第62話 【ルーベン】魔獣を討伐……

「できるわよ!」


「無理」


「できるってば!」


「お姉ちゃんは大人しくシスターしてて」


 私の目の前で、イルミアとアメリアが言い争っている。なんと、無謀にも冒険者になったシスターがイルミアの姉だったとは。魔道具なしで魔獣を倒しに行ったようで、ボロボロだ。よく死ななかったものだ。森の奥へは行かなかったのだろうが、五体満足なのは奇跡に近い。


「二人とも、そこまでにしなさい。まずは町に入らないと門が閉められない」


 しぶしぶといった様子でアメリアが歩き始め、イルミアと私が続く。


「悪かったな」


「いえ、むしろ無事に帰って来てくれてホッとしました」


 門番が苦笑している。


「イルミア、今日のところは休むことにしよう。こちらの準備もある。明後日に役場の方へ来てくれ。魔族討伐に向けて作戦を練ろう」


「わかった。明日は深緑の森を下見する」


 そう言うとイルミアは教えた宿の方へと歩いていく。


「ちょっと待ちなさいよ、イルミア!久しぶりなんだから、話聞かせなさいよ!!」


 そう言いながらアメリアはイルミアについていく。

 しかし、似てない姉妹だな。いや、外見は似ているのだが。二人とも長い金髪に細めの体。まだあどけなさは残るものの二人とも美人といえるだろう。だが、性格・雰囲気が違い過ぎる……。


 いや、そんなことはどうでもいいか。

 明後日、イルミアを迎えて魔族討伐に向けた作戦会議を開くのだ。明日は領都での話をみんなにして、魔木の扱いについても話さなければならない。急いで、作戦の方針だけでも考えねば。

 魔族を討伐するために……


 ……いいのだろうか?


 魔族は討伐すべきなのだろうか?


 領都で研究者の話を聞いた後、私は領都にある図書館で魔族や魔獣について調べた。本当ならあの研究者に聞いてしまいたかったのだが、なぜか、私に冷たく、とても話をきけるような雰囲気ではなかったのだ。

 自力で調べたところ、魔獣は基本的には彼らのテリトリーを侵さない限り、向こうから襲ってくることはあまりないらしい。なんでも、人間には魔力がないために食う気にならないのだとか。ただし、その例外がダンジョンの魔獣だ。ダンジョンの魔獣は魔族の下、積極的に人間を襲うこともあるようだ。本によっては、「魔族こそが諸悪の根源だ」といった記載もあった。


 だが、もしかするとそれも違うのでは?彼らにとっては人間を襲って得などないのだから、あくまでも自衛のためにやっているだけなのではないか?人間にとっては、魔獣はぜひとも狩りたい対象だ。ダンジョンだって、コアをとる場合もあるだろう。魔族からしてみると、何もしていないのに仲間が狩られ、せっかく災害を防ぐために創ったダンジョンも壊されようとしているのだ。そりゃ、人間を襲いたくもなるだろう。


 だとすると、悪いのは果たして魔族達なのだろうか?

 よほど人間の方が悪者なのではないか?


 ……


 いや、違う。今は魔族を討伐する方法を考えていたのだ。余計なことを考えている場合ではない。


 そんなことを考えながら、歩いているうちに、私は自分の家に着く。


 もういい。また明日にして、今日は寝てしまおう。

 長旅で疲れた体を休める。ということを言い訳にして、私は考えることを止めてしまった。



 ◇◇◇◇◇◇


 すでにヴェールの町に帰ってきてから、2日経ってしまった。

 私は自分の中で折り合いがつけられないまま、魔族討伐に向けた会議の場にいる。


「やはり、短期集中。一気に攻め込み、魔族を討ち取ろう」


 そこでは、イルミアが中心となり、冒険者ギルトのライリーや何人かの冒険者を交え、話し合いが進められていた。といっても、ほとんどイルミアとライリーで話がされ、他はそれを聞いているだけだ。


「あの森は広すぎる。徐々にこちらの制圧地域を広げていくのは無理がある」


「そうだな。それに、どうせ魔族を討ったあとは、森から撤退するんだ。森の中に拠点を作るのは無駄だろう」


「Cランク以上の冒険者を招集し、一気にダンジョンへと攻め込む。こちらはダンジョンコアに手を出す意思はないけど、向こうからしたら、そんなことは分からない。ダンジョンコアに近づけば魔族が出てくるはず」


「Cランク以上っつっても、アンタを除けば、この町にいる冒険者はCランクが最高ランクだけどな」


 ライリーが面白くなさそうに言う。


「何人くらい集まる?」


「そうだな。魔族の相手をしなきゃならんからな。依頼を受けるのは半分くらいか?」


「……別に相手をするのは、私でいい」


「そうは言っても、遭遇する可能性は十分にあるだろう。ダンジョンがどれだけの広さなのか分からんが、どう考えてもフィールド型だ。アンタが都合よくダンジョンコアに近づけるとも限らんだろう」


 ダンジョンには様々なタイプがある。城のような形のものや、洞窟のように下へと降りていく形のものなど。深緑のダンジョンはこの森の一部をダンジョンとした平面的なものと考えられる。ライリーはこれをフィールド型と呼んでいる。フィールド型の場合、多数で攻め込みやすいという利点はあるものの、「奥」という観点がないため、コアがどこにあるか分かりづらい。一般には中心部ということになるだろうが、この深緑の森はあまりに広い。コアがどこにあるかはなかなか見当がつかないだろう。


「……看板があるって聞いたけど?」


「確かに前はあったな。でも、最近になってなくなったようだ。そもそもそんなもん信じてどうする?」


「そうね。というより、なんで、なくなったのかしら?」


「それを言うなら、なんで看板なんか設置したのか、だ」


 その後も我々を置き去りにして、喧々諤々と二人で話を進めていく。

 この会議は朝方から始められたが、もう夜になろうとしていた。


「よし、これでいいだろう」


「じゃ、第一波は10日後ね。ちゃんと冒険者集めといて」


「おう。任せろ」


 魔族の討伐はその居場所を特定するためにも、何回かに分けて行わざるを得ないという結論となった。もちろんうまくかち合えば討伐に乗り出すが、遠征を繰り返し、居場所をある程度特定した後に最大勢力でもって一気につぶす、という作戦だ。


「町長、これでいいな?」


「……」


「町長!!」


「ッ!あぁ、いいでしょう。よろしく頼みます」


「……」


 そうして、会議は終了し、解散となった。


「町長、大丈夫か?」


 残っていたライリーが声をかけてくる。

 彼はどうやら、私の様子がおかしいことに気づき、私に代わってイルミアと今日の会議を積極的に進めてくれたようだ。


「……あぁ大丈夫だ」


 大丈夫なのか?このまま魔族の討伐に踏み切っていいのか?

 正直、未だに私は悩んでいた。


 なぜ、人間は魔族と敵対するのだ?

 魔石が欲しいからだ。魔石なしではもはや我々の生活は成り立たない。

 それは私も理解している。

 仕方ないのだ。

 人間は魔族を討伐しなくてはならない。

 宿命なのだ。


 ……そう思いたかった。

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