第14話

 全てを語り終えた和也の頬を、一筋の涙がなぞった。


「ありがとう。父さん」

「ああ、いいんだ。謙也には、確かに美咲の血が流れてる。それを考えれば、こうなることも必然だからな」


 そう言いながら微笑を浮かべる和也に対し、謙也もそれに答えるようにぎこちない笑みを浮かべた。


「それじゃあ、俺は夕食の準備をするから、もう少し待っててくれ」

「うん。わかった」


 部屋を出て行く和也を見送ってから、謙也は気を抜くようにして息を吐いた。いつの間にか握られていた柊の手を確かめるように、謙也はその手を強く握る。


「大丈夫?」

「ああ、俺は写真でしか母さんを知らない。だから、思ったよりも悲しみはなかったよ。ありがとう、柊」

「うん」


 背中に感じる温もりが、謙也を安堵させた。


 夕食を食べ終えると、謙也は柊とともに部屋へ戻った。疲れ切った体を癒すようにベッドに体を預けると、彼は天井を眺めながら柊に尋ねた。


「柊は、どうして俺のところに来たんだ?」


 問いを投げかけられた柊は、ベッドの傍に腰を下ろす。沈むベッドに誘われるようにして、謙也は柊の横顔に視線を向けた。

 どこか切なげな表情に見惚れていると、柊は突然謙也の方を振り返る。左手をそっと伸ばして謙也の前髪に触れると、彼は頬を赤くして視線をそらした。その姿をどこか可愛がるようして、柊はそのまま彼の頬に手を当てる。

 しばらくしたのちに、柊は確信を持った様子で口を開いた。


「やっぱり……私、謙くんのことが好きだったみたい」

「どうして……。柊は荒田のことが好きだったんじゃ……?」


 聞き返す謙也に、柊は優しげな笑みを浮かべて答える。


「私も、そう思ってた。近すぎて気づかなかったんだよ、多分。生きてる時は家族同然で、謙くんのことを恋愛対象として見たことがなかった。もしかしたら無意識のうちに、それを拒んでいたのかも。とにかく、私は謙くんに対する本当の気持ちに気づけなかった」


 そこまで言ってから、柊は自嘲するように笑みを浮かべた。


「それなのに——」


 言いながら柊は、その身を乗り出した。両の目から溢れだす涙は、頬を伝い、鼻を伝って謙也の頬にこぼれ落ちる。不意にされた口づけは、少しだけしょっぱくて、突然の出来事に謙也はただ目を見開いていた。


「——それなのに、今はこんなにも謙くんを愛おしいと思える……。死ぬときに、最初に浮かんだのが、謙くんとの思い出だったんだよ……」

「詩織……」

「もう、詩織はいないよ。私は、柊」


 思わず呼んだ以前の名前を、柊は涙ながらに否定した。死の実感を改めて感じ、謙也の目からは自然と涙が溢れた。互いの存在を確かめ合うようにして、謙也もまた、柊の頬に手を当てて彼女の涙を拭うように親指で目元をなぞる。


「——俺も……。俺も好きだった、柊のことが……」

「知ってるよ……。幼馴染だもん」


 笑みを浮かべる柊は、今にも消えてしまいそうだった。それを必死に繫ぎ止めるかのように、謙也と柊は互いの手を強く握り合った。


 一頻り涙を流すと二人は平生を取り戻し、隣り合わせでベッドに腰を落ち着けていた。

 昂ぶっていた感情が治ると、途端に二人は恥ずかしくなり、謙也の部屋には妙な静けさが漂う。


「と、とりあえず風呂入ってくるな」

「う、うん。いってらっしゃい」


 そそくさと逃げるように風呂場へ向かう謙也を見送ると、柊は頬を紅潮させたままベッドに寝そべる。足の間に手を挟み込むようにして、柊は自らの恥部をなぞった。まだ高校生で、死んだばかりの彼女には、それなりの欲求というものが未だ残っていた。

 意中の相手と一つ屋根の下。そんな状況が、余計にそれを煽った。


 風呂を出て一通りの寝支度を済ませた謙也が部屋へ戻ると、柊はすでに眠りに就いていた。自分がそうであったように、柊も疲れたのだろうと微笑を浮かべながら、謙也は彼女に優しく掛け布団を掛ける。

 自分はどこで寝るべきだろうかとしばらく逡巡したのちに、謙也は別の部屋にしまってある布団を引っ張り出してそこで眠ることにした。


「——謙くん、起きて!」


 真夜中。柊に起こされた謙也は、目を擦りながら体を起こした。


「どうしたんだ?」

「なんでこんなところで寝てるの?」

「そりゃ、流石に同じ部屋で寝るのはまずいと思って……」


 当たり前のことのように答える謙也だったが、それでも柊は頬を膨らませて反論をした。


「気を使ってくれるのは嬉しいけど、それは余計なお世話だよ。私幽霊だし、謙くんがそんなのを相手に変なことをするとは思えないもん」

「そ、そうか……?」

「うん。だから一緒に寝よう。せっかくだし」


 妙にさっぱりとした態度で言う柊に、謙也は苦笑を浮かべる。


「……わかったよ。じゃあ、布団持ってくから、少し手伝ってくれ」

「ちーがーうー! 同じベッドで、一緒に寝よう?」

「柊……? 熱でもあるのか?」


 首をかしげる謙也だが、柊はいたって冷静に受け答えをする。


「ないよ。起きたら一人で、すごいびっくりしたんだから。私のために気を使うのはいいから、謙くんはいつも通りでいいの。ほら早く」


 腕を引っ張る柊に負けて、謙也は渋々自分の部屋に戻ってベッドに体を預ける。その横に柊も寝転がり、何事もなかったかのように目を瞑った。

 それを見た謙也も、柊に背を向けて目を瞑るのだが、彼女は寝返りを打つようにして彼の背中にピタリとくっついた。


「謙くん、あったかい」

「そ、そうか」


 ぎこちない返事をして、謙也は再度強く目を瞑る。背中に感じる柔らかな二つの感触が一体なんなのか、それを考えたらいけないと自分に言い聞かせて、謙也は必死に眠りにつこうとした。

 そうしているうちに窓からは陽が差し込んで、結局謙也はその日、ほとんど眠ることができなかった。

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