第36話 雷鳴
ピカッ!
ゴロゴロゴロッ・・・
ドドーン!!
「きゃぁ――――っ!」
雷の音とともに教室が一瞬真っ暗になって悲鳴が上がった。
「今の近かった! 怖ッ!」
「なにか起こりそう!」
亜結と姫花は互いに抱きつきながら窓の外に目を向ける。
午後の講義の途中から降りだした雨は、講義の終わる頃には雷が鳴るほど激しくなっていた。
「亜結、雷を怖がってるふりして本当は楽しんでるでしょ」
姫花に指摘された亜結の顔はひきつりながらも笑っている。
「怖いよ、怖いけど・・・。ファンタジーやミステリーだと物語が大きく変わる事件が起こるでしょ。怖いけどわくわくしちゃう」
言ったそばからまた雷鳴が轟いた。
「きゃあ!」
「事件っていうか、ゾンビ出てきそう!」
「ホラー見すぎだよ」
「いいじゃん、合法的に抱きつけるんだから」
「私が黒川先輩じゃなくて残念ね」
「このさい誰でもいいわ」
言って互いに顔を見合わせてふたりはくすくす笑った。
黒く重たい雨雲が夜を連れてきたように辺りを暗くして、稲光が不安を誘う。
ファンタジーの中の雷雨は事件の予兆。
(ユリキュースは大丈夫かな・・・・・・)
あちらの世界は晴れかもしれない。こちらの天気などと関係ないに違いない。けれど、亜結は胸がざわついていた。
ギィンッ!
刃の削ぎ合う音と
「訓練に参加してみてはどうか」
・・・と、ガルディン王子の誘いを彼の部下が伝えに来たのは、太陽が頂点を大きく過ぎた頃。
「参加しないならばユリキュースの
そんなことまで付け加えていた。
「ここを荒らされては困る」
ここ数年戦もなく暇をもて余しているのは明らかだ。そろそろ血を見たい頃なのだろう。
狩猟の時のように何か企てていることも考えられなくはない。しかし、ユリキュースは誘いを受けた。
「私も・・・・・・今日はじっとしていたくない」
止めたいところだがシュナウトは黙って同行した。
40人ほどの兵士が左右に別れて見守る中央で、この日3人目の兵士と対戦する王子をシュナウトはじりじりと見つめる。
一見、先の2人と対するのと変わらないような王子の動き。だが、わずかな変化にシュナウトは気づいていた。
「ザンザ倒せ!」
ガルディン王子の声にザンザの剣が唸る。
幅広の重い剣を軽々と振るうザンザは歴戦に名を連ねる隊長の一人。大きな体に躍動感が加わってさらに大きさが増して見える。
(くそぉっ、ちょろちょろと!)
赤の戦士や今まで対した青の兵士たちとも違う王子の動きにザンザは苦戦していた。
力強く鋭い動きのザンザの剣は王子の体に触れそうでかわされる。王子の流動的な円を描く動きは逃げに見えながら高い防御力を備えていて、ザンザはには苦々しく感じられた。
(ほんの少し当てるだけでいいんだが・・・)
バルガイン王が大切にしている王子に傷を付けるのはまずい。
剣のみねでも当てて派手に倒すか、体をぶつけて倒して終わりにしたい。スリムな体の王子ならたやすく飛ばされるに違いない。ガルディン王子の機嫌もとれる終わり方ならなんでもよかった。
しかし、ついむきになってしまっている自分に気づく。
(仕掛けてこいッ!)
かわすばかりで攻撃を仕掛けてこないユリキュースにザンザは焦れていた。それは手を抜いているようにも見えて腹立たしさを感じさせる。
ユリキュースの体に当たりそうになる剣は、彼の持つ細身の剣にかわされる。
(流石に隙がない)
ユリキュースも早く終わらせたかったが、戦い慣れたザンザに隙を見つけられずにいた。
まともに剣は合わせられない。
ユリキュースの細い剣は重く太いザンザの剣で簡単に折られてしまうだろうから。
(息苦しい・・・・・・)
亜結の力と薬湯で良くなったようでも、激しい動きをともなうとやはり万全ではないとわかる。
ザンザの繰り出す剣に刃をすべらせて、剣の流れを微妙にずらして体を逃がす。それだけで精一杯だった。
「ザンザ様!」
「やっつけろぉ!」
兵士たちの声が大きくなる。
横なぎに振るった剣の上を跳躍した王子の体がひるがえり平行に過ぎる。
目の前で回転する王子の顔がザンザの顔面すれすれを通過した。
銀の
その美しい瞳の中に赤い髪の鬼が写っている。ハッとした次の瞬間、背後から伸びる細い剣がザンザの首を捉えていた。
「ここまでっ!」
誰よりも早くシュナウトが止めに入る。
ザンザの後ろをとったユリキュースが、ザンザの首に回した剣をすいと離した。
息をつくザンザと歯噛みをするガルディン。他の兵士達も息を飲んだまま固まる。
ユリキュースの側に立ったシュナウトは、わずかの間静かになった中で王子の胸元から聞こえる
「すみません、ガルディン王子」
疲れた風にシュナウトの肩に手をかけて、喘ぐ息を立ち回りのせいだと思わせて、ユリキュースが笑顔を見せる。
「体が
咳き込みそうになるのを
ユリキュースが頭を下げるのを待って、
「
唱えたシュナウトの声とともにふたりの姿はその場から消えた。
我に返ったガルディン王子が怒鳴り散らして兵士達が訓練を再開する。それを鼻で笑いながらルガイ王子が見ていた。
彼は2階のベランダから高みの見物をしていたのだ。
「摂取後に運動すると症状が出やすいと青の医者が言っていたが、嘘ではなかったようだな」
冷たい眼差しを階下へ落とすルガイの横で、魔法使いのハジルは黙って立っていた。
「誤ってユリキュースを殺してくれたらよかったのに。煽ったかいがない」
そう言ってルガイは屋内へ足を向ける。
「父上の
「王子!」
たしなめるハジルの横をルガイが過ぎる。
「心配するな。誰も聞いてなどいないよ」
ルガイの発する冷気から逃れようとするようにハジルは顔をうつむかせた。
「毒の量を増やせ。ユリキュースの苦しむ姿が見れなくて、僕はとても残念だよ」
立ち去ろうとしたルガイがふと止まる。
「ああ・・・毒ではなく王子のための食材、だったな」
くくくと笑って去って行った自分の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます