第一話 小話:クロエの大冒険#2

 アレはヤバい。

 そう悟るのに、それほど多くの時間は必要なかった。

 このユンフィ・カトー・グルンティールスクフ。『鉄』級まで登る間に結構な御仁を見てきたけど、ここまでヤバい相手は初めて見た。

「……チッ」

 舌打ちしながらも左右から襲いかかってくるストーム・アントを両手の細剣でやすやすと切り倒すクロエ殿。

 まるで紙でも切り裂いているような気楽さだ。

 私も『剛力のユンフィ』と呼ばれる程度には有名人だけど、『金』級探索者クロエ殿は文字通り格の違う御仁だ。比較するのも失礼なレベルで。

「化け物でござるな……」

 思わず漏れた呟きは、外向けに作っている謎口調。

 オークと魔族のハーフなどというややこしい生まれのせいで色々と偏見も多く、もういっそステレオタイプのキャラクター作りをしておいた方が面倒も少ないのが現状。

(なにをどうすれば、ここまでの強さを身につけることができるのやら)

 彼女の強さは、私の師でもあった魔族の一流剣士の母をも越えている。その母にすら一度も勝てたことのない私では、文字通り相手にならないだろう。

「……フン。固いだけの雑魚が、数さえ揃えれば勝てるとでも思っているのか」

 いやいや、それだけで充分でございますよ?

 簡単に言えば、ストーム・アントとは巨大な蟻だ。それも全長二メートルはあろうかというサイズの。

 当然大顎の鋏もそのサイズに合わせた大きさになっているから、うっかり挟まれでもすれば鎧ごと真っ二つにされてしまう。

 もうそれだけでも立派な脅威なのだけど、更に厄介なのは金属製鎧も真っ青な外骨格。その強度たるや鉄など可愛く見えるレベルのもので、刃物では殆ど効果がない。

 であれば鈍器なら有効そうに見えるかも知れぬと思うであろうが、そこは昆虫。

 強い衝撃を与えても、内部ダメージには殆どならないという。はー、やれやれ。

 結局は刃で傷を付けつつ、そこを質量で叩き割るのが対応方法となる。

 要は刃と質量を両立させた斧系の武器が一番効果的。と言っても他に比べればマシという話であって、楽に勝てるという話じゃない。

 大体からして蟻らしく機動力も相当な物だし。ストームという名前も、大群がその高機動力で襲いかかってくる様子を嵐に喩えたものだし。

「一々相手しているのもバカバカらしいわね……」

 細剣を鞘に収め腰のポーチから魔力結晶を一握り取り出しつつ、クロエ殿が呟く。これは、大技を使うつもりだ。

「走れ……雷光……!」

 クロエ殿の左手の中で魔力結晶がボロボロと崩れ落ちる。一気に魔力を引き出された反動で、結晶が崩壊しているのだ。

「サンダー・ボルトッ!」

 突き出したクロエ殿の右手から複数の雷撃が轟音を立てながら走り、目前のストーム・アントがまとめて蒸発してゆく。

 その右手を大きく振り払うことで、半分以上の敵があっけなく消滅してしまった。

「やー。私もハーフとはいえエルフなんだけど、自信無くなっちゃうわねー」

 シシリーが肩を竦めつつ口を開く。

「そりゃ、経験的には負けているってのは理解してたけど、まさか種族補正を考慮しても追いつけないとか反則もいいとこじゃない?」

 こと魔法に関して人族は、存在が知られている主要種族の中でも最下位に位置している。魔力結晶を使わなければ魔法そのものが発動しないというのだから、その非力さは推して知るべし。

 かくいう私も魔法は並程度には使えるし、魔力による自身強化もできている。もちろん、魔力結晶なんて必要はない。

 シシリーに至ってはエルフ族の血を引いており、こと魔法能力に関しては魔族ですら上回るレベルだ。人族なら一流魔術師クラスの肩書を持ってようやく追いつけるぐらいの。

 ところがクロエ殿にはそんな常識は通用しない。もちろん各種アイテムやアーティファクトの類で底上げしているのだろうが、それだけの物品を揃えるだけの実力があるということの証左だ。

「コストばかり掛かって儲けは雀の涙……お宝でもなければやってられないわ」

 細剣の柄を捻り、中から色を失った魔力結晶を抜き出して放り捨てるクロエ殿。魔力回路付きの細剣二本。これだけでも結構な金額になりそうだけど、さすが一流の探索者はお金の感覚も違う。

 私達中堅クラスの探索者にとって使用済みの魔力結晶は、然るべき場所で売却することができるから拾い集めて持って帰るのが普通。もちろん雀の涙程度の金額にしかならないけれど、持ち運ぶ以外の労力が必要ない小銭稼ぎは貴重な収入源なのだ。

