混みの中へと消えて行った。



   *   *   *



「ギガント化した、うり坊……ですか?」

 夜も更けた時間。お風呂タイムが終わったタイミングを見計らって、わたしはレティシアさんにあの草原で見た出来事を説明する。

「理論的にはありえないのですが、間違いなく見たってことですよね」

 ふむ。と顎に手をおいた格好でレティシアさんが難しい表情を浮かべる。

「そもそも幼獣の魔獣が存在しないのは、ある程度成長した個体でなくては吸収し蓄積する魔力に耐えきれず、そのまま死んでしまうからです」

 自分の中で考えをまとめるためか、一般的に知られている事実を口にしている。

「また、魔力の吸収には長い時間が必要ですから大抵の獣はすぐに成獣まで育ってしまうという点もあります。この二点から幼獣は魔獣化しないというのが定説になっているのですが……」

 そうなのだ。幼獣は魔力に対して脆弱だという点もさることながら、一般的に獣は育つのが早いという点もこの通説を支持している。

 うり坊の例で言えば、その期間は四ヶ月ぐらい。長く見積もっても精々が半年程。魔力を溜め込んで魔獣化するにはあまりにも時間が足りない。魔獣化するには、最低でも二~三年ぐらいは時間が必要だと言われている。

「逆に言えば、その条件さえ回避すれば魔獣化することは不可能ではない――例えば、魔獣化するだけの魔力を瞬間的に吸収したケースなどが考えられます」

 幼獣が魔力に弱いのは、要は身体が魔力によって徐々に変質する工程に耐えられないから。

 逆に言えば、瞬間的に身体が置き換えられれば、その工程は存在せず耐えられる可能性はあるかもしれない。

「ですが、そんな都合の良い話がそうそうあるわけもありませんし……考えられるとすれば、必要なだけの魔力を塊にして幼獣の体内に入れ込むとか……」

 う~ん……あのギガント・うり坊は魔力たっぷりの薬草をもしゃもしゃしてたけど、多分、あれはギガント化したのが原因だろうし。魔獣化することによって魔力を好むようになるから。

