第8話

「失礼しまーす」


 謙也たちが教室へ向かっている頃、詩織は結城に言われた通り保健室へと来ていた。小さく声をかけて恐る恐る扉を開けるも、そこに誰かがいる気配はなく、開いた窓からは風が入りカーテンが揺れていた。

 保健室内を見渡し、詩織は何をするでもなくベッドに腰を下ろす。


「友達って……誰なんだろう?」


 独りごちて、詩織は退屈にも感じる時間を過ごす。数十分が経過しても灯里が現れる気配はなく、ただ静かな時間を過ごしていたが、不意に詩織は足元に、くすぐられるようなこそばゆい感覚を覚えた。


「——え?」


 誘われるように視線を落とすと、そこにいたのは白い狐と黒い狐。もふもふとした毛質と、その見た目は、一見してぬいぐるみのようにも見える。二匹の狐はしばらくの間詩織の足に頭を擦りつけていたが、彼女に見られていることに気がつくと、途端に顔を見合わせて喋り始めた。


「私たちのこと見えてるよ、この人」と白い狐が言うと、次は黒い狐が問いかけるように口を開く。

「誰なの? この人」

「この前死んじゃった人だよ」

「私、あの人の感じすごく好きだったよ」


 交互に喋る狐は声を抑えてはいるものの、それは丸聞こえで、驚き半分、可愛さ半分といったところで詩織は戸惑っていた。しかし、そんな詩織のことは気にかけないまま、二匹の狐は喋り続ける。


「私も同じこと思ったよ」

「友達になろうって言ってみて」

「ミトリが言ってよ」

「いや、シトリが言って」


 続く二匹の会話に苦笑を浮かべながら、詩織は小さく問いかける。


「えーっと……友達に、なりますか……?」


 その言葉を聞いた途端、二匹の狐は突然飛び上がる。舞い上がる煙に驚く詩織だったが、やがてそこに現れたのは二人の少女だった。

 ふさふさの耳と尻尾。赤を基調とした着物を身に纏い、似通った顔ではあるものの、白い方は右目の下に、黒い方は左目の下に黒子が付いている。現れたシトリとミトリは、赤い瞳を輝かせて詩織に迫ると、声を重ねて元気に返事をした。


「「なります!」」

「よろ、しく……?」


 首を傾げ、苦笑を浮かべて詩織が返事をすると、シトリとミトリは改まって自己紹介を始めた。


「私がシトリ。白のシトリです!」

「私はミトリ。黒のミトリです!」


 手をあげて順番に自己紹介をするシトリとミトリを見て、詩織は思わず笑みをこぼした。


「私は西条詩織。よろしくね。あと、敬語は使わなくていいよ。お友達だから」

「わかった、です! 詩織」

「よろしく! 詩織」


 嬉しそうにパッとした笑みを浮かべる二人の頭を、詩織は優しく撫でてあげる。柔らかな髪の毛は心地よく、頭部の耳と尻尾に生えた毛は暖かい。やがて詩織を挟み込むように座ると、シトリとミトリは彼女に寄りかかって頬を緩めた。

 それからしばらくの間、詩織はシトリとミトリとともに話をして、結城の言っていた友達というのが二人のことだというのがわかった。


 シトリ、ミトリと打ち解け、小一時間が経過した頃、灯里はようやく保健室へやってきた。扉を開けてすぐ目に入った詩織の姿は、灯里を一瞬驚かせたが、それと同時にすでにシトリたちとも打ち解けているのが確認できて、彼女は安堵したように息を吐く。


「ごめんなさい、西条さん」


 歩み寄りながら、灯里は最初にそう言った。なぜ彼女が謝るのか。当然詩織にはわからず、横に座るシトリとミトリも顔を見合わせて、申し訳なさそうな表情を浮かべたが、それすらも彼女には理解ができなかった。


「どういうことですか?」

「私たち、詩織を助けられなかったの」

「間に合わなかったの」

「事故、とかじゃないの?」


 シトリ、ミトリが順に口を開き、詩織が不思議そうに聞き返す。その問いかけに疑問を抱いた灯里は、素直にそれを詩織へ投げかけた。


「もしかして、覚えてないの?」

「はい。今朝、目が覚めたら謙也の部屋にいて——」


 それから詩織は、現在に到るまでの情報を、できる限り詳細に話した。

 全てを聞き終えたのちに、灯里は納得したように頷いて笑みを浮かべる。


「そういうことなら、ゆうちゃんに言われた通りここでゆっくりしていていいわよ」


 そう言うと、今度はかがみこんで、シトリとミトリに問いかけた。


「二人は西条さんとお友達になれたの?」

「「はい! なれました」」

「そう、よかったわね」


 二人の頭を撫でて笑みを浮かべると、立ち上がって辺りを見渡す。


「ハクはどこに行ったの?」


 続く問いかけを聞いて、シトリとミトリは揃って窓の外を指し示す。誘われるように詩織と灯里が視線を向けると、窓の外からは隠れきれていないポニーテールが覗き込んでいた。

 灯里は呆れたようにため息を吐くと、彼に聞こえるよう声を張って語りかけた。


「出てきなさいハク。あなたも挨拶するの」


 その言葉に反応するかのように、数秒したのちにハクは保健室に姿を表した。身長は180近く、女性のように長く綺麗な黒髪を前髪も含め後ろでまとめている。美形な顔立ちが強調されるような髪型によく似合い、確かにその顔立ちは整っているが、ハクはあからさまに嫌そうな顔をしていた。

