第一話 小話:ある日のメイドさん

 私、このお屋敷を任されております、ハウスキーパーのライラと申します。

 このお屋敷にはアイカ様の方針により執事は置かれていませんので、事実上私が最高責任者となっております。

 お屋敷の主人であられるアイカ様はそれはもう素晴らしいお方で、生前に雇われていた口ばかり達者なハゲデブの自称ご主人様とは全く違います。

 私は自身の使用人としての技量に絶大な自信を持っております。であれば、その主人にも相応の格というものが備わっているべきでしょう。

 その点についてアイカ様は、実に素晴らしいご主人様であると言えます。

 強さといい、貫禄といい、私の人生・幽生の中でも最も理想的なお方です。

 もちろん色々と問題点もありますが、もとよりあらゆる意味で完璧な方などいらっしゃる筈はありませんし、逆に魅力の一つであるとさえ言えます。

 素晴らしいご主人様に巡り会い、お仕えできるなど使用人冥利に尽きるでしょう。

 その素晴らしき時間をより良きものにするため、私達使用人は存在するのです。



「それでは今より定例報告会を行います」

 そう言いつつ、テーブルに並んで座っている部下のメイド達を見渡します。

 四人全員が姉妹であるかのように似た外見・身長をしており、違いといえば、髪の色と瞳の色ぐらいでしょう。

 そして、おそろいの長いスカートのエプロンドレスを身に着けています。

 実体化させたのは私ですが、別に面倒だった訳ではありませんよ? このうち二人は元男性であり、生前の姿のまま実体化させるわけにはゆかなかったのと、残り二人については生前の姿を良く覚えていないという事情があったからです。

 まぁ、アイカ様にお仕えするにあたり、姿形などそれほど重要なことではありません。見分けさえつけばよろしいのです。四つ子の姉妹だとでも思って貰えば良いでしょう。

「まずは、アルファ。屋敷の状況報告を」

 まずはチェインバーメイドであるアルファに報告を求めます。一部を除いた寝室や客室などを管理・整備する彼女は、ある意味『お屋敷そのもの』に対するメイドです。一番重要な職種であると言えるでしょう。

「本館は概ね問題ありません」

 アルファはハキハキと答えます。

「稀に魔獣や野獣の類が屋敷の周囲をうろついていることがありますが、結界に弾かれて壁の中まで侵入することは出来ておりません」

「そのわりには頻繁に備品予算が使われているようですが?」

 手元の書類を捲りつつ、アルファに尋ねます。そこに記されている数字は屋敷の大きさから見れば些細ではあるものの、人数からみると多すぎる金額が記されていました。

「その……アイカ様がエリザ様のお部屋に侵入しようと何度も鍵をピッキングされますので、その都度新しいモノと交換するのにかかっている費用です。場合によっては窓から侵入しようと面格子を破壊してしまったり、挙句の果てには屋根の天窓からロープを垂らして侵入しようとすることも──」

「わかりました。もう結構です」

 思わず額を抑えてしまいます。何度も何度も何度もなんどもナンドモ注意しているのに、アイカ様は一向に懲りてくださらない。

 いえ、素直に聞き入れてくださるような方であれば、逆に魅力が減ってしまうような気もします。

 型破りというのも、一定ラインを越えてしまえば魅力へと昇華されるものなのでしょう。

「離れに関しましても特に問題はありません。アイカ様との契約でクリスティアナ様の物となっている以上、ゴースト達にも細心の注意を払って作業をさせております」

 いかな事情や理由があるにせよ、このお屋敷はアイカ様がお買い上げになったものです。

 元の持ち主とはいえ、クリスティアナ様にその一部をほぼ無償に近い形で分け与えるのは納得し難い点はあります。もっともアイカ様がそうお決めになった以上、私達は従うのみですが。

「なにか問題は?」

 譲ったのは仕方ないとしても、同じ敷地内にある以上は見窄らしい姿を見せるわけにはゆきません。

 現実問題としてあの広さをお一人で維持するのは不可能ですし、当家の敷地内に存在するからには相応の品格が求められるますので、最低限の清掃・整頓はゴースト達に命じて行わせています。