 普通のうり坊ならあの薬草を探すことも感知することも無いと思う。

 というか、あの薬草。けっこうな魔力が溜まっているけど、野獣を魔獣に進化させるほどの量じゃないし。

 魔獣化するほど食べようとしても、途中で耐えられなくなるだけだろうし……。

 なかなかうまい方法って思いつかないなぁ。

「となると、申し訳ないのですがエリザさんの見間違いという線が強くなるわけですが」

 まぁ、そうなるよね。

 わたしだって当事者じゃなければ何かの見間違いじゃないかと疑っちゃうもの。

「わたし一人ならその可能性もありますけど、クリスさんもそのうり坊を目撃しているんですよね」

 でも残念なことに、目撃者はわたし一人じゃない。つまり見間違いの線は薄い。

 わたし一人なら変な願望で幻覚でも見たんじゃないかと疑うこともできるんだけど、クリスさんにまでそのケがあるとは思えないし。

 クリスさんがここに居たらもっと詳細な話ができたかもしれないけれど、いつもの食堂の仕事に出ているので仕方がない。

「二人揃って目撃したということであれば、信憑性は高まりますね」

 ふむ、とレティシアさんが顎の下に右手をあてる。

「幻惑魔法の類を使われたのなら別ですけど、でも、まぁ……魔獣化したうり坊なんて幻覚を見せることに意味があるとは思えませんし」

 確かに二人まとめて幻覚を見せられたというのであれば現象に説明はつくけど、逆にそれに何の意味があるのかって話になっちゃう。

 もしその周辺から人を追い払いたいならもっと強面な生物の幻覚にするべきだし、そうでないならそもそも何のために幻覚を? という疑問しか残らないワケで。

 さっぱり意味がわからない。

「となると、やはり起き得ない筈のことが起きてしまったと考えるしかないのですが……」

 レティシアさんが困惑の表情を深めている。

 クリスさんは『その程度のこと……どうでも良くありませんか?』って反応するんじゃないかって言ってたけど、どうやらレティシアさんの知的興味を引いたみたい。

「自然には起き得ないというのであれば、人為的に起こされたってことなのであろう?」

 それまで無言のまま話を聞いていたアイカさんが徐に口を開く。

「どこぞの物好き魔術師が、一気に魔力を浴びせてみたというのはどうだ?」

「それでは結局、幼獣は魔力に耐えられません」

 アイカさんの言葉にレティシアさんが答える。

「純粋に魔力をぶつけるのは、属性が無いだけで攻撃魔法を使ったのと大差ないですよ」

「であれば、そうなる何かがあったのじゃろ」

 レティシアさんの言葉に、アイカさんは掌をヒラヒラとさせる。

「余は帰納法を好まぬが、今見えている情報ではそうであったのだと考えるしかあるまい」

「それは確かにそうですが……う~ん」

 レティシアさんがこめかみに皺を寄せながら腕を組む。

「とは言え、知られている限り一度も報告されたことが無いですから。仮に低確率であったとしても、例があるなら記録が残るのが普通だと思いませんか?」

「思う思わないで言えば、お主の言う通りであろうが……」

 レティシアさんとしては一度も見つかったことのない事例に対しては慎重な態度を崩さないけど、アイカさん的には考えるだけ無駄だと思っている様子。

「屋敷の中でグダグダ言っておっても結論はでるまい。なんだ『癒しの園』だったか? 現場に行ってみれば話は簡単であろう」

 はい。まぁ、そうなりますよね。

 ここであーだこーだと話し合ったところで、なにかがわかるワケでもないですし。

「事件は会議室ではなく、現場で起きている――とも言うしな」

 なんだろ。魔族の諺なのかな? 現状を言い得て妙な言葉だ。

「そうですね……『癒やしの園』はそう遠い場所でもないですし、危険度も低い場所です。現地調査を行うには最適ですね」

 レティシアさんもアイカさんの言葉に軽く頷く。

「しかもエリザさんの薬草集に対する付添として請け負えば、ギルドに話を通す必要もありませんし」

 暗黙的了解で初心者御用達となっている『癒やしの園』に、高ランク探索者が入り込むのをギルドはあまり好まない。

 理由は簡単。

 『木』や『銅』といった低ランク探索者や、あるいはわたしのようにリハビリの必要な探索者が当座の収入を得るのに最適な場所だから。

 『癒しの園』という名前は伊達じゃなくて、ここに映える薬草の数は相当な物。多少の前後はあるにせよ収穫され尽くしたなんて話は聞いたことがない。

 ギルドの調査では、一度薬草を毟られた場所から三日程で新しい芽が生え、更に一週間程で収穫可能なサイズにまで成長することが確認されてるって話。

 いくらなんでも無茶が過ぎると思うのだけど、土壌が特殊な成分を持っているのじゃないかという説や、実は地面の奥底に巨大な薬草の根っこがあって、そこから地面に向かって延びているんじゃないかって説まで。

 どんな影響があるのかわかったものではないからそれ以上の調査は行われていない(下手に触って薬草が生えなくなったりしたら大問題)けど、ともかく薬草が豊富な場所ということで認知されている。

 で、やたらめったらに薬草が生えるこの場所だけど、もし高ランクの探索者が力任せに大量の薬草を刈り取ったとしたら?

 薬草一つ一つは大した値段にはならないけど、チリも積もればなんとやら。量が集まれば相応の金額になるのは間違いない。面倒な作業ではあるけど魔獣と戦ったり魔力結晶を掘り出すのに比べれば楽な方。

 小銭稼ぎに丁度いい――ぐらいならまだしも、悪意を持っての行動だとしたら?

 残念ながら高ランク探索者は技術的に優れているのは間違いないけど、人格や性格も相応に優れているとは限らないのが世の常。その力を低ランク探索者の嫌がらせにまわしてしまう人がいるのが現実。

 そんなことをしたところでギルドの心象は悪くなるし、余計な恨みを買うだけで、得られるのは僅かな金銭としょぼくれた満足感だけだと思うのだけど……人の心は複雑怪奇。

「……薬草採取とな」

 なんとも不機嫌そうなアイカさんの声。

「あの、あの忌々しい悪夢の日々を……余はまた。また、経験せねばならぬのか!」

 あ。アイカさんの目からハイライトが消えてる。薬草摘むのって、そんなに嫌だったんだ……。

 ま、まぁ、気持ちはわかるけど。私だって生活がかかっている状態でもなければ特にやりたいとは思わない仕事だしね。

「いえ、別に」

 部屋の温度が下がるレベルで落ち込んでいるアイカさんに、レティシアさんがあっさりと答える。

「私達は付添ですのでエリザさんを危険から守ることが仕事となります。採取はあくまでもエリザさんのお仕事。もちろん、手伝って悪いという決まりはありませんが――」

「エリザよ。安心するが、よいぞ!」

 あ。元に戻った。

「お主に危害を加えようとするもの、誓って寄せ付けはせぬからな!」

 ふんすふんすと鼻息荒いアイカさん。

「お手柔らかにお願いします……」

 なんだか勢い余ってギガント・うり坊まで斬っちゃわないか、わたし心配です!



