ちなみにビランは動きたくない

第188話 ウザ教員ビランは「ちなみに」と何回言うのか

 俺の名はビラン。

 授業の前にはチョークを持つ指と手首の柔軟をする男。




 ぶっちゃけ俺の本職は冒険者なのだが、最近は高等部の教師という役も板についてきた。自分の順応性の高さが怖い。


 順応性と言えば、俺はの王子なので、冒険者の暮らしも教職員の暮らしも似つかわしくないはずなんだが、すっかり順応している。この適応能力が低いと冒険者として生きていけなかったので自分に感謝だ。


 俺が王子であることは仲間内にも言っていない。家を飛び出して家名を捨てた身だし、信を置く仲間にわざわざ正体を言って地位マウントを取る必要もないだろう。


 俺がなぜ王子をやめたのか。


 理由はたくさんあるが、実の兄弟から殺されそうになる生活が嫌だったというのがデカい。


 あんなしょぼい国でもドロドロした権力争いは物心ついた頃から行われていた。


 国を捨てた決定打は俺が寝ている時にナイフで刺殺されそうになった時だな。


その犯人は、弟に脅されたメイドのスーザンだった。未遂に終わったが彼女は捕らえられる前に何度も俺に「申し訳ございません」と連呼しながら自殺してしまった。


 その後、残されたスーザンの家族や平然としている弟を見て、「こんなのやってられるか」と家を出たわけだ。


家を飛び出した当時の俺は、ほんとに世間知らずのボンボンだった。


「適当にどこかで働いて賃金を得ればいいや」くらいにしか考えていなかったが、庶民の働き口は基本的に縁故採用で、どこの馬の骨ともわからない貴族言葉のボンボンを雇ったりしないのだ。


 だから俺は冒険者になるしかなかった。


冒険者の人権なんてあってないようなもので、庶民の中でも「暗黙の最下級