第22話 魔王様を追尾してください。▼




【タカシ】


 メギドが出て行ってから俺はなんとか食事を済ませ、再び手を洗ってみるがやはり右手の接着剤は取れない。

 ずっと俺の手はキツネさんポーズのままだ。


「んー……とれねぇ……どうしたらいいんだ……」


 石鹸で洗おうが、お湯で洗おうが、タワシで洗おうが『強力接着☆トレナイ君』は取れなかった。

 洗いすぎて指が痛くなってきたので、俺は手を洗うのは止めた。


「はぁ……」

「タカシお兄ちゃん、ぴょんぴょん」


 メルが手の形をウサギにして笑顔を俺に向けてくる。俺もまだ濡れている右手をメルのウサギに向ける。


「……コンコン」

「そんな暗い顔しないでほしいぴょん」

「ありがとうな、メル……ほんとメルに救われるよ……コン」

「ねぇ、それってキツネなんでしょ? キツネってさ“ひゃぁあああ”みたいな鳴き声だよね。なんで“コンコン”なの?」


 メルの頭の上でレインがキツネの声真似をしてみせた。聞きようによっては女性の叫び声のような鳴き声だ。

 ずっとキツネは「コンコン」だと思っていたので、その奇声のような鳴き声に驚く。


「え? そうなの? コンコンじゃないの?」

「そうだよ。それに、ウサギもなんで“ぴょんぴょん”なの? 全然鳴き声じゃないじゃん」

「えー、だって昔からキツネさんは“コンコン”でウサギさんは“ぴょんぴょん”ですよ?」

「ふーん。人間って変わってるね」


 俺たちがそんなどうでもいい話をしていると、宿の扉が開いて両手に紙袋を持った中年男性が入ってきた。


「よいしょっと……あぁ、あんた。魔王様の家来の人かい?」

「あぁ、そう……なのか? まぁ、そうとも言えなくもない」


 自分で「家来です」と申告すると、やけに悔しく感じる。メギドに屈したようで俺は笑顔が引きった。


「これこれ、この町の特産品の飴細工ね」


 中年男性はドサリと目の前に紙袋を置いた。紙袋の中からは砂糖を焦がしたような甘い匂いがしてくる。


「え? あ、どうも」

「魔王様がここに届けてくれって言ったからさ」

「メギドが?」

「そうそう。国王をひっぱたいてくれてありがとうって言っといたよ! はっはっは!」


 豪快に笑いながら、俺の肩をバシバシと叩いてくる。痛い。


「まぁ、俺も正直スッとした。ほんと、人間と魔族の全面戦争になるかと思ったよ。王様同士で真剣なんか出してきてさ」

「本当だよな。魔王様の懐が広くて助かったよ。じゃ、魔王様によろしくな」

「分かった」


 中年男性が出て行った後、俺たちは紙袋の中を覗き込んだ。

 そこには色とりどりの飴細工の花が咲き乱れていて、甘くて美味しそうな匂いが充満している。

 ひとつ取り出して光に当てると、光を反射してその花の造形は輝いて見えた。


「わぁ、綺麗ですねー! これ、飴なんですか?」

「すごいなぁ、食べるのがもったいない」

「これ飴なの? 凄い!」


 メルとレインは飴細工に夢中になっていたが、ふと佐藤の方を見たらやはり浮かない顔をしていた。

 俺は飴細工を1本取り出し、浮かない顔をしている佐藤に渡す。


「ほら、食えよ。そんな顔すんなって」

「すみません……なんか、考えこんじゃって。飴細工、綺麗ですね」

「メギドが帰ってくるまでに、俺たちで情報の整理しておこうぜ。その方が話が早く進むだろ?」

「そうですね。そうしましょう」

「けどな、それはこの飴食って元気出してからだ」


 俺がそう言うと、佐藤は優しい笑顔で微笑んだ。

 滅多に笑っているところが見られないが、笑うと元々の端整な顔立ちが際立って、可愛いという印象を受ける。


「……そうですね。でも、魔王様に許可なく勝手に食べたら怒られませんか? 魔王様宛の飴細工だと思うんですけど」

「マジ?」


 俺は輝いている飴細工を見つめた。

 食べたい気持ちが強かったが、人のものを勝手に食べるのは悪いと思い、思いとどまる。


「これ、食べちゃダメですか?」


 メルは残念そうに飴細工と俺の顔を交互に見つめた。


「うーん。メギドが帰ってくるまで待とうぜ。一応メギド宛てに来たものだからな。本人に確認しないで食べたら怒られそうだし」

「えー、駄目なの? 確認してきてよ」


 レインはすぐにでも食べたいようだ。というよりも、花びら1枚程度は既にかじってしまっていた。


「それだけの為だけに行ったら、めちゃくちゃ怒られない?」

「むしろ“気の利かない奴だ”って怒られるんじゃない?」

「俺、何してても怒られるじゃん」


 手に持っていた飴細工を紙袋の中に渋々戻す。


「しかし、突然現れた妖精族と出て行くなんて、何かあったのかな?」

