第四話 エンゲルス・リンカー#0


 『祝福されし者達』『原初の人』――そして『神の寵愛を失いし者達』


 それが歴史上に残る僕たちエンゲルス・リンカーの記録だ。

 長いこと姿を隠していたこともあって、人族の間では伝説上の存在だと思われている。

 無理もない。彼らが誕生した時には、僕たちは既に世界の表舞台から姿を消していたのだから。

 『白き神』は、僕たちエンゲルス・リンカーが存在したという証が残ることさえ許さず、あらゆる記録を抹消してしまった。


 『人族』は僕たち『エンゲルス・リンカー』から見ればなんとも脆弱で身体能力に劣り、なにより魔力を持たない無力な存在だった。

 神々に対してゆるぎない尊敬を持っている僕たちも、この時ばかりは神々がなにを考えているのか理解できずに戸惑う。

 明らかに劣る存在を、わざわざ生み出したその理由がわからずに。


 だが、僕たちは気付かされる――実際に無能なのは僕たちの方だったと。


 神は徹底して『人族』に力を与えなかった。

 彼らが受け取れたのはメートル法やキログラムといった度量衡に暦。それに初歩的な知識。

 それは、野生動物よりはマシだろうという程度の恩恵。

 そしてそれだけを残して、神とその眷属達は世界から姿を消す。なにもかも捨て去ったかのように。


 だが、そんな僅かな教えから『人族』はゆっくりと文明を発達させていった。

 驚くべきは大気中の魔力を操る能力を持たない――つまり魔法を使うことができない――にも関わらず、彼ら『人族』は魔力結晶から魔力を取り出す術を生み出し、見様見真似で魔法を再現さえしてみせたことだ。

 それも百年にも満たない短い寿命の中で。師から弟子、教師から生徒へと研究と鍛錬の成果を代々引き継ぎながら、諦めること無く一歩一歩確実に踏みしめながら。


 それはいまだに僕たちエンゲルス・リンカーのそれとは比べ物にならないほど原始的で幼稚な物だったけど、それでも彼らは『自力』でそれを成し遂げたのだ。


 神より直接教えを受けていた僕たちに比べれば、それは遥かに偉大な功績だろう。

 僕たちエンゲルス・リンカーに足りなかったもの、神が失望した理由。それは明らかだ。


 向上心に裏付けされたたゆまぬ努力。


 僕たちは誕生したその瞬間からたいていのことはなんでもできた。

 お互いの精神的波長によって意識を通じ合わせることができる僕たちに距離の概念は無意味だったし、魔法というのは望めば勝手に発動される物だった。

 だから僕たちは怠った──いや、思いつくことすらできなかった。


 ゼロから技術を生み出し、さらに新たなものを生み出し続ける人族。

 神々から授かった技術をより高めてゆくことだけに執着し、新たななにかを生み出そうとはしなかった僕ら。


 何かを発展させ、愚直により高みを目指す存在。それは僕たちから見ても眩しく美しい力強さで、神々の寵愛をうけるにふさわしい。

 それに比べ僕たちエンゲルス・リンカーは、哀れな物貰いに等しい。


 だから、神の寵愛を取り戻すため、僕たちは彼らの更に上を目指さねばならないのだ。

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