第36話 ミューリンを許しますか?▼
【タカシ】
目覚めは最悪だった。
陸なのに溺れて苦しむ夢を見て、俺は目を覚ました。
冷や汗で身体がじっとりとしている不快感と、その悪夢の不快感で、目覚めが非常に悪い。
目覚めた時に自分が呼吸ができていることに安堵したほどだ。
――またウールの夢見のせいだ……メギドに酷い目に遭わされる夢しか見ない……この野営方法なんとかならないのか?
そうは思うが、メギドは地面では絶対に眠らないだろうし、メルも地面で眠らせたら可哀想だ。幸いにしてメルはすやすやと眠っているので、悪夢は見ていないのだろう。
うなされていたのはどうやら俺だけのようだ。
――なんでだ? 佐藤は……?
俺はまだ眠っている佐藤の顔を覗き込むと、佐藤もうなされている様子はない。
ミザルデを見るが、ミザルデも安らかに眠っていた。
――まだ皆寝てるな。俺だけ早く起きちまったけど、どうするかな……もう眠れそうにないし
立ち上がって背中の汚れを払い、早めに食事の準備を始めた。
鞄からパン、野菜、果物といくつかの調理器具、食器を出して朝食の準備をする。
卵があればいいのだが、卵は馬での移動で割れてしまう為に携帯できない。それが一番残念なところだ。
――えーと、川あるかな……野菜を洗いたいんだけど……
俺は歩いて近くに川があるかどうか探した。
キノコが何種類か生えているのを見かけたが、食べられるかどうかは分からない。村で暮らしていた時は見分ける専門の人がいたから安心して食べていたが、素人がキノコに手を付けるのは危険だ。
結構歩いて探したが、結局近くに川は見当たらなかった。
――水がないと鍋もできないしな、魔法はいいよな。空中から水生成出来るし……それを俺にぶっかけるのはやめてほしいけど
そう言えば俺は以前に魔法適性を調べた時に使った『七色の種』の存在を思い出した。
あのとき俺は魔力に反応するその種をピクリとも反応させられなかったが、それについて納得できないままでいた。
――よし、目を覚ましたメギドをあっと言わせてやるからな!
食事の準備はそこそこに、俺は『七色の種』を鞄から取り出して俺なりに魔力を注いでみる。
指先に力を入れてみたり、腕全体に力を入れてみたり、腹に力を入れてみたり、立ってみたり、座ってみたり、祈ってみたり……色々してみるのだが、やはり『七色の種』はピクリとも反応しない。
俺が懸命にその『七色の種』にあれこれしてる間に、メギドが目を覚ましていることに気づかなかった。
一生懸命俺がそうしている間に『七色の種』に変化があった。種から芽が出て水色の花が咲き、その花が水状になって弾け、俺の顔にその水がかかった。服が濡れたという弊害よりも、俺は「やっぱり俺も魔法が使えるかも!」という期待を持てた方が嬉しかった。
――やった! なんかわかんないけどできたぞ!
と、俺は拳を天高く掲げてガッツポーズを取ったまま「これをメギドに見せてやろう」とメギドの方を振り返ると、俺の方に冷たい視線を向けてメギドはこちらを見ていた。
起きているとは思わずに俺はびっくりして身体をビクリと震わせる。
「お……おはようございます……魔王様」
「お前は1人遊びが好きなのか? 右手のキツネ以外に友人がいないのか?」
「そんなことないもん……友達くらいいるもん……」
俺は右手をキツネさんポーズにして自分の方に向けた。
そうしてみてもキツネさんは話をするわけでもなく、ただの手遊びでしかない。非常に虚しさを感じる。
「ほう? その友人の名前は?」
「ユウタ」
「そうか。お前は右手のキツネに『ユウタ』という名前をつけたわけだ」
「ちげーよ! 本当にいるの!」
メギドは俺のその言葉を一切信用していなかった。疑いの眼差しでこちらを見てくる。
「どこに?」
「どこかに……どこにいるかは知らない」
もうしばらく会っていないので、どこにいるかは知らなかった。
ユウタははじまりの村の出身だが、さっさと村を出てどこかの町へと行ってしまったのでそれ以来どこにいるのかは分からない。
「俗に言う“見えないトモダチ”というやつか。私はお前のその“見えないトモダチ”がいることについては言及しないから安心しろ」
「実際にいるんだよ! 俺だって友達くらいいるの!」
俺が反論していると、レインやメル、佐藤も目を覚ました。
