第四話 エンゲルス・リンカー#2


 キタキタキタキタ……キターーーッッッッッッッ!!!!!!


 この瞬間、私の脳裏を占めていたのははしたなくもこんな言葉の羅列でした。

 だって、ミスリルゴーレムですよ。ミスリルゴーレム! しかもまた稼働状態の!!

 賢者としてこれを見過ごすなんて、絶対にあり得ない!!!

 前回発見した貴重極まりないロックゴーレムは、その価値を理解してくれないバーサーカー――もといバトルジャンキー――でもなくて、えーっと……。

 ともかくアイカさんの手によって無残に破壊されてしまった。手に入った残骸はそれはそれで価値はあったけれど、有用な技術情報は得られなかった。

 悲しみのあまり幾夜も涙で枕を濡らしたけど、神様は私を見捨ててはいなかった!

 貴重なゴレーム。それも最高峰の一つと言われるミスリルゴーレムに出会う機会が訪れるなんて……今度ばかりは神様を信じても良いかも? あとで教会にいっぱいお布施しておこう。

 あ、いや。教会に儲けさせるのは癪に障るので大量のお供え物で感謝しよう。

 しかし、まだ、喜んでる時間じゃない。

 まず確実な脅威を、今度こそ先に取り除いておかないと!

「あの! ミスリルゴーレム! 今度は絶対に! 私の獲物! ですからね! 今度は破壊したりしないでくださいよ!」

 うん。我ながらちょっとはしたなかったかもしれない。

「お、おぅ。わかったぞ」

 おっと。あのアイカさんが若干引き気味に。

 おほほほ。淑女たる者、もう少しお上品に振る舞わないと。

「コホン。敵の数が増えたのは少々宜しくない局面ですが、幸いゴーレムなら私一人でも相手できます。アイカさんはあの猫耳娘さんやボーン・ウォーリアあたりをなんとかして頂ければと」

 ともかくゴーレム以外の敵を押し付け――えーっと適材適所に分担しつつ効率的に問題を解決するのが一番!

 相手も大人数だけど、こっちも手数は多いし。質を考慮すれば決してこっちも引けをとらない。

「なにやら黒い物が見え隠れしておる気もするが」

 う……相変わらず鋭い。たくらみごとに敏感なのは、やっぱり元魔王って経歴が関係しているのだろうか?

「お主の言う通り、それぞれ分担した方が効率は良さそうだな……まとめて相手すると、余もやり過ぎてしまうやも知れぬし」

 流石は元魔王様。勝つのは当然という前提は恐れ入る。

「あのトカゲはエリザ達の獲物故これ以上手を出すのは無粋というものであるし、あの骨々共は数が多く疲れるだけ故に男共に任せておけばよかろう」

 あの巨大なワイバーンは死に体だからエリザさん達に任せておけば充分。ボーン・ウォーリアは数こそ多く面倒な相手だけど決して強敵じゃない。

 実質的な脅威はミスリルゴーレムとあの猫耳娘ぐらい。そのうちゴーレムを私が相手取れば、残るはアイカさん一人で充分。

 あの娘、腕はそれなりに立つみたいだけど、まぁ、相手が悪いというか運が悪いというか。

 よりによってアイカさんに目をつけられるなんて……合唱。

「そんなこと言ってますけど」

 でもここは、とりあえず茶化しておくことにする。

「新しいカワイコちゃんと戯れたいんでしょ?」

 これはエリザさんの為に、敢えて、そう敢えて不本意ながらも茶化す形で苦言を呈しているだけ。

 面白がってたりはしませんよ? えぇ、本当に。

「……お主なぁ……」

 まるで処置なしとでも言いたそうに首を振るアイカさん。

「他人を弄るのは大層面白い娯楽ではあるが、程々にしておかぬといずれ手痛いしっぺ返しを受けるぞ?」

「ま、まぁ。それはさておいて」

 慌てて話題を変えることにする。

「お待たせするのも悪いですし、そろそろお相手をしてあげた方が……」

 殆ど無視されてる状態でどうしたものかと行動を決めかねている猫耳娘さん。

 召喚されたは良いものの指示がないためその辺をウロウロしているだけのボーン・ウォーリア達。

 そして命令を待ってただ突っ立ってるだけのゴーレム。

 本当なら一大決戦というシチュエーションだというのに、なんというか緊張感に欠けるというか、おマヌケというか。

(はぁ~)

