第50話 乗り物の名前を考えてください。▼




【アザレア一行 オメガの町】


 オメガの町であった蛇使いの老婆とのひと悶着の後、アザレア一行はオメガの町で賞賛の声の嵐を受け盛大に祝杯が行われ、町民に受け入れられ――――


 なかった。


「勇者はこんなときしか役に立たねぇんだからちゃんとしろ!」


 という言葉の嵐だった。

 普段の勇者の素行の悪さがあまりにも際立つものであったため、当然それもアザレア一行にも同じ風当たりとなる。

 アザレア一行からしてみれば勇者などというのは心当たりがないのに、そう急き立てられて気分の良いものではなかった。特に怒りを露わにしたのはウツギだ。


「助けてやったのに、その言い草はなんだよ!?」


 と、町民と喧嘩になってしまった。

 町民からすると戦いを放棄して逃げて行った『勇者』というカテゴリー全体に文句が爆発していたので、アザレア一行が勇者かどうかという正確なところに関心はなかった。


「だからその“勇者”とかいうのじゃねーって言ってんだろ!?」

「その装備品に勇者連合会の紋章が刻まれてるじゃないか!」

「これは借りてるだけだっつーの! こんなダッセー服好きで着てんじゃねぇんだよ!」


 こんな状態で、オメガの町ではすぐに追い出される事となった。

 唯一友好的だったのは、アザレア一行が記憶喪失だという事情を知っていた宿屋の主人だけだった。

 エレモフィラとの約束通り、宿屋の主人はアザレア一行に風呂と食事と宿を提供した。しかしそれも一晩きりだ。


「なんっだよこの町のやつら! 感じ悪いっつーの!」

「皆、疲弊しているからな。魔族が暴れ出して、どこも大変なんだ。ここ数週間で町がいくつも潰されてるって話をチラッと聞いた」

「なんだって?」


 その情報は初耳だったアザレアたちは動揺が走る。


「ほんと……前魔王が討たれてからは約70年も平和だったのに……急に魔王が世代交代して、それで魔族が凶暴化して人間を次々襲っては殺してる。滅茶苦茶だよ」


 暗い表情をする宿屋の主人に対してアザレア一行は顔を見合わせる。それぞれが不安な表情を浮かべたが、一番不安な表情をしていたのはエレモフィラだ。


「タウの町は無事なの?」

「タウの町か……魔王城に近い場所だし、無事……じゃないと思う」

「そんな……」


 片手で口を覆い、エレモフィラはうつむいた。


「タウの町が危ないというのなら、魔王城からの距離が同程度のローの町も無事ではないだろうな……」

「シータの町は?」

「オメガの町にまで魔の手が伸びたことを考えると、正直どこの町も無事かどうか分からない。みんな怖がって家に引きこもってるから、情報が入ってこなくてな……ただ、このままいくと人類が滅びるってことだけは確かだ」

「人類が滅びるとは穏便じゃない話だな」

「あぁ……俺はよく知らないんだけど人喰いアギエラっていうのが復活するんだってよ。それの復活が現魔王の計画らしい」


 人喰いアギエラと言われて、エレモフィラはその名前に心当たりがあることを思い出す。


「覚えてる……一時期人類を震撼させた凶悪な食人鬼。殺した人数は数知れず……と言っても、“復活”ってどういうこと?」

「いや、すまねぇ。詳しいことは分からない」


 エレモフィラもそれ以上のことは頭にもやがかかったように思い出せない。


「なら、俺たちがなんとかしよう」

「あんたらが強いのは分かったけどよ……魔王だぜ? その辺の魔族とは全然違う。無謀だって」

「私たちは特別行く宛てもないからな。他の町の状態を確認しよう。私たちの故郷がどうなったのか確かめなければならないし……何より、この町では私たちはつまはじき者らしい」

「タイミングも、その服も悪かったな。服ならうちにあるのを適当に持って行っていいよ」


 宿屋の主人が持っていた服も、ウツギにとってはどれも「ダサい」と感じるようなものだった。しかし、えり好みしている場合ではなく、その中から一番マシだと思う服をウツギは選んだ。


