第四話 スールズ・カプリッチョ#4


 『賢者』――その肩書は、ある意味呪いのようなものだった。

 その名の通り私はこの世界の様々なことを知っているし、知ることができる。望む望まないに関わらず。

 そして目下最大の悩みは、同じパーティーを組んでいる魔族の女性――アイカさんのことだった。

「ただの魔族の剣士、じゃないことはわかるけど……」

 彼女は強い。それは間違いない。多くの魔物を物ともしない強さ。

 クロエ嬢・アカリ嬢との戦いにおいても圧倒的な格の違いを見せている。

 まるで敵わなかったように見えるクロエ・アカリ両嬢だけど、一般的な水準から見ればトップクラスの腕利きだ。『金』級探索者の名はそんなに軽いものじゃないし、アカリ嬢もそれに匹敵する実力を持っている。

 そして何より恐るべきは、その二人を相手にしても、アイカさんは『本気を出していない』らしいということ。

 エリザさんの話で聞いただけだが、彼女はいつも用いている得物とは別に炎属性の刀をも使うらしい。

 そして、それを持ち出すのはそれなりに本気になっている時だけだとか。

 私が見ている限りアイカさんはその炎の刀を持ち出したことはない――つまりいつも力を抜いている。

 にも関わらずあの強さだ。ギルド上層部以外では与太話みたいに扱われるゴブリンの基地を一人で焼き払ったという逸話も、大げさに誇張されたものじゃない。

「もし彼女が本気を出したら?」

 領都の衛士や騎士隊を総動員しても勝てるかどうかは怪しいところ。探索者も駆り出して消耗戦を挑めば僅かなチャンスがあるかも知れないけど、勝ったとしても後が続かない。

 危険な存在ではないとは思う。日々を享楽的に生きることに全力を尽くしている女性魔族。

 ただ、それほどの力を持つ魔族が、なぜそんな生活に甘んじているのかがわからない。魔族とは戦いを至高とする価値観を持つ種族であり、平和とは真逆の生き方を好むと聞く。

(平和なのは良いことだけど……)

 これが本心からの態度であるなら問題はない。精々楽しい生活を堪能してもらえればお互いに幸せなことだ。

 でももしこれが欺瞞であり、なにか不穏なことを企んでいるのであれば?

(だとしても、どうしようもないですけどね)

 ため息が漏れる。

 『賢者』としての私は充分以上の戦闘力を持っている。アイカさん相手でも、手段を選ばなければそれなりに張り合うことができる自信はある。だけど、それは勝てることを意味しない。

 私が知る限り彼女相手に勝ち目がありそうなのは――『勇者』だけ。そして『勇者』に匹敵する力を持つのは――。

「まさか、ね……」

 最悪の可能性が脳裏をよぎり、慌てて頭を振る。いくらなんでも荒唐無稽過ぎるし、仮にそうだとしたらますます真意が掴めない。

「これだけでも頭が痛いというのに」

 そしてその側に常にいる少女――エリザ。彼女もまた普通の人ではない。

 多くの人からその辺に幾らでもいる探索者の一人だと思われている彼女だが、私にはわかる。彼女に秘められている底しれぬポテンシャルを。

 それに彼女は『なにか』を知っている。以前の遺跡探索、その最終局面で彼女は確かに『混沌の迷宮』を口にした。専門家ですら持て余しているその『言葉』を。

(雑学……の範疇にしては広すぎますよね)

 彼女が魔法の専門家ならば辛うじて可能性はある。師事した魔術師からその言葉を聞いた可能性はあるから。

 『混沌の迷宮』は魔術師達の頭を悩ませる大きな問題ではあるが、別に秘匿されているわけではない。魔法使いならどこかで耳にする機会もあるだろう。

 だけどエリザ嬢はあくまでも『レンジャー』であり、魔法は使えるけど余技に過ぎない。特に誰かに師事したこともなく、ギルドの講習や魔術書を読んで独自に身に着けたものだと聞いた。

 魔術書を読んだことはあっても学術書や研究書(それらは信じられないぐらい高価であり希少だ!)を読んだことがあるとは思えない彼女が、どこでその言葉を知ったのか。

 更に重要なのは一緒に発見された『オリジン・ギア』の使い方を、彼女が知っていたふうだったこと。タイミングを逸してしまい現在まで真偽をはっきりとさせることができていないけど。

