第四話 エンゲルス・リンカー#3
「もう完全にわやくちゃだなぁ」
食堂の看板娘ではなく『勇者』クリスティアナ・フォールティア・ユーストースとしてのボクから見て、事態は少しばかり面倒な状況になっていた。
突如として現れた新たな敵。それも大勢。目前のマキナ・ワイバーンとてまだ無力化されてはいない。
こちらも残りのメンバー揃って頭数こそ増えているけど、相手はそれ以上。
(バカ正直にぶつかれば、ちょっと面倒なことになりそうだなぁ)
勇者たるもの正々堂々とあれ――なんて教えられたことはない。戦闘技術を教えてくれたヴォルガンのおっさんのモットーは、『勝利に勝るる誉れなし』。
どんな勝ち方でも勝てば官軍。負ければ賊軍。勇者たる者、一度剣を抜けば勝利以外に価値のあるものはない。
悪辣でも卑怯でも使える物はなんでも使え。勝てなければ全てお終い。勝ち方に美しさなど存在しない。
真理はただ一つ。確実に相手をブチ倒せ。
今思えば随分とスパルタな教えだったなぁ……。
この勝利に対する貪欲さが性に合わなくて、ボクは荒事前提の生き方は好きになれない。
それに対するヴォルガンのおっさんの反応は「好きにしろ」。
ボクの両親から頼まれたのは技術の伝授であって、その心構えにまで関与する気はないってことらしいけど……いいのかなぁ、ホントに。
ま。当の両親が苦情を言っていないのなら、それはそれで良いってことなのだろう。
今の時代、特に『勇者』が求められる時代でもないしね。ちょっと強いだけの探索者みたいなものだし。
「……おい、男衆。そこの骸骨共は任せる故、適当に相手にしておれ」
背中越しにアイカの声が聞こえてくる。エリザはともかくボクとレンはあのマキナ・ワイバーンから目を離すわけにはゆかない。
重症を負った死にかけの相手だけど、戦闘力そのものを失ったワケじゃない。魔法は使えるし、なんならその巨大な体躯で暴れまわるだけでも充分に脅威だ。
「くれぐれもエリザ達の方に向かわぬよう心がけよ」
この一言でアイツの目論見はわかった。あのマキナ・ワイバーンはボク達が最初に相手をした。だから最後までボク達に相手を――つまりは決着をつけろってこと。
その代わり援軍に関してはあっちで見てくれるってわけだ。ゴーレムの方はレティシアが相手取ってるし、よくわからない猫耳娘の方はアイカが向かっている。
「丁度良いと言えば丁度良いか」
ここまで追い込んだ相手を横取りされるのは、なんというか面白くない。戦うことが好きじゃないにしても、やりかけの仕事を他人任せにしたときの座りの悪さ。
仕事に好き嫌いを持ち込むのは三流の証。いっちょパッと片付けますか。
「レン! 残りの首、ボクが引き受ける!」
しかしながら残念ながらボクは『盾』、つまり守りの勇者。攻撃に関してはそこまで強いワケじゃない。単純な攻撃力なら純粋な戦士系であるレンの方が上だ。
……総合力なら負けてないし? 単に向き不向きの話だし?