「何……? もう、うるさいなぁ。寝てるんだから静かにしてよ。燃やし殺すよ……?」
「ふぁー……もう朝ですか? んん……ふぁあ……まだ眠いです……」
「………………」
「メェー……」
まだウールを含む全員が眠そうにしている。
何かレインが物騒なことを言ったような気がしたが、俺は気にしないようにした。下手をしたら本当に燃やし殺されかねない。
「本当に朝からうるさい男だな。早く朝食の準備をしろ」
「お前なぁ!」
俺は色々納得のいかないことの方が多かったが、それを飲み込んで『七色の種』の話をメギドにした。
「そんなことよりメギド、俺、魔法使えるかも。前やった『七色の種』があるだろ、あれの――――」
「勘違いだ」
「え?」
即座に否定されて俺は呆気にとられる。
「私がお前の後ろから魔力を注いだから花が咲いた。お前は魔法の才が皆無だ。お前が奮闘する様子を見ていたが、まるで駄目だった」
俺があの手この手で『七色の種』に魔力を注ごうとしていた様子をばっちりと目撃されていたようだ。
もしかしたら見ていなかったかもと期待したが、その期待も虚しく散る。
「見てたのかよ。ほんとタイミング悪いよな……しかも……俺、やっぱり才能ないのか……」
「訓練でどうにもできないレベルだな」
はっきりとそう言われ、俺は肩を落とした。「魔法を使ってみたかったなぁ」と落胆する。
――だが、諦めたらそこで終わりだ。俺は諦めないぞ……!
落ちている2つの『七色の種』を拾い上げ、俺はポケットにしまった。
メルやレイン、佐藤はまだぼーっとしていて、佐藤以外は二度寝を始めた。佐藤は「顔を洗う場所探してきます」とどこかへ歩いて行ってしまった。「川はこの辺に刃ないぞ」と言ったが、聞こえていたかどうかは分からない。
「メギドはいいよな、魔法使えて。便利そうだし」
「私は魔法を使わなくても何不自由なく生活していたのに、私が魔法を使わなければならないこの状況に杞憂している」
「いつも疑問に思うけどさ、魔王の生活ってどんな? やっぱり向かってくる勇者と戦ったり、城の中にトラップがあったり、各部屋に宝箱があったりするのか?」
俺の真面目な質問に対して、メギドは「やれやれ」というような反応を示す。
「なぜ住んでいる場所に罠を仕掛けねばならないのだ。そんなことをしたら、私が自由に歩けないだろう」
「確かに」
改めて言われたら確かにそうだ。
自分の家に罠を仕掛けたら自分が生活しづらくなってしまう。メギドがそんな面倒な生活をしている訳がないと思った。
「宝物庫はあるが、宝箱とはなんだ? 何のために各部屋に置かなければならないのだ。有事のときに不便で仕方ないだろう」
「それも確かに」
勇者が攻め込んできたときに、金目の物など真っ先に持っていかれるのだから、一か所にまとめて管理した方が守りやすいだろう。
「そのようなおかしな知識をお前はどこから仕入れてくるのだ?」
「んー、なんか昔の伝承? みたいな。勇者は昔の伝承の勇者のまんまだぜ? 勝手に人んち入ってくるし、壺壊すし、タンスは漁るし、しつこく話しかけてくるし、カツアゲはしてくるし……だとしたら、魔王も伝承の通りかなって思うじゃん。魔王城にずっといて、勇者が来るのを待ってるんだよ。それで、侵入してきた勇者と戦うんだ。それで、ピンチになると3回くらい変身して勇者を追い詰める。で、魔王は世界征服をしようとするわけ」
メギドは心底呆れたように俺から視線を逸らした。まだ下にいるウールの毛を指先で弄びながら投げやりに俺に返事をする。
「頭の痛くなってくる話だな。変化の魔法は存在するが、変化したところで傷は回復しない。それに、普段と違う身体の構造になると動きが鈍る。まして、一番頭が痛いのが世界征服という部分だ。訳が分からない」
「うーん、世界征服か、深く考えてみると難しいな」
「それに、征服してどうする。すべての上に立つということはそれなりの責任があるだろう。そんな大義を自ら負いに行きたくはない。優雅に暮らせなくなってしまうではないか」
「責任感あるんだな、メギドは。俺らの国王と大違いだ」
「王たるもの、当然だ。王であるがゆえに狙われるのだろうがな。愚かな話だ。なぜ城に入ってくる虫のことで私が頭を悩ませなくてはならないのだ……やつらは結界を何度組み替えても巧妙に突破してくる。迷惑以外のなにものでもない。昼夜を問わないところが一番悪質だ。せめて昼にくるのが最低限の礼儀というものだろう」