 もっとも、これについては大きな問題じゃない。なにかの偶然かも知れないし、天啓が閃いた結果かもしれない。

 本当に問題なのは、彼女が三つのユニークスキルを所持している気配があることだ。

 一般的にスキルとは当人が持つ技能をわかりやすく可視化したものであり、なにか特別なものを意味しているわけじゃない。

 ただ同じく『スキル』に分類されているが、ユニークスキルだけは別だ。

 これは本人の素質や才能、あるいは血統によってもたらされた特別な能力のこと。後天的に身につけることなどほぼないし、原則として本人が明かさない限りは他者に知られることもない。

 その特殊性からユニークスキルは一人に一つというのが当たり前(例えば私のように特別な血筋の場合複数持つこともあるけど)で、あのワケ有りっぽいアイカさんですら精々二つ程度しか持っていないように見える。

 逆に言うとあくまでも一般人探索者であるエリザ嬢が、三つものユニークスキルを持つのは常識的に考えてあり得ない。

 単なる勘違いだと思いたかったが、私のユニークスキル『スキエンティア』が、それは間違いないと告げている。彼女は最低で三つ、あるいはそれ以上のユニークスキルを持っていると。

「最初はもう少し気楽な付き合いだと思ったんだけどなぁ」

 思わず苦笑が漏れた。

 きっかけは本当に些細なことだった。二人仲良くいちゃつくカップル。同性という点はちょっと引っかかるけど、あの微笑ましい光景は強烈なイメージとして脳裏に強く焼き付けられている。

 様々な偶然が重なった結果だけれど、思わぬ深みに足を突っ込んでしまっている。

「世界は驚異に満ちている――そうでなくては面白くないし」

 『賢者』である自分にわからないこと、知らないことなど存在しない。そう思っていた時期は確かにあった。

 あの頃の自分はなんと思い上がっていたのだろう。世の中には知らないことがまだまだ沢山あったというのに。

 そんな事もわからず、自分の知っている狭い世界の中だけで、なにもかも知った気分になっていた昔の自分を笑ってやりたい気分だ。

「ま。世界を守るのは私の仕事ではないし」

 そんなのは『勇者』とかそれに類する者達が背負えばよいこと。求められてその気になれば手伝うこともあるかも知れないけど、少なくとも主体的にやることじゃない。

「あの二人と一緒にいれば、少なくとも退屈することだけはないわね」

 二人の正体なんて、今は些細な問題。極端な話、異世界人だったとしても関係ない。必要な時がくれば自ずとわかること。追求なんて誰の得にもならない。

 一度きりしか無い人生。そしてせっかくの平和。楽しまないと損ってね。



   ††† ††† †††



「多くのゴーストに、エルダーゴーストですか……」

 ロベルトさんから紹介された物件の話を聞いて、レティシアさんは思いっきり眉を顰めた。

「売り物は、文字通りのお化け屋敷というわけですか」

「えぇ、まぁ……あの物件は、我々も本当に手を焼いているんですよ」

 ロベルトさんの紹介で、わたし達と以前のレストランで久々に顔を合わせたクーリッツ氏は、今まで見たこともないような疲れ切った表情を浮かべていた。

「外壁の外にある、それなりの家屋ですからね……商品価値を維持する為には結界を維持する必要がありまして、その費用も馬鹿にならないのですよ」

「……結界を維持しているのならば、なぜゴースト達に?」

「お恥ずかしい話ですが」

 レティシアさんの指摘に、クーリッツ氏が何度目かのため息を漏らす。

「ご存知のとおり、結界はコストが掛かるのです。場所柄から魔獣除けの物を使っていましてね」

「ようはケチったということか」

 クーリッツ氏の言葉を、アイカさんが一言で要約する。

「こちらも商売であるからには、コストとの兼ね合いがありまして」

 その言葉に苦笑を浮かべるクーリッツ氏。

「と言いますか、まさかエルダーゴーストが発生して、建物を占領するなんて予想外なのですよ」

 エルダーゴーストというのは、大きな憎しみや心残りを持ったゴーストが、それを長年積み重ねて進化したもの。

 その性質上エルダーゴーストは、人に対して様々な呪いや厄災を引き起こすのが普通。突然空き家を占領する『だけ』なんて、あり得ないにもほどがある。

「ロベルトの奴にも申したが、なぜ退治を行わぬ? 衛士や探索者では無理かもしれぬが、お主ら人族の聖職者なら祓うこともできるであろうに」

「神聖術を使える探索者や街の神官に依頼はしましたが、全員撃退されている有様でして……やはりエルダーゴーストを祓うには『聖者』とか『聖女』と呼ばれる高位の聖職者が必要です。それだけでも面倒なのですが……」

