第三話 小話:クロエの大冒険#1


「客観的に見て、私はまだ力が足りない」

 ギルドが誇る『金』級探索者クロエ・K・K、それが私の名前。

 探索者という名に恥じぬよう様々な探索を行い『エクスプローラー』の肩書で呼ばれることもある。

 剣の腕前にも自信があり、今まで様々な魔物や魔獣を葬ってきた。自惚れを除いても、『ギルドの誇り』という呼び名も決して大げさな評価ではない。

 だけど、そんな私が初めて勝てなかった・勝てる見込みすら立たない相手。


 アイカ・マシキ・クージョー


 ある日ふらりと領都に現れた魔族の女剣士。腕は確かだし、まぁ、人柄もそれほど悪くはない。

 だけど、私はあいつが気に食わない。

 なぜなら、私のエリザに毎日付きまとうストーカー紛いだから!

 せっかく底の割れた二人組と縁を切り、堂々とエリザを迎えに行けると思ったら……あの泥棒猫が邪魔するどころか既にパーティーまで組まれているという有様!

 エリザの人の良さに付け込んで、無理やり仲間にしているに違いない。そこに『賢者』レティシアまで混ざっているのは理解に苦しむけど、あの手の人間の行動なんて考えるだけ無駄。


 当然ながら力づくでもエリザから引き離そうとしたけど……結果は惨敗。

 あのアイカとかいう魔族のランク詐欺。プレートこそ『鉄』級をぶら下げてはいるけど、明らかに実力はそれ以上。悔しいけれど私より上であることは認めざるを得ない。

 本人がその気になれば、すぐに上のランクへと上がってゆくだろう。

 そんな相手に、素の力で張り合うのは難しい。長年修行を積めばまた別かも知れないけれど、そんな長い間エリザを預けているわけにはゆかない。

「趣味でもスマートでもないけど、手っ取り早く片付けるしかないか」

 素の力で敵わないなら、道具の力を借りればいい。なんとも簡単で明確な答えだ。

 世の中にはまだまだ埋もれている宝はいくらでもあるし、その中には強力なアーティファクトも含まれる。

 それを手に入れることができれば、私にも勝ち目はあるだろう。

 いささか情けないけど、エリザを救うためなら多少の不格好ぐらい喜んで受け入れる。

(でも、ソロは無理ね)

 しかし、そのためには『仲間』が必要。いくら私が腕利きであっても、できることに限界はある。

 決まった仲間が居ない以上、ギルドでメンバーを見繕うしかない。だけど、良くも悪くもソロなイメージが強い私は知り合いは多くないし、一々交渉するのも時間がかかる。

「……ギルドに推薦依頼を出すしかない、か……」

 適材適所。探索者の情報全てを抑えているギルドに、相応しいメンバーを紹介してもらう。

 これが一番時間がかからず、それなりに確実な方法なのだ。



   ††† ††† †††



 間違いなく良い話だと思った。

 今をときめく『金』級探索者からの推薦依頼。なんと報酬は百万リーブラ也。しかも食費及び宿泊費は別途支給。マーベラス!

 拘束期間が最低一ヶ月と長めなのはイタダケないけど、だからと言って一ヶ月で百万リーブラなんて稼ぐ方法が他にあるかと言われると……ねぇ。


 私、シシリー・シルフィーナ=レミアス(『鉄』級)は、同業者からは面倒な存在だと認識されている。

 種族がまず辺境ではお目にかかることは無いハーフエルフというだけで相当な物。

 そしてクラス。一応『魔法剣士』を名乗っていて、それは全く嘘ではない──エルフの特性を引く私は、魔力結晶の助けを必要とせずに様々な魔法が使える──のだけど、実際にはペテンみたいな物だった。

 すなわち私が使える魔法は『探索・補助系』に特化しているのだ。攻撃魔法なんてからっきし使えないし、防御系魔法は補助系魔法の応用でかろうじて真似事ができる程度。

 そう、レンジャーの技能を魔法で補うのが私のスタイル。

 剣と魔法両方を使えると紹介された相手は、満面に期待の表情を浮かべて輝かせる。自分で言うのもなんだけど、私。エルフの血のおかげて見てくれは良いし?