「そんなに気になるなら、こっそり後つけて行ったら?」

「え? すぐバレるってそんなの」

「結構あの魔王は世間知らずっぽいし、国王兵に不意を突かれて襲撃されるかもよ」

「確かに……まだ国王側と完全に和解したわけじゃないですし、国王側の指示で闇討ちに遭うかも……」


 言われてみれば、確かにその可能性もあるかもしれない。

 国王がどうなったのかは分からないが、国王を支持する者も一定数はいるはずだ。メギドに不信感のある者もいるだろう。


「そうだよな……俺、メギドの後つけてってみるわ」

「何かあった時のために昨日もらった『縛りの数珠』持ってったら?」

「分かった! ちょっと行ってくるわ!」


 俺は一度部屋に戻って『縛りの数珠』を持ち、メギドを追いかける為に宿の外に走った。

 慌ただしく俺が出ていった後、レインは「やれやれ」と首を左右に振る。


「あいつってほんと単純だよね。魔王にからかわれる訳も分かるよ。バレたら今度は何されるかな?」

「真っ直ぐでいいじゃないですか。なかなかあんなに真っ直ぐなれませんよ」

「バカっていうか、愚直っていうか」

「でもタカシお兄ちゃん、良い人ですよ」


 その会話は、もう宿から出ていた俺には聞こえなかった。


 俺が外に出ると、飴細工を持ってきてくれた中年男性が他の町民と立ち話をしていたので、メギドの向かった方向を聞くことにした。


「よぉ、さっきは飴細工ありがとうな」

「良いってことよ。どうしたぃ、兄ちゃん?」

「あのさ、メギドってどっち行った?」

「魔王様ならあっちの林の方に妖精族を連れて向かって行ったよ」

「そっか、ありがとな!」


 指さされた方向の林に向かって俺は走った。

 特に町の中で争ったような様子はない。騒いでいる人もおらず、それについては一安心だ。


 ――あいつ、魔王だとか言ってるけど、世間知らずの箱入り坊ちゃんだからな


 町はそれほど広くはなく、すぐに郊外の林の入口に到着した。林の中は明るく、道なき道が続いている。

 林の中に入ってからは俺は走るのをやめ、歩き出した。後をつけるのに派手に走っていたらメギドにはすぐに気づかれてしまう。

 なるべく落ちている枝を踏んで音を立てないように、警戒しながら俺は歩いた。


 ――飛び出してきちまったけど、メギドはどこにいるんだろ?


 俺が周囲を見渡していると、林の奥から何やら爆発音のようなものが複数聞こえてきた。

 何の音なのか分からないが、なんだか嫌な予感がする。


「花火……の音とかじゃないよな……」


 音のする方向へと俺が向かうと、ピンク色の羽をした大きな蝶が飛んでいるのが見えた。あれはメギドと一緒に出て行った妖精族だ。

 見つかるとまずいと思い、咄嗟に俺は木の影に隠れた。

 妖精族は何か黒い籠のようなものを持っていて、飛ぶのもおぼつかない様子だ。周りの木々にぶつかりながらも懸命に羽を羽ばたかせていたが、ついに力なく墜落してしまう。


 ――なんだ……? なんかあったのか?


 俺は周りを見渡しながら妖精族の方へとかけよった。

 妖精族は黒い籠を抱きかかえるように倒れており、その籠の中には妖精族の子供が入っていた。


「大丈夫か?」


 よく見れば妖精族の身にまとっている羽衣は血がついて赤く染まっている。


「お、おい。どうしたんだ?」

「人間……っ……つぅ……」

「痛いのか? どうした? なんで怪我してるんだ? メギドは?」

「…………うぅっ……」


 痛みで返事ができないのか、うずくまってうめき声を上げている。


「ちょっと、その服脱がせるぞ」


 俺は妖精族の羽衣を脱がし、身体の傷を確認した。彼女の腹部には一部裂けている部分があり、そこから出血している様だった。

 俺の着ている服を少し破いて、妖精族の腹部に服の切れ端を巻いて止血を試みる。だが、医療の知識のない俺にはそれが正しいのかどうかは解らなかった。


「メギドはあっちにいるのか?」

「……はい……」

「ちょっと待ってろ。動くなよ」


 妖精族が指さした方向に、俺は走った。爆発音がした方向に向かうが、もうその音はしなかった。

 暫くすると、メギドらしき背中が見えた。

 もう尾行をするとかそういうことはどうでもいい。この事態を確認しなければならない。

 敵の襲撃があったのか?

 それともあれはメギドがやったのか?


「おーい! メギド! 何があったんだ!?」


 俺が走ってメギドに近づくにつれて、もう1人誰かがいるのが見えた。


 ――……あいつは……!


 その人物が誰なのか分かったと同時に、突然俺の前に炎の壁が立ち上った。



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