 アイカさんの質問に深い溜息混じりにクーリッツ氏が答える。

「困ったことにこの物件、事情により教会上層部の心証が極めて悪く……相場の十倍近い金額を積まなければ話すら聞いて貰えない状況なのですよ」

「それはまた吹っかけられたものだな」

 呆れたようなアイカさんの声。

「聖職者たるもの清貧であれ――とまでは言わぬが……あまりに強欲を通せば、その存在意義を疑われるだけだろうに」

 アイカさんの言うことはもっともだけど、これでも今の教会は随分とマトモになった方だって聞く。なにしろ魔族と戦争していた頃は免罪符なんか売りつけたり、難癖つけて数々の商人や金持ちから財産を搾り取っていたって言うし。

「この案件でさえなければ、教会もまともな対応をしてくれるのですがね……まぁ、そういう意味でも『ワケあり』物件なのですよ」

「……なるほど」

 レティシアさんがなんとも言えない表情を浮かべる。

「教会絡みのワケあり物件、ですか」

「おっと。さすがに賢者様は事情通ですね。できればそのまま胸にしまっておいていただければ幸いです」

 クーリッツ氏の言葉に、レティシアさんが軽く肩をすくめる。ただそれ以上なにも続けないところを見るに、それほど深刻な問題ではないみたい。

「詳細はあまり追求せぬほうが良さそうだな……」

 そんな二人の様子を見たアイカさんがため息を漏らす。

「ご理解頂けて幸いです」

「ここで詳細は追求せぬが、逆に後出しの事情など持ち出しても聞く耳は持たぬぞ」

 アイカさんがスッと目を細める。

「それについてはご安心を。契約を正直に守ってこそ商売は成り立ちますので。貴女方のような腕利きパーティーとは今後も良い関係を続けたいと思っておりますよ」

 にこやかに話すクーリッツ氏だけど、どこまで本気なのかその笑顔からは読み取れない。

「さて、それでは今回の商談の内容を確認しましょう」

 そんなわたしの様子にお構いなくクーリッツ氏が書類を取り出しつつ説明を続ける。

「当方が所有している物件――屋敷に住み着いたゴースト達の一掃。報酬としてその屋敷をサービス価格で売却。なお屋敷をお気に召さなかった場合には、ゴースト退治の仕事として割増料金で報酬をお支払いします」

 そう。今回の仕事の肝はココ。クーリッツ氏が管理しているワケあり物件の問題を解決することで、それを安く売却して貰える。実にお得な話。

「また現場の危険性を顧みてこちらで一人、手伝いを用意しておきました。雇用料はこちらでお払いしていますので、ご安心を」

「ほぉ? 気が利くで――」

「おねえさまの運命の妹、アカリ! 只今参上!」

 言葉は途中で遮られる。この聞き慣れた口調、というか名前言ってるか。

「……お主か」

 なんとも言えない表情を浮かべるアイカさん。

「もー。せっかくの再会ですよぉ。ほらほら、スマイル、スマイル!」

「つい先日、ギルドハウスで会ったばかりだと思うが」

「一日千秋って言うじゃないですかー。アカリにとっては永遠にも等しい時間ですよー」

 アカリさんのテンションアップはとどまる所を知らず、アイカさんのテンションは下がる一方。

 悪い子じゃないってのはわかるんだけど、どうにもこう……ね。

「おや、お知り合いで?」

 クーリッツ氏がとぼけたように言う。

「白々しい男だな……魔族がゴーストに対して有効なのも、彼奴が余の知り合いであるのも、全て承知の上であろうが」

「それは、まぁ……ご想像にお任せするということで。どちらにせよ、貴女がたの損になる話でもないでしょう? それと、エリザさん」

 アイカさんの追求をさらりと躱しながら、今度はわたしに話しかけてきた。

「ロベルトより預かりものがあります」

「わたしに?」

「カートリッジ内蔵式ハイ・シルバー製ショートソードです」

 なんかとんでもないものが出てきた!

