第75話 豪雨が降り注いでいる。▼




【タカシ ミューの町】


 メギドとレインは目の前に展開した魔法陣の中に入ると、あっという間に消えてしまった。

 完全に消えた後、魔法陣は閉じられて消え、何事もなかったかのような宿の風景がそこにある。空間転移魔法を初めて見た俺は手品のように目の前から一瞬で消えてしまったことに驚きを隠せない。


「すげー、本当に一瞬でいなくなっちまった」

「空間転移の魔法はかなりの上級魔法なのに、流石魔王様ですね」

「あたしもビューン! ってすぐに移動出来たらいいのに……残念です」


 メルは無邪気にクロの前に食事を出している。そのメルから出された皿の上の肉をクロは食べているがクロはすさまじい食欲で、俺たちの持っている金銭がみるみるうちに減っていった。元の身体が大きいだけあって一時的に身体を小さくしているだけでは食べる量は変わらないらしい。

 基本的には移動中にクロが狩りをして食事を済ませているものの、どうしても宿に泊まるときは宿の食事になる。クロからすると俺たちが食べているものは「塩気が強すぎる」と言ってあまり好まない。クロの分だけは調味料を使わないようにお願いして出してもらっている。


 ――レインはあんまりそういうの気にしてる感じしないけど、やっぱそれぞれ味覚もちがうよな


 俺はそう考えつつ食べ終わった食器を片付けながら、一緒に食器を片付けているカノンに対して声をかけた。


「メギドと何話してたんだ? なんかタウの町で問題でもあったのか?」

「そうですね。問題と言えば問題ですけど……それほどじゃないです。僕の個人的な話でもあったので、魔王様が気遣ってくれたんですよ」

「メギドが気遣うことなんてあるのか? いっつも俺の肩の上に土足で上がるんだぜ? 荷物も死ぬほど持たせるし……気遣うなんて信じられない……」


 俺に対しては一切メギドは気遣っているところなんてないように思う。まさに傍若無人ぼうじゃくぶじんというやつだ。


「あぁ……まぁ、魔王様にも多少は関係のある話なので。ごめんなさい、うまく言えないんですけど、ちょっと込み入った話です」

「もうメギドとそんなに仲良くなったのか?」

「仲良く? ははは、仲良くなったわけじゃないですよ。少し情報交換をしただけです」


 ぎこちなく笑いながら、カノンはいそいそと食べ終わった食器を片付け続ける。


 ――まぁ、俺にはわかんねぇ難しい話でもしてたんだろうな


 俺は粗方食器を片付け終えてから、メギドに言付けられた「勇者たちに稽古をつけてもらう」ということを実践しようと佐藤に声をかけた。


「佐藤、勇者たちのところに行って稽古つけてもらおうぜ」

「分かりました。勇者たちはどこにいるんでしょうか? 宿の人に聞いてから行きましょう」

「あぁ。じゃあ、俺たち行ってくるから。メルたちは早めに寝ろよ。疲れてるだろうから。クロ、頼んだぞ」

「はーい。行ってらっしゃいタカシお兄ちゃん、佐藤さん」


 宿の受付まで行って、何か書き物をしていた太っている亭主に声をかけた。この町の人は殆どの人が太っているが、宿の亭主は町民よりも太っているような印象を受けた。


「なぁ、この町に滞在してる勇者たちがどこにいるか知ってるか?」

「勇者の連中だったら酒場にでもいるんじゃないかな。確定的なことは言えないけど」

「酒場ってここからどっちの方に行けばいい?」

「出てから町の中心地方面だな。まぁ、いくつか酒場があるからしらみ潰しに探すしかないね」

「そっか。分かったありがとな」


 佐藤と俺は宿から出て町の中心方面に歩いた。メギドが肩に乗っていないと体が軽い。どこへでも行けるような身軽さを感じる。最近はトレーニングの成果も徐々に表れてきて身体が引き締まってきた。


