第11話

 互いの思いが交差したとき、詩織もとい柊はその姿を刀と成した。


「すご……!」


 思わず感嘆の声を漏らす謙也の左手に握られているのは、刀身が胴ほどの長さ、それに加えて重厚な深緑色の柄巻きが施された刀だった。腰には付随する鞘が巻かれている。

 真剣なだけに重みは竹刀よりも増すものの、さほど苦にはならず、寧ろ契約を結んでからは妙に体が軽く感じられて、丁度いい程であった。


「謙也、行こう!」


 刀から発せられた声は、紛れも無い柊のもので、謙也は刀を鞘に収める。


「ああ。気になることは多いけど、今はこの状況を何とかしないとな」


 返事をした謙也は、早々に結城たちの元へと向かおうと駆け出した。消耗していたはずの体力は元に戻り、体がとても軽く感じられ、身体能力が向上していることが何となしにわかった。

 謙也に原理などはわからないものの、今はそれより事態の収拾が先決だと判断した。


「結城、三峰先生!」


 駆けつけた謙也に、二人は安堵の表情を浮かべた。二人は既に満身創痍で、リリーも僅かに傷を負ってはいるものの、二人を相手にしている様には到底思えないほど元気だった。

 それは一見してリリーの強さを証明し得る光景で、謙也は一度息を飲む。


 瞬間、灯里がリリーに隙を突かれて蹴り飛ばされた。謙也が戦える様になったことで、彼女は早々に一人は始末しなければいけないと悟ったのである。

 追い討ちをかける様に、リリーは灯里に迫ったが、その前に立ちはだかったのは謙也だった。


「——その目、あの時の美咲とそっくり」


 攻撃を受け止めた謙也がリリーを睨みつけると、彼女は冷ややかな目でそう言った。そうして一歩後ろに飛び退くと、その隙を狙う様に結城が背後から切りかかった。

 軽やかに身を翻したリリーは、結城の攻撃を躱して灯里同様蹴り飛ばす。


「流石に、だらだら続けても仕方ないわね。もう終わりにしましょう」


 淡々と告げたリリーは、自らの胸元に手を当てた。そうして何かを包み込む様にした両手の隙間から、淡く青白い光が漏れ始める。


「——アネモネ」


 言葉とともに開かれた両手の上には、絵に描いた魂の様なものが浮かんでいた。やがてそれは姿を変えて、人の姿となっていく。


「これ、誰だかわかる?」


 悪戯な笑みを浮かべて、謙也に問いかけるリリーの隣に立つ女性。謙也と灯里はその姿を見て愕然とした。二人はその顔をよく知っていたから。

 謙也の父親が毎朝挨拶をする仏壇。そこにある一枚の写真。織り込みの入った長髪を揺らして振り返る姿。それを謙也は何十年も見てきた。そこに立つ女性は紛れも無い、その人だった。


「——母さん……?」

「正解」


 呼びかける謙也に、リリーが笑顔で答える。しかし彼女の隣にたつ女性は、まるで何も聞こえていないかの様にただただ立っているだけだった。

 驚きで呆然と立ち尽くす謙也の前で、リリーは隣に立つ美咲の頬に手を当てる。


「アネモネ——お願い」

「——うん」


 そう言ってリリーは美咲に口づけをした。軽く、短いキスに反応する様にして、美咲は光に包まれて再びリリーの手の内に収まる。やがてそれは刀となった。


「やっぱり、あなたが相手だったらこの形よね」


 不敵に笑みを浮かべたのちに、リリーは鞘に収められた刀を構えて居合いの体勢をとると、深く息を吐く。しかし謙也は依然呆然としたまま立ち尽くしているのみだった。


「——居合い抜刀術一陣……」呟きながらリリーは、刀の鍔を親指で押してその刀身を僅かに覗かせる。「桜花乱舞」


 その言葉と同時に、リリーは腰を落とした状態のまま床を強く蹴り上げて、前傾姿勢のままに謙也の元へと飛び込んで行く。


「——謙也!」


 それまで耳に入ってこなかった声にハッとして、謙也は咄嗟に刀を構えるも、リリーのスピードは凄まじいものだった。

 立ち尽くす謙也の横を、灯里の弓が掠めていく。それは謙也を越えてリリーの頭部目掛けて飛んで行くも、彼女はそれをひらりと躱す。

 しかしできた隙は大きく、それは謙也がリリーの攻撃を防ぐだけの時間を稼いでくれた。


 すれ違いざまの剣戟を間一髪で防いだ謙也だが、彼とすれ違ったリリーはすぐに反転して再び謙也に襲いかかる。

 数にして十の剣戟が謙也を襲うものの、灯里や結城、柊のサポートで傷を負いながらも防ぎきることに成功した。


「殺すつもりだったのに。サポートがあるとはいえ、本当に剣術はすごいのね」

「っ痛——! 居合い相手なんて初めてだぞ」


 腹部を抑えて冷や汗を流しながら、謙也はそう呟いた。


「居合い相手だと普通じゃダメなの?」

「一般的には迎撃で使われる剣術だから。普通はあんなに攻めてくるもんじゃないと思う。厄介なのは、下手に攻めても打ち返される可能性の方が高いってこと」


 尋ねる柊に謙也が答えるも、その間にリリーは次の型を構え初めていた。


「おしゃべりなんかしてていいの?」

「なに、そっちが居合いでくるなら俺だって」


 リリーの言葉に答えながら、謙也は刀を鞘にしまって片膝をついた。互いに鍔を押して刀身を覗かせると、先に口を開いたのはリリーだった。


「居合い抜刀術八陣・一凍冷徹」


 先ほど同様。リリーは言葉と同時に駆け出した。先ほどよりも速く、鋭く間合いを詰めて行く。灯里が放った矢ですら、リリーは交わすことなく刀で弾く。その太刀筋は見えず、その光景はそれがいかに速いものかを物語っていた。

 しかし謙也は物怖じせずに目を瞑った。深く息をして、全身で風の流れを感じる。柊は安堵していた。ゆったりと時間が流れる様な妙な感覚に包まれて。


「——麻木流抜刀術」


 リリーが猛スピードで迫る中、謙也はゆっくりと口を開く。走るリリーが切る風をその肌で感じながら。


「——風切り」


 瞬間、謙也は目を開いて、リリーの姿を捉えた。目を瞑っていた時の感覚をそのままに、全神経を集中させていた謙也には、彼女の動きがとても遅く見えた。

 引き抜いた刀を、そのままの勢いで振り抜こうとするリリーを、謙也はまず一太刀。彼女の刀を同じく抜刀の勢いで弾くと、そのまま右に振り切った刃を切り返してリリーに振りかざす。


 ——刹那。刀を振りかざす謙也の前に現れたのは、中学生ほどの少女だった。ツインテールにした髪を揺らして、少女はその声を体育館に響かせる。


「すとーっぷ」


 妙に間の抜けた様な声だが、彼女は片手で謙也の刀を受け止めていた。


「——お前、誰だ……?」


 突然湧くように現れた少女を前に、謙也は小さな声を漏らした。

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