第65話 エルフの願い

「美味いな……」


「ほんとね。とってもいい香り」


 俺とティナはアルノルトが出してくれた紅茶を飲んでいる。

 紅茶なんて飲む習慣はなかったが、これは明らかに良いものだと俺でも分かる。


「ふふ、これは私がこの辺りで栽培した茶でね。私なりに品種改良を繰り返したものだ。発酵させる時にも魔力をうまい具合に込めてやると、この香りが出るんだ」


 アルノルトも自分でいれた紅茶を飲んで、満足そうにしている。


「私はこの森に来て、とても満足している。時々狩りをしたり、趣味の茶葉を育てたり、余計な事に煩わされない静かな暮らしがね。キミ達が私の生活を乱す者ではないことを切に願うよ」


『まぁ、そんなわけはないだろうけどね』そんな言葉を言外に含めたように憂いた目をして、アルノルトは話を切り出す。


 う~ん、これは、難敵か……

 えぇぃ、おずおずと何もせずに帰るわけにもいくまい!


「単刀直入に言う。俺達の仲間に加わってくれないか?俺達はダンジョンを人間達から守るために戦力を必要としている。あんたほどの魔族は生きていくのも大変なはずだ。ダンジョンの配下に加わってもらえれば、魔力の補給に頭を悩ます必要はなくなるぞ」


 アルノルトは手に持っていたティーカップを静かに置き、じっとこちらを見る。

 そして、再び口を開く。


「さっきも言ったとおり、私は静かに一人で暮らしたいのだ。申し訳ないが、巻き込まないでくれ」


 くっ、やはりか……だが、そう簡単にはひかないぞ!


「別に常にダンジョンにいろなんて言うつもりはない。こちらが困った時に手を貸してくれるだけでいい。好きな時にダンジョンに来てもらえれば魔力の補給はできる。フリーのAランク魔族のあんたには大きなメリットのはずだ。違うか?」


 俺が追撃すると、アルノルトは首につけていたネックレスを取り外して見せる。


「魔力に関しては問題ないんだ。これは自然界に存在する魔力を集める魔道具でね。これがあれば、ダンジョンコアから魔力の補給を受けなくても、生きていられる。ただし、ある程度魔力の濃度が濃いところでないと私ほど燃費の悪い者になるとダメでね。この森を見つけたときには安堵したものだ」


「そんな魔道具があったのね……」


 確かにそれがあれば、ダンジョンに依存することなく、魔族が生きていける。高ランクの魔族からすれば垂涎モノだな。

 そして、ダンジョンの配下になる最大のメリットが打ち消されてしまったわけだ……。


「もちろん、これはやれないぞ」


 アルノルトは物欲しそうな目で見るティナの視線を遮るように、再びネックレスを身に着け、服の中へと隠してしまう。


「欲しければ自分で頼むんだな。もっとも作ってくれるかは分からないが」


「……そんな魔道具を作れるやつがいるのか?」


「ん?まだ会ってないのか?ドノバンはここより森の出口に近い方にいるはずだが」


「ドノバン?」


「あぁ、あいつもフリーの魔族でね。魔道具作りに命をかけてるドワーフさ」


「ドワーフって、やっぱりAランクの魔族じゃない……」


 なんなんだ、この森は?

 自然界に発生する限界はBランクの魔族だぞ。それより上は突然変異的に発生するものだ。それがなんでこうもたくさんいる!?


「ちなみにドノバンをダンジョンに誘っても無駄だと思うぞ。あいつは魔道具作り以外に一切興味がない。この森にダンジョンが出来た、なんて言えばむしろ魔道具の材料にするためにダンジョンコアを狙いかねない」


 ……そりゃダメそうだな。魔族やダンジョンコアを魔道具の材料としてみなすなんて、人間と変わらないじゃないか。


「一応、聞いておくが、そのドノバンの居場所は知らないのか?」


「固定の拠点を持たずに転々としてたからな。ここ十年ほどは会ってないし、今は分からんな」



 ダンジョンの仲間には加わってもらえないとしても、魔道具を作ってくれるかもしれないと思えば、会ってみたいとは思う。……戦力は十分に固めたうえで。


「当然だが、そのドノバンも……」


「同じ魔道具を持ってるな」


 そりゃそうだよな。自分で作れるんだもんな。


「……あんたは一人の生活に拘ってるようだが、ダンジョンの何がイヤなんだ?俺の仲間におかしなやつはいない。そんなに悪いもんじゃないと思うぞ」


「そうよ。カイン兄は人使い荒いし、ケチ臭いし、Sランクのくせにちっとも強くないけど、ダンジョンの生活は楽しいわよ?」


 ……ティナ、それはフォローしたつもりか?


「それにダンジョンはこないだCランクになったのよ?実質的に配下の魔族も700体とかいるし、人間も何度も追っ払ってるんだから!」


「ん?何度も人間を追い払ってるのか?」


「えぇ、そうよ!」


「Cランクになったばかりなのに?」


「そう、スゴイでしょ!」


「……スゴイな。よく生き延びてこれたな」


 ん?なんだ?『スゴイ』のニュアンスがなんだか違う気がするぞ。

 こちらの反応を察したアルノルトが少し困った様子で、話し出す。


「普通、Cランクになるくらいまでは大した魔族も創れないし、そうそう人間には見つからないもんだろう。たま~に頭の悪いマスターがロクにランクアップもしてない状態で人間の町を攻める、なんて話も聞くが、そうでない限りはCランクくらいまで人間とは接触しないもんだ。それなのにこれまで何度も人間を相手にしてるってことは……」


「いや、違うぞ。俺達だって、最初は人間に見つからないようにランクアップしようとしてたんだ。だが、本当に運悪く人間に見つかってしまって、仕方なく、迎撃する形になっているだけだ」


 決して頭の悪いマスターじゃない!

 とゆーか、俺が最初に考えた無敗のダンジョン作戦は一般的な方法だったのか……。


「それはなんというか、運が悪かったのか、良かったのか」


 可哀想なものを見るようにこちらを見てくる。

 やめてくれ。その苦しい時期をなんとか乗り切ったんだからいいじゃないか。

 しかし、アルノルトは詳しいな。


「そういや、さっき、あんたは『この森に来て』と言ったか?あんたはこの森で生まれたんじゃないのか?」


「あぁ、そうだね。この森に来たのは50年ほど前になるかな?」


「それは……50年前にどこかのダンジョンから出てきたということか?」


「……まぁそういうことだね」


 それでか。


「さっきの質問への答えだが、私はもう魔力の管理に関わりたくないのだ」

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