第49話 『クロ』が仲間になりました。▼




【タカシ】


「この狼を同行させる。異論がある者は?」


 メギドのその言葉に異論があったのは、佐藤だけだった。

 佐藤の言い分は至極真っ当。急に襲ってきた狼に対して仲間に引き入れるということに不信感があるというものだった。


「それをお前が言うか。お前だって急に私の話も聞かずに襲い掛かってきただろう」


 その一言で佐藤の言い分は覆された。だが、佐藤の微力な力とは異なり、この狼の力は強大だ。それを簡単に信用する訳にもいかないと佐藤も食い下がる。


「そうだな……お前たちに解りやすい例えをするのなら、戦闘能力を数値化するのは無理だが、あえて数値化するとお前が1だとすると、この狼は100だ。そして、私が1万だ」

「桁が全然違うんですけど……」

「そうだ。つまり、何を言いたいか解るか? この狼が1匹増えたところで、私の管理下においては誤差の範囲内だということだ」


 自信に満ち溢れたメギドのその言葉に、狼は呆れたような、それでいて少し怒りを感じているような口調でメギドに問う。


「随分低く見積もられたものだな。いや、貴様の自己評価が高すぎるのではないか?」

「妥当な数値だと思うが? それに例え話だ。そう気にするな」

「俺は? 俺の戦闘力は?」


 俺がメギドに対して聞くと、メギドは腕を組みながら呆れたような目で俺の方を見た。


「まず、自己評価を聞かせてもらおうか」

「佐藤が1だろ? だったら、5くらいはあるんじゃないか?」

「お前は0.000000――――……」

「その流れ分かってた! 分かってたけどやめてよ!」


 絶対にメギドは俺に対してそう言うと分かっていた。

 分かっていたが念のため聞いてみただけだ。そうだ。別にショックなんて受けてない……。そう自分に言い聞かせる。

 本当はメギドの足元にも及んでいないことは分かっているだけに、少しだけショックだった。


「ところで狼、お前は名前は何という?」

「私に名前はない。そういう概念が大狼族になかったものでな」

「名前がないのか? それは不便だ。何か呼び名がないと呼ぶ時に困る」

「俺のことは好き勝手呼ぶくせに……」


 ヨシオだの、くるぶしだの、全然違う名前で俺のことを呼んでくるくせに狼に至っては名前がないと困るとは、どういう事なんだだとメギドを問い詰めたい。


「名前はないが、私は幼少期に『クロ』と呼ばれていた」

「黒? 真っ白なのに?」


 狼の毛並みは雪のように真っ白だ。黒い部分などどこにもない。

 色合いで呼び名を決めるというなら毛並みの『白』か、纏っている炎の色の『青』が妥当だろう。


「何故そう呼んでいたのか解らないが、別に名前というものに執着がない。呼び名がなくて困るというのなら、私の事は『クロ』と呼べ」

「大狼族には名前という概念がなかったと言ったな。では誰にそう呼ばれていた?」

「……人間だ」


 狼――――クロはメギドを見据えてそう言った。

 こんなに人間を嫌っている様子のクロが、何故人間に『クロ』と呼ばれていたのだろうか。その言葉からは蔑称のようなものは感じない。


「ほう……色々訳ありのようだが、詳しくは聞かない。それよりも、クロ。お前にしかできない重要な仕事がある。心して聞け」

「なんだ?」

「私たち全員をラムダの町へと運べ」

「何? よもや貴様、私を乗り物にしようと考えているのではあるまいな?」

「そうだが?」

「ふざけるな! なぜ私が貴様らを背に乗せなければならないのだ!」


 クロが青い炎を吹き荒らしながら威嚇すると、メルは怖いのか佐藤の後ろに隠れる。メギドとレインは落ち着いた様子で怒っているクロを見上げていた。


「お前にはその義務がある。なぜなら、お前のせいで馬が逃げて私たちは移動手段を失った。もうひとつ。この馬鹿の脚の傷はお前のせいだ。これでは当面歩くのは無理がある」

「それは……そうだが……」


 メギドの責める声に、クロは言い淀んだ。


「もたもたしていられない理由もいくつかある。人喰いアギエラが復活するまでそう時間がないこと。この馬鹿の脚の傷の止血の為に使ったお前の氷魔法が強すぎたせいで、組織が壊死している箇所があるということ」