 まったく。これが『魔王』の手腕。緊張感は油断を防ぐ反面、実力を発揮するのも阻害する。正直な話、メリットよりもデメリットの方が多い。

 反面、リラックスした状態であれば持てる力のを存分に発揮することができる。

(魔王──魔族を統べ、勇者との戦いを幾度となく制した王)

 このお調子者な仮面をいつまで被っていられるのか……いや。もうとっくに破られているのかもしれない。

(惚けた顔と言動でこちらの行動を思うように操る。一見すれば切った張ったを至上とする脳筋タイプに見えるけど、実際には随分な策士タイプ。それも理論と計算に重きを置いた)

 敵に回すと厄介で、味方にすると心休まる時がない――そんな最悪のタイプ。でも友人とすれば心強い。

 なんとも付き合いづらいような、そうでもないような。

「ふん。お主の魂胆は少々気に入らぬが、言い分はもっともであるな」

 ものすごく疑いの混じったジト目で私を見るアイカさん。その漆黒の瞳は、どんな隠し事でも確実に見透かしてしまいそう。

「真面目な話、これ以上放置しておいたら正気に戻るのを通り越してデタラメに暴れだしかねないからな」

 あちらは自分達が殆ど無視されている状態に戸惑い次の行動を決めかねているみたいだから、先手を取るなら今。

 ぶっちゃけた話総合力で言えばこっちのほうが上だけど、数に物を言わせて乱戦に持ち込まれたら色々と面倒な事になりかねない。

 単純に同士討ちをおこす可能性も上がるし、そうなると行動はどうしても消極的になってしまう。

 消極的になれば主導権も相手に奪われてしまうし、そうなるとますます事態は面倒に……物量とは何倍もの実力差をひっくり返す厄介な要素だ。

「ゴーレムはお主に任せる故、自力でなんとかするのだな……今更自信がないとは言わぬよな?」

「お任せあれ」

 アイカさんの言葉に、私は軽く胸を叩く。

「賢者の肩書が、伊達でも酔狂でもないことをお見せしますよ」

「頼もしいことだな……おい、男衆。そこの骸骨共は任せる故、適当に相手にしておれ。くれぐれもエリザ達の方に向かわぬよう心がけよ」

「おい!」

 アイカさんの言葉に、ブラニット氏が抗議の声を上げる。

「お前! あいつら軽く数えても二十以上いるぞ! 無茶を言うな!」

「うむ? 一人あたり十体片付ければすむ話ではないか。大した仕事でもあるまいよ」

「いや、あんたなら簡単かも知れんが……普通は無理だぞ!」

 アイカさんとブラニット氏がなにやら掛け合いをしているのを横目に、私は軽く気合を入れる。

 いかにも自信ありげに――実際あるのだけど――答えたものの言うほど話は簡単じゃない。

 ゴーレムは神々が生み出した高度な魔法技術の産物で、とてつもなく強力な存在。しかも稼働中のゴーレムの存在は今まで確認されたことはなかったというシロモノ。

 だけど私は対ゴーレム戦は既に経験済みだ。その時はアイカさんクロエ嬢が一緒であり一対一の戦いではなかったけど、だいたいのコツは掴んだしなにより私もあれから何もせずに過ごしていたわけじゃない。

 またゴーレムと遭遇した場合に備えて、ちゃんと対抗方法を考えてましたから!

「……やれ! ゴーレム! ボーン・ウォーリア!」

 アイカさん達が散開するのを見たカットさんが慌てて指示を飛ばす。それを受けてゴーレムがのっそりと動き出し、ボーン・ウォーリア達がカチャカチャ音を立てながら武器を構え始める。