「任せろ!」
そう答えるなり、残りの首とは反対側の方に走り出すレン。死角狙いは戦闘の基本。流石は正規の訓練を受けた騎士だけのことはある。
同業者の中には本能だけで動く連中も結構いて、大抵は長生きしないんだけどね。仮にも武装集団である探索者が街の中をのほほんと歩けるのも、治安維持の点から見ても大した脅威ではないと思われてるから。実際、一番数が多い『鉄』クラスの殆どは、下っ端衛士でも余裕で対応できるレベルなので。
「さぁ、木偶の坊! こっちを向け!」
とはいえ、あの首を放置したままでは流石のレンも大変だろう。人が走るよりは首を振り回す速度の方が明らかに早い。
腰に吊り下げている投擲ナイフを適当に投げつける。狙いを付けて投げれば格好良いけど、なにしろあのサイズ。どう投げても必ずどこかに当たる。カッコよさより確実に、ね。
「Gyaaaa!」
マキナ・ワイバーンが大きな叫び声を上げる。たかがナイフ一本に大げさな……まぁ、このナイフ。カミンに頼んで『祝福』を施してあるから魔物には覿面に効果があるけどね。
「Ugruuu!」
まったく単純だよねぇ。痛みに素直に反応して、こちらに襲いかかってくる首。
あの『少年』は随分とこのデカブツを自慢していたけど、その思考力は野生動物並。魔法が使える分知性はあるんだろうけど、その知性を行動に反映できないんじゃなんの意味もありゃしない。
「甘いよ!」
力一杯叩きつけてきたであろうその首の一撃を、ボクは聖盾で思いっきり弾き飛ばす。質量比で言えばあり得ない光景だけど、この聖なる盾の力の前ではサイズの差なんて些細な問題だ。
「ついでにオマケだッ!」
盾で弾かれて思いっきり身体を晒してしまっているマキナ・ワイバーンに、すかさず聖剣を突き立てる。
いかに頑丈な鱗で覆われているとはいえ、聖剣の前には飾り物同然。熱したナイフをバターに突き刺すが如く刃が沈み込む。とはいえ、切断するにはボクの腕力はちょっと心もとない。
「……Gaaa!」
首が二つあれば攻撃と魔法を両立できたんだろうけど、あいにく今は一本。首で物理攻撃を行えば魔法は使えない。
尻尾もあるんだけど、こちらはレンを牽制するのに手一杯。縄跳びでもするかのようにヒョイヒョイと避けられていて、あまり効果があるようには思えないけど。
それでも発動時間の短い低威力な魔法なら使えるから、ボクとレン目掛けてマジックミサイルを発動させてきた。その数十本。なかなかだね。
「チッ……無駄なあがきを」
半々で飛んできたマジックミサイルだけど、レンはその大半を剣で叩き落とし残りを躱す。ボクの方に飛んできた分は、まぁ、聖盾があれば余裕。百本ぐらいまでなら捌ききれる自信があるよ。
「……Guuu」
だけど小癪なことに、これは引っ掛けだったらしい。
マキナ・ワイバーンはまるでボクを丸呑みにするかのように迫って来て、同時に尻尾を大きく振りかざしてレンを叩き潰そうとする。
うん、悪くない手ではあるね――相手がボク達でなければ、だけど。
「動きがパターン化しているぞ!」
レンに迫っていた尻尾が軽く避けられた上に剣技で斬り飛ばされ、くるくる回りながら宙を舞う。一方ボクの方に迫っていた口は聖剣で軽く遮り、オマケで何本かの牙を折ってしまっていた。ま、仮にも聖剣に噛み付いたんだからそうなっちゃうのも当たり前。
「NuGaaaaaa!」
思い通りにならなかったのが腹立たしいのか、一際大きく喚くマキナ・ワイバーン。
「な!」
だけど、それだけの話じゃなかった。叫び声と同時に周囲に衝撃波が走り、ボクとレンを吹き飛ばす。
「くっ!」
咄嗟に後転して威力を削いだものの、バランスを崩したまま地面に着地して軽傷を追う。ちらりと視線を向ければレンの方も似たような状態だ。
その隙を逃さずマキナ・ワイバーンの顔周囲に魔力が集中するのがわかる。魔法での追い打ちを狙っているのは間違いない。
「追撃に注意……!」
ボクが声を上げると同時にその横を三本の矢が通り過ぎ、マキナ・ワイバーンの身体に突き刺さる。
「Ga!」
なにか大きな魔法を狙っていたみたいで、顔の前で制御を失った魔力が派手に暴発。とはいえ流石に自分の魔力でダメージを受ける程は間抜けじゃなかった。残念だね。
ともかくその隙にボクとレンは立ち上がって再び装備を構えた。
「わたしが気を引きます。今のうちに立て直してください!」
エリザが回復薬をこちらに投げて寄越す。直接傷口にふりかけた方が効果はあるけど、今は時間が惜しいので薬液を頭から身体全体に浴びる。どちらにせよ大怪我は無いから、こちらの方が早い。
「く……っ。普通の矢では今ひとつ効果が……」
スキルで強化できるとはいえ、なんの変哲もない矢。威力を上げるにも限界があって、その殆どがマキナ・ワイバーンの表皮に浅く刺さるにとどまっている。
いや、表皮といっても鱗だよ? そこに普通の矢を突き刺しているだけでもたいしたモンだけど?