 一般的な金属の中で、シルバーは最も魔法の『通り』が良い。つまり、それだけ魔法付与効果が高い。

 だけどシルバーはあまり頑丈な金属ではないから、武器に向いてるとは言えない。上位金属であるミスリルなら同じ特性で強度も高いけど、その分お値段も高い。おまけに希少金属だし。

 そこで考えられたのがシルバーに少量のオリハルコンを混ぜて錬成した『簡易ミスリル』ことハイ・シルバー。

 硬度は高いものの魔法特性が低いオリハルコンと、その逆であるシルバーの特性を合わせ持ちなおかつコストも抑えられたパフォーマンスの高い金属。

 ま、安いと言っても同じ量のシルバー数十倍の値段がするので、そうそう簡単に手が出せるシロモノではないのだけど。

 ちなみに似たようなコンセプトで鉄とオリハルコンを錬成し、頑丈さに全振りしたハイ・メタルというものもあったりする。こちらはとにかく硬く、魔法効果を良くも悪くも殆ど受け付けないので防具素材として人気が高かったり。

「ハイ・シルバー……、それもカートリッジ?!」

 世の中は広いもので、物理攻撃だけでは相手できない存在がいる。そういう相手には攻撃魔法か、魔力が付与された武器を使う。その中でもメジャーなのは武器に魔力を付与するいわゆるエンチャント魔法。

 攻撃魔法と比べて色々便利なエンチャント魔法だけど、問題も多い。

 まずエンチャント系魔法は効果持続に制限時間があるから、使うタイミングを見極めないといけない。戦闘中にエンチャントが切れたりしたら大変だし。

 そこで発明されたのが『カートリッジ式』装備品。剣の例で言えば柄の部分に魔力結晶を埋め込むスペースと、そこから魔力を引き出す魔術回路を組み込んだ便利品。

 まずエンチャントの魔法を覚えている必要がない上に、スイッチでオン・オフを切り替えることができる。魔力もカートリッジ内の魔力結晶から供給されるから自分自身が使う魔力との兼ね合いを考える必要もない。

 魔力が切れても魔力結晶を交換するだけで済むから、魔法を唱えなおすよりも簡単で楽といい事ずくめ。


 でも、もちろん欠点もあるんでしょ?


 その通り。便利さに見合うだけの欠点もちゃんとあります。

 まずカートリッジ式の武器を作るには、最低でもハイ・シルバーを使う必要がある。外から魔力を帯びさせるのではなく内部から発生させるのだから当たり前(前者なら刀身を魔力で包み込むような感じなので素材は問わない)。

 しかも魔力回路は腕利きの職人が一つ一つ手彫りで刻み込むシロモノで、量産なんてもちろんされていない。

 となれば、カートリッジ式の武器のお値段は……言うまでもない。

 あとは柄の部分に回路と魔力結晶を収める必要があるから、当然持ち手としては不必要に大きくなっちゃう。それに滅多にあることではないと思うけど、刀身はともかく柄の部分に強い衝撃が加えられると故障する恐れも。