「それでは派手に始めますか!」

 魔力結晶から引き出した魔力を錫杖の先に集め、攻撃魔法を発動する。

「魔の業火、神秘の炎塊。我が意に応えよ……汝は浄化の炎なり」

 威力増加の為に付け加えられた呪文にあわせ、錫杖の先頭に炎の塊が出現し、徐々にその大きさを増してゆく。

「ファイヤーボール!」

 撃ち出された炎塊はまっすぐにミスリルゴーレム目掛けて突き進み、命中した。

「……?」

 だけどそのファイヤーボールは、ミスリルゴーレムの表面で火花となって弾け飛んだだけ。全くダメージを負った気配もない。

「……あれでも人に命中すれば、骨まで焼き尽くす程度の威力はあったんですけど」

 正直嫌になる。

 手持ちの中で最強の魔法というワケじゃないけれど、まったく効果が無いというのは賢者としては忸怩たる思いだ。

「………!」

 やがてミスリルゴーレムは、私が魔法をぶつけてきた小癪な相手だと気付いたらしく、こちらへとゆっくり向きを変えた。

「あ、ちょっと待て! お前の相手は――」

 カットさんが慌ててなにか叫んでいるけど、ミスリルゴーレムは一顧だにしない。まっすぐこちらへと向かってくる。

「まずは予定どおり、と」

 カットさんからミスリルゴーレムを引き離すという目的は達成できたので、あとはゴーレムを倒すだけ。

「にしても、ミスリル製ゴーレムなんて、誰が作ったのか知らないけど、随分お金持ちなことねぇ」

 言うまでもなくミスリルは高度な魔法金属で、その価値は計り知れない。巨大な金属の塊であるゴーレムが人と見紛うばかりに機敏な動きを取れるのも、この金属の恩恵があればこそだ。

 またミスリルは魔法抵抗も高く、ファイヤーボールの直撃を受けても焦げ目一つ付かないほどの防御力を誇る。

 巨大な図体から繰り出される一撃の重さといい、まさに決戦兵器とでも言うべき強敵。

(多分、魔族であるアイカさん対策として準備したのでしょうけど)

 魔族の武器『刀』、それ自身はそう強度の高い物じゃない。もし金属の塊であるゴーレムに切りかかれば有効なダメージにならないどころかポッキリと折れてしまう。

 その弱点を補うため常に刀身に魔力を纏わせているから強度以上の耐久力を持ち、大きなダメージを与えることができる。

 だけどミスリルは魔力抵抗が高いので、この魔族の特徴がほぼ意味をなさない。

 ある意味ミスリルゴーレムはアイカさんキラーとして機能する――筈だったのだろう。だけど、そうはさせない。

 それでもカットさんの見込みとしてはアリだったんだろうと思う。賢者である私の主攻撃手段は魔法で、ミスリルゴーレムとの相性は極めて悪い。

 どれだけ攻撃魔法をぶつけても意味はないし、後衛職の私が金属の塊を切り倒せる程の腕前をもっているわけもない。そのままミスリルゴーレムに圧殺されておしまいだ。

「でも、それが致命的な弱点なのよね」

 そう。ミスリルは所詮『銀』の上位金属に過ぎない。

 色々と小難しい理屈はあるけれど、結局の所ミスリルは銀と同じ特性を持っている。つまりは『非常に柔らかい』。

 もちろんその辺の鉄や鋼鉄と言った一般的な金属と比べれば比較にならない程硬いのだけど、それでもオリハルコンや魔鋼鉄と言った魔法防具に使われる材質に比べれば柔らかい。ここ重要。

「さてさて。楽しいダンスタイムの始まりですよ!」

 魔法の力を使い、手近にある大きな岩を浮かべ、ミスリルゴーレム目掛けて打ち出す。

「……!」

 飛んできた岩をミスリルゴーレムは片手で軽く弾き飛ばし、何事もなかったかのようにこちらへと近づいてきた。

「まぁ、そうなりますよね」

 一発の岩がなんの役にも立たないことぐらい最初からわかっている。

 私が知りたかったのは、飛んできた岩に対してゴーレムがどのような行動を取るか、だ。

「でも、これで懸念は消えました」

 もしミスリルゴーレムが岩を弾かず、身体で受け止めたら――その時は相当な苦戦を覚悟する必要があった。

 しかし、実際には身体に当たる前に岩を叩き落とした。つまり、身体に岩が当たるのを嫌がっている。

 つまり防御力にあまり自信を持っていないってこと。

「それじゃぁ、踊って頂きましょうか」

 魔力を展開し、次々と周りの岩や倒木を浮かび上がらせる。立て続けに魔力結晶が壊れてゆく音が響くけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

「さぁ、大盤振る舞いと行きますよ……最後まで付いてきてくださいませ!」

 私が指をパチンと鳴らすと同時に岩や倒木がミスリルゴーレム目掛けて突き進む。

「……! ……!!」

 懸命に腕を振り回し、それらを叩き落とそうとするミスリルゴーレム。

「……くっ」

 大量の魔力消費に私の頭に鈍い痛みが走る。次から次に魔力結晶を消費しながら魔法を維持しているのだから無理が掛かるのも仕方ない。

 いや、それだけじゃない。これは明らかに使っている魔法以上に魔力を消費している。

(予想はしていたけど……これはキツイ)