 そして今はオメガの町から比較的近いウツギの故郷のシータの町へと向かっていた。

 移動手段は魔鉱石で動く最新型四輪自動車だ。これは宿屋の主人が貸してくれたものだった。


「今は外に出られないからな。助けてくれた礼に貸してやる。こんな状態じゃ他の町にも行けないしな。壊すなよ」


 そう言付けられ、借りた。

 借りたはいいがアザレア一行はそれをどう乗るのか分からずに戸惑った。だが、宿屋の主人の説明を受けたイベリスがなんとかそれを乗りこなしていた。


「これは画期的で便利だな。魔鉱石さえあればずっと走り続けられる。何より馬よりも早い」

「魔鉱石は入手が困難だから、かなりの高級品だな」


 宿屋の主人にある程度の燃料の魔鉱石をもらっていた。それから魔鉱石が採れる場所の地図ももらった。足りなくなったら現地調達となる。


「なぁ、これに名前つけね? なんとか号! みたいな」

「人から借りたものに名前つけるのは抵抗があるんだけど……」

「色が白だから、ホワイトタイガー号とかどうよ?」


 ウツギはエレモフィラの話を全く気にせずに自信満々に考えた名前を発表した。


「服がダサいダサいって大騒ぎしてるのに、そのネーミングセンスは壊滅的ね。例えるなら、魚を釣ってるのか、魚に釣られてるのか分からないって感じ」

「その例えが分からないって感じなんだけど! じゃあえーちゃんどんな名前がいいと思うよ?」

「………四輪駆動自動車白」

「そのまんまじゃん! ちがくて! もっとこう、かっこいい名前!」

「お前さんはこんな状況だというのに呑気な男だな」


 アザレア一行は暗い表情をしていた。自分の故郷が無事ではないかもしれないと聞いてからずっと張りつめた空気だった。


「不安なのは俺も同じだよ。でもさ、分かんねぇことに対して暗い顔してたってしょーがねーじゃん。今は記憶取り戻しながら、暴れてる魔族を制圧して、魔王をやっつけるんだろ?」