「仕組みとしては並列二連式カートリッジになっているという話なので、それなりに高性能品でしょうね」

「えーっと」

 ちょっとまって。並列式って最新中の最新じゃん。回路と結晶を直結するだけの直列式よりも高効率だけど制作は本当に難しいので、市場でも殆ど出回っていないって噂の。

 え? これ一体幾らするシロモノなの?! 間違いなく前回わたしが買ったフォールディング・ボウの何倍も高い。

「ロベルトの話によると、新製品の試作品らしいです。エリザ様には悪いのですが、試しに実戦で使って欲しいとのことで」

「いや、こんな高価なモノを試しに使ってくれとか言われても!」

 万が一にも壊したら、一体幾ら弁償すれば?! 最近は高めな報酬の仕事が続いたので以前からは想像もできないほど手持ちはあるけれど……。

「その辺は問題ありません」

 手に取るのすらおっかなびっくりなわたしの様子に、クーリッツ氏がにっこりと微笑む。

「こちらからお願いして使って頂くのですから、弁償などは気にしないでください。なにしろ相手はゴースト。通常の武器では歯が立ちませんからね」

 うわぉ。スゴイ太っ腹。こんな条件のいい話が、わたしの身に訪れるなんてなぁ……ロベルト氏に足を向けて寝られなくなりそう。

「私としても今回の仕事は成功して頂くのが理想ですからね、これぐらいのサービスぐらいお安いものです」

 できる商売人は、色々と上手なんだなぁ……正真正銘一般人なわたしとしては、そう月並みな感想を漏らすしかないのでした。

 ま。少なくとも損はしてないんだから、これはこれでいいか。



   *   *   *



 領都からやや離れた平野部。外壁が目の端に入るぐらいの距離。そんな場所にその屋敷は建っていた。

 敷地の広さに比べてそれほど大きい屋敷ではない。高さも二階建てぐらいだし、本館と小ぶりの別館が一つ、馬小屋と物置小屋が一つずつ。

 庭には剣や魔法用の標的がまばらに見え、訓練用に広く取っていたみたい。

「流石に表には出て来ぬか」

 周囲を見回しながらアイカさんが呟く。

「その辺に姿を晒しておれば、一網打尽にしてやったものを……いっそ屋敷ごと焼き払ってしまえば出てくるやも知れぬな」

「それいい考えですね!」

 アイカさんの呟きに、全面的に賛同するアカリさん。

「火打ち石と油用意しましょうか!」

「やめてください! 事故ならともかくわざと火を点けたりしたら、違約金はもちろん下手したら逮捕されちゃいますよ!」

 人族社会で放火は重罪。ゴースト退治のためとはいえ、絶対に許しては貰えないと思う。

「ふむ……住処が消えては困るからな。他の方法を取るとしよう」

 幸いなことにアイカさんは本気ではなかったようで、あっさりと前言を翻した。アカリさんが残念そうな顔をしていたような見えたけど、きっと気の所為!

「となれば、月並みですが、屋敷に突入するしかないのでは?」

 レティシアさんの言う通り。屋敷から誘き出すにしても手段がないし、自発的に出てくる可能性もない。

 であれば、こちらから中に押し掛けるしかないわけで。

「……芸は無いが、それしかないか」

 アイカさんのため息。一見力押し大好きに見られがちな人だけど、楽が出来るなら喜んでそちらを取ることが多い。楽できる方法なんて滅多に見つからないから結果として力押しになるだけで。