「なぁ、俺の腕とか脚とか、どうよ? 結構太くなったと思うんだけど」

「確かに、会ったときに比べると少し体つきが変わったような気がします。この短期間に、凄いですね」

「カノンの回復魔法のおかげだ。治りが早いと助かるぜ」

「カノンさん、顔も広くて実力もあって話も上手くて性格も明るくて、おまけに美少年って……オーバースペック過ぎませんか? 俺たちの立場がないですよ」


 佐藤は若干俯くように肩を落とした。その気持ちは非常によく分かる。


「お前は魔法の素質があるんだからいいじゃん。俺、完全に適正無しだぞ。凹むよなぁ」

「俺も魔王と比較すると全然ですよ」


 話ながら歩いて10分程度のところに1つ目の酒場があった。

 粗末な木の扉ではなく、ガラス張りのお洒落な酒場で、見たこともない怪しげな光で淡く光っている。


「なんか独特な雰囲気の酒場だな。なんだ? この光ってるやつ」

「都会の酒場って感じですね」


 中に入らなくてもガラスで中が見えたので、その中には勇者たちがいないのは分かった。


「なんか坂の多い町だな……そんなに急じゃないんだけど」

「恐らく、高低差をつけて水が外に逃げるような構造になっているんでしょうね。町中心地は他よりも高い構造になっていて、施設が集中しています」

「民家は外側にあるんだな」

「水には困らないでしょうね。水がなくて困るという事がないのは羨ましいです」

「だよなぁ。川の水が干上がると俺の村はかなり困るんだ」


 俺の住んでいた『はじまりの村』はある程度の貯水はしているものの、足りなくなれば川の水を使って生活している。

 だから雨が降らない時期は川の水が生活に欠かせないものになっていた。

 俺は詳しく分からないけど、ロカ……とかいうのをして水を綺麗にして使っていると聞いたことがある。


「魔王城に近い村の方が栄えてますよね。ですが、この町は独自に発展しているようです。宿にあった設備も、なんだか独特な設備でしたし」

「そうそう! トイレの流し方分からなくてちょっと困った」

「独自の技術を売って生計を立てているのかもしれないですね。この町の人は裕福そうですし、肥満体系は裕福な証って言われるくらいですから。それだけ『雨呼びの匙』の恩恵があるんでしょうね」

「そうなのか? でもメギドは太ってないぞ」

「魔王の場合は容姿にかなり気を遣っているからだと思いますけど……そもそも人間と魔族では身体の作りが違いますし、分かりませんけど。それほどたくさん食べている印象はないですね。むしろ少食な印象です」

「な。だから体力ないんじゃね?」

「うーん……食べる量と体力が必ずしも比例する訳じゃないと思いますけど」


 そんなどうでもいい話をしながら、次の酒場の看板を見つけた俺たちは中に入って確認してみた。そこはガラス張りではなく、しっかりとした壁に阻まれていて窓がない酒場だった。看板には俺には読めない難しい文字が書かれていた。

 それを横目に中に入ると薄暗く、桃色の光が店内を淡く照らしている。そして、何かの楽器を弾いている人がいて、音楽が響き渡っていた。なんというか、ゆったりとした落ち着けるような音楽だ。


「いらっしゃいませ。本日、ご来店は初めてになりますか?」

「え、あぁ……俺たち、勇者を探してて――――」

「そうですか。今宵はあなた方が勇者になれますよ。2名様ご案内! さぁ、こちらへどうぞ」

「あ、いや、ちょっと……そうじゃなくて……」

「いい子揃えてますよ。初回ってことで、特別いい子をつけますから。どうぞどうぞ」

「いい子?」


 佐藤と俺は引っ張られるままソファ席に座らされた。やけに店内は豪華で、薄いカーテンの仕切りがいくつもしてあって他の客の様子は見えない。

 俺たちを案内した男性は「少々お待ちください」と言ってどこかへと消えてしまった。


「タカシさん、ちょっと……お金持ってきてるんですか?」

「持ってきてないけど……っていうか、ここ酒場だよな?」

「入る店間違えてません? ここ、酒場って言うか……」


 俺たちが話をしている中、2人の女性が現れた。2人ともメギドが好きそうな派手な服を着ていて、綺麗な女性だ。両者とも豊満な胸を強調するような薄い服を着ていて、脚が出るようにスリットが腰まで入っているドレスを着こなしている。

