第3話現れた扉



「やはりあったか。」


気焔は知っていたのだろうか。



気が急いていつの間にか早足になる。

私達が連れ立って行くと、階段の下にある壁に夢の中にしか無かった扉が出現していた。すぐにでも中に入ろうと急いている気焔とは裏腹に、私は尻込みしていた。だって、なんか怖いんだもん。


ついこの間入ったような気がするのに、すごく前だったような気もする。前回絵から人形になったシンラはどのように変化しているのだろうか。

絵から、人形になったのだ。その次は…………。


そんな私の心中を察してか、朝が励ましてくれる。


「大丈夫よ、依る。開けるしかないんだから、開けなさい。」


身も蓋もない励まし方にある意味脱力して、ノブに手をかけた。





「………!」

「なんという事だ!」

「あらまあ。」


三者三様の反応を示しながら、私達は急ぎ足で駆け寄った。あ、気焔は手のひらに乗ってるだけだけど。


私は、少し手前で足を止める。何故かというと彼の姿はあまりにも、変わっていた。

私の中で彼は凄く「美しいもの」だった。芸術品と言える程。それが、今は遠くで見ても判る程くたびれている。以前は胡座をかいて座っているような形も今は力なく座らざるを得ない、倒れないようになんとか座っているように見えるし髪だってボサボサ、服も状態が酷い。ああ、私のレースが………刺繍……………!!


朝がクンクン匂いを嗅いで彼のチェックをしているうちに、近寄れない私は周りを見渡してみる。

何か他に、変化があるかもしれない。


「ドアノッカー………。」


前回3の扉までしか無かったドアノッカーが、増えている。ぐるっと回ってみたところ、6の扉まで現れていた。

多分、2と3の扉には1年ごとに来てたと思うから、単純計算で2年はここに来てなかったと予測できる。今年で3年目で、6の扉にドアノッカーが出来たのだろう。

私がついこの間だと思っていた夢も、だいぶ前の事のようだ。


「全然来れなくて………ごめんね。」


部屋に入った時は、シンラの変わり様に怖くなって近づけなかった。しかし何故だか分からないが来れない期間が長すぎた。多分、こんな事は初めてだろう。小さい頃から定期的に見ている夢だったので、見ていないなんて疑ってもいなかったしそもそも夢自体を思い出したのもさっきだ。来ていなかった間に変わってしまった彼を見て、どうしようもない罪悪感が湧く。


まさか、ここまで酷いことになるなんて思ってなかった。なんなら次来た時は成長しているかとも思っていたのだ。



私が1人落ち込んでいると、どうやら匂いチェックが終わったらしい朝が言う。


「かなり弱ってるわ。」


やっぱり。

見た目からも分かるように、やはり私が来なかった事でかなり痛んでいるらしい。来ても、何かする訳でもなかったんだが「ここに来る」という事が大事だったようだ。


「依るは覚えてないと思うけど、ここには毎年来てたのよ。」


朝が言うには、私が夢だと思っていたのは半分現実らしく、夜のある時間になるとあそこに扉が現れる。私が光らなくなってから朝は「どうしようか」と思っていたら、今度は扉が現れるようになり私が夜中に入るようになったので、光らなくなった代わりに部屋に行っていると思ったらしい。私が夢だと思って扉に入って行くところを、朝はいつも見ていた。

ここ2年、いつ部屋に入っているのかしら?と思っていたらどうやら行っていなかったのね、と言う。まぁ朝もずっと扉の前に張り付いている訳じゃないので、細かいことは把握してなかったのだろう。


「でもなんで今になって繋がったんだろう…。」


今まで夢以外はこの部屋の事は忘れてたのに。

考えてもわからない事を、罪悪感を埋めるように考えてしまう。

私がシンラの横で真剣に悩んでいるのに、手のひらの上の気焔がうるさい。


「シンラ様!シンラ様!!お待たせいたしましたぞ!私が来たからには大丈夫です!お任せください!!!」


ものすごく気焔がうるさいけど、シンラは動かない。やっぱ生き物じゃないから喋らないのかな……………と思ってふと顔を見ると寝ているように見える。

 

ん?くたびれてはいるけど、かなり大きくはなってる?もしかして。


前に初めて人形になった時は、小学生くらいの大きさだった。今は座っているからよく判らないけれど、多分私と同じくらいじゃないかと思う。


ちなみに今はまる2年来なかったので14歳だ。

本当に同じくらいの大きさなのか確かめたくて、隣に座って少し俯いている顔を覗き込む。


その瞬間、閉じていた赤い瞳が開いた。



「………!!!、!」



あまりにもビックリして、私は2メートルくらい後ろにすっ飛んだ。そんな事は気にしていない、その場におっことされた気焔が騒いでいる。


「シンラ様!!!おはようございます!!」


おはようで合ってる?