 クリスティアナ様は散々お渋りになりましたが、これだけは何が何でもと押し通させて頂きました。

「もともと几帳面な方であったようで、担当ゴーストも仕事が楽だと喜んでおります」

「ならば結構」

 まぁ、良くも悪くもゴースト達は単純です。悪さなどすることはありませんし、そもそも考えもしませんでしょう。

 唯一の問題はうっかりゴーストとクリスティアナ様が出くわした場合、思わず聖剣を持ち出されてしまうことがあるぐらいですが、食堂での仕事をまだ続けていらっしゃいますので、時間を調整して遭遇しないようにしております。

「それではイオナとカディス。アイカ様方の日常生活はどうでしょう?」

 続いてはお屋敷内での雑務を担当する二人に確認をとります。

「ランドリー担当としましては特に問題はありません。」

 イオナがハキハキと答えます。

「探索者というお仕事の関係上、汚れ物はどうしても多くなりがちです。とはいえ、細かく気を使うようなお召し物ではないためさほど苦とはなりません。特に改善の必要もないかと」

「正直申し上げまして、レディースメイドとしては不満の方が多いと言わざるを得ません」

 一方、カディスの方は本当に、心底無念そうに口を開きます。

「レディを可憐に美しく磨き上げてこそのレディースメイドだというのに、まったく役目を果たせていないのが実情です」

 ご主人様が快適に過ごせるようにするのと同じぐらい、いえ、それ以上にご主人様達をケアするのがレディースメイドのお仕事。しかもカディスは王宮でレディースメイドを務めていた過去を持つぐらいですから、なおさら歯がゆく感じるのでしょう。

「アイカ様もエリザ様もきらびやかなドレスなどには全く興味を持っていただけないのが残念で……お二人ともそれはもう良い素材ですのに、両人ともに着飾ることに無関心なのがなんとも」

 これでは生前に鍛え上げた腕前も発揮しようがありません。カディスの嘆きも当然でしょう。

 見るからに庶民丸出しなエリザ様はともかく、アイカ様は間違いなく化けますでしょう。今の野性味溢れる魅力も悪くはありませんが、ドレスで着飾れば清楚な魅力も引き出されるだろうと想像できます。

「さらには朝のお手入れはともかく入浴中のお手伝いもエリザ様に任せっきりと、正直レディの為の仕事などほとんどありません」

 健康的な日焼けをしているエリザ様は化粧のやりがいがあるでしょうし、なぜかほとんど日焼けもなくしっとりとした肌のアイカ様は入浴とマッサージだけでも大きな効果があります。

 なによりあの美しい黒髪がぞんざいに扱われているのが許せない、とはカディスの言。

 確かにエリザ様はその辺の素人よりもお手入れはお上手なのですが、プロであるカディスの目からみればまだまだなのでしょう。せっかくの黒髪に枝毛が残っているのを見て、カディスがなんとも言えない表情を浮かべているのを見た事は何度もあります。

 ですが、アイカ様がそれをお気に召している以上、私達も無理を通すことはできません。

「レティシア様もレティシア様で、普段はメイドの手を借りることもなく、まれに研究中のまま机の上にうつ伏しているところを、お休み頂けるよう寝台にお連れすることがあるぐらいで……エリザ様に至っては、お世話どころか目もろくに合わせて頂けない状態です」

 アイカ様のことをひとまず脇に置いたとしましても、レティシア様も仕えがいがあるとは言い難いタイプです。

 賢者の家系だけにメイドの存在自体には慣れていらっしゃるものの、こちらもまた自分の身の回りにあまり重きをおかないタイプですので。

「出来ることと言えば清掃とベッドメイキング。これでは殆どホームメイドと変わりません」

 一体何のために実体化までしたのかと、嘆くカディス。

「……今しばらくは現状を受け入れなさい」

 知らずに軽くため息が漏れます。

 アイカ様は敬愛すべき良きご主人様ではありますが、見栄や面子というものにとことん興味を示さないお方です。かといってその重要性や有用性をご存知ないわけでもなく、単に理解した上で従う気がないというタイプです。