 それを見向きもせずに捨ててしまうとは……文字通りリーブラには困ってないのだろう。羨ましい。

 というか、羨ましすぎてシシリーが変顔になってる。

「表情を戻すでござるよ……『リーブラと結婚したい』どころか、『リーブラと駆け落ちしたい』みたく見えるでござるから」

 仮にも雇用主の前でその表情はない。軽くため息をついた後、仕方無いので忠告しておいた。

「そうは言っても、この格差社会。ちょーっと現実逃避でもしないとやってられないというか……」

 現実逃避するにしても、もっと他にやりようがあるでしょうに。

 ぶっちゃけシシリーがどう思われようとも私にはどうでも良いことだけど、一緒にいれば必然的に同類だと思われることもあるワケで、それはいささか面白くない。

 別に聖人君子を気取る気はないし、私だって人並みにはリーブラは好きだ。

 ただ、私の目的はあくまでも修行。魔族とオークのハーフである私は、最終的に人族の社会に溶け込むことができない。かと言って『ザラニド』は事情を問わずに国を閉ざしており、そちらに行くこもできない。

 となれば私に残された選択肢は、魔族領へと行くこと。

 幸いにして魔族は実力至上主義で成り立つ社会で、その生まれも種族も大して問題にされない。

 つまり実力さえ磨いていれば、仕官の道も開かれている。

 その時に金に煩い業突く張りだと思われてたのでは、色々と面倒なことにしかならないから。

「コンビ解消されたくなければやめるでござる」

 思わず言ってしまったものの、実際問題としてコンビ……パーティー解消なんてできるわけはない。

 良くも悪くも私は目立ちすぎる。それはシシリーも同じだ。変わり者同士が組んでいるからこそ逆に悪目立ちをせずに居られるのだ。

「……ハイ」

 顔を真面目なものに戻すシシリー。

 クロエ殿はあまり細かい事を言うタイプではないと思うけど、雇い主に不快な表情を見せるのは宜しくない。



 さて、なんだか随分と話がズレてしまった。

 今私達が居るのは過去にエンゲルス・リンカー達が希少鉱石を採掘するために使っていたと言われる鉱山跡。

 長い間放置されていた鉱山を再利用しようとしたものの、採掘に伴う鉱毒の問題を解決していた魔法的手段の再現に失敗した挙げ句、鉱石を餌とする魔獣が巣を作ってしまった為に放棄されたという曰く付きの場所。

 そしてその住み着いた魔獣というのが、先程から何度と無く襲撃を受けているストーム・アント達だ。

 見た目こそまんま蟻を巨大化したものだけど、本当に蟻なのかどうかは怪しい。

 そもそも金属鎧も真っ青と謳われる外骨格だけど、実際に手合わせしてみれば明らかに金属だとわかる。雷系や炎系の魔法に弱いという点も金属の特徴と一致するし。

 そしてなにより、この一糸乱れぬ統率された動き。確かに蟻は目的に対して集団で対応する行動をとるけど、ストーム・アントのそれは明らかに高度な戦術的判断に基づいている。

 連中は敵の脅威度を判断し、それぞれに対して必要だと思われる戦力を配分する。実際、襲撃当初はクロエ殿に多くの数を割り当てていたのに、魔法攻撃で一掃されるや否や重点を私達に移してる。