 俺の脚の傷をメギドが確認したときに、黒くなってしまっている場所があった。自分の身体ながらおぞましいと思う状態になってしまっていた。

 止血はされていたものの、メギド曰くこれは危ない状態のようだった。


「傷も深い。このままでは下手をしたら下肢切断もありえる。一刻も早く医者か回復魔法士に診せなければならないのだ」

「…………」


 クロはその事に罪悪感があるのか、メギドの言葉にバツの悪そうな様子を見せている。


「タカシお兄ちゃん、歩けなくなっちゃうんですか?」


 佐藤の後ろにいたメルは、メギドのその言葉に不安を滲ませながら問うた。


「それはこの狼次第だ」

「それは駄目です! クロさん、お願いです。タカシお兄ちゃんを助けてください……!」


 怖がりながらもメルが佐藤の後ろからクロの前に出てそう言うと、クロはメルを見つめた。メルは震えていた。それでもけして引き下がりはしない。

 そしてクロは諦めたようにメギドの方に向き直り「分かった」と言った。


「お前は基礎体力があると見た。町から町までの移動時間は馬よりも圧倒的に早いはずだ」

「何故私がそんなことを……」

「この付近でずっと争いから遠ざかっていたのだろう? 戦う為にも身体を動かして慣らしておかないと困るぞ」


 もっともらしい理由を述べられたクロは呆れながらも抵抗をするのをやめて受け入れた。


 ――魔王も人間もあんなに嫌っている様子を見せていたのに……俺がメルたちを連れてくる前に、何話してたんだろ?


 俺らが戻ったとき、別段クロとメギドが喧嘩をしている様子はなかった。


「あと、走ると暑くなる対策として、その身体を冷やし続ければ長時間走り続けられると踏んでいる。そこで、クロの身体を適度に冷やし続ける役目をレインにしてもらう」

「え? 僕?」


 レインはメルの頭の上で嫌そうに返事をした。


「そうだ。お前は氷魔法の適性はあるが、制御がまだ甘い。そこで、移動中にできる訓練としてそれを行う」

「えええええ……僕はそんなことしたくない」

「この歴史的な戦いに私の家来として功績を残せば、お前の名前も顔も国中に広まり、もしかしたらノエルとやらから接触してくるかもしれないぞ」

「本当!? 俄然がぜんやる気出てきた!」


 ――乗せるの上手いな……


 レインがメギドに乗せられている間、佐藤の方を見るとやはり渋い表情をしていた。いつもの佐藤がしている顔だ。

 怒りのような、悲しみのような、悔しさのようなそんな感情が読み取れる顔だった。


「そうと決まれば、もう行くぞ。あと、佐藤」


 浮かない表情をしている佐藤に、メギドは声をかけた。渋い表情のまま佐藤はメギドの方を見る。


「『雷撃の枝』を使ったな?」

「……すみません……回数制限があるものなのに……」

「責めているわけではない。『雷撃の枝』の霹靂へきれきが聞こえたから私は戻った訳だからな。判断としては悪くなかったぞ」

「………………」


 その言葉が予想外だったのか、ハッとしたような顔をして先ほどの渋い表情が柔らかい表情になった。


「音で私に知らせたのか?」

「いえ……無我夢中でした」

「そうか。まぁ、そこまで考えて使ったのなら完璧だったがな。あれの威力は分かっただろう。やたらに町などで放つなよ」

「解りました」


 刺々しい雰囲気だった佐藤はほんの少し笑顔を見せた。それを見て俺もホッとする。


「それから、タケシ」

「タカシな。なんだ? あー、ちょっと待て。当ててやる。あれだろ? お前を背負って懸命に歩いた姿に感動したっていう礼だろ? 分かってるって――――」

「お前、私の気に入っている服を破いて止血に使ったな?」

「うっ…………」


 俺は言葉に詰まり佐藤に助けを求めたが、どうやら佐藤は自分が破いた服がメギドの大切な服だったことを知らなかったようで、ギョっとしていて固まっていた。


「そ……それは……あの…………はい……ごめんなさい」


 俺の声は上ずった。

 メギドは鬼のような、というよりはメギドは鬼の血も流れているから「ような」という表現は間違いなのだろうが、相当に怖い表情をしている。

 俺はメギドに呼吸ができなくなるほど水を浴びせられるのではないかと、不安がよぎる。

 ずっと黙って俺を見ていたメギドは、フッと怖い顔をやめて視線を逸らした。


「…………まぁ、その傷ではやむを得なかったと判断する。その件については不問にしてやる」

「え……マジ……?」

「差し詰め、メルか佐藤が服を選んだのだろう」


 佐藤がビクリと身体を震わせたことで、メギドはそれを察した。

 下手をしたら半殺しにされるのではないかと不安に思っていたが、思ったよりも寛容なメギドの態度に安堵すると同時に驚く。


「ところで、私がやっておけと言った訓練は全部終わっていたのであろうな?」

「うぅっ……そ……それはですね……あの……平たく言うと、励んでいたと言いますか……えっと……つまり……」

「つまり?」


 俺はメルの方を見た。

 メルは俺の方を見ながら首を横に振って腕で×(バツ)を作っていた。

 嘘をついて終わったということにしたいが、それがバレたら今度こそ俺は半殺しにされるかもしれない……。


「…………すみません、終わってません……ごめんなさい」

「ほう……?」


 メギドは腕を組んだ状態で自分の唇の辺りを触れ、ほんの少し考えるそぶりを見せた後、とんでもないことを言い出した。


「謝らなくてもいいぞ。脚が治ったら私が言った訓練を毎日してもらうからな」

「ま、毎日!?」


 やっぱり俺は殺されるんだと、このとき俺は覚悟した。



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