第65話 記憶の欠片
亜結がふと気づくと外国の雰囲気を漂わせる本屋にいた。所せましと本の置かれた店内に、小さな窓から光が差し込んでいる。
これは・・・・・・夢?
亜結の髪が青い。ラメを散りばめたようにきらきらと光を反射している。
わたし、ハリューシャになってる。
先ほどから高い棚に置かれた本を取ろうと背を伸ばして、本の背に何度も指をかけては失敗していた。
ハリューシャの伸ばす腕の後ろから誰かの腕がぬっと伸びてきてぎょっとする。
「あっ」
その腕は男の人のものだった。後ろから包み込むように触れる体。背に触れる熱を感じてハリューシャは身を縮めた。
「どうぞ」
彼女の目当ての本を引き出した手が、ハリューシャへ本を差し出した。
自分へ向けられた声に振り返る。その彼女の目に最初に飛び込んできたのは銀色の髪。店内に入り込んだ光を集めたように、彼の髪がやわらかくきらきらと光っているのが印象的だった。
ハリューシャは本を受け取ることも忘れて釘付けになっていた。
(銀の髪・・・・・・! この人が神の子? 本当に?)
初めて見る髪色とその色が示す伝承にハリューシャが驚いている。彼女の心と一緒に亜結は自分の胸が熱くなるのを感じていた。
(この人が、私の運命の人!?)
ハリューシャの知っていることを疑いもなく亜結は共有していた。自分が
「神の子とはもう会った? 標は必ずその人と出会うよ」
誰もがそう言った。出会うべき人がいると。
どんな人かと子供のころから想像していた。その人がいま目の前に立っている。見つめる先にいる美しい青年に、ハリューシャがときめいている。
ああ、これは記憶の欠片だ・・・・・・。
前世の記憶を拾いおこして再生された夢。遥か遠い日の記憶。
ハリューシャの記憶のはずなのに今体験しているように亜結の心も跳ねる。薄紫色を内に秘めた銀髪のキュリアスに。
ハリューシャはこの本屋で彼と出会った。
わたしも本屋で秋守先輩と出会った。
・・・・・・これは偶然?
懐かしさと悲しさがハリューシャの心に入り交じって、甘く切ない思いが亜結を包んでいた。
ここで出会わなかったら運命は変わっていたのかな・・・・・・。
起きているように夢を見つめながら亜結は心で呟いていた。
この土地の人はみんな髪が青い。その中で輝く青い髪を持っているのは彼女1人だけ。キュリアスの瞳がそのことを知っていると言っている。
「よくここへ来るんですか?」
キュリアスはそう切り出した。標だとわかっていても確認したいだろうに、彼はハリューシャに尋ねなかった。物腰やわらかく優しい気配をまとったキュリアスが彼女を見つめている。
ユリキュースにも秋守先輩にも似てる。
亜結はハリューシャに重なるようにして彼を見て、そう思った。
「いきなりすみません。何度か見かけた事があったものですから」
彼も聞かされていただろう運命の相手。
出会うはずの人を先に見つけていながら彼はずっと黙っていたのだ。こちらが気づくのをどんな思いで待っていたのか。
秋守先輩も黙ってたっけ・・・・・・。
やっぱり似ている。
農村では出会わない色白の青年、キュリアス。都会育ちの彼がもつ紳士的な落ち着きが魅力的に感じられた。彼の物静かな
「ここへは月に1度、町に来た時にだけ・・・・・・」
飛び出しそうな心臓を押さえて、ハリューシャはなんとかそう言った。その頬が紅潮している。
亜結は自分の体験のように感じながら眺めるように見ていた。夢だからか前世の記憶だからか。
わたし、前世からこういう雰囲気の人が好きだったのね。
ほとんど本を読まずに肉体労働にはげむ農村の青年たち。そんな人々も好きだった。けれど、その中でも本好きで物知りなアリューシュトに心引かれた。
私が本を好きなのはハリューシャと関係あるのかな? それとも、彼女より前の時代から? わたしも前世に影響されている?
亜結はそんなことを考えていた。
町に来る日を伝え示し合わせて会うようになって、色々なことを語りあった。キュリアスといると世界が明るさを増す。時間が早く流れてすべてが楽しくて、会うたびに笑顔が増えて疲れが吹き飛ぶ。
ふたりが会ういつものところ。お気に入りになったその場所でふたりだけの時を過ごす。
「じゃあ、また」
立ち去ろうとするハリューシャの手をキュリアスが引き留めた。
「もっと話がしたい。ここに居てくれないか? ずっと」
言い終わらないうちに引き寄せられて、ハリューシャはキュリアスの腕の中で唇を重ねていた。
「今度はいつ会える? 私からそなたの元へ行けるものならば・・・・・・」
え!?
場面が切り替わった。そう思った。
「ユリキュース!?」
キュリアスの姿は消えて、目の前にユリキュースが立っていた。
「えっ!? なんで? どうして?」
手首をにぎるキュリアスがユリキュースに変わっていている。切なく見つめる彼の顔が目の前にあった。
(手首が痛い)
ぎゅっと握るユリキュースの手が、指の一本一本がはっきりわかる。
「亜結」
「痛い、手を・・・・・・離して」
キュリアスがしたようにユリキュースに引き寄せられて彼の顔が近づく。
(だめ、だめだよ)
彼の胸に手をかけて押し戻そうとするけれど、彼をとらえたまま目が離せない。もう夢の中心にいるのはハリューシャじゃなかった。いま胸をときめかせているのは亜結だ。
(違う、びっくりしてドキドキしてるだけ。恋じゃない、違うッ)
否定してもユリキュースから目をそらせない。
銀の髪が彼の瞳がキュリアスとだぶる。亜結の心に重なってハリューシャが彼を見つめていた。城壁で出会いながら手をつかめずに落ちていく、ハリューシャが見たあの光景が浮かんだ。
離したくない!
ハリューシャの心が内側から叫ぶ。
(違うッ! この人はユリキュースよ! 違うッ、あなたの現実じゃない! これは夢!)
首をふりユリキュースの手をほどこうと手を掛ける。その手が彼の手をにぎって離さない。亜結の中のハリューシャが彼を離したくないと泣いている。
「これは私の夢よ! ただの夢ッ。目を覚まさなきゃ! 早くッ、早く!」
「亜結。夢の中ならば・・・・・・夢の中だけでも」
背に回したユリキュースの腕に力が入る。
「やめて! 名前を呼ばないでッ!」
顔を寄せる彼に応えてしまいそうで怖かった。
「亜結! 起きて! 起きるのッ!」
もう唇が触れてしまう。
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