第24話 兄弟の過去を聞きますか?▼




【71年前】


 メギド6歳、ゴルゴタ5歳。

 分厚く難解な魔導書を持って、メギドはそれに目を通していた。

 この日は天気が良く、魔王城の庭のパラソルの日陰で母のクロザリルも共に本を読んでいる。

 その横でゴルゴタはセンジュと体術の稽古をしていた。疲れを知らないゴルゴタはセンジュに果敢に向かっていっている。

 それを横目にメギドは、回復魔法の応用である死者を生き返らせる魔法のページに目を通して黙読していた。


 ――……どのような形であれ、死者を生き返らせると『死の法』に抵触し、死神に呪われる


 そのページを読み進めていくと、死神に呪われた者の姿が描かれていた。

 生き返った者は異形の姿で描かれ、生き返らせたものは倒れた姿で描かれている。

 ただ、それ以上の事は書かれてはおらず、死者を生き返らせる魔法の詳細は不明だ。


「母上、ここの部分が詳しく書かれていないのですが、解りますか?」


 クロザリルに尋ねると、彼女は持っていた本に詩織を挟んで置き、メギドの方を向いた。クロザリルの胸にかかっている血水晶のネックレスが光を反射して輝き、メギドは眩しさに一瞬目を細めた。


「母さんに解るかしら?」

「これです。死者を生き返らせる魔法について」


 メギドが本に指を指しながらそう言うと、クロザリルは少し目を見開いて神妙な表情をした。


「死者を生き返らせる魔法に興味があるの?」

「使えたら便利だなと思います。死を恐れることがなくなるのですから」

「そうね。でも『死の法』を犯すのだけは駄目よ」

「死神が管理しているという法ですか?」

「そうよ。死者を生き返らせてはならない……たったそれだけの法。死んでしまったらそれまでなのよ。そのことわりを捻じ曲げようとするとろくなことにはならないわ。メギド、憶えておきなさい」