呑気な事を考えながら、変な体勢のまま私はシンラの反応を伺う。返事をするのだろうか。


その瞬間、私が見ているのに気付いたように急に彼がクルッと首だけ振り向いた。

私は更に後ろに1メートルすっ飛んだ。


いやいやいやいやいやいや。

怖すぎるから。


前から綺麗すぎて怖いと思ってたけど、シンラは薄汚れているのは本体?だけらしく、こちらを見る瞳とオーラがヤバイ。ヤバいのは私の語彙だけど、半端なくヤバい。


ちょっと逃げ出したい。


動く事もできずに固まっていると、いい感じに熱血が張り詰めた空気を壊した。


「シンラ様!!長い間お待たせいたしました!!この気焔、姫様を迎えに行く準備、万端でございます!!!」


そのセリフを聞いた途端、シンラの首がまたクルッと戻って気焔を見た。戻り方もなんか怖い。


空気を読まずにまだ気焔は熱く語っている。


「さあ、どの扉に向かいますか!3の扉までは依るが開けているので4ですか!5ですか!!はたまた6!?!」


ちょっとふざけているようにも取れる気焔の言葉をドキドキしながら聞いていた。大丈夫?そんなふざけてて、怒られない??

てか、姫様ってだれ??



「まぁまぁ落ち着きなさいよ、気焔。シンラ様はまだ半分寝ているような状態でしょう。あなたのその勢いに驚いていらっしゃるわよ、多分。」


最後の多分が気になったけど、気焔を見たまま固まっているシンラの様子を見ると多分と言いたくなるのも分かる。

なんかとりあえずどうしようかと思案していると、朝も困ったように話しかけた。


「シンラ様、初めまして。少し前からこの家にお世話になっています、朝と申します。惣介が何も残していなかったので、そのままになってしまっていました…。」


朝が言い訳をしている。

私の所からはシンラの表情が全く判らないので

そのまま反応を待つ。

どうやら腰が抜けてるらしい。なんか動けない。とりあえず動けるようになるまで待つしかないか…と諦め、ため息をつくとそれに応えるようにシンラがゆっくりと、立ち上がった。




座っていてもヤバかったのに、立つともっとヤバいんですけども。ついでにまた語彙もヤバいんですけども。


そんな事を考えている私を他所に、気焔と朝には応えずシンラは私の方に近づいてきた。

歩いているというよりは、動いている。

ススーッと。

その様子が怖くて、とりあえず目を瞑りたいのを我慢して逃げ出さないようにする。

まぁ腰が抜けてるから、逃げられないんだけど。




私のすぐ前まで来ると、シンラは膝立ちで座りスッと何かを差し出した。


私に何かを差し出した事はなんとなく分かったが、それよりも彼の変化の方に目が行ってしまった。

改めて近くで見ると、記憶の中よりも大分くたびれているのが、分かるからだ。


サラサラとしていた髪はボサボサになっているし、豪華な刺繍やレースのあしらわれた服もかなり痛んでいる。勿体無い。黄変や虫食いの様な穴がある。ああああぁ………。

あんなにいいレースなのにかなり黄変してる!切れてるところもあるし!なんて事!どうやって直そう?でも私が手を入れるとそこだけレベルが変わっちゃう!それは許せない…。でもこのままの状態はもっと無理………………………。

パタッ。

倒れたまま染み抜きや補修について考えていると、シンラが喋った。


「これを。」


まさか喋ると思っていなかったのと、真剣に衣装について悩んでいたのであまり聞いてなかった私は、間抜けな返事をしてしまった。


「へっ?」


顔だけ起こした私はいつの間にか隣に来ていた朝の尻尾に叩かれて、彼の差し出した手にある物を見る。んん?


「これは?」


彼の手の上には金のブレスレットのようなものがあった。細かい見事な細工がされており、ぱっと見アンティークのように見える。

「なに?」と尋ねるとシンラは何も言わない。衣装に気を取られて気付いていなかったオーラを今更ヒシヒシと感じていると、朝が急に熱血になって言った。


「おお!これは姫様の腕輪!!これを依るに持たせて、姫様を探させるのですな!!さすがシンラ様!!さて、依る行くぞ!」


え。やだ。誰か乗り移ってない?