 つまり、私達が進言したところで、それを受け入れる可能性はほぼゼロということです。

「せめて入浴後のマッサージやケアは貴女の任せるようアイカ様には進言しておきます。エリザ様については……まぁ、仕方ないということで」

 明らかに人に仕えられることに慣れていらっしゃるアイカ様はともかく、根っからの小市民であるエリザ様は私達メイドの存在にすら慣れて頂けていません。

 大抵のことは自分でなさろうとしますし、お手伝いを申し出てもびっくりして柱の影に隠れるようなお方ですから。

 それはそれで可愛らしい……ゲフンゲフン。ともかく慣れて頂けるまで時間経過をまちましょう。

「感謝します」

 私の言葉にカディスが軽く頷きます。

 良かれと思い彼女をゴーストから実体化させたのですが、まさかここまで仕事が無いことになろうとは予想だにしていませんでした。

 そういう意味では生前のケチくさ小物主人相手の感覚が抜けきっておらず、現主人であるアイカ様に余計な真似をしてしまった感もあります。

 ですが、この判断は決して無駄にはならないでしょう。

「そう落胆するものではありませんよ。そう遠くないうちに貴女の本領を発揮する機会は必ず訪れますから」

「本当ですか?」

「アイカ様は徹底して空気を読もうとはされませんが、それは不要に我を通すということを意味しません」

 自分が不要だと思ったことに一切の労力を払われませんが、逆に言えば必要だと認めればどのような見栄でも虚栄でも受け入れる。それがアイカ様という女性です。

 使えるものなら何でも使え――自分自身でさえも。

「商人が、それもあのツヴァイヘルドのような大商家が、目立つ地位も権力も無い相手と意味もなく付き合いを持つはずがありません」

 相手が一般庶民であれ貴族であれ、商人とは儲けを基準に物事を判断し行動する存在です。

 リーブラに貴賤は無く、払うものがあるならば誰とでも取引を──ただし信用は除く──そういう商人としての原則を愚直なまでに守るのが私が調べた限りのツヴァイヘルドという商家です。

「今は逃げられないようにせっせと紐付けに勤しんでいるというところでしょう。であれば当然その次の段階があるでしょう」

 いずれなにか大きな仕事と役割を求めてくる。私はそう確信しております。

「そういうものですか?」

 やや不審げな表情を浮かべるカディス。

 私の言葉を疑うわけではないでしょうが、無条件で信じるには根拠が薄いのでしょう。

「そういうものです」

 ツヴァイヘルドの手の者がこの屋敷を、魔法的手段で覗き見しているのは分かっています。

 もちろんそのすべてを私のエルダーゴーストの全能力を駆使してシャットアウトしていますが。

 最初の頃は大した実力もない魔術師くずれを雇っていたツヴァイヘルドでしたが、何度やっても上手くゆかないことに業を煮やしたのか徐々に魔術師のレベルを上げています。

 それでも埒が明かないと思ったのか、ついに彼らは切り札を切ってきました。

 今までとは比べ物にならないほど強力な干渉を受け、ついに屋敷の一部を覗き見られてしまったのです。慌ててより強く妨害したものの、見られてしまったという事実は消えません。

 幸い見られたのはほんの一部で、アイカ様達の入浴シーンだったということぐらいですが。

 それでも不覚を取ったのは事実。急いでその相手を探ることにしました。

 普通なら大きな商人の行動を覗き込むなんて不可能です。ですが、そんな荒業もゴースト達を使えば問題ありません。

 霊体に物理的な障壁は無意味だからどんな場所にでも入り込めますし、食事も排泄も必要ない上に休息いらず。そのままどれほど長い時間でも活動しつづけることができます。

 その上魔法的な手段で守られている場所ですら、ゴーストの存在感を空気に近いレベルまで希薄にすることで侵入できるますのですから便利な存在でしょう。

 その状態では何の影響力も行使することはできませんが、情報を得るだけならなんの問題もありません。

 諜報員としては理想的とも言えますでしょう。もっともゴーストは情報処理という点ではあまり褒められた存在ではありませんので、色々と工夫する必要はありますが。

(『ツヴァイヘルドの辺境姫』は、随分と良い目をお持ちなことで)