 そう言いながらクロザリルは優雅にワインを一口、口に含む。


「死神というのは実在するのですか? 見たことがありません」

「そうね……どこにいるのかは分からないけれど、確かに死神はいるわ」

「母上は会ったことはないのですか?」

「会ったことはないけれど、実際に『死の法』を犯した者が呪われるところは見たことがあるの。だから絶対にしては駄目」


 その呪いが魔法であるのなら、その対抗策があればその呪いから逃れられるのではないかとメギドは思案する。

 明らかに興味を示しているメギドに対して、クロザリルはポン……と頭を撫でつけて牽制した。


「メギド、駄目よ? 母さんのいう事を聞きなさい?」

「分かりました。母上」


 メギドは「使うのは駄目」であっても「調べる」ことについては牽制されていないと『死の法』について後で調べようと考えた。

 これ以上はクロザリルは話してくれないと感じたメギドは、センジュに聞いてみようと思考する。


 一方センジュはゴルゴタとの稽古で少しばかり疲れている様子を見せていた。

 ゴルゴタが蹴りを入れても、拳を振りぬいても、センジュは軽くそれをいなし、かわす。しかし、30分前に始めたときよりはセンジュの動きが鈍ってきていた。


「おらぁっ!」


 ゴルゴタはセンジュに思い切り右の拳を振りぬいた。それを素早く避け、センジュはゴルゴタの腹部めがけて膝蹴りを入れた。

 鋭い一撃にゴルゴタは勢いよく上へ吹き飛んだが、防御が間に合っていた為にダメージはそれほど受けていない様子だ。

 小さな翼を羽ばたかせ、ゴルゴタはゆっくりと地面に着地する。

 銀色の長い髪は汗で顔に張り付いてしまっていた。ゴルゴタは乱暴に汗を拭って払う。


「ゴルゴタお坊ちゃま、稽古はこのくらいにいたしましょう」

「センジュ、もう一回!」

「ほっほっほ、あまりこの老体をイジメないでくださいませ。メギドお坊ちゃまと一緒にされてはいかがですか?」

「分かった。兄ちゃーん!」


 ゴルゴタはすぐにメギドの元に走り寄り、メギドの服の裾を何度も引っ張った。


「兄ちゃん、本なんか読んでないで遊ぼうぜ」

「……今、本を読んでいる。後にしろ」

「1回だけ! 兄ちゃん、1回だけ」

「ふふふ、メギド、ゴルゴタと遊んであげなさいな。身体を動かすことも大切よ。本は逃げないわ」


 クロザリルの言葉によって、メギドは渋々と詩織を挟んで本を閉じた。


「仕方ないな。1回だけだぞ」

「やりぃっ!」


 センジュの見守る中、メギドとゴルゴタは向き合った。


「よろしいですかな、坊ちゃん方」

「いいぜ」

「構わない」


 メギドとゴルゴタはあまり似ていない。

 父親が違うということを差し置いても、性格が全く違っていた。

 メギドはあまり身体を動かすのを好まず、本を読んだり勉強したりすることを好む。

 ゴルゴタはじっとしているのは性に合わず、いつも魔王城で誰かと稽古をつけて身体を動かしていることを好んでいた。

 しかし、正反対の2人だが両者ともに負けるのが大嫌いなところは共通している。


「では、始め!」


 センジュの掛け声と共に、ゴルゴタはすぐさまメギドとの距離を詰めようと懐に向かって走った。だが、メギドはゴルゴタを近づけまいと水の壁を形成し距離を取ろうとする。


「魔法はズルいぞ兄ちゃん!」


 それでも、水の壁を強引に突破するゴルゴタに向かって、メギドはいくつも水弾を浴びせ続けた。水弾の圧力は強く、殴られているような痛みをゴルゴタは覚える。

 しかし、水弾を上手く身をかわしていなし、衝撃を緩和した。

 衣服に水がまとわりつき、身体が重く感じたがゴルゴタの動きは鈍らなかった。


「それで本気かよ!」


 ゴルゴタがメギドに十分に接近し、拳を振りぬくがメギドは後ろに避けてかわす。

 下顎を狙って蹴り上げた蹴りもメギドには当たらなった。一回転したゴルゴタは左手でメギドの顔を狙うが手で受け止められる。

 掴まれた左手を軸に横に一回転し、そのままメギドに蹴りを入れようとするが、メギドは飛び上がって回避した。

 メギドは自身が回転して飛び上がっている最中に氷の魔法を発動し、ゴルゴタの身体についた水を凍らせて動きを封じた。


「げぇっ! 冷たっ!」


 身体を氷漬けにされて動けなくなっているゴルゴタの首に向かって、容赦なくメギドは水でできた剣を振りぬいた。


「ちょっと待って! 兄ちゃ――――」


 バシャン!


 水の剣はゴルゴタの首に当たり、形もなく崩れ去った。

 ゴルゴタの首には叩きつけられた水の痕がついた。これが本物の刃であったなら首が落ちていただろう。


「1回死んだな」


 ゴルゴタはニヤッと笑った。

 全身の氷を自身が生成した炎によって焼き払い、一瞬にして自由を得る。

 一瞬油断していたメギドの脚を払ってバランスを崩させ、身体を押し倒し首に自身の鋭い爪を突き立てた。


「兄ちゃんも1回死んだ」


 ゴルゴタから滴った水はメギドの顔に落ちた。

 嬉しそうに笑っているゴルゴタを見て、メギドは顔をしかめる。


「引き分けですかな、お坊ちゃま方」


 センジュからそう言われ、鬱陶しそうにメギドはゴルゴタを押しのけた。


「はははははは、兄ちゃんも水浸しー」


 濡れているゴルゴタが大きかぶさったことによって、メギドの服も濡れてしまった。

 ゴルゴタは魔法で水を集め、メギドに向かってぶっかけて更にメギドを水浸しにする。


「はははははっ……兄ちゃん……ひでぇ顔! ははははっ」


 笑っているゴルゴタに対してメギドも大きな水を生成してかけ返す。


「やったな兄ちゃん! このやろう!」


 笑いながらゴルゴタはメギドに水をかけ続ける。

 メギドは「たまには付き合ってやるか」と負けじとゴルゴタに向かって水をかけた。

 じゃれ合っている2人を見ながら、センジュとクロザリルは穏やかに会話をする。


「ほっほっほ、お2人とも元気でいらっしゃいますね、クロザリル様。流石クロザリル様のお子様でございます」

「本当ね。男の子だからわんぱくで私の手に負えないわ。いつもありがとう、センジュ」

「いえいえ、この老体にできることであればなんなりと」


 しばらく水をかけ合っていたが、水の掛け合いに疲れたメギドが先に降参した。


「もう疲れた。やめろゴルゴタ」

「もう終わりぃ?」


 メギドは自分の肌や衣服に付着していた水を魔法で分離させて自身を一瞬で乾かした。


「えー、兄ちゃんもう1回」

「1回だけと言っただろう」

「いいじゃん。兄ちゃん! もう1回! 今度は魔法なしの体術だけ!」

「はぁ……また今度な。私は疲れた」

「もう疲れたのか? 兄ちゃん、ほんとキョジャクタイシツだな」

「やかましい」


 ボサボサの髪のままクロザリルの元へと戻り、メギドは頭を下げた。


「申し訳ございません、母上、庭の芝を荒らしてしまいました」


 2人が好き放題した為、庭の芝はところどころがめくれあがっていたり、燃えてなくなっていたり、抉れてしまっていたりして荒れていた。


「いいのよ。芝生よりもメギドとゴルゴタの成長の方が大切だもの。髪の毛がボサボサね。さ、汚れちゃったからお風呂に入ってきなさい。ゴルゴタも」

「俺はまだセンジュと遊ぶからいいよ。次は剣で勝負な!」


 立てかけてあった木の棒を手に取って、ゴルゴタは飛び跳ねながらセンジュにせがむ。


「ほっほっほっほ……ゴルゴタお坊ちゃまは本当に元気であらせられる……」

「センジュ、早くー!」

「かしこまりました。お手柔らかにお願いします」


 センジュは疲労の色を滲ませながらもゴルゴタの要望に応える。

 それを横目にメギドは風呂に向かおうとゴルゴタに背中を向けた。しかし、ゴルゴタに呼び止められる。


「兄ちゃーん!」

「……なんだ? もう私はやらないぞ」


 メギドは呆れた顔でゴルゴタの方に振り返った。


「じゃあ明日またやろうな」


 ゴルゴタは振り返ったメギドに対して、眩しいほどの笑顔を向けた。


「な、兄ちゃん」


 その笑顔は何の邪気もなく、狂ってもいない、純粋な子供の笑顔であった。


 母がいて、執事がいて、弟がいる――――。

 その当たり前が崩れることになるとは、この時のメギドは微塵も思ってはいなかった。



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