 だけどもまぁ、数日もすれば失望の表情に変わってしまう。

 剣士としての私は平均よりちょっと上ぐらいでしかないし、魔法については『探しものは得意です!』と胸を張っていえるレパトリー。まぁ、がっかりするのも仕方ない。

 だからと言って私は別に後悔なんてしていない。

 あの探査され尽くしたと思われていたダンジョン『迷宮商店』ですら未発見の四層以下が発見され、オーガが住み着いていたという事件があったばかりだ。

 どれだけ手を尽くしても、ダンジョンを探索し尽くすというのは難しい。だから探査能力はどれだけあっても困らないのだから。

「正直、この仕事は気が進まぬでござるよ」

 そんなことを考えていた私の横で、相棒のユンフィが盛大なため息を漏らす。

 魔族とオークのハーフというハーフエルフの私より希少価値の高い女性で、はぐれもの同士三年ぐらいの付き合いになる相棒。

 人族との付き合いが薄いオークな上に、育ちが魔族領側だったせいでなんとも微妙なイントネーションな喋り方がすごく目立つ。

 オークの特色が色濃くでている短めにカットした灰色の髪の毛と、ほんのり緑っぽい皮膚の色がなんともミステリアスでチャーミング。エルフの特性としていくら切っても短くなる気配のない私の髪の毛と交換して欲しい。

 容姿については美人というより可愛い系。鼻と口元は人族の母親似で潰れてないし、牙もない。にも関わらずちょっとだけ八重歯が覗いているのは反則的可愛さだと思う。

「ギルドの推薦依頼であるからには騙される心配はないでござろうが、一ヶ月以上もただ従えとは正気の沙汰だとは思えないでござる」

「別にいいじゃない。あの有名人が無碍な指示を押し付けてくるとも思えないし、その分、支払いは良いんだから」

「口を開けば、金・かね・カネ。そんな有様だから『リーブラと結婚したい女』などと言われるのでござる」

 私の言葉に、ユンフィが呆れた表情を浮かべる。

「いいのよ、言わせておけば」

 まぁ、私がお金にうるさいのは事実だし、それで儲かるならリーブラと結婚したって構わない。

 私の目的のためにはまだまだ多くのお金が必要なのだから。

「本当の金持ちからそんなこと言われたら少しは凹むけど、実際にはお金にも女性にもモテない負け犬の僻みだし? むしろ優越感に浸れるって感じ?」

「ぶれぬ御仁でごさるなぁ……」

 はぁ、と諦めのため息。ユンフィも一応抗議はするけど、それが通るとは思ってないから切り上げるのも早い。

「というかね、そもそも私達にはあまり選択肢はないのよ……男所帯には混じりにくいし、女所帯からはキツイ目で見られてるし」

 まったくもって世の中は面倒くさい。

 もともと女性探索者ってのが少数派な存在で、男女比で言えば七対三ぐらい差がある。

 その割に女性探索者が目立つのは、ただでさえ少ない女性探索者が同性同士で固まっていることが多いから。全体としては少なくとも、固まっていれば存在感はでてくるって話。

 もちろん男女混合パーティーというのもそれなりに多くあるけど、付き合いが長引けば情が湧くのが人というもので色恋沙汰がきっかけで内部崩壊したなんて話も多いし、それでなくとも色々と面倒な問題が発生する。

 その結果、女性は女性・男性は男性でパーティーを組むケースが多くなっている。今どき男女混合パーティーなんて幼少期からの知人同士とか性的指向がちょっと変わっているもの同士の組み合わせぐらいしか見ない。