これで今ひとつとか言ってたら、ほとんどの弓使いの立場ってものが……っていうか、この娘。本当にレベル七程度なの? 見る限りボクと同格――は言い過ぎだけど、少なく見ても四十レベルぐらいはありそうなモノだけど……。実は最後にレベル計測したのがすんごい前の話で、自分で把握しているレベルとの乖離が……って、いやいや。エリザのオーラは明らかに一般人のそれと大差無いものだしなぁ。
「問答無用全周囲攻撃とは、卑怯と誹られても文句は言えないぞ!」
うん。人のこと言う前に我が身を振り返った方がよいと思うよ、レン殿~。
そんなことを言いながら振り下ろされるレンの剣がマキナ・ワイバーンの身体を斬り裂く。
こっちもこっちで特に魔力が付与されているわけでない高級なだけの剣で鱗を斬ってしまうとか、正直あの怪物の方が可愛そうになってくる。
「巨体が仇になってるな! 機敏に動けなければ、単に持て余すだけの肉塊だぞ!」
マキナ・ワイバーンの巨体は、それ自身が質量武器として成立するレベル。単に突進してきたり暴れまわったりするだけで相当な脅威になる――本来なら。
本当に残念なことに……というか滑稽なことにあの御大層な化け物は行動の大半を『魔力』に頼っている。だからこそあの巨体を軽々と動かし空をも飛んでいたワケだけど……逆に言えば『魔力』が無ければノロノロと動く木偶の坊。
素人ならともかく、経験者にとっては大した脅威にもならない。あとは囲んで棒で叩けば一丁上がりさ。
「あぁ、もう! 鬱陶しい!」
何度と無くレンが斬りつつ確実にダメージを与えているけど、それが致命傷になるにはいま一歩足りない。
そこは腐ってもワイバーン。面倒なことにその耐久力と防御力は本物だ。
(思ったよりは長引くかもなぁ……)
そう。囲んで棒で叩けば勝ち、なんだけど……うん。まぁ、問題は囲む棒の数が圧倒的に足りないってことかなー。
こちら側の戦力は三人。頭数だけなら充分なんだけど、残念ながらエリザは攻撃力としてはイマイチ頼りにならない。それでもボクが聖剣で攻撃すれば威力は充分だけど、ボクはマキナ・ワイバーンの攻撃に備える必要がある――さっきみたいにまた何か大技を隠してるかも知れないし、相手が相手だから咄嗟に対応できるよう用心しておくのは重要。
つまり実質レン一人が攻撃手段なワケ。
彼女、一般水準で見ればかなりの腕利きだけど……残念ながらそれはあくまでも『人族』という水準での話。
これがボクみたいに『聖剣』のような強力装備で底上げ出来ているならまだしも、彼女の剣は高級品ではあっても所詮は既製品。マキナ・ワイバーンを相手にするには荷が重い。
あの化け物の攻撃はかなりの確率でボクが無効化できるけど、こちらの攻撃も通りが悪い。つまり嫌な意味で拮抗している。
流石に自然回復能力までは持ってないみたいだからいずれは削り勝つのは確定しているけど……そうなると絶対にアイカに鼻で笑われる! それも一番ムカつく表情で!! 元でも魔王なんだから、人の神経を逆なでする方法なら、魔族らしく一〇八手ぐらい使いこなすに違いない。
「クッ! 本当に忌々しい硬さだな!」
もう何度目になるかわからない剣戟を加え、その後剣をチラリと一見してからレンが吐き捨てる。
「これでも騎士団一の名匠が打った逸品だぞ。それが刃こぼれするなんて……修理費は請求できるんだろうな! 私の給料ではちょっと払えないからね!」
騎士隊のお給金って案外安いのかしら? 騎士団は高い……っていうか、領土運営の結果次第ってのは聞いたことあるけど。
……単純に修理費が高いだけか。
「硬くて斬れないなら」
不意にエリザが弓を構えた格好のまま、にっこりと微笑みながらゆっくりと口を開く。
「爆破してしまいましょう」
やだ。笑顔で何言ってるのこの娘。キレたら怖いタイプ?!