 原因は明らか。ミスリルゴーレムがエネルギーにするために周囲の魔力を吸収しているから。

 その対象には近くにいる私も含まれているから徐々に魔力を吸われている。

 しかし、これはある意味幸いだったとも言える。

 魔族やオーク族は自身が魔力を持っているから、ミスリルゴーレムに魔力を吸われるとそれだけ弱体化してしまう。

 でも人族である私は、限界はあるけれど失った魔力を魔力結晶を使うことで次々と補うことができる。

 これは大きなアドバンテージで、アイカさんにゴーレムを任せなかったもう一つの理由。

 前回のロックゴーレムと違い、ミスリルは魔法適正が高いから吸収する魔力量も桁違いに高い。アイカさんが対峙した場合、不覚を取ることはないにしても相応に消耗してしまう可能性が高いと思う。

「さぁて、どちらが先に倒れてしまうか……我慢比べです!」

 数が数だけに全ての投擲物を防ぐことはできず、幾つかは直撃を受けてしまっている。殆どはミスリルゴーレムの表面で弾かれるだけだったけど、幾つかの大きな塊はゴーレムの身体に凹みや傷を付けている。

 思っていたとおり、本体の防御力はそこまで高いワケじゃない。

「………!!!」

 もちろんミスリルゴーレムの方も大人しくこちらの攻撃を受けているだけではない。手頃の岩が飛んでくればそれを器用に掴み取って投げ返してくるし、隙を狙ってこちらに少しづつ近づいてくる。

 それを私は集中力が途切れない範囲で避け、避けきれない分に関してはシールド魔法を使って防ぐ。追加の魔力結晶の消費が痛いけど、安全には代えられないので仕方ない。

(冗談じゃなくて、もう少し体力を鍛えてれば良かった、わね……!)

 シールドの魔法はそれなりに強力だけど、使えば使っただけ魔力を消費するからできれば躱しておきたい。

 とはいえ、私は後衛職。その辺の同業者よりは体術に自信はあるけど、流石に本職の前衛職には到底及ばない。アイカさんの半分も運動能力があれば、大分魔力消費を抑えられたろうけど。

 まぁ、ないものねだりをしても仕方ない。幸いにしてミスリルゴーレムは頭を使った行動はしない。条件反射に近い動きしかしないから、やりようはある。

 ミスリルゴーレムの前方に岩を集中し、前面から抑えるように動かす。前方に攻撃が集中したことでゴーレムも対応力に余裕が出来たのか、飛びかかる岩塊を叩き落としながら先程までよりも確実にこちらへと近づいて来る。

「………」

 ゴーレムに表情なんて無いからアレだけど、絶対に勝利を確信した笑みを浮かべているに違いない。

 彼我の距離が一メートル程度に近づいた時、ゴレームはそれまで弾いていた両腕を止め、私目掛けてパンチを繰り出してくる。その一撃が命中すれば、シールド魔法で防いだとしても衝撃で潰されてしまう。

(今!)

