第19話 マリーシアの『やらかし』 ーとある計画と未来予測編ー ★
後日、王城にガルガンゼント・デーラ伯爵がやってきた。
王に謁見を求めての事である。
その求めに応じた王は、謁見の間で例のお菓子と「付け合わせに」という事でとあるナシのワインを献上された。
それを受け取った王は、大いに喜んだ。
それこそ、その場で封を開ける程の喜びようだったらしい。
そうして開けた包の中に入っていたのは、梨を使った飾りっ気の無いケーキだ。
その『素朴な味』が領内人気の品であり、王自らが取り寄せたものでもある。
しかしそれを見た王は「なんだ、これか」と落胆の声を溢した。
それは、ガルガンゼントにとってはあまりに想定外の反応だった。
内心では酷く焦ったが、まさかこの場で騒ぎ立てるわけにも、王に理由を詰問するわけにもいかない。
すると、そんな彼に、王が言う。
「もうよい、下がれ」
王からすれば、期待したのに期待外れだったのだ。
そして今回の謁見の申請理由は「献上品の持参」だった。
期待から落胆の谷に突き落とされ、謁見の理由も終わったのだからもう彼に用はない。
低い声でそう指示されて、ガルガンゼントは思わず出そうになった「ちょっと待ってください」という言葉を喉元ギリギリで抑えた。
王の言葉に逆らえば、場合によっては『不敬罪』で斬首もあり得る。
ガルガンゼントは、人知れず奥歯をギリッと噛みしめながら、結局王に言われるがままこの場を辞する事になったのである。
こうして彼は小細工をするあまり、本題の『計画』実行をする機会を失ってしまった。
『計画』の正体。
それは「手柄を上げ、侯爵に陞爵する事」だった。
手柄というのは、領内の収益を領内生産物のみで上げる事である。
そして上がった収益の一部を国に献上する事で、領地を発展させ収益を上げた手腕と国への貢献を称えられて陞爵する。
そういう手筈だった。
しかし最初から「陸爵について」という理由で謁見が叶うはずが無い。
だからガルガンゼントは献上品を理由に謁見を申し出て、ついでにそれでご機嫌伺いをし、その上で王に収益増加の報告をしようと考えた。
結局それは失策に終わった。
しかし謁見の場からすぐに追い返されてしまう結果になったにも関わらず、それでも彼はあまり痛く感じてはいなかった。
準備は万端なのだ。
そして『計画』はあくまでも行動に移せなかっただけで、別に頓挫した訳ではない。
仕切り直せばいつでも『計画』は実行できる。
そう思っていたのだ。
しかしその思惑さえも、すぐに塵と消える。
彼がその場を辞した後、機嫌の悪いままの王がケーキと一緒に献上されたナシのワインの味見をした。
その際にふと、こう溢したのだ。
「ラベルには最高級の『金色梨』を使用していると書かれていたが……本当に金色梨が入っているのか?」
彼はこの国の王だ。
最高級の『金色梨』だって口にする機会がある。
だからこそ気が付いた、小さな違和感。
「それにしては、少し雑味が多い気がする」
ワインとして食した事はない。
だから必ずしもこの違和感が的を射ているとは限らない。
しかしそれでも、王が発した違和感だ。
「すぐにお調べいたします」
宰相のこの一声により、王都の文官が調査に動くことになった。
とある事実が判明する。
この製品に使われているのは、『金色梨』ではなかった。
使われていたのは、もっと単価の安い別の梨。
それは即ち、明確な『食品偽造』だったという事である。
領を代表する、最高級名産品『金色梨』を騙った商品。
そのペナルティーは、偽造元の商会のみならず『監督不行き届き』として、デーラ伯爵家にも罰金という形で課せられた。
お陰でガルガンゼントは折角陞爵の為に貯めていた献上金を全て罰金として、国に召し上げられた。
加えて偽造元の商会が潰れたのだが、そこは『金色梨』以外にも様々な種類のナシのワインを製造していた。
その売り上げが担っていた領収益の3分の1が来年度から見込めなくなり、更には王に献上した『梨のケーキ』も領外での収益が見込めなくなるところまで人気が低迷した。
それもその筈、「王がそのケーキを『地味だ』と称した」という噂が巷に流れたのだ。
結局『梨のケーキ』は領民が楽しむ素朴なお菓子として、今後は細々と領民に愛されていく事になる。
結局デーラ伯爵領の次年度収益は、ナシのワインの件も含めて前年度の半分にまで下がった。
そして罰金と領内事業の補填金により、デーラ伯爵は陞爵出来る程集まっていた収益を全て食い潰してしまった。
それはまごう事なき『計画の頓挫』だった。
因みにガルガンゼントは、マリーシアの話を聞いたすぐ後に、王城内の伝手を使ってある程度の情報の裏取りはしていた。
そして王宮に届けられた献上品の中から「デーラ伯爵領の『梨のケーキ』」を見つけ事実確認を終えると、すぐにその業者に連絡を取り、ケーキを取り寄せた。
その記録自体は事実である。
実は王は、国民が食べているお菓子自身で取り寄せて食べる事を、ひそかな楽しみにしていた。
『梨のケーキ』も、そのうちの一つだったのだ。
実際、その味は良かった。
しかし見た目があまりに素朴過ぎたため、『もっと豪奢なものにしろ』と王が再度注文を出し、アレンジを加えさせたのである。
その結果、『梨のケーキ』は取り扱い商会から白い粉砂糖や金箔を扱う商会を経由し、その後チョコレート細工職人が手を加え、最後に飴細工職人が仕上げをする事となった。
そうして豪奢に盛りつけられたものが、再び献上品として王城に届けられ、王はそれに賞賛を与えた。
『梨のケーキ』には、そういう経緯があった。
しかしガルガンゼントはそれに気付かず、アレンジ前の物を王に献上してしまった。
彼がもっと入念に、時間を掛けて調査をしていれば、そんな事実も分かっただろう。
何故なら誰も、その経緯を隠そうなどとはしていなかったのだから。
しかし彼は功を焦るばかりに調査の精密さを欠き、結果として『計画』を実行する期を逸し、そして自滅した。
その事実を知ったマリーシアは、ただ一言「そうですか」と呟いた。
彼女は彼の『計画』の事も。
デーラ伯爵領の収益が昨今急激に上がってきている事も。
その理由についても。
そしてワインの偽造についても。
その全てを知っていた。
その上で伯爵の娘を見てマリーシアは伯爵に仕掛ける事を決めた。
事前に父越しに仕入れていた伯爵の性格、そして彼の置かれている状況から行動パターンをシミュレーションすれば、彼が辿るだろう筋道を導き出す事は容易だった。
王が自領のケーキを好んでいると知れば、おそらく彼はそれを足がかりにするだろう。
そしてケーキの付け合わせに、自領の最高級ワインを一緒に持参する。
もしも彼がケーキについてきちんと調査していれば一旦はその場で話が通るかもしれない。
しかしどちらにしろ、ワインを味見した王はそれに『黄金梨』が使われていない事を言い当て、そこから偽造が判明する。
そうばれば陸爵の話も消えるだろう。
結局全ては、マリーシアが行ったその『未来予測』通りになったと言っていいだろう。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413976932715
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