 ゴースト達の潜入によって判明した覗き魔は意外な人物でした。

 ツヴァイヘルド商会辺境部の代表クーリッツの妹クーデリア嬢。いつも彼の側に控え、物静かな表情を浮かべている美しい少女なのでした。

 そんな彼女に好意を持つ者も、悪意を持つ者も、示し合わせたかのように付けた呼び名。


 それが『ツヴァイヘルドの辺境姫』。


 お飾りの人形を称える虚名。あるいは嘲笑。

(……とんだ食わせ者だわ)

 その美しい飾り物だと思われていた少女は、大抵のものを見通す『目』の持ち主でしたのです。

 商談の場にいつも居るのは場を和ます役目もさることながら、その目で相手を値踏みしているというわけなのでしょう。

 なんというか、まぁ……それも知らずに取引相手もご苦労さまです。

 そして確信しました。ツヴァイヘルドはアイカ様にただならぬ関心を寄せていると。

 これほどの労力を、単なる商売相手に向けることなどあり得ませんから。いずれ掛けた経費以上の利益を上げようと画策しているのでしょう。

 まぁ、アイカ様をそう簡単に踊らせることができるとは思わぬ方が良いですけど。

「さて、次はシータ。報告を」

 とりあえずツヴァイヘルドの件は置いておき、ハウスメイドのシータに尋ねます。

「ハウスメイドとしては、本館において特段報告するようなことはありません。どちらかと言えばアカリ様のハットの方が問題……懸念事項であるかと」

 わずかに眉を寄せながらシータが続けます。

「本来アイカ様のお考えは、アカリ様に一月程の野宿を行わせ、その後は本館にお部屋を用意する予定でした。ところがアカリ様ファンクラブのゴースト達が小屋を建ててしまい、アカリ様もそれに満足しておられます」

 うん、アカリ様ファンクラブとはどういうことなの?

 主人たるアイカ様の許可も取らずノリで小屋を建ててしまうとは一体どういうことなの?

 色々と突っ込みたいところはありますが、まずは飲み込みましょう。

「ついでに言えば、ゴースト達の屯する場所ともなっており、雰囲気だけでいえば墓地みたいになっており世間体という物が……」

 庭の片隅に建てられた小屋に集まるゴースト達。そのため、その周囲は昼間からどことなく薄暗い雰囲気を醸し出しています。幽霊屋敷ならぬ幽霊小屋とでもいいますか。

 そしてそんな中でも平気で暮らせるアカリ様は、ある意味アイカ様を越える大物であるのかもしれません。

「現状このことが外で話題になる可能性はありませんので、問題がないと言えば問題はないのですが……」

 アカリ様はいわゆる霊媒体質の持ち主で、魔族領にいた頃から幽霊の類には好かれていたそうですが。

 そのせいかゴースト・メイド達にも実にフレンドリーに接しておられます。

「それで、セリカ。アカリ様のお世話についてはアナタの強い希望で一任しましたが、他ゴースト達の手綱はどうなっているのです?」

 なし崩し的にアカリ様担当になっているゴーストに尋ねます。

「以前にも同じ返事をした覚えがあるんだけどー」

 ゆらゆらと丸い身体を揺らしつつ、幽体――セリカが答えます。一般的なゴーストはふわふわ浮いて簡単な指示には従う存在で、ここまで明確な意思を持っているのは珍しいです。

 そう。実体を持ったゴースト達が並ぶ中で、彼女だけは幽体のままなのです。

「私の仕事はアカリ様のお世話であって、他ゴーストのことなど担当外ですねー」

「担当外だろうが何だろうが、実害がでるのであれば対処するのがメイドというものでしょう」

 まったくプロ意識というものが足りていません。

「そもそもアナタはそれだけの存在力を持ちながら、頑なに実体を持つことを拒否しますが、一体どういうつもりですか? 成仏を望んでいるなら今すぐにでも――」

「冗談は性癖だけにしてくださいよー、メイド長」

 セリカが笑うようにプルプルと震える。

「せっかくの幽霊ライフ。まだまだ満喫しないと成仏なんかできませんてー」

「……ゴーストとなったことに折り合いをつけた者は大勢いますが、満喫しているなどと言うのは、アナタぐらいなものでしょうね。そんな身体で何を満喫するというのです?」

「えぇ、幽体であっても……否! 幽体であるからこそ楽しめるモノもあるのです!」

 ずいっと私の方に幽体を寄せてくるセリカ。思わずはたき落としそうになりましたが、ここは淑女らしく相手の言い分を最後まで聞きましょう。

「アカリ様は奥ゆかしい方で、大抵のことはお一人で済ましてしまいますが……ゴーストである私に関しては、特に気にかけることもないので、ご一緒することが可能なんです!」