 ハクの姿に思わず感嘆の声を漏らしながら、詩織は尋ねた。


「えっと、この人は……?」

「ハクだ……よろしく」

「えっと……」


 驚くほど小さな声を聞き取ることもできず、詩織は思わず苦笑を浮かべた。シトリ、ミトリは互いに顔を見合わせて笑い合い、灯里はハクにジト目を向ける。恥ずかしそうに頭に手を当てるハクの後ろに回り込むと、灯里は彼の背中を強く押した。


「声が小さい」

「ハクだ! よろしく!」

「は、はい。西条詩織って言います。よろしくお願いします」


 思い切ったように大声で自己紹介をするハクに対し、詩織はやはり困惑気味に返事をした。灯里は申し訳なさそうに笑みを浮かべると、詩織に改めて言葉を投げた。


「ごめんね、ハクって女の人が苦手なの。慣れれば普通に話せるようになるから、しばらくは我慢してね」

「は、はい……」


 服装はとても現代人とは思えず、出会った三人は誰もが昔を連想させるような古い服を身に纏っている。不思議な出会いに困惑しながらも、寂しさを感じさせない暖かな空気に、詩織はようやく自然な笑みをこぼした。


 放課後になると、謙也と結城は二人で保健室へと足を運んでいた。

 どこか賑やかな雰囲気を感じさせる保健室の扉を謙也が開けた時、ベッドの上では詩織がシトリとミトリの尻尾に包まれて幸せそうな笑みを浮かべ、窓辺では床にあぐらをかいて太々しく頬杖をつくハクの姿が目に映った。

 安堵した様子で笑みを浮かべると、謙也は詩織の元へ歩み寄っていく。


「よかった、詩織」

「うん」


 言葉を交わす二人だが、その両隣にいたシトリとミトリは、謙也を怖がるようにして詩織にしがみつく。


「詩織、この人怖いよ?」

「この前、怒ってた」


 シトリとミトリの言葉を受けて、謙也は一瞬動きを止める。結城たちに強く当たってしまったのは確かで、返す言葉もなく、謙也は一歩後ずさった。


「シトリ、ミトリ、失礼なことは言わないで。あの時はしょうがなかった」


 結城がシトリとミトリを諭すと、それに続くようにして詩織は二人の頭に手を置く。


「大丈夫だよ。神谷さんの言う通り、謙くんは怖くないよ」


 信頼している二人の言葉に安堵したのか、シトリとミトリは肩に入っていた力を抜いて、謙也の元へと駆け寄った。


「「ごめんなさい」」


 揃って頭を下げたのちに、シトリとミトリは恐る恐る顔をあげる。謙也は戸惑いながらもしゃがみこむと、シトリとミトリの頭にそっと手を伸ばす。怖がるように目を瞑るシトリとミトリだったが、一瞬遅れて感じる手のぬくもりは、二人を安堵させた。


「こっちこそ、この間はごめん」


 申し訳なさそうに浮かべる笑みに、シトリとミトリは笑みを浮かべて頷いた。


「ミトリ、この人もお友達?」

「うん、シトリも一緒に言おう」


 互いに笑みを浮かべて顔を見合わせると、今度は揃って笑みを謙也に向けた。


「「お友達になってください」」

「ああ、よろしく」


 返事を聞くと、シトリとミトリは勢いよく謙也の胸元に飛びつく。勢いに負けて後方にバランスを崩すと、謙也はそのまま仰向けに倒れ込んでしまった。

 寝そべった勢いで目に映ったのは、ちょうど歩み寄ってきていた結城の姿だった。一瞬白いものが見え、慌てて目を逸らした謙也だが、結城は気が付いていない様子でそのまま詩織の元へと向かう。


「灯里は少し遅れて来るみたいだから、もうちょっと待ってて」

「うん。わかった」


 女子同士で話をしている間、謙也は立ち上がって窓辺に座るハクの元へと歩み寄る。


「よう、立ち直ったのか?」

「いや、もう、わけがわからなすぎて……とりあえずは話を聞くほかないし」


 ハクの問いかけに答えながら、謙也は彼の横に腰を下ろす。しばらく黙り込む二人だったが、その沈黙を破ったのはハクだった。


「ハクだ。改めてよろしくな」

「ああ、俺は高崎謙也。よろしく」


 以外にも友好的なハクに驚きながらも、謙也は挨拶をして差し出された手を握る。ハクは安堵したように息を吐くと、言葉を続けた。


「正直、お前が来てくれて助かった。俺は女が苦手なのに、ここには女しかいないからな」

「なんか意外だな」

「うるせぇよ」


 その返事に苦笑をこぼしながら、謙也は会話を続けた。


「俺の友達には、そういうのを羨ましがる奴がいるけど」

「なんだそいつ? 頭おかしいんじゃねぇか?」

「そういう人の方が多そうだけど……」


 謙也が言葉を返すと、ハクは謙也に呆れたような目を向ける。


「たった一人。俺はそれだけでいい。互いに思い合える奴がいるなら、俺はそれだけで十分だと思うけどな」


 その言葉に、謙也は少しの間黙り込んでしまう。なかなか返事がないことに、少しだけ恥ずかしくなったハクは、取り繕うように言葉を吐いた。


「なんか言えよ! 恥ずかしいだろ」

「いや、悪い。思ってたよりもいい奴なんだと思って」

「失礼な奴だな」


 素っ気なく返す言葉を受けて、謙也は改めてハクに礼を言う。


「あの時はありがとう。俺もハクの考えには同意だよ」

「なんだ、気が合うじゃんか」

「かもな」


 互いに笑みを浮かべて顔を見合わせていると、突然保健室の扉が開かれた。入って来た灯里は、ハクの様子を見て少し驚いたような表情を浮かべるも、すぐに安堵したような笑みを溢す。

 ハクはその表情を受けて視線を逸らしたが、僅かに紅潮する頬を見た謙也は、なるほどなと心中で察するのだった。

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