第32話『Person Of No Account ①』     


ポナの季節・32

『Person Of No Account ①』     



ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとって新子が自分で付けたあだ名






 三週目でアゴが出た。


 四時間目の体育は、昼食前というだけでも堪えるのに、今日は準備運動の後ストレッチをやって、一周200メートルのグラウンドを5周も走らされている。新任の宇賀先生は容赦がない、遅れ始めると、すぐに朝礼代から叱咤の声が飛んでくる。


 由紀も奈菜も、辛抱強いのか諦めがいいのか黙々とポナの前を汗みずくになりながら走っている。

 ポナだって、一時間目や二時間目なら余裕で走れる。


 だが、ポナは空腹に弱い。



 グ~~~~~~



 特に第三コーナーは食堂に近く、調理のいい匂いがまとわりついてくる。

「ああ、ララランチ……」

 目の前をランチとラーメンのセットのララランチの幻が浮いてくる。


「寺沢、ニヤニヤ、チンタラ走ってんっじゃないわよ!」宇賀先生の檄が飛ぶ。

 その檄が幻にも効いたのか、ララランチの幻は速度を上げ、ポナは人参を鼻先にぶら下げられた馬のように走り出した。

「ポナ、変だよ……」

「ニヤニヤ走ってる……」

「割には、ラストスパートがすごい!」

 クラスメートは一様に驚いた。

「でも、あれって、汗じゃなくてよだれじゃね?」

 由紀は汗とよだれの区別まで付けて驚いた。


「一番寺沢、二番橋本、三番……」宇賀先生がゴールで順位を確認する。補助をやっていた教育実習のオネーサンがタイムを付けていく。

「よーし、いきなり止まらないで、ゆっくりクールダウン、水分補給は今のうちに!」


 これで終わるはずだった。


 が、教育実習のオネーサンが、済まなさそうな声で言った。


「先生、一人分多いんですけど……」

「え、カウントミス?」

「あの、先生の声に合わせてカウントとストップウォッチで確認してたんですけど、どこかでミスったみたいです」

「仕方ないわね、次の授業で取り直すしかないわね」

「エエー!」

 素直な反応が、ポナの口から出た。

「寺沢、なんか文句あんのか?」

「いいえ、あたしじゃないんです。お腹の虫が……」


 腹ペコだと思考能力の落ちるポナは、正直な感想を言って、みんなに笑われてしまった。


「ねえ、ポナ……」

 ララランチのラーメンに箸をつけたところで、奈菜がやってきた。

「え、なに?」

 目だけ奈菜を見て、ポナはガマグチのように口を開けてラーメンを吸い込んだ。奈菜は、普段の三倍ぐらいには開くポナの口に感心しながらあとを続けた。

「体育の時間で、一人多かったじゃない」

「ああ、カウントミスでしょ……」

「それが、そうじゃないのよ……!」

 由紀が割り込んできた。

「体育の後片付けしてて小耳にはさんだんだけどね、何年かに一度出るらしいのよ……」

「出る?」

「定員に入っていない女生徒が……」

「あたしといっしょじゃん」

「それが、冗談じゃなくて……これらしいのよ」


 由紀と奈菜が揃って幽霊よろしく、体の前で手を垂らして見せた……。



ポナの周辺の人たち


父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師

母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長

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