   ††† ††† †††



「ふんふんふん~」

 なんとも陽気な音階を口ずさみながら、一人の少女が草原をスキップしていた。

 おへそを出すように左端で結ばれたシャツに、ただでさえ自己主張の激しい胸周りをこれでもかと強調する上下の細ベルト。そして腰回りはミニスカートとショートレギンス。

 背中に背負っている長尺棒がなければ痴女の類かと間違われても文句は言えない。

「おっ?」

 それよりも目立つのは何かを聞き取ったのか頭の上でぴくぴくと動いている猫耳。

 そう、猫耳なのだ。

 つまり、彼女は獣人なのだろう。

「ふ~む。気のせいかな?」

 周囲は静かで、風の音や小鳥の囀りぐらいしか聞こえてくる物はない。

 二度三度左右を見回した後、少女は両手を腰に当てて軽くため息をもらした。

 もともと危険度の高い場所ではないし、襲ってくる魔獣の類もたかが知れている。

 少なくとも彼女より強い敵など、この『癒やしの園』に存在する可能性などほぼゼロだ。

「………」

 と、それまで軽快に進めていた少女の足がピタリと止まる。

 次の瞬間、すぐ側の茂みが動き、中から何かが飛び出してきた。

「猪口才な!」

 一声発すると同時に少女は背中の棒を手に持つ。そして、そのまま飛び出してきた何かにその棒を叩きつけた。

「………!」

 飛び出してきたそれ――青色のぶよぶよした物体――は、棒で打たれて吹き飛ばされ、ちょっと離れた岩に叩きつけられて水風船のように破裂した。

「不意打ちするならもっとタイミングってモンを考えないとね!」

 もはや単なる残骸になっている物体、ブルーゼリーの死骸を見下ろす。

 ブルーゼリーは、ある程度の大きさのある魔力結晶が水溜まりに沈んだまま長い時間が過ぎた場合に生まれる謎生物だ。沈んでいた魔力結晶を核として薄い膜に包まれた水の塊として具現化した姿からゼリーの名でよばれている。

 元が単なる水なので意識や知能は無くただぴょんぴょん跳ねているだけなのだが、自分以外の生命体を発見すると体当たりで倒そうとする。

 それで相手が転倒すれば顔のあたりにのし掛かって獲物を溺死させるのだ。ただし、溺死させるだけで捕食するわけでも何かを奪い取ることもない。ただ生きている目標を殺すだけ。

 その生体からスライムとの関連性が疑われているが、今の所は珍説の域を出ない。

 ただこちらははっきりと視認でき、対処もそこそこ簡単なので脅威度としては低めの判定だ。

 なにせ防御力などあってなきが如し。武器どころか木の棒や、蹴りですら倒せるレベルの強さしかない。

 唯一の攻撃手段である体当たりもそれなりの防具を身に着けていれば衝撃以外のダメージは無いし、転倒さえしなければ良いだけ。

 ただし当たりどころが悪ければ転んでしまう事もあるから、舐めて掛かるのは危ない。少なくない数の探索者が犠牲になっているのだから驚異であることは間違いない。

 ちなみに魔力の蓄積度で色が変化し、他にもグリーンゼリーや最上位のレッドゼリーなどが存在する。

「前はそれを考えずにやったモンだから、酷い目にあったからな」

 以前の森の中の戦闘について思いを馳せる。

「あいつ、強いクセに本気で容赦なかったからなー」

 躊躇いもなく両腕と両脚を折るなんて真似、普通はしないだろう。痛めつけるつもりなら大げさ過ぎるし、殺すつもりならもっと楽な方法はいくらでもある。

「だからといっていたぶって遊んでるつもりも無かったんだろうしなー」

 あの瞬間、あいつの目に浮かんでいたのは無関心だった。

 敵であるという認識すらない。邪魔者だという認識ですらない。

 ただ、そこに存在しただけの物体。鬱陶しい背景のような存在だったのだ。

 勝ち負けよりも、そもそも土俵にすら上がれていなかったという事実の方が悔しいが、だからと言ってそれをひっくり返せるほどの力がこの少女に無かったのもまた事実。

「まぁ、いいか」

 少女は頭をガシガシと掻く。

「当面出くわすことなんてないだろうし、その間に修行して実力をつければいいしね!」

 その程度のことで折れるようなやわな神経はしていない。

 流石に強さの点で追いつけるとは思わないものの、少なくとも敵として認識させることぐらいのレベルにはなれる筈。あの一戦で受けた負傷が治って以来、修行を怠ったことはない。