「では。不肖アカリ、一番槍を務めさせてもらいます!」

「あ、お主!」

 そう言い放つや否や、止める間もなく全速力で屋敷に向かって突撃し、扉の前で急ブレーキを掛けてこちらを振り返る。

「……そう言えばドアの鍵。持ってませんでした……」

「お主なぁ……ちょっと見ない間に随分と頭が温かくなっておらぬか?」

「いやぁ、そう言われると、アカリ照れちゃいます♪」

「今の言葉のどこに照れる要素があったのだ! レティシアよ、扉を開けてやれ」

「はい。ちょっとまってくださいね」

 預かった鍵束からレティシアさんが扉の鍵を取り出す。

「正面玄関はこれですね……ここから先はゴースト達の領域です。気をつけてください」

 外に出てこない以上、ゴースト達は全員屋敷内部に潜んでいる筈。どのぐらいの数がいるのかはわからないけど、油断できないのは間違いない。

「それでは、改めて……」

 コホンと一つ咳払いしてからアカリさんが扉に手を掛ける。

「ミスマル家が次女、足軽頭アカリ。吶喊しまーす!」

 そう言うやいなや、扉を開け放って内部へと突撃してゆく。

「あ、危ない!」

 中の様子はわからないけど、闇雲に突入するのは良手だとは思えない。

「あー……まぁ、あやつなら死にそうな目にあったぐらいで、どうこうなることもないであろうからなぁ」

 なんとも言えない嫌な信頼感だなぁ。確かに彼女ならなんとでもなりそうな気はするけど。

「やぁやぁ、我こそは――って、まって、ちょっと! あ、こら! 多すぎ……!」

 そうこうしている間にも扉の向こうからアカリさんの声が聞こえてくる。

「いや、ホント待って、待って! 数多すぎぃー!」

「えーっと……」

 わたしはゆっくりとアイカさんの方を見た。

「助けに行かなくても、いいんですか?」

「ふ……」

 アイカさんが遠い目で答える。

「彼奴も一端の侍であるからには、自力でなんとかするであろう」

「にゃー! おねえさまー! たすけて~!」

 なんかもう、ダメそうな声が聞こえて来るんですけど。それでもアイカさんは動く気配を見せない。

「へるぷ~! へるぷ~!」

 いや、結構余裕あるかな?

「彼奴め……魔族が持つ優位点をすっかり忘れておるな……」

「魔族が持つ優位点?」

 わたしの疑問に、アイカさんではなくレティシアさんが答えた。

「魔族の方が手に持っている武器は、常に魔力を帯びています。ですので、普通に斬るだけでゴーストを倒せるんです。また、身体も魔力で覆われているので、ゴーストからのダメージも受けづらいのです」

「ふむ。流石に『賢者』は物知りだな」

 アイカさんが感心したように言う。

「魔族はゴーストに対して大きく優位にある。落ち着いて対応すれば、十倍以上の相手であっても後れを取ることなどない――っと、そろそろよいか」

 そう言いつつ、アイカさんがゆっくりと扉をくぐった。

「し、死ぬかと思いました……」

 扉の向こう、エントランスホールになっている部分で、アカリさんがペタリと座り込んでいる。

 どのぐらいのゴーストが居たのかはわからないけど、少なくともその付近にはもう居ない。かつてはゴーストだったと思われる魔力の残骸が漂っているだけ。

「ホーリー・レイ!」

 エントラスホールの端にまだ何匹かのゴーストが残っていたけど、レティシアさんの錫杖から発射された光線を受けて、たちまち消滅する。

 あらま。折角新型ショートソードを借りて来たのに、抜く間もなかったなんて。

「少しぐらい助けてくれても良かったじゃないですかぁ」

 その傍らでアカリさんが恨めしそうな視線を向けていたけど、アイカさんはどこ吹く風。

「なに? 余自ら修練を付けて欲しいのか? なんとも見上げた心がけだな」

「あ、すみません。アカリ、まだまだ平気です!」

 アイカさんの言葉を耳にするやいなや、ピョンと立ち上がるアカリさん。

 よほど稽古をつけられるのが怖いみたい――って、まぁ、前回見たアレが魔族の標準なら、逃げたくなる気持ちはよく分かる。

「人族相手に腕前を誇っておったようだが、心の修練はまだまだだったようだな?」

「いやぁ、その。ちょっと見栄張ってみたかったといいますか、同好の士に良いところを見せたかったといいますか……」

「同好の士?」

「それよりも、先に進みましょう!」

 うん。これ以上話がややこしくなる前に先に進むに限る!

「そ、そうだな」

「先に進むのは結構ですが」

 よし! 話をそらした、と思った瞬間、唐突にエントランスホールへと響き渡る声。

 エントランス中央にある二階へと続く階段。そこに女性が現れていた。え? いつの間に?

「まずは、客人として取るべき礼儀というものがありましょう」

「なに奴!」

 アイカさんが慌てたように誰何の声を上げる。わたしはともかくアイカさんですら気づかないなんて……。

「当館のハウス・キーパーを務めるライラ・ドッドソンと申します。お見知り置きを」

 スカートを両手で掴み、優雅に一礼。

 丈の長い紺色のドレスに白いエプロンとキャップ。やや古めかしいものの見事なメイド服。

 青みがかった白く長い髪の毛を後ろで結び、やや吊り目の顔には呆れたような表情を浮かべていた。

「ご主人さま不在時とはいえ、折角のお客様をお迎えするのは吝かではありませんが、いつも来るような暴漢の類であるのでしたら」

 両目がギラリと赤く光る。

「実力で排除するのも辞しません。お覚悟を」

 言葉と同時に彼女を中心に広がるプレッシャー。

 それだけでわかった――彼女が、彼女こそがエルダーゴーストなのだと。

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