「……それで?」

 確かにアカリ様は、恥ずかしがってあまり他者の手を借りることを好みません。反面、人の姿をしていないゴースト達の手助けについてはそれほど気にならないようです。

「メイド長は察しが悪いですねぇー」

 腕があるわけでもないのに、はぁ~やれやれとでも言いたげな雰囲気が伝わってきますね。

「アカリ様の湯浴みとか着替えとか、いつでも全部、合法的に覗けるんですよー!」

 あー、えー、ほぉ。そうきましたか。

「変態は死んでも治らないとは言いますが、アナタのそれは筋金入りですね」

 生前仕えている主人の娘に妙なオーラ全開で付き纏い、散々たらい回しにされたという経験を持っているのに性癖とは死んでも治らないものらしいです。

「生前も今も手は出していないのでセーフですー。可愛い子を視姦――ゴホン。愛でてるだけなんですから!」

 全然セーフではないから、お屋敷を転々とするはめになっているのでしょうに。懲りるということを知らないのでしょうか。しかも語るに落ちてますし。

「欲望がダダ漏れになっていますよ、この変態」

「細かいことは良いじゃないですかー」

 ぶーぶーと不平を漏らすように身体を膨らませたり縮めたりするセリカ。なんとも器用なことです。

「そういうメイド長も、ちょくちょくアイカ様に不意打ちを仕掛けては一刀両断にされて絶頂してる変態じゃないですかー」

「死になさい!」

 思わず両手にお盆を出現させ、セリカを一刀両断にします。

「うわ!」

 丸い幽体は真っ二つに分かれたものの、次の瞬間にはまた一つに戻りました。

 物質的な身体がないのは、ある意味便利なものです。実体があればここまで簡単に姿を戻すことなんてできませんので。

「もー、相変わらず頭のおかしい威力ですね。幽体じゃなきゃ死んでました──って、とっくに死んでるので成仏しちゃうところでしたよ」

 今度は抗議でもするかのように私の周りを回るセリカ。

「チッ!」

「うわ。舌打ちするとか。瀟洒を自認している割には下品ですよー」

「ここにご主人様達はいらっしゃいませんから問題ありません」

 私の礼儀や節度といったものは、全てご主人様であるアイカ様達に向けられるものです。部下に対して向けるものではありません。

「このメイド長、裏表ありすぎですよね?」

「当事者のアカリ様から苦情がでていない以上は現状維持としますが……今後万が一にも苦情が寄せられるようなことがあれば」

 ギロリとセリカに睨みつけます。

「問答無用で昇天させますので忘れないように」

「つまりそれまで充分に堪能しておけ、ってことですね!」

 頭が痛い。まさかエルダーゴーストになってからも頭痛を経験するなんて予想だにしてませんでしたよ。

「好きに解釈しなさい……」

 しっしっと手を払ってセリカを追い払います。これ以上言い合ったところで建設的な話にはならないでしょうし、セリカがあの姿をしている限りはアカリ様も特に問題とはしないでしょうから。

「……下働きとの打ち合わせもあるので、今回の報告会はここまでとします」

 この後もコックのベラナや、門番のオズマ。馬丁のヴェルバンドと打ち合わせが必要なのですから。

 あぁ、ベラナはともかくオズマは週イチでお仕掛けてくるクミンだかカミンだかいうシスターの子の相手に辟易しているし、ヴェルバンドは世話する馬や家畜がいないことに恨み節一杯ですし。

「せめて馬車の一台ぐらいは用意するように進言しましょうか」

 ともかく、アイカ様達が少しでも心地よく過ごせるように気を配り、それを実現するために指示を出すのが私の役目。

 いつかこの身が朽ち果てるその時まで、ずっとお仕えさせて頂きます。

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