 次に会ったときには、路傍の石ごときの扱いはさせない。少女はそう強く決意している。

「ま。それはそれ、次の機会ってことで」

 思わぬ所で魔物と出くわしてしまい、本題とは無関係な考えに浸ってしまった。

 今日、この『癒やしの園』に来たのは、全く別の要件だ。

「今回はお宝探しだもんね!」

 『実験場』の一件で、どのような影響が出ているのか辺境の動向を探るために放っている偵察用の使い魔が発見した一匹の魔獣。

 退屈極まりない作業の中で、とんでもない確率の偶然。この偶然を見逃す理由はない。

「魔獣化したうり坊……これは『あの御方』も絶対に興味をひくに違いなし!」

 絶対にありえないと言われ続け、事実今までただの一度も存在しなかった幼獣の魔獣。

 それを少女はなんとしてでも手に入れようと決心していた。

 どんなカラクリがあるのかわからないけど、研究熱心な『あの御方』であれば何か有意義な情報や技術を見出すかもしれない。

「前回の失態も、これで少しは埋め合わせできるに違いないし!」

 もしかしたら『よくやった』とか褒めてくれるかもしれないし。少女の表情がニヤける。

「新たな発見のため、このカットにおまかせあれ!」



   ††† ††† †††



「んで、今回はオールスター総出で薬草採取ってか?」

 久々に三人揃ってギルドカウンターに並んだわたし達を、トーマスさんが呆れたような表情を浮かべつつ眺めている。

「エリザがまだ本調子じゃないのはわかるが、過保護にも程ってモンがあるだろう?」

「何を言うか! エリザに何事かあれば、それは余にとって世界にも等しい損失だぞ!」

 トーマスさんに食って掛かるアイカさん。

 すいません、いくらなんでもそれは言い過ぎだと思います。

「そうは言うけどなぁ……こっちとしてはお前さんみたいな腕利きには、討伐系の仕事を優先して欲しいんだがな」

 そう言いつつ、依頼表があってあるボードの方に視線を向ける。

 そこにはゴブリンやコボルトといった魔物や、畑を荒らす魔獣等の討伐依頼が多数貼り付けられていた。

 わたしがダウンしている間、アイカさんは喜々としてこの手の仕事をこなしていたらしい。

 なにしろソロでも充分強いもんね、アイカさん。相手の数が多い時は、たまにレティシアさんを連れてゆくこともあったけど。

「なんだか知らんが、最近はとみにこの手の依頼が増えててなぁ……探索者の大半は荒事を好まないから全然減りゃしねぇ」

 そこまで言ってから恨みがましそうな視線を向ける。

「この手の依頼を喜んでやってくれる物好きには、もうちっとこう、なぁ……」

 トーマスさんの言いたいことはわかる。

 探索者の大半は魔物を狩るより魔力結晶を掘り出すことを好むことが多い。

 襲われれば反撃のために戦うこともあるけど、積極的に討伐するのは少数派。

 誰だって余計な怪我なんてしたくないし、魔物討伐は報酬こそ良いけどその後が大変。

 怪我の治療や消耗品の補充、装備のメンテナンスを考えると決して割が良いとは言えないし。

 まぁ、強力な魔物はそれだけ大量の魔力を放出してるから、いわゆる『レベルが上がりやすい』ってメリットもあるけど、レベルの為に命を危険に晒すのは本末転倒――と考える探索者の方が一般的。

「そう言われても、余とてたまには気分転換が必要だからな」

 両手を腰にあてた格好でアイカさんが言う。

「気が向けばゴブリンでもなんならドラゴンでも討伐に向かってやるが、今日はその気にならぬ」

 実際にはギガント・うり坊について調べに行くのだけど、今の段階ではそれをギルドに明かすわけにはゆかない。うり坊とは言えギルドから見れば危険な魔獣の一種には違いないのだから。

 それに、わたしはちょっとした野望を持っている。あのギガント・うり坊を――。

「わかった、わかった」

 アイカさんの言葉に、トーマスさんは深くため息を漏らす。

 自由奔放なアイカさんにギルドの窮状を訴えた所で効果はないって良く知っているのだと思う。

 彼女の好きにさせておくのが、一番効果的だということも。

「今日の所は仕方ねぇ……次は頼むぜ」

 恨みがましい言葉を背中に受けつつ、わたし達は『癒やしの園』へと向かうのでした。

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