第18話 ブラウン管の向こう

「傷を治してくれたこと、感謝する」

「あ、いえ。どういたしまして・・・本当に私がしたのかわからないけど」


 亜結は気恥ずかしくてユリキュースに目を向けるられずラグに目を落としたまま言った。


「そなたの気持ちも聞かずに・・・・・・口づけをして、すまなかった」


 顔をあげた亜結はユリキュースと目があってまた目を落とす。


「ああ・・・」


 困った顔で首を傾げるように苦笑いした。

 かまいませんと言うのは変だが、怒るにはタイミングをいっしてしまっている。


「シュナウトの様に私の事を心配してくれたことを嬉しく思う」

「・・・いえ」


 相変わらずうつむいたままの亜結に距離を置かれている気がして、ユリキュースは立ち上がった。

 ゆっくり部屋を観察したあと、窓に目を止めてユリキュースは窓辺へと近づく。

 高台に建つアパートから見える景色に、自分の知る世界とは違うのだと実感する。


「王に戦に引き出されて幾つかの国を見てきたが、今まで見てきた建物とは全然違うのだな」


 物静かにユリキュースが話す。


「ここが異世界というものか私には分からないが、確かに見たことのない別の国であることは確かなようだ」


 彼の後ろ姿を亜結は見上げていた。


(本当に、ユリキュース王子なんだ・・・)


 光を受けて輝く銀の髪、高身長に白いマントが似合っている。

 ドラマの主役が衣装のまま自分の部屋にいるような非日常感。


(全部夢でしたって言われても納得しそう・・・・・・)


 そう、どこか夢心地なのだ。

 彼の胸の中にいたことも口づけもあの感情すら、すべてあの幸福感が夢のように思わせる。


(でも・・・)


 ラグにも亜結の腕にも彼の血が付いていた。これは現実なのだと実感する。


「狩りに出て怪我はしたが」


 亜結は王子の声を聞きながら目の端に写る物へ手を伸ばす。


「知りたいことは聞き出せた」


 壁際に落ちているペンダントを拾い上げ、口を開けたまま転がっている箱を亜結は手に取る。


「王宮にいる必要はなくなった」


 亜結はペンダントを箱に入れて机へと足を向けた。


「知りたかったことって何ですか?」


 箱を引き出しにしまった亜結が振り向くと、彼の姿は窓辺から消えていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