そんな物騒なことを言いながら、鏃になにか瓶?みたいなものを取り付けている。
「一発しか無いとっておきですけど、効果は抜群です……ただ、効果を発揮する為には『口の中』を狙うってことになりますけど」
なるほど。エリザの矢がマキナ・ワイバーンの表皮に効果があることは既に証明されているけど、表面で爆発を起こしても大した意味はない。表面がちょっと焦げるぐらい?
数があるならひたすら撃ち込み続けるという手もあるけど、一発で確実にダメージを狙うとなるなら鱗などで防御されていない脆弱な部位、つまりは開口部――要するに口の中――を狙うしかない。
それすらそこいらの弓使いでは難易度高すぎだけど、エリザの腕前は確認済み。あの娘が当てるというなら確実に当たる。
「そこでわたしの正面に、頭を引っ張って欲しいんです」
おっと、簡単に言ってくれるね。相手をこちらに都合の良いように誘導するのは、結構面倒なんだけど。
ま。面倒なだけで方法が無いワケじゃから、いいか。
「レン! こっちに引っ張って!」
短い言葉。だけど、ここに来て共闘してきた経験が生きてくる。いわゆる以心伝心って奴?
「簡単に……言ってくれる!」
不満げな言葉を上げながらも律儀にボクの指示に従ってくれる。話が楽で助かるよ。
いや、騎士って人。一応貴族階級だから、下位者の指示は受けない! とか言う人結構いるからね。まったく……重要なのは結果だと思うんだけど、面子とか立場とか色々面倒な話だよ。
「くらぇ!」
短いステップでマキナ・ワイバーンの横合いに飛び、そのまま剣の腹を思いっきり叩きつける。なるほど。その方法ならこれ以上刃も欠けないだろうし経済的だ――威力が無いという点に目を瞑ればだけど。
横から叩かれたその首は大きく揺らぎ、そのままボクの方向へと向く。
うん。完璧。
「ちょっと痛いけど、我慢しなよ!」
背を屈め、そのままマキナ・ワイバーンの首の下へと一歩踏み込む。
「シールド・バッシュ!」
そのまま下から上へと、丁度顎のあたり目掛けて盾を叩き込んだ。
「nGaaaaaa!」
下から強打を受けたその首は一度大きく跳ね上がり、そのまま力なく下へと垂れる。
顎の部分を強打されたその口は、痺れているのかだらしなく開いたままだ。
「注文はこなしたよっ!」
さて。後はエリザが仕上げるだけ。
「お任せ!」
エリザの返事を背中に受けながら、ボクはマキナ・ワイバーンから飛び退く。横目に同じく後ろへと飛び退くレンの姿が見えた。
「エクスプロージョン仕込みの特製爆裂瓶。効果は抜群!」
言葉と同時に放たれたエリザの矢は、ボクの横をまっすぐに突っ切り、狙い違わずマキナ・ワイバーン口へと飛び込んだ。
そして次の瞬間、ボンという短い音と同時にマキナ・ワイバーンの身体が飛び上がるほどビクンとし、そのまま力なく倒れ込む。
その後は、もうピクリとも動こうとはしなかった。
「一丁上がり、ですね」
エリザのその言葉が、ボク達の戦いの終わりを告げる。
「いやはや。なんとも手間取らされたモノだな」
レンが剣を鞘に収めつつ口を開く。
「他に手伝いは……必要ないか」
周囲を見回せば、オークヒーロー達は骸骨共にトドメを刺して回っているところだし、レティシアは怪しい笑みを浮かべてゴーレムをバラしている。他のワイバーン達はとっくに逃げ去ったかステーキの材料みたいに地面に横たわってるだけ。
アイカの方は……猫耳娘と戯れている最中だけど……横から手出しをしたら『余計な真似をするな!』と怒るだろう。放っておけばいいね、アレ。
「それにしても、このケッタイな怪物。持って帰れば結構な財産になりそうだな」
マキナ・ワイバーンの死体を鞘に収めた剣先で突っつきながらレンが口を開く。
「アカデミーでも商会でもギルドでも、どこでも高値を出して欲しがりそうなモノだ」
ふむ。これでも魔法生物の一つ。研究材料としての価値はともかく素材――資源としての価値も高そう。
あの無茶っぷりを見るに、相当な貴重資源が使われているのは想像に難くない。ふむ。山分けにしても屋敷の半分ぐらいは買い戻せるかも?
「……やれやれ。いつでも君は僕の予想を軽く上回ってくるね」
不意に少年の声が周囲に響く。
「誰だ!」
レンが慌てて周囲を見回す。もちろん誰の姿も見つからない。
「こんな場所にボクらを追い込んだご当人のご登場かい」
軽くため息が漏れる。せっかく大物を片付けたというのに、延長試合なんて御免こうむりたい。
「こちらとしてはボス戦なんて遠慮したいところだけど?」
「ははっ……流石の僕も、のこのこ顔を出したいとは思わないよ」
少年が笑う。
「僕としては、ちょっと玩具を回収したいだけなんだよね」
「そりゃ、ご苦労さま」
フンと一つ鼻を鳴らしてから言葉を続ける。
「だけどこっちも、まぁ、色々と苦労したワケだからね。手ぶらで帰るってワケにもゆかないんだよ」
「それは、ご苦労さま……と言ってあげるけど、僕の方に君たちに事情を勘案してあげる義理は無いかな?」
声そのものは案外可愛らしいのだけど、言ってる内容は腹立たしい限り。こりゃ、見た目天使性格悪魔の類だね、絶対に。
「だとしても、どうやって回収するつもりかな? キミの手下はもう殆ど一掃されたと言ってもいい状態だけど?」
「元より、この大荷物を担いで持って変えるつもりなんてないさ」
少年の言葉と同時にマキナ・ワイバーンの死体の周囲に魔法陣が浮かび上がる。
「遠隔魔法!?」
エリザが驚きの声を上げる。なんだかよくわからないけど、これはちょっとマズイかも。
「アレの正体、わかる?」
視線を魔法陣に向けたまま、背後のエリザに尋ねる。驚くということは心当たりがあるってこと。つまりエリザはなにか知っているワケだ。
「あの魔法陣は多分、物質転送のものです。マキナ・ワイバーンを回収しようとしているのでしょう」
「アレを回収するって……ケチなことをするなぁ」
エリザの答えに思わず呆れた返事をしてしまう。
貴重なのはわかるけど、まさか囮をよこしてまでやるなんて。そんなに大切なら最初から出さなけりゃ良かったのに。
「魔法陣はまだ完成していません! 今ならまだ……!」
「この……思い通りにはさせんぞ!」
エリザの声を受けてレンが剣を抜き放ち、魔法陣に突き立てる。それと同時にその部分が光りを放ち、周囲の魔法陣が揺らぐ。
「ふ~ん」
理屈はわからないけど、あの魔法陣は物理的に妨害することができるみたいだ。これは逃がす理由はないね!
「仕組みはさっぱりわからないけど、まだまだボク達にチャンスはあるみたいだね?」
一財産……という点は取り敢えず置いておくとして、こんなシロモノを素直に渡したらマズイ。
再生された挙げ句、またどこかで出くわしたりしたら最悪だ。
「やれやれ……」
少年の声が盛大にため息をもらす。
「できれば穏便に回収を終えたかったんだけど……邪魔をされては、こちらも手を打たないと仕方ないね」
(――っっっ!)
その言葉を耳に届くと同時に背中を走る壮絶な悪寒。これは、やばい!
