第10話 その欠点が、失策を招く
しかし幾ら些か和やかな空気になったからといって、話すべき内容は変わらない。
必然的に現実と向き合わねばならず、それはクラウンにとって厳しい現実を突きつけられる事に他ならなかった。
セシリアが彼に話して聞かせた『これから』とは、残りの彼の失態を含めて一通りの把握を済ませ、その上で今後どうすべきかを考えるという事である。
そしてそこには当然、先日のお茶会での失態が含まれる。
噂が噂を呼び『王族案件』になりかねない事象を抱えた状態でクラウンが犯したミスは、いくつか存在ある。
「侯爵からの申し出である和解『劇』を私が断った事は?」
「ちゃんと分かった」
「では、その理由は?」
セシリアのその言葉に、彼はグッと押し黙った。
視線を下げ言葉を探すそぶりを見せるが、一向に言葉が出てこないところを見ると良く分かっていないのだろう。
(おそらく怒りのせいで、そこまで考える気にならなかったんだろう)
そんな風に頭の端で考えながら、セシリアは彼に教えてやる。
「あの時の侯爵の案は、貴方と私の二人に他貴族達の前で和解『劇』をさせる事。互いの家の関係性が良好な事を周りに示す事を目的とした物でした」
侯爵は確かにオルトガン伯爵家から謝罪を受け取ってもらえたが、裏で和解がなったところで既に立ってしまった噂を打ち消す事はできない。
互いの家の関係修復をいち早く周りに示す為の手段として、和解『劇』が必要だったのだ。
しかし。
「あの時の貴方は、明らかに頭に血が上っていました。そうでなくても私たちがターゲットにする相手は他貴族の大人達。私は『無理だ』と判断したのです」
子供が騙すには高いハードルだというのに、社交スキルがまるで無さそうな子供が、しかも頭に血が上っている状態で相手にするには難しすぎる相手だった。
あの時点で、彼に対する情報が満足に足りているとは言い違い。
しかし侯爵の案が実現不可能だと分かるくらいには、クラウンの力量不足は露呈していた。
「だから私は和解『劇』を拒否しました。しかし貴方は、それを強行しました。まぁ大方、お父様に厳命されての行動だったのでしょうが」
セシリアがそう言うと、彼は視線を地面に落とした。
そんな彼を見て、セシリアは思う。
(本当に、分かりやすい)
正直というか、素直というか。
しかし彼のこの率直さは。
(きっと知らないのだ。感情の隠し方、取り繕い方を)
その必要性が無かった。
そう言った方が、もしかしたら正しいかもしれない。
当初の彼の横柄さや彼の侯爵家子息という地位を考えれば、その辺の事情を察するのも比較的容易だ。
そんな性質は、一方では美点とも言えるだろう。
彼の言動には、以前も今も嘘がない。
少なくともセシリアの目には、そう見える。
しかし。
(社交には、圧倒的に向かない)
そう言わざるを得ない。
そしてその率直さが、彼の失策を招いた。
此処まで考えて、セシリアは一度彼を盗み見た。
そして一瞬、言うべきかどうか逡巡する。
しかし彼の今までの言動から感じた、彼の現状への前向きさを思い返して「今の彼なら多分大丈夫」と思い至る。
だからセシリアは、ゆっくりと口を開いた。
「貴方が強行した和解『劇』、それは結果的に侯爵家にとっての最悪に発展しています」
「『最悪』……?」
クラウンの顔色が変わった。
それもその筈、セシリアは今までクラウンに状況の説明をしてきたが、その中でたった一度も『最悪』という言葉を使った事はなかったのだ。
今まで以上に説明された以上の何かがあると思えば、そういう顔にもなるだろう。
しかしそれでも、クラウンは自身の現状を知る事を拒絶するような素振りは無かった。
(彼の率直さの美徳は、きっとこういうところだ)
知りたい。
知らねばならない。
そう思ったら、真っ直ぐにそれに向き合える。
それはもしかしたら、環境が作った彼の傲慢さ邪魔をして書き消えていた彼本来の性質なのかもしれない。
そう思いながら、セシリアは彼の望む現実を突きつける。
「侯爵の強行は、つまる所が周りから『我が家側からの要請で和解が成立した』と見えるように演出する事。しかしその強行策は、結果的には逆効果となりました」
そこまで言うと、セシリアはクラウンを見据えてこう尋ねた。
「あの件の後からではないですか? クラウン様が周りの変化に気が付いたのは」
その声に、クラウンは思わず目を見張った。
そしてコクリとゆっくりと、深く頷く。
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