二手ふたてに別れて獣を挟み込もう」


 猟場に着くとガルディン王子がそう言った。それは、こちらにとっても都合が良かった。

 ユリキュース達はルガイ王子を兄ガルディン王子達から引き離して情報を得る計画をたてていたからだ。

 ガルディンに比べて気弱なルガイなら口を割るだろうと予想できた。


「では、谷を越えた向こう側へ向かいます」


 ユリキュースとシュナウトは彼らに与えられた二人の兵を連れて、ガルディンの指し示した持ち場まで尾根伝いに向かう・・・ふりをした。


「先に行ってくれ」

「しかし」


 二人の兵が渋る。こちらを監視するために付けられているのだろうからこの反応は気にしない。


「ガルディン王子達は私達を少し困らせたいだけだ。知っているのだろう?」


 ユリキュース王子の言葉に兵士達は目を合わせる。その目はわずかに狼狽うろたえ困惑していた。

 シュナウトは王子の側から離れ彼らの横に並ぶ。


悪戯いたずらに付き合って怪我をしたくはないよな。ちゃんと所定の場所へ行く、逃げたりはしないから安心しろ」


 シュナウトが「仕える身は辛いな」といった表情で兵士の肩を軽く叩き、そう言った。

 兵士達が思案して押し黙る。


「こちらも身の安全を図りたい」


 ユリキュースが穏やかに言う。


 猟場もすでにガルディン王子達の魔法使いによって結界が張られている。簡単に逃げ出せないことは彼らも知っていた。

 納得し先を行く彼らを見送ってユリキュースとシュナウトはきびすを返した。


 ルガイ王子にだけ見える大きな牡鹿おじかで気を引き、その側に彼好みの美女をなまめかしく配して誘う。


「貴方ひとりで来て。他の人の目があるところでなんて・・・・・・恥ずかしいから」


 幻惑と魅了の魔法にルガイは赤子のようにかかった。自分の指示で魔法使いを離し自ら寄ってきた。


 少し脅せば後は簡単だった。


 ただ1つ、予想外だったのは彼等が用意していた獲物がけっこうな大物だった事だった。


「母上が王の手にないならば、逃げれば母上を殺すという脅しに乗る必要はもうない」

「母君を探しても見つからなかったはずだ・・・」


 馬を走らせながら話すユリキュースとシュナウトの前に、それは突如として現れた。


「くそっ!」


 ほぼ目の前に現れた巨大な獣に、先を行くユリキュースの馬が驚く。前足を高々とあげて王子を振り落とした。

 シュナウトも即座に馬から降りてユリキュースの側につく。


「早いな」


 ルガイ王子が彼らと合流したのだろうとシュナウトは考えた。

 矢を受けてすでに傷ついた獣が目の前で立ち上がる。4メートル近い背丈のビスタトゥーは熊に似ていた。


「大きい」

「いくらなんでも目の前に出現させるとは!」


 横なぎに襲ってきた太く大きな腕を避ける。


「私達が持ち場に着くのが遅かったせいだろう」

「王子は優しすぎます!」


 鋼のような爪を剣ではね退けてかわす。弓しか持たぬ王子へビスタトゥーが腕を振った。


げき!」


 ビスタトゥーの腕を魔法で弾く。


 ヒューーー!

 ヒュヒュヒュ


 空気を貫いて矢の音が近づくのを耳にした。

 十数本の矢が点として空から落ちてくるのを見たシュナウトが鋭く叫ぶ。


だん! !」


 と、唱えてすべて切り落とした。

 ビスタトゥーは振り上げた両腕を地面に叩きつけ跳ね上がり、腕を繰り出してくる。


「こっちだ、こっちに来い!」


 シュナウトの声を無視して剣を持っていない王子へとビスタトゥーが攻撃を繰り返す。

 鋭い爪を避け腕を避けてユリキュースがビスタトゥーの背後へ回った。

 ちょうどシュナウトから死角になる位置へユリキュースが回り込んだ。王子を追ってビスタトゥーが体を回す。


「おい! そっちじゃない!」


 こちらに引き付けようとシュナウトが声をあげるのと同時に、王子の呻く声が聞こえた。

 ぐるりと回転したビスタトゥーが勢いのままシュナウトへ腕を振る。その鋭い爪からシュナウトの顔へ水滴が飛んできた。


「・・・血!?」


 臭いと服に付いた数滴の赤い跡にシュナウトは青ざめる。


「王子!」


 動き回るビスタトゥーと飛んでくる矢を避けながら王子の姿を探した。


(この場を離れたか?)


 血の跡を探すまでの余裕はなかった。周りの木々に目を走らせてユリキュースの姿を探す。

 飛んでくる矢を受ける度にビスタトゥーが狂ったように闇雲に動く。


 王子の姿を見失って1分2分と経ち、シュナウトが焦りを覚える頃。


(王子!)


 ビスタトゥーの背後にユリキュースの姿を見つけ、王子の差し出す手に剣を投げた。


 仕留めるのにそれほどの時間はかからなかった。


「王子! 見失ってしまって申し訳ありません」


 ユリキュースが右手をあげて謝るシュナウトを制する。


「謝ることなどない」

「王子・・・! 怪我をされたのでは?」


 上げたユリキュースの腕を見てシュナウトが困惑した。

 右の二の腕部分の服が裂け血がついている。しかし、腕には怪我の跡が無かった。


しるべに会った。彼女が治してくれたよ」


 標に癒しの力があるのかとシュナウトは目を丸くする。


「標はどこに?」

「さぁ・・・」

「王子」

「私にもわからない。どうやって行ったのかも何のタイミングで戻れたのかも、私にはわからないんだ」


 肩をすぼめるユリキュースにシュナウトはそれ以上追求はしなかった。



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