「レン! その場を離れるんだっ!」
ほぼ同時にレンに向かって叫ぶ。だけど、それはわずかに手遅れだった。
「なっ!」
魔法陣の上に何本ものボクの腕程もありそうな細長い物体……あれは、釘? が出現し、レンとボクの方目掛けて発射される。
「このぉ……っ!」
これでもボクは盾の勇者。その程度の攻撃なんて全部叩き落とせる。
「ちょ、ちょっと!」
レンが懸命に飛び退いてわずかでも距離を稼ごうとしていた。彼女はマキナ・ワイバーンに近すぎて一番多く『釘』の脅威に晒されている。
流石のボクも、距離の離れた場所にいるレンまで守ることはできない。
彼女の腕前であれば数本の『釘』を叩き落とすことはできるだろうけど、あれだけの数を捌くのは流石に無理が……。
「衝撃に備えて!」
言葉と同時に風を切ったエリザの影がボクの横を駆け抜け、そのままレンの方に向かう。
って、あれ? エリザって結構後ろの方に居たはずなんだけど、この一瞬で距離をつめた? いや、どんな速度なの?!
「は?」
言われた方のレンも戸惑いの表情を浮かべている。そう、こんな短時間で移動できる距離じゃない。
「………っ!」
しかし戸惑ってばかりもいられない。殆ど横合いから体当たりする形でエリザがレンにぶつかり、レンは転がるように地面へと倒れる。直撃コースを飛んでいた『釘』は、そのままレンの頭上を通過していった。
では、残りの『釘』は?
(間に合え……っ!)
盾を構えて思いっきり走る。
地面に倒れたことでレンは『釘』から逃れられた。それはつまり、代わりにエリザが『釘』に晒されることを意味する。
彼女はレンに体当たりしたことで体勢を崩しており、ここは何が何でもボクがあの攻撃を遮るしかない。
それがどれほど無茶だとしても。
だけどボクの速度はエリザのそれよりも遅く、どうしても『釘』が届くまでは間に合いそうもなかった。
「へ?」
でもボクの目の前で展開されている光景は、そんな予想を遥かに越えたものだった。
頭に命中しそうだった最初の一本を、エリザは頭を捻って避けた。
肩に命中しそうだった次の一本を、彼女は身を捩って避けた。
胸に命中しそうだった次の次の一本を、彼女は更に身を捩って避けた。
やるぅ! とても人間技だとは思えない動きだけど『釘』を回避している。
あと、もう数歩でボクの守備範囲内にエリザを収めることが――。
でも、奇跡は何度も続かない。
腹に命中しそうだった次の次の次の一本は……もうどうしようもなかった。
そもそも最初の三本を避けきったこと自体が奇跡なんだ。
「………!」
吸い込まれるように『釘』が最後までそれを避けようとしていたエリザの腹部を捉え、勢いよく彼女の身体が吹き飛ばされる。
時が止まった気がした。
その止まった世界の中、ゆっくりと空中を舞うエリザの身体。
口から漏れる僅かなうめき声。
釘の刺さった腹部から、周囲にばら撒かれるように飛び散る鮮血。
やがて、彼女の身体は叩きつけられ地面の上を数度転がった。
「エリザっ!」
地面に倒れたエリザの周囲に血溜まりが広がり、その身体はピクピクと痙攣している。
即死したわけじゃないけど、重症なのは間違いない。
「君は……あぁ、もう! 確かにそうするんだろうね」
呆然と立ち尽くすボクの耳に、少年の声が届く。
ただ先程まであれほど余裕綽々だった声に、明らかな焦りが混じっていた。
「……僕としたことがミスったよ」
なんだろう? この知人を案じるような声。少なくとも敵対している相手に掛ける声じゃない。
エリザとあの少年声の持ち主には何か関係が? あぁ、今はそんなことを考えている場合じゃ――。
「こんなことで、事故なんて勘弁して――」
完成した魔法陣の中で、急速に姿が薄れてゆくマキナ・ワイバーン。それにあわせて少年の声もどんどん小さくなってゆき、やがて完全に消えていった。
「エ……エリザ……?」
だけどボクもレンも、もうそれを妨害するどころじゃない。マキナ・ワイバーンのことなんて頭から完全に消し飛んでいる。実際、今となってはどうでもいいこと。
「エリザ……?」
指先一つ動かすこともできず、目前の信じがたい光景を、ただ呆然と見ているしか無かった。
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