第52話 ハスキーと柴犬

 紙をめくる音しかしない部屋で、秋守と肩を並べて本を読んでいる。

 穏やかな時間が流れていた。


(小学生に戻ったみたい)


 亜結はふとそう思って口許をゆるめた。

 漫画を読む姫花の横で亜結も小説を読みふける。一緒に居ながら話もしないで過ごした子供の頃が懐かしい。


 ファミリーレストランで夕食をとって4人で雑談をしたのは久しぶりだった。

 黒川と姫花の掛け合いを見て笑い、互いの恋愛事情を突っ込みあって笑う。楽しく時間が過ぎた。


 送ってくれた秋守を部屋に誘って今度はふたりだけの時間を過ごしている。


(秋守先輩、寝ちゃった。今日は疲れたのね)


 彼の横顔を盗み見ると、本を持ったまま秋守が寝ていた。


(さすがにラブロマンスは男の人には合わなかったかぁ・・・)


 亜結は声を出さずに笑って秋守の手からそっと本をどけた。

 ソファーを背もたれにして、床に座ったままの秋守が無防備に寝ている。


(寝顔もハンサム)


 ゆるむ頬を両手で押さえて、亜結は秋守の顔を食い入るように見つめた。


(こんなに近くで見られるってお得だなぁ)


 彼の目に見つめられると恥ずかしくて、いつもならこんなにまじまじと見られない。

 人差し指をそっと近づけて秋守の眉をなぞる。触れないようにそっと。

 そして、鼻筋をたどった指が鼻の頂上を越えて彼の唇へと下りて止まる。


(うわぁ、唇も綺麗な形)


 今まで何度キスをしたことか・・・・・・と考えて、亜結は心の中で「きゃあ!」と叫んで顔を覆った。

 後どれくらい一緒にいられるかと、ちらりと時計を見る。後15分もすれば11時。


(起きて欲しいような欲しくないような・・・・・・)


 再び秋守の顔を眺める。


(このまま起きなかったら・・・初のお泊まり?)


 朝、目覚めた時に秋守が部屋にいる。

 朝食を作って彼を起こして・・・と、亜結の空想が走り出した。


(だめだめ、なに考えてるのよ)


 と言いつつ顔がにやける。


(ハンサムと言えば、ユリキュースはどうしてるんだろう)


 気持ちを切り替えようと思った時に、最初に浮かんだのがユリキュースだった。

 今日はまだ彼の世界を見ていない。少し後ろめたくあるものの、寝ている秋守に背を向けた。


(ちょっとだけ、少し確認するだけ)


 亜結はテーブルを横にずらしてテレビの前に座る。すぐ後ろで寝ている秋守の様子をうかがってから小箱を開いた。


(あれ? まだ調子悪い?)


 大きなベッドに身を投げて、ユリキュースが仰向けに横たわっている。

 体調を気にする亜結の心に従って、引きで写していた画面がユリキュースの顔に寄った。


「王は貴方を殺す」


(誰の声?)


 耳慣れない声が不穏な事を言っている。突然耳に入った言葉に亜結はどきりとした。

 続いて写し出された映像で亜結は誰の声か理解した。


(ジェラルド王子)


 物思いにふけるユリキュースの顔にだぶってジェラルドの顔が透けて写り込んだ。


「王がこのまま戦をしないなら、生き返らせる力は不必要となる。必要のなくなった貴方を王は自由にしてくれるでしょうか」


 相変わらず軽い喋り。でも、亜結の感じたちゃらさとは少し違っていた。


(いったん手に入れた物を手離す人じゃない。他人の手に渡るくらいなら・・・・・・)


「殺すことは考えられる」


 呟くユリキュースの目が開かれた。


「私と姫が一緒なら・・・、逃げなくても王宮の外へ出られる。少なくとも追われることなく王宮を離れられると思うのですが」


 写り込むジェラルドの顔がいたずらっぽくて、亜結は胡散臭そうに彼の顔を睨んだ。


「どことなく詐欺師っぽいのよね」


 つい声に出してしまって慌てて振り返る。秋守は気づかず寝ていた。


「私と姫の結婚はほぼ確定です。姫が譲り受ける土地を見に行く話も進んでいますよ」


 目を細めて笑う顔が狐のような印象を与える。


(ただの提案か、それとも王の計画に加担しているのか。あるいは自ら忠誠心を表すために私を殺す計画が?)


 遊び人のような雰囲気と紳士的な部分。人懐っこさと冷ややかさ。人を尊重する姿勢と一瞬見せた怒りの眼差し。


(どれが彼の本来の姿なのか)


 ジェラルドを思い返すユリキュースの記憶が様々なジェラルドを写し出す。

 亜結にもどちらともつかなかった。


(賢い狐にも見えるし、ずる賢い狐にも見える)


 亜結は眉間にシワを寄せて考え込む。


「それとも、この地の少数派として私を側に置きたいのか・・・」


 続けてユリキュースが心で呟く。


(彼は魔法使いを持っていない。シュナウトの存在は大きいか)


 溜め息を吐いたユリキュースの思考が止まり、テレビが静かに彼の顔を写し続けた。


「こうしてじっくり見ると、やっぱりハンサムだなぁ・・・・・・」


 秋守がいることも忘れて亜結が感想をもらす。


「秋守先輩は柴犬っぽいけど、ユリキュースはハスキーみたい。どちらもきりっとしててハンサム君」


「うん、確かにハンサムだね」


 ぎょっとして振り向くと、身を乗り出して座る秋守の顔がすぐ側にあった。


「あ、秋守先輩!」


 にっこり微笑む秋守に背を向けて、亜結は小箱を閉じた。


「あぁ、消さなくてもいいのに」


 なんとなくばつが悪かった。


 背を向けて座っている亜結。

 秋守はその背から彼女の今の表情が想像できた。


「僕は夢中になってる亜結に夢中だよ。・・・・・・ちゅっ」


(えっ!?)


 首筋にやわらかな感触がして一瞬で体が熱くなった。


「あっ、あっ、あ・・・・・・!!」


 首を押さえて振り返る。


(ずるい!)


 純粋そうな目をして「どうかした?」と言うように、小首を傾げた秋守が見つめている。

 まるで子供の柴犬みたいだ。


(可愛すぎる! ハンサムなのに可愛いを混ぜてくるなんて!)


 真っ赤な顔の亜結の頭に秋守が手を置いた。


「今日はもう帰るよ」

「う・・・うん」

「泊まったら柴犬のままじゃいられなくなる」


 ぼそりと言った秋守の背を亜結は見上げた。


「え?」

「何でもない。ちゃんとカギを閉めて」


 カチャリとカギを閉めてから亜結はじたばたと拳を振るった。


「このドキドキをどうしてくれるのよぉ・・・」




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