第47話 【ルーベン】再起をかけて

 私は、ヴェールの町の町長をしている。

 もう冒険者を引退して5年になる。歳を重ねるに従って、力の衰えを感じ、引退を決断した。だが、領主のバーナード様にこの町を任された時には久々にワクワクとしたものだ。


「(また、挑戦できる)」


 と。

 もちろん冒険者とは形が違うものの、ダンジョンの開発のためにゼロから町を作りあげるのだ。これほど大掛かりなチャレンジに冒険者を引退した自分が関われるとはなんという僥倖。

 必ずや、この町づくり、成功させてみせよう!


 そう意気込んでいた。

 最初のうちはうまくいっていた。

 家屋を建て、防壁を作り、セレンの町からの移住者を募った。


 だが、あの日、大量のゴブリンに襲われることで、それらが一気に瓦解した。

 幸いにして、多少の軽傷者はいたものの、住人の被害はほぼなかった。

 被害にあったのは、せっかく作った家や防壁だ。そのほとんどが焼け落ちてしまった。


 そして、なによりも大きかったのが魔道具だ。

 住人が身につけていたものは除き、その多くが失われてしまった。

 魔獣は魔石を狙うものではあるが、それにしても、キレイに魔道具が取られてしまった。


 まったく憎々しい。

 魔獣も生きるためとはいえ、ゴブリンごときに出し抜かれるとは!

 あの獣人に捕まっていなければ、根こそぎ魔石にしてやったものを!!


 襲撃があった翌日、住人を集めて今後について話をすることとしていた。


「ルーベンさん、早く領都から冒険者を呼び寄せた方がいい。今いる冒険者じゃあの魔獣達には対抗できない」


 今、ヴェールの町にいる冒険者の中で最も力のあるダニールから声が上がる。


「そうだな。町の住人については常に募ってはいるが、いつになるか分からん。ギルドに依頼して町の防衛のために冒険者を呼ぼう」


 場合によっては、依頼を受けてこの町までくれば、その冒険者がそのまま定着してくれることもあるかもしれない。一時的な臨時出費ではあるが、防衛は必須だし、悪いことばかりでもないだろう。

 だが……


「トムソン」


「はいぃっ」


 少し怯えたように農家のトムソンがこちらを向く。

 トムソンはこの町の農地を拡げるための指導役として来ている。危険のある場所にもかかわらず、家族ごと来て、ヴェールの町づくりを手伝ってくれる希少な存在だ。それだけに、だ。


「一旦、おまえたちはセレンの町に避難しなさい」


「!?」


 驚いた顔をするトムソン。


「今の町の状況では、決してお前達を守ってやれるとは言い難い。もう少し町の態勢が整うまで待っていてはくれないだろうか?」


 トムソンがなんとも悔しそうに口を噛みしめ、少し考えた後に口を開く。


「大変ありがたい言葉ですが、ドノバンさん達もいるじゃないですか。私どもだけ魔獣から逃げるなど考えられません!!」


 なんとも嬉しい言葉だ。あれだけのことがあったにも関わらず、前向きな姿勢を貫いている。

 しかも、それはトムソンだけじゃない。この場にいる誰もが目に光を宿し、決して引かぬという強い意思を感じさせる。それだけ、みな、この町の重要性を理解している。


「オレはお前らとはちげーからな。ゴブリンごとき相手にもならん」


 そうなのだ。同じく冒険者でないドノバンは決して弱くない。

 というより、トムソンだって、彼一人であれば、避難しろ、などとは言わなかっただろう。

 私が気にしているのはその家族なのだ。


「今回の襲撃を見るに、相手はちったー頭が回るようだ。戦えない女・子どもは逃げといた方がいい。……まぁ念の為、ってくれーだが」


 ???

 ドノバンの最後の言葉に引っかかりつつも、私はトムソンの方を見る。

 周りもみな、温かい目でトムソンを見ている。ここでトムソンが避難するといっても、誰も悪く言うやつはいないだろう。


 そこで、トムソンは覚悟を決めたような顔をして、家族に向き直る。


「おまえたち、悪いが、しばらくセレンの町にいてくれ!私はこの町に残る!」


 ……そうきたか。

 確かにそれなら、私がトムソンを手放す理由もない。


「え~パパ、一緒にいないの?大丈夫だよ。また危なくなっても、緑の人が助けてくれるよ!」


 緑の人?

 トムソンの子どものミリーちゃんは誰のことを指しているのだろう?緑の服着たやつなんかいたか?


「町長、実は……」


 ダニールが昨晩あったことを説明してくれる。

 ゴブリンが人間の女の子を助けただと!?

 なんとも信じがたい。そんなことがあるのだろうか……。


「俺も自分の目が信じられなかったくらいですが、確かに……」


 そこまでダニールが言うのだ。事実なのだろう。

 そんなことをしている間に、トムソンがミリーちゃんと奥さんを説得する。

 結局、トムソンは一人、この町に残り、奥さんとミリーちゃんはセレンの町に行くようだ。


「町長、これならいいですよね!」


 ニコリと笑い、許可を求めてくるトムソン。


「仕方ない……。いや、ありがとう。トムソン。奥さん達も協力してくれてありがとう」


 さて、それで、これからのヴェールの町の防衛だが……


「町長、領都から派遣されてきた方がいらっしゃいました!」


「おぉ!ちょうどいいところに!」


 以前から頼んでいたが、やっと来たか。

 これで魔獣対策は概ねどうにかなるだろう。

 次来たときに驚くあの獣人の顔が楽しみだ。


「ルーベン町長、エリック様よりご依頼を受けて、こちらの者をお届けに参りました」


 やってきた者の一人がうやうやしく頭を下げる。


「私、ヨハンと申します。今後、領都とこのヴェールの町の間で商いをやらせていただくことになりましたので、どうぞお見知りおきを」


 ほぅ、まだ開拓が始まったばかり、しかもダンジョンのすぐ隣にある町との交易に手をつけるとは。そんなものにでも手を出さなければやっていけないほど落ちぶれたものなのか、それとも先見の明のある優れた商人なのか……。

 まぁ、それは良い。商人というならば、頼んでおこう。


「そうか。よろしく頼む。さっそくで悪いのだが、魔力探知の魔道具を工面してくれ」


「魔力探知ですか?冒険者用ということでよろしければ、在庫がございますが?」


「いや、拠点防衛用のだ」


「……広範囲の探知が可能なものとなるとそれなりの値段と魔石を要しますが?」


「構わない。極力いいものを早くくれ。金に糸目はつけない。ここまで来るような商人なのだ、期待しているぞ」


「かしこまりました」


 そう簡単に手に入るものでもないはずだが。随分簡単に請け負ったな。それが分からないわけでもなさそうだったが。

 まぁいい。どう考えてもこの町には必要だ。あのダンジョンマスターとやりあう以上は。

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