 まぁ、世の中には異性探索者をいいように扱う通称『姫パーティー』とか『王子パーティー』とかいうのもあるらしい。知らないけど。

 で、先にも言った通り私は、まぁ、美人だ。自意識過剰と思われるかも知れないけど事実は事実。

 しかも相棒のユンフィも私もいわゆる『混ざり者』ということもあり、同性探索者からの評判はすこぶる悪い。

 こんな私達と組んでくれる物好きなんて、ほんとに少数派。過去に組んでくれた相手と言えば、最近『鉄』級に昇進したという噂のエリザ・シャティアぐらい。

(あの娘とする仕事は楽だったなぁ……)

 見てるこっちが心配になるぐらい善良な娘。余計なことは言わず行わず、だからと言って自分の仕事だけをするのではなく様々な助言を与えてくれる頼りがいのある先輩。

 支援職たる者かくあるべしを体現したような人物。

 どうにもならない事情から数ヶ月でお別れすることになったのは、本当に残念。

「どちらにせよ、ギルドの推薦を受けたからには料金分の仕事をするだけよ」

 個人的な感想はともかく、これはギルドからの依頼。断るにしても相応の理由が必要だし、ここで上手く立ち回れば評価アップにも繋がる。

「それは、まぁ……そうでござるが」

 どこか納得しきれない表情を浮かべつつも、それを飲み込むユンフィ。彼女、なにげに権威には弱いタイプだったりする。

(ま、精々ステップアップの踏み台になってもらおうかしらね)

 はてさて。『孤高の女傑』と名高いクロエ・K・Kはどんなタイプの人物なのだろうか?



   ††† ††† †††



「ふーん……ハーフエルフにハーフオークねぇ」

 トーマスから渡された書類の内容は、実に興味深い情報だった。

「ギルドが誇る『金』級クロエ様のお眼鏡に、絶対に叶うと思うぜ」

 ふざけた笑顔でそんなことを言いつつ渡された推薦メンバーの身上書。確かにこれは無碍には出来ない情報だ。

「前回の反省を活かした、ってことかしらね」

 以前ギルドから紹介された『城塞~』『二重魔術~』の二人は、探索者の中ではマシな方だった。少なくとも大半が単なる『資源回収員』な同業者と違い、未踏破のエリアに挑んで新たな発見を目指すだけの気概は持っていたから。

 だから最初の方はそれなりに上手く行っていた。未開のダンジョンやフィールドを探索し、色々な魔物を倒したりお宝を手に入れたりした。交友を深めようと思うほどではなかったが、仕事仲間としてはまぁまぁ。

 紹介してくれたギルドの面子もあるし、そこそこ上手くやってゆくだろうと思っていた。

 だけど、二人は最後の最後でしくじった――あるいは他のお仲間と大差ない、本質的に私とは相容れない存在だったと証明してしまった。

 確かにあの二人の言い分にも一理あることは認める。宝箱なんて、下手をしたら一生お目に掛からない可能性があるぐらい希少なシロモノであるのは確かだ。

 だが、その代わりそこに秘められている価値も一生お目に掛からない可能性があるぐらいに高い。

「あの時の二人の顔は……まぁ、見ものではあったか」

 数億リーブラ――普通の探索者だと一生掛かっても稼げないだろう――の価値があった貴重な物資が、宝箱を上手く開けられなかったためにガラクタと化したという現実を受け止められず、文字通り魂の抜けた表情を浮かべた二人。なかなかお目にかかれる顔じゃなかった。

 結局のところ、あの二人は限りなく『ワーカー』に近い探索者であって、決して『エクスプローラー』では無かったということ。残念ながらご縁が無かったということで。

 それに比べると今回ギルドから紹介された二人、特にシシリーという名前の探索者は見込みがある。

 貴重な魔力を探索系魔法に全振りするというその潔さは『冒険系』探索者として立派なモノだし、そんなトチ狂った選択をした相棒を平然と受け入れているユンフィというハーフオークも中々。

 しかもシシリーの方はエリザと組んで仕事をしていた時期もあり、その後も彼女を蔑むようなことは無かったと聞く。

 聞けば聞くほど今回の仕事相手として組むには最適な人材だ。

「トーマスもたまには気の利いた仕事をするモノね」

 さて。顔合わせの日が楽しみだ。

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