 でも、それは私が狙っていたタイミング。

「背中ががら空きですよ!」

 言葉と同時に一際大きな倒木を動かし、横に向けつつゴーレムの背後から膝裏目掛けて思いっきり叩きつける。

 それと同時に錫杖を突き出しながら、こちらも一歩前へと踏み込む。

「!!!」

 両手を攻撃のために繰り出し、思いっきり前と踏み込んだゴーレムはその一撃に対応することができない。

 それでも片方だけなら踏みとどまれたかも知れない。だけど横向きで叩きつけられた倒木は一種の『膝カックン』的な効果を発揮し、思いっきり前のめりに倒れる。

「武器硬化……これでも喰らいなさい!」

 地面に倒れそうになる自重と加速度、魔力によって硬化された錫杖の先端。そして非力ながらも私の渾身の力がこめられた一突き。

 それら力が合わさり錫杖がミスリルゴーレムの胸に突き刺さる。

「スパークボルトッ!」

 突き刺さったのを確認するや否や、私は魔法を発動させた。

「………!!?!!?」

 開放された魔法がゴーレムの体内を駆け巡り、走り回った電撃が内部に致命的なダメージを与えてゆく。

 まるで断末魔でも上げるかのように、身体をビクビクと痙攣させるゴーレム。

「……ガッ……」

 流石のミスリルゴーレムもこの一撃には耐えられず、ゆっくりと地面に倒れ、そして動かなくなった。

「はぁ……」

 上手くゆく自信はあったけど、おっかないものはおっかない。自信があるからといって恐怖心を完全に抑え込むことはできないもの。

「でも、これでボーナスタイムってわけね」

 強力な電撃で動作を停止させたゴーレム。単なる駆動部分と違い、中心部たるコアは強固に守られている筈。

 私が長いこと求めていた『アレ』が、上手くゆけば手に入るかも知れない。

「はぁ……」

 とはいえ今はまだ疲れているし、まだ他の人の戦いは終わっていない。解体は後回し。

 さて、まず一息ついてから様子を見ましょう。



   *   *   *



「おい、男衆。そこの骸骨共は任せる故、適当に相手にしておれ」

 なんだか猫耳の生えた妙ちくりんな姉ちゃんの方へと向かいながら、アイカの奴がこちらに叫んでくる。

「くれぐれもエリザ達の方に向かわぬよう心がけよ」

 言うだけ言ったあとは、こちらの返事も待たずに走ってゆく。

「あいつ、本当にオレ達を手下みたいに思ってやしねぇか?!」

 あくまでもオレはギルドガード・ブラニットだ。断じて魔王軍の一員なんかじゃねぇ。

 単独行動が多いオレがこいつらとつるんでいるのも任務の途中遂行の都合であって、こいつらと仲良しこよしをするためじゃない。

 だというのに、いつの間にかあの魔族の姉ちゃんの指示に従わされている。

「まぁ、アイカ殿はそれだけのカリスマをお持ちですしね」

 なんとも呑気なゼムの返事。

 コイツはコイツで大物というか、どこかズレた奴だ。

 いや、実力はあるし、決して悪いやつじゃないってのはわかるんだが、種族が違うせいかどうも一般常識がズレている気がする。

「私の国では淑女に振り回されてこそ一流の紳士ですからね。こういうのも存外悪くない」

「うへぇ」

 いや、別に女は男に従えとか女の癖に生意気なとか時代遅れな主張をする気はないが、だからといって上司でもなければ同僚でもない(いや、探索者という括りで見れば一応仲間ではあるが)奴の言うことを聞かされるのは腑に落ちない。

 なによりも納得し難いのは、それについて内心ではそこまで嫌だと感じていない自分の気持ちだ。

 あぁ、そうだ! 一匹狼で通っている(これも本意ではないが)このオレが、よりによって魔族の女に使われるのも悪くないと感じている。

 クソッ! その指示も妥当なレベルにあるから反対もできやしねぇ。だからといって喜んで従うのも癪に障る。根拠もなく駄々をこねるのでは分別のない子供と変わりない。

 畜生。嫁さん相手にだってこんなに困らされたことはねぇぞ。

「言うことをきかされていると思うから腹が立つんですよ。生き残るために知恵を借りる代わりに力を貸していると思えば、まぁ、それほど怒りもわかないでしょう」

 ちっ。物は言いようってことか。

 確かに従ってると考えるからモヤモヤする。Win-Winの関係ならば苛立ちはしても腹は立たない。

 屁理屈も理屈のうちってか。

「ともかく彼女の指示は間違っていない。あの骨集団を相手するのは、彼女たちには少々荷が重いのは確かですからね」

 そう言うなりゼムが右手を骨の集団がいる方向へと無造作に向ける。そして一言。

「爆ぜろ!」

 ボーン・ウォーリア集団のど真ん中で凄まじい爆発音がおこり、六体ほどの骨が吹き飛ぶ。魔法……ではなく、特に工夫もなく魔力を放出しただけでこの威力とは。ほとほとオークヒーローの規格外ぶりには驚くしかない。