「確かに。夜中に人の家に訪問したら失礼だってあいつら分かってないからな。酒場で朝までずっと飲んだくれてるし。そういう真っ当な感覚ないんじゃね?」
「勇者などという無職は恐ろしいな。奴ら、恥を知らない」
メギドからは普段不満に思っていることが延々と出てくる。どうやら以前から勇者というのは相当に悩みの種のようだ。
俺だって迷惑してるんだから、魔王がもっと迷惑しているのは当然だろう。
「でもさ、勇者って魔王の存在を脅かす為だけに存在してるじゃん? 魔王やってるうちは絶対に狙われるって。いっそ魔王やめちゃったら?」
「馬鹿者。魔王が世襲制になったから世の混沌とした争いは一時収束したのだぞ。また世界を混沌に叩き落すつもりか」
「そうなのか? 俺、歴史とか全然わかんねぇんだよな」
俺たちがそんな話をしていると、森の中から大きなピンク色の羽の蝶がフラフラと飛んできた。それはよく見ると蝶ではなく、ミザルデの母のミューリンだった。
まだ傷も塞がっていないはずなのに、痛みを堪えながら懸命にこちらへ向かって飛んできた。かなり苦しそうな印象を受ける。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か? まだ飛んだらまずいんじゃないか……?」
「大丈夫です……ミザルデは……?」
「そこでまだ眠っている」
ミューリンは身体を引きずりながら歩いてミザルデの方へと向かった。
眠っているミザルデの顔を見て、ミューリンは安堵した表情をして、再びメギドの前へと歩み寄り、メギドに対していきなり土下座をした。
「っ……申し訳ございませんでした。メギド様!」
頭を地面にこすりつけるように必死にメギドに謝罪をしている。
メギドはミューリンを黙って見据えた。
「メギド様を欺き、ゴルゴタ様の元へと案内いたしました……許されるとは思っておりません。ですが、どうか子供の命だけは……私が代わりになりますので、どうか殺さないでください!」
「え?」
俺は面食らって、頭を下げ続けるミューリンの方を見た。
「なんか、勘違いしてない? ミザルデを殺そうとしたのは妖精王のほうだぜ?」
「……それは伺っております。しかし、私がメギド様を
「ほう。お前が私に命を支払うというのか?」
「はい……私が支払います……こんな死にかけの命で良ければ、いくらでも差し出しますから、娘を見逃してください……!」
昨日、妖精族の価値観をメギドから聞いていたので、ミューリンが人間と同じような温情を持っているということに対して少し驚いた。
妖精族全体が子供を平気で殺すような種族だと思っただけに、愛のあるミューリンの言葉に俺は安心した。
「…………ひとつ聞きたいのだが、なぜそこまで娘一人に固執するのだ? 妖精族らしくないな」
「はい……恐れながらお答えいたします……私は子供に恵まれず、ミザルデが初めて授かった子供なのです。私は沢山子を作って淘汰されていくという考えには反対で……ようやく授かった我が子が大切で……心血を注いで育てていたのです」
「それで?」
「しかし……私たちはゴルゴタ様の配下の者に捕らえられてしまいました。私はミザルデを人質にとられ、成す術なくゴルゴタ様の元に下ったのです。少しの間ではありますが、私は魔王城で働かされていました。ゴルゴタ様は色々な者を『嫉妬の籠』に入れてお戯れになっていて……ある日ついにミザルデを『嫉妬の籠』に入れたのです。そして先日、メギド様を町の外へと誘導するという
ミューリンは震えながらメギドに対して謝罪をしていた。
その姿を見て俺はミューリンが可哀想になったと同時に、ゴルゴタに対して怒りが改めて湧いてきた。なんて非道なことをする奴なんだと、心の底から許せない気持ちになる。
「ならば、私の為に命を払ってもらおうか」
――え?
俺はメギドがそう言うと思わずに、驚いてメギドの方を見た。いつも通りの冷たい目でミューリンの方を見据えている。
ミューリンはメギドのその言葉を聞いて顔を上げ、下唇を噛み、涙を堪えながら尚も震え続けていた。
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