第9話

 遅れてきた灯里は、メンバーを再確認するように室内を見渡すと、腰に手を当てて「よし」とこぼした。


「全員揃ってるわね。それじゃあ早速……まずはハクたちのことについて話そうかしら」


 謙也と詩織が首肯するのを見ると、灯里はゆっくりと言葉を続けた。


「ハクたちのことはなんとなく察してると思うけど、まあ大まかに幽霊という考えで良いわ。シトリとミトリは少し特殊だけれど、そう大きな違いはない。それぞれがすでに命を落としたもの、あるいは最初から人間には認知されない存在」

「霊にも色々種類があるけど、そういう意味だとこの子たちは守護霊に分類される」


 補足するように付け足すと、結城はシトリとミトリの頭に手を置いた。謙也と詩織は、やはり現実離れした話に、互いの顔を見合わせて苦笑を浮かべていた。


「次に私たちだけど——」灯里は謙也と詩織の様子を見つつ、話を続ける。「私たちは祓魔師。人間に害を与える悪霊の類を始末するのが役目。私の場合、見ての通り本業ではないけれどね。……とりあえずは、私たちがどういう存在なのか、理解はできた?」

「ま、まあ……」

「でもやっぱり話が突飛というか……私が言うのもあれなんですけど、非現実的すぎません?」

「まあ、こればかりは仕方ないから、まずはそういうのが実在してるっていうことを認識してくれれば良い」


 困惑する謙也と詩織を前にして、灯里は優しく笑みを浮かべると、二人にそう伝えた。現在進行形でこんな事象が起きている時点で、灯里の言うことが嘘の可能性は低い。そう判断して頷くと、謙也は次の質問を投げかけた。


「それで向こうの……気味の悪い空間? は一体なんだったんですか?」

「それも今から説明するわ」


 そう答えて、灯里は二枚の雑紙を用意する。一枚にばつ印をつけると、彼女は二枚の紙を重ねて説明を始めた。


「私たちが普段生活してる世界が、こっちの印がついた方ね。それでこの印のついてない方が、向こうの世界——霊界ということにするわ。この二つの世界は、こんな風に重なり合ってるの。この二つの世界を強く結ぶ場所。それが所謂霊道ね。ただ波長が重なり合っているだけなんだけど」


 灯里の話を聴きながら、謙也は興味深そうに頷いてみせる。彼が理解したのを確認すると、灯里は話を続けた。


「普通の人が故意的に霊界へ行くことはできないけれど、もちろん例外はある」

「その例外って言うのは?」


 謙也が尋ねると、今度は灯里に変わって結城が話し始めた。


「一般的に言われる霊感とか、第六感が優れている人が無意識に足を踏み入れることがある。あるいは、向こうの住人に誘われるか。大きく分けるとこの二つ。あとはコックリさんとか、一人かくれんぼとか、簡単な降霊術でも、世界の境界線が曖昧になって紛れ込むことがあるけど、それは稀」

「そういうことよ。神隠しってあるでしょ? そういう現象は、こういったことが原因になってるわね。厄介なのは、向こうで死んだ人の存在自体がこの世界からなくなることね。私たちみたいにそれを認識した人じゃない限り、そこで死んだ人の記憶は一切なくなる。死んだ人の生死が曖昧になって、煙みたいに消えちゃうのよ」


 二人の説明を受けて、謙也は再度頷く。詩織はその際の記憶が残っていないため、最初は困惑していたが、灯里の最後の言葉を聞くと、青ざめた顔で問いかけた。


「……それじゃあ、私の家族は」

「——ごめん。流石に言い出せなかった。……あの日、詩織の家に行ったけど、その時にはもう、詩織のことは忘れられてた。写真からも消えて、部屋も空き部屋になってた」

「……そう、なんだ」


 咄嗟に謝り、謙也がその目で見た状況を説明すると、詩織は唖然とした様子でそう呟いた。二人の様子を伺いながらも、灯里は結城と示し合せるようにして顔を見合わせると、淡々と言葉を続けた。