 そういった姿に見慣れない俺はその目のやり場に困る姿を見て目を泳がせた。


「初めまして。お隣座ってもいいですか?」

「あ、あぁ……」

「失礼します」


 女性は佐藤と俺の隣にそれぞれ座る。やけに近い。というよりもかなり密着してきている。


「あたしはミサです」

「私は美咲です。よろしくお願いします」

「えーと……あのさ、俺たちは勇者がここに来てないか聞きに来ただけなんだけど……」

「勇者の人? あたしは見てないですよ。美咲ちゃんは見た?」

「ううん、見てないです」

「そう。じゃあ俺たちもう行くから――――」

「えぇー? いいじゃないですか、少しくらい遊んで行ってくださいよ」


 俺の隣に座った女性――――ミサは俺の腕に絡みついてくる。柔らかい胸を俺の腕に押し当てて大人びた笑みを浮かべていた。


「ちょ……ちょっと……」

「えー? もしかしてこういうお店初めてですか? 反応がすごく可愛いですね!」

「お兄さんたち、お名前は?」

「俺がタカシと、こっちが佐藤」

「佐藤さん? 苗字の方を名乗ってるなんて珍しいですね」

「俺のは勇者名なんですよ」

「勇者なんですか? かっこいいですねぇ。本名を教えてくださいよ」


 美咲と名乗った女性も佐藤に身体を密着させて、上目遣いでやけに色っぽい声を出している。


「タカシさん、出ましょう」

「もう行っちゃうんですか? せっかく可愛い人を見つけられたと思ったのに。物騒な世の中なんですから、ちょっとくらい遊んで行った方がいいですよぉ?」

「タカシさんってすごくあたしのタイプなんです。こういう筋肉質な身体ってたまらないですよね」


 ミサはそう言いながら俺の腕、肩から腹筋、太腿などをゆっくりと撫でる。


「!?」


 俺はその行為にいてもたってもいられずに立ち上がって、逃げるように扉の方へと走って、勢いよくその店を出た。「ちょっと、待ってくださいよ!」という声が後ろから聞こえたが、俺はそのまま走って路地裏に入って隠れた。

 俺の後を追いかけて出てきた佐藤も路地裏に入って身を隠す。俺は落ち着かない気持ちでそわそわしながらかがみこんで佐藤の顔を見た。


「な、なんだよあの店……」

「普通の酒場というよりは都会で流行っている、女性が接客してくれる酒場だったみたいですね」

「そんなのあるのか。びっくりした……」

「あぁいうお店は物凄い金額請求されるんですよ。気をつけてください。ハマって破産する人が出たりするんですから」

「マジ? うーん……でも、俺のことタイプって言ってた……俺……女性経験ないから……びっくりして飛び出しちゃったけど、今からでも戻って謝った方がいいかな?」


 そう言っている俺を見て、佐藤は少しばかり眉間に皺を寄せながら首を横に振った。


「タカシさん、初心うぶですね……そういうサービスなんですよ。好意があるように思わせて、お金を使ってもらおうっていうお店なんです。そういうのをリップサービスって言うんですよ。まともに取り合ったら大体の場合痛い目を見ます」

「なんだ、佐藤、お前詳しいな」

「シグマの町でも、オミクロンの町でもそういうお店ありましたから。娼館しょうかんもありましたしね」

「ショウカン?」

「あー……知らなくていいです。他の酒場を探しましょう」


 佐藤は「あっちにも酒場があります」と言って指をした。何か佐藤に隠されているような気がしたが、俺は先ほどの店での衝撃が強すぎていまいち佐藤の話が頭に入ってこない。


 ――恋人とかいたことないし……佐藤はあるのかな……でも、なんか初心とか、ちょっと悔しいし……黙っておこう……


 俺たちが次の酒場に向かっている最中、町中に何か鉄を打つような大きな音が響き渡った。


 カンカンカンカンカンカンカンカン!!