「あぁ、もう! あの面倒な連中を抑えといて!」

 猫耳娘が頭を掻き毟りながら喚いている。地団駄まで踏んでるその姿は、本当に悪いが緊張感よりも微笑ましい。

 指示を受けたボーン・ウォーリア達は、その全員がこちら目掛けて迫ってくる。どうやらあの小娘、骨共を分割して指示を出すことはできないらしい。未熟者め。

「面白いように踊らされていますねぇ……彼女」

 ゼム氏がやれやれとため息をつく。

「絶望的に経験が足りてない。実力はあるようですが、まぁ、将来に期待というところですかね」

「将来の敵に期待するより、今ここで摘み取ってしまいたいがな!」

 アイカ辺りなら喜んで見逃すだろうが、こちらとしてはそうは行かない。

 ギルドの、辺境の脅威になるとわかっている相手は、その力が育つ前に潰しておきたい。

「まぁ、将来のことは良いでしょう。今はとりあえず目の前の脅威を排除するのが先決です」

 カチャカチャ骨のぶつかる音を立てながら迫りくる骸骨集団。それが作り物だとわかっていても、あまり気持ちの良い光景じゃねぇ。

「くそっ。木偶の坊共がよ!」

 大剣を振りかざし、目前まで迫った骸骨兵に一撃を加える。生意気にも盾を使って防御してきたが、構いやしねぇ。盾ごと叩き潰してやるだけだ。

「相変わらずやりますね」

 オレのそれの倍近い大きさがある大剣を軽々と振り回し、周囲の骸骨兵を吹き飛ばしながら言うゼム。

「嫌味か?」

「まさか。人族の戦士としてみれば、貴方以上の人はそうそう居ないでしょう」

 つまり基本スペックが違いすぎるってか。クソが。

 世界は広いってのは知っていたが、つくづく嫌になる。

「しかし、少々面倒な相手ですねぇ」

 また数匹の骸骨兵が吹き飛ばされた。

 しかし、それだけだ。

 数秒後には何もなかったかのように立ち上がり、破損した部分も自動的に修復されてゆく。

 そう。ボーン・ウォーリアの一番面倒な点はこの『不死身』性だ。たいして強いワケではないが、何度倒してもすぐに起き上がり襲いかかってくる。

 こいつらを本当の意味で倒すには胸骨奥辺りにある中心核を破壊する必要があるのだが、これがまた実に面倒臭い。

 なにしろ親指ぐらいの大きさしかない核だ。狙うのも面倒だし、上手く武器を当てるのも難しい。

 相手がぼんやりと直立してくれてれば問題ないが、ひょこひょこと動いているからな。

「まとめて吹き飛ばしてやりてぇが、そうは問屋が降ろさねぇってか!」

 同様の理由で範囲攻撃魔法を使っても結構な数が生き残る。全体に丹念にダメージを与える方法なんてないからな。腐ってもアーティファクト。心底面倒クセェ。

 一番確実なのは、目の前でバラバラにしてすかさず中心核を踏み潰すこと。耐久力は無いのですぐに壊れる。

 相手も抵抗するから、そう簡単にできることじゃねぇがな。

「まぁ、まとめて始末する方法が無いわけではないですよ」

 そんなオレにゼムが軽く言う。

「ただちょっと時間が必要でしてね」

「オッケー、わかった。わかった」

 大剣を構え直して目の前の骸骨兵共を押し返す。

「つまり、その間オレ一人でこいつらの相手をしてりゃいいんだろ? さっさと頼むぜ」

「話が早くて助かります」

 ゼムが剣を下げ、魔法の準備を始める。それを見た骸骨兵がすかさず行動にでるが、オレの目の前でそんな不用意なマネは許さねぇ。

 渾身の踏み込みで一気に距離を詰め、突きを放って骸骨兵を吹き飛ばす。その隙を狙って数体の骸骨兵が襲いかかってくるが、返す刃でそいつらも薙ぎ払う。

 それに恐れをなした――ワケはねぇが、次の手がだせずに一瞬棒立ちになる骸骨兵共。

 頭を使った行動はしないが、それ故に次の行動を思いつくことができないことがあるのだろう。結局頭を使わねぇ奴は、最終的な脅威にはなり得ねぇ。

「『大地』の『王』よ。我が敵を『縛め』、その動きを『封じ』よ!」

 そして、その一瞬の隙があれば充分だ。

 ゼムが魔法を放つと同時に地面から幾つもの植物の蔦が出現し、骸骨兵共を絡め取る。

 突然の行動にどう行動してよいのかわからないのか骸骨共は暴れているが、武器も封じられた状態では魔法の蔦からは逃げられない。

 身動き取れなくなったボーン・ウォーリアの集団。あとは一体一体中心核を破壊して回ればよいだけだ。

「チッ……面倒クセェ」

 まったく、簡単に片付くのは良いが……時間がかかる上に地味な作業だぜ。

 こんな面倒で退屈な作業。他の誰かにやってもらいたいもんだ。

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