急に朝が熱血になった事に驚いていると、朝の口の中から気焔がポロリと出てきた。シンラを追いかけるのに、朝の口にくわえられていたらしい。


「姫様の腕輪?」


シンラは腕輪を持ったまま動かないので、起き上がり、受け取ってみた。受け取ると、シンラは手を引っ込めてそのままこっちを見て座っている。


黙って見られてると余計に怖いんですけど………。

イケメンっていうか御神体っていうか神オーラ。…ちょっと控えてもらっていいですか。


並んで立った訳ではないので正確には判らないけど、やはり自分と同じくらいに大きくなっている事が判る。

子供だったのが、少年くらいになっているのだ。しかも、以前は人形だったのに何となく人っぽくなっている気が、する。

このまま育ったらさぞイケメンになるんだろうな………と思ったけど、迫力も増す事になると怖さ倍増でイケメンなんて言ってられない様な気がする。これ以上はまずい。



しかし私が腕輪を受け取ると、少し彼の表情が出た気がした。それまでは基本「無」だったから、怖さが増していたけど幾分和らいだ感じだ。

まぁ神様だからしょうがないのかな………と思いながら、シンラが喋らなそうなので気焔に尋ねた。


「ねぇ、姫様の腕輪って?姫様って誰なの?」


落っこちたまんまの気焔が張り切って答える。


「姫様とは姫様です!」


 こいつはダメかもしれない。


少し落ち込んだところできちんと気焔は続けた。


「姫様とはシンラ様の対。この腕輪の持ち主である。今はどこにいるのか分からないが、この扉の中に行って探すのである!」


嫌な予感がする。


「ねぇ気焔。誰が探すのかな?」

ニッコリ笑って聞いてみると予想通りの答えが返ってきた。


「それは依るに決まっている!」


いつ決まった。

うん、今だよね。


そんな私の考えを見透かす様に朝が言った。


「依るが生まれた時に決まったのよ。」


え?


「はいー??」

「だって、もうダメかなって思ったけど多分あなたが生まれたからシンラ様が「持ってる」のよ。何故だかは分からないけれど。」


朝の考えによると、シンラが隠れておじいちゃんが亡くなってから、誰も人形神の事を知らず祀り直せない為そのまま家は潰れるしかなかったようだ。

でも私が生まれた時にピンときて、帰ってきたら光ってたのを見て確信したらしい。

この子だ、と。


「猫の感は当たるのよ。」と得意そうにふふっと笑う。


それでどうして私が扉の中に姫様を探しに行く事になるのかはイマイチよく分からないが、兎に角シンラを助けるのに姫様が必要らしい。

そう納得すると、なんだか身体が動く様になっている事に気付いた。腰が抜けたままだったのが恥ずかしくて、誤魔化すように座り直す。


そもそも、うちを守ってくれてたんだから恩返ししなきゃダメよね、うん。

そう考えていたらシンラが急に喋ったのでまた腰が抜けそうで危なかった。

喋るなら喋るって言ってから喋ってほしい。


「すまないが姫のものも探して欲しい」


思ったよりも高い声を聞いて、ああ、少年なんだなぁと納得していると気焔が答えた。


「シンラ様、石と指輪と衣装でよろしいですかな?姫はバラバラに落とされたのでしょうか?」


どんなおてんば姫だと想像していると、シンラは頷いている。お転婆らしい。


「えーと、気焔が何をするかは分かっているという事でいいのかな?シンラ?」


横で「シンラ様と言えっ!!」と喚いている気焔を放っておいて確認する。あまりシンラ本人からの細かい説明は期待できなそうだからだ。気焔が知っているなら、なんとかなるだろう。

やはり頷くだけのシンラを見て、気焔を見る。心配事を口にしてみる。


「ねぇ。うちの事だから私も頑張るけど、そんなに張り切ってるんだから気焔もついて来てくれるんだよね??」


「そりゃ勿論吾輩は姫様の石ですからな!!」


何が勿論かは分からないが、当然のように気焔はそう言って私の手の上に飛び乗った。


「わっ!」


石も動けるんかーいという心の中のツッコミよりも早く、私の手のひらにあった腕輪の凹み部分に気焔が嵌る。



「!」


瞬間腕輪が眩い光を発した。気焔から黄色の眩い閃光が一瞬、部屋全体に広がる。

そして光が収まると、まるで始めからそうだったように気焔が腕輪の真ん中、大きな石が嵌っていただろう部分に収まっていた。 

気焔が腕輪になっちゃった!という私の心配を他所に「いざ行かん!!」と相変わらず煩い気焔は私の手のひらで騒いでいた。



ホント、煩い。




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