 それはクロエ殿は必要最低限の牽制で済ませ、その隙に脅威度の低い私達を先に始末してしまうという意図があるのは間違いない。

 だからストーム・アントは、鉱石を掘り出すために人為的に作られた一種のゴーレムなのではないか? という説もある。

 他ならぬエンゲルス・リンカーによって。

 そして主人達を失ったことも知らず、ストーム・アント達は与えられた指令を延々と続けているのではないかと。今となっては知る術もないし、どうでも良いことだけど。

 まぁ、彼らにはご苦労さま、とだけ言っておこう。


 閑話休題。


 それでこの場所に来ることになった理由は言うまでもなくクロエ殿の発案だ。

「有力な鉱山跡なら、まだアーティファクトが残されているかもしれない。そうでなくとも貴重な鉱石が手に入る可能性がある」

 確かにかつて鉱山だったというのであれば、なにかのアイテムが残されている可能性はあると思う。

 エンゲルス・リンカーが自らツルハシを振るって鉱石を掘っていたとは思えないし、魔法で掘り抜くというのも乱暴な話。

 だとすれば奴隷(エンゲルス・リンカーにその概念があったかどうかは知らない)や使役獣的な存在を使って採掘していたと考えたほうが自然。

 であれば、それらを行使・使役するために何らかのアイテムが使われていた可能性は高い。

 そして忌々しいストーム・アントのせいでこの鉱山は殆ど手つかずの状態だから、未発見のアイテムがあっても不思議はない。

 その意味ではクロエ殿の考えは間違っていない。間違っていないのだが。

「……後続が来る。備えろ」

 ちょっとばかり私達の手に追えるレベルじゃないです。ココ。荷が重すぎます。

 ストーム・アントの大群なんて、辺境伯の騎士隊とか王国軍が出張る案件ですよ? しがない『鉄』級探索者でなんとかなる相手じゃないですから。

 というか、私達がいくらか引きつけているとはいえこの数相手に一歩も引かないって……『金』級探索者って本当に化け物みたいな存在ね。



「……どうやら一息つけそうだ」

 二本の細剣を鞘に収めながらクロエ殿が言う。

「流石にこっちが一筋縄でゆく相手ではないと悟ったようだな」

「し、死ぬかと思った……」

 地面にお尻をついた格好でシシリーが音を上げる。

「もう一生分の集中力使い切った気分よ」

 いや、まったくもって同感。もう当面ストーム・アントの姿は見たくない。

 とはいえまだまだ目ぼしい発見は何一つしてないし、坑道跡もまだまだ続いている。

 クロエ殿が引き返すという選択をしない限りはこのまま先に進むことになるし、当然ストーム・アントの相手もまだまだ必要。

「少し休憩する。その後は、更に奥へ進む」

 案の定、クロエ殿に引き返す気などない。そして、こちらも雇われの身である以上は従うしかない。

 従うしか無いのだが……。

(そもそも私達を雇った意味があるの?)

 まったくもって素朴な疑問。

 ストーム・アントとの戦いもそうだけど、坑道を探索している間ですら、


「そこの通路には罠がある」

「この先は複数の罠地帯になっている、気をつけろ」

「待ち伏せだ。先手を打つぞ」


 と、偵察担当のシシリーが何をするよりも速く危険を指摘してきた。

 これでは魔法全てを索敵・探索・偵察にガン振りしている彼女の立つ瀬が無いというもの。だって魔法で感知するより早いのだから。

 もう、クロエ殿一人で充分なんじゃないかとしか思えない。

「えーっと……私、何か仕事ありますかね?」

 途中でシシリーが半分べそをかいてしまったのも無理はない。

 戦闘力については圧倒的に上で、危険回避も自分で可能。荷物に関しても、ポーターボックス並みの容量を誇る圧縮鞄を持っているのだから、本当に一人でなんでも出来る人だ。

 私達と来たらペットの尻尾よろしく後をついていってるだけ。

「仕事があるから雇っているに決まっているだろう?」

 シシリーの言葉に、クロエ殿は当然のように答えた。

「私は危険を察知したり罠の存在を察することはできるが、その対処は一人ではできない」

 言われてみれば、危険を指摘しても、それを回避したり解除したりはシシリーの仕事だった。

 実は面倒臭いから任せているのではないか? と思ったりもしたのだけど、流石の彼女もレンジャー技能の心得はなかったらしい。

「待ち伏せがあれば背中を守ってくれる仲間が必要だし、罠の確認や解除はそれができる相手に任せるしかない。私にその技術も手段もないからな」

 クロエ殿が強いのは事実だけど、不意打ちや挟み撃ちを受ければ分かっていても手数が足りない場合もある。

 そういった時は私が背後を守り、時間を稼いだ。

「もちろん、レベルに物を言わせて力づくで片付ければ私一人でもなんとかなるが、それでは消耗が大きすぎる。力任せは最後の手段にしておきたい」

 なるほど、言われてみればその通りだ。

 いかな『金』級とはいえ、何もかも一人で行うのは効率が悪すぎるということなのだろう。

 もちろんやってできない訳ではないという点については、流石上位の探索者だと言わざるを得ないけど。


(ふむ)

 クロエ殿の横顔をそっと眺める。相変わらず何を考えているのかよくわからない表情を浮かべたまま、黙々と剣の手入れをしている。

 何かと気難しいと言われ、パーティーを組んでもトラブルで解散することが多いとい聞く御仁だが、実はコミュニケーションが下手なだけで、案外組みやすい相手だったのかもしれない。

 一見は百聞にしかず、とは母親から聞いた魔族の諺だが、単に見ただけでは分からぬこともあるのだろう。


 最初は気の進まなかったこの仕事が、実は少し楽しく思えてきていることは、シシリーにも秘密だ。

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