「な、なんだ?」

「分かりません、でも……町の人たちが慌てふためいてますね。走って家の中に避難してるような……」


 当たりの様子を俺たちが見ていると、慌てて走っている内の1人が呆然としていた俺たちに話しかけてきた。


「早くどこかの建物に入って!」

「何があったんです?」

「あの音は敵襲があったことを知らせる警報音だよ。これから大雨が降る。早くした方がいいよ!」


 そう言ってその人は走って消えて行ってしまった。そうこうしている間に、もう俺たちの周りには誰もいなくなってしまっていた。


「なんかヤバそうだな。敵襲があったなら見に行った方が良くないか?」

「駄目ですよ。周囲の川に放り出されて流されたら死にます。宿に戻りましょう」


 俺たちも走って宿の方へと向かったが、ミューの町の上空が急激に雲行きが怪しくなり、ポツリポツリと雨が降り出してきた。


「うわ、降ってきた」

「かなり大粒ですね」


 すぐに雨が激しくなり、俺と佐藤は一瞬でずぶ濡れになった。ずぶ濡れになった程度で済めばいいが、雨の量が尋常ではなく周りの音も聞こえない程、地面に雨が叩きつけられている。

 足元は既に川のようになっており、下手をしたら足元を取られてしまう為に歩くのもやっとの状態だ。


「佐藤! 無事か!?」

「ええ! なんとか!!」


 大声で話さないとお互いの声も聞こえない程の大雨が降っている。ザァー……という雨の音以外の音は聞こえない。

 やっとの思いで宿にたどり着くと、宿の外側のシャッターが閉められていて完全に俺たちは閉め出されていた。

 シャッターを何度か叩いて中に入れてもらえるように呼び掛けるが、この雨の音で聞こえていないのかシャッターを開けてもらえる気配はなかった。

 宿の屋根がある場所に入ったものの、殆ど屋根は意味をなしていない。


「このまま雨に当たり続けたら、低体温症になってしまいますよ!」

「テイタイオンショウって何!? やばいの!?」

「やばいです! 下手したら命に関わります!」

「マジで!? どうする!? 2人でシャッター思いっきり叩いてみるか!?」

「そうですね! 迷惑だとは思いますけど!」


 ドンドンドン! ドンドンドンドンドン!!


「すみませーん!! 入れてもらえませんかー!?」

「俺だよ! タカシと佐藤!! ここに泊まってるタカシと佐藤!!!」


 2分程度佐藤と俺で叩き続けたら、ようやくシャッターが開いて中の亭主が俺たちを中に入れてくれた。

 もう俺たちは全身ビショビショで宿の入口から先に入れないような状態だ。下着までビッショリで身体中に服が張り付いてしまって気持ちが悪い。


「とりあえず着替え持ってくるから、そこで服全部脱いで。こんな中、よく外にいられたね」

「あぁ、ひでぇ目に遭った……敵襲の合図なんだろ? 大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。この町は『雨呼びの匙』でずっと町を外敵から守ってきたんだ。この大雨の中、攻め込んでこられた奴なんていないよ」


 宿の亭主が持ってきた替えのバスローブのようなものに、一度俺たちは着替えた。濡れている髪の毛の水分をタオルでふき取る。メルやクロの様子も確認しなければならない。恐らく、全員で一つの部屋に入って警戒態勢を取っているはずだ。


「メギドも結界を張って行ってくれたし、大丈夫だよな……?」


 叩きつける雨の音に耳を傾けながら、俺は扉の外の閉ざされたシャッターの方を見つめた。



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