 ウツギがニヤリと笑いながらそう言うと、その場の空気が少し変わった。


「確かに、不安に塞いでいても仕方ない。ウツギの言う通りだ」

「まぁ、一理あるな。お前さんもときには良いことを言うんだな」

「“ときには”は余計だろ! いーさんは良い名前を当然思いつくんだろうなぁ?」

「ふぅむ……偉人の名前からとるというのはどうだ? 偉大なる魔法使いベレトカーン。今の魔法学の基礎を作り上げた超革新的天才の名だ」

「なんかわかんないけど、いーさんの趣味丸出しなのは分かる」

「お前さんのホワイトタイガー号にだけは言われたくないな」


 その会話を聞いていたアザレアは、少し恥ずかしそうにも自分が考えた名前を言ってみた。


霹靂丸へきれきまるとか、どう……かな?」


 それを聞いて、少しばかり言い争いをしていたウツギとイベリスは黙った。エレモフィラもアザレアの方を見つめる。


「それだけはねーわ」

「それはないかな」

「それは無しだな」


 全員から否定されたアザレアは顔を紅潮させ、外の景色に目を逸らして必死に恥ずかしさを誤魔化した。


「はっはっは、では間を取って、四輪駆動ホワイト・ベレトカーン丸というのはどうだ?」

「あはははははっ! 馬鹿みてぇな名前!」

「ふふふっ……四輪駆動の白い人間……ふふふふふっ……」

「ははは、確かに酷い名前だ。けど、俺たちらしくていいんじゃないか?」


 暗雲がかかっていた一行の空気は一気に払拭されて明るいものになった。全員が馬鹿馬鹿しいことで笑い、明るい空気に包まれる。


「まぁ、縮めるとベレトカーン号だがな」

「きったねぇぞいーさん!」

「騒がないでよ。乗り物の名前ひとつでうるさい」

「霹靂丸……そんなに駄目か……?」


 四輪駆動ホワイト・ベレトカーン丸。縮めてベレトカーン号に乗ったアザレア一行は、半日走り通しでオメガの町からシータの町へと到着した。


「車の名前でもめてる間に、もう着いちまったな……っていうか、なんか……こんな町だったっけ……?」

「それ、全部の町で言うつもり?」


 芸術的な建造物が立ち並び、壁にはたくさんの絵が描かれていて独特の雰囲気が町には漂っている。

 シータの町はオメガの町と同じく静まり返っており、誰も外には出ていない。


「静まり返っているな。オメガの町同様、魔族に怯えて家の中に立てこもってるのか?」

「俺んちは……こっちだったかな? 来いよ。茶くらい出してやるから」


 町が壊れていない様子を見て、一行は安堵していた。

 先行して歩くウツギの後を追って他の3人もウツギの家の方へと向かう。ベレトカーン号は町の外に鍵を抜いて停めておいた。鍵と魔鉱石がなければ動かないので、それを外して持ち歩けば盗まれる心配もない。


「随分、芸術的な町ね。凄い」

「オメガの町とは全く違うな。よもや、全く文化が違うと言っても過言ではない。興味深いな」


 ウツギは半ば走るように先行していった。


「早くしろよー!」

「故郷に帰ってきて嬉しいのは分かるが、やかましい奴だな」

「まぁまぁ、明るいやつがいて良かったよ。この状況だとどうしても暗い顔になってしまいがちだからな」

「それにしても、ウツギはうるさすぎる」


 華やかな町の外観にも、数分歩いているうちに慣れてきた。その頃にウツギが「ここだ」と自身の家を紹介した。

 ウツギの家は一層華やかで、家には隙間なく絵が描かれていた。他の家のどれよりも美しいと3人は総じて感じるほどの芸術性を感じる。

 しっかりと鍵が閉めてあったのを、ウツギは無理やり開けようとしてガチャガチャとドアノブをひねった。


「おーい! 俺だ! 開けてくれー!」

「おいおい、お前さん。いくら元の名前が分からないからって、“俺だ”は乱暴じゃないのか? こんな状況なのだから、もっと慎重に……」

「開けてくれよー! 俺だってばー! 魔族じゃねぇよぉ!」

「お前さん、本当に人の話を聞かないな。扉を叩き続けるのはやめなさい」


 扉をドンドンと叩き続けるウツギをイベリスは諭してやめさせる。そして少しばかり咳払いをしてから、改めてコンコンコンと扉を軽く叩く。


「すみません、誰かいらっしゃいませんか? この家に住んでいる者をお連れいたしました。少々騒がせてしまって申し訳ございません。名前は分からないのですが、全身にタトゥーを入れておりまして、それから――――」


 バタン!


「イザヤ!?」


 40歳前後の女性が1人大きく扉を開けて出てきた。女性の身体には頭部以外に余すところなくタトゥーが入っている。


「イザヤ!? イザヤなの!?」

「おぉ……落ち着いてください。この者に見覚えはありますかな?」


 女性はイベリスに促された先のウツギを見た。

 見た瞬間、一瞬嬉しそうな表情をしたが、すぐにまた落胆した様子で肩を落とす。


「お……俺、イザヤ?」

「違うでしょ……なんだ……イザヤかと思ったのに……でもタトゥーの柄も違うし……」


 明らかに落ち込む女性を見て、ウツギは首を傾けながら女性に質問する。


「っていうか、あんた誰? ここ、俺んちなんだけど」

「はぁ? ここは私の家だけど……? あんたたち、こんな状況なのに外で何してるの?」

「あれー? ここじゃなかったっけ……?」


 ウツギは傾けた首を更に傾けながら難しい表情をして辺りを見渡す。


「俺たちも色々複雑で……あなたも色々と訳ありのようですね。俺たちで良ければ話を聞きますよ」

「…………立ち話もなんだから……入んなよ」


 女性に誘われ、アザレア一行は女性の家に入った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る