「こればっかりは、もうどうにもならないから、それについても後で話がある」


 その言葉に謙也と詩織は頷き、灯里は気を取り直すように咳払いをすると、説明を続けた。


「次にあの女——リリーについてだけど……彼女の狙いは高崎くんで間違いないと思う。理由も、だいたいわかってる」

「理由って……あんな人あったことがないし」

「それも説明するわ。まず高崎くん。あなたのお母さんはこっち側の人間だった」

「……は? そんなこと一度も——」

「——あなたのお父さんと結婚を決めてから、きっぱりとやめたの。それについては、高崎くんのお父さんも知っているはずよ」


 突然のカミングアウトに、謙也だけでもなく、詩織やハクも驚いたような表情を見せる。灯里は面白そうにハクを見つめると、そのまま彼に伝えた。


「美咲さんの息子さんよ」

「本当か!」


 驚いて声をあげたハクは、隣に座っていた謙也の顔をまじまじと見つめた。


「……確かに、言われてみれば面影があるような、ないような……。でもなるほどな、それであいつが出張ってきたのか」

「そういうこと。ゆうちゃんには、話してたわよね?」

「うん」


 結城が小さく頷くと、シトリとミトリは不思議そうに首を傾げて顔を見合わせた。

 知りもしなかった母親の過去に驚きながらも、謙也は次いで問いを投げかける。


「それで、あの女と母さんにどんな関係が?」

「その前に、次は西条さんについて話をするわね」


 言いながら、灯里は詩織へ視線を向ける。


「ハクたちを守護霊って説明したけど、少し特殊でね。私の場合はハクと、ゆうちゃんの場合はシトリとミトリと、それぞれ契約を結んだ上で、霊器っていう武器として扱うの」


 説明に合わせるようにして、シトリとミトリはその姿を変えて結城の両手に収まった。あの時と同じ、木製の柄がついた古風な二本の短刀。シトリの方には白い彫りが、ミトリの方には黒い彫りが、それぞれ施されていた。


「契約を結ぶ時に、自分の扱いやすい形を想像する。それがこの子たちの姿になる」


 結城が説明をしたのちに、シトリとミトリは元の姿に戻った。


「「私たちは、契約者が扱いやすいような形を想像します」」

「聞いた通り、互いの信頼もなければだめなの。そうやって契約を結んだ存在を、私たちは総じて神の霊と書いて神霊と呼んでるわ。神霊がいないと成り立たないからね。私たちにとっては神も同然なのよ」


結城がシトリとミトリの頭を撫でると、二人は口元を緩めて笑みを浮かべる。灯里は揶揄う様な笑みをハクに向けると、口を開いた。


「いつもありがとね」

「……うるせぇ」


 目を逸らし、恥ずかしそうに呟くハクを見て、謙也と詩織は思わず笑みを浮かべる。一瞬和んだ空気になったものの、灯里は改めて咳払いをすると、まだ終わっていない話を続けた。


「それでリリーは、かつての美咲さんの霊器だった。その時の名前はアマユリ。はじめこそ優秀な子だったけれど、そのうちに歪んだ感情を抱く様になったの。結果的に、あなたが生まれて間も無く、リリーは美咲さんを襲った。その時に倒したと思ったけれど、今度は高崎くんを狙って現れた。正直、詳しいことは私にもわからないわ」


 リリーについての説明を受けて、謙也はなんとなくだが自分が襲われた理由を理解することができた。まだ半信半疑ではあるが、否定のしようもない。

 一通りの説明を終えた灯里は、今一度詩織に向き直る。


「西条さん。申し訳ないけれど、私たちはさまよっているあなたをずっと放置しておくわけにはいかないの。当分は平気だろうけど、今のままだと、死ぬこともできないまま、途方も無い時間を一人で過ごすことになる。それこそ、私たちが死んだ後もね。そのうちに人間に害をなす存在になる可能性もある。ただ、リリーは多分、これからも高崎くんを狙ってくると思うの。だから、自衛も考えて、高崎くんには西条さんと契約してほしい」

「そんな簡単にできるものなんですか?」


 尋ねたのは詩織だった。


「西条さんが高崎くんの元に現れたってことは、多分それほど強い何かがあったってことだと思うの。それに高崎くんだって、少なからずこっちの血を引いてるから、今回の件で潜在的にこっちの能力が目覚めるかもしれない。断言はできないけれど、やってみる価値はあると思う」


 そこまで言うと、灯里は一息置いて最後の問いを投げかけた。


「これは二人の問題よ。高崎くんは、西条さんを受け入れて戦う覚悟がある? 西条さんは、高崎くんの霊器となって、もう一度死ぬだけの覚悟がある? もしも答えが一致しているなら、契約を結ぶべきだと思う」


 その問いかけに、謙也と詩織は息を飲む。互いの顔を見合わせて、互いの思いを悟った様に頷くと、二人は立ち上がって灯里の方へ向き直った。

 決心した様に息を吐くと、謙也と詩織は同時にその口を開いた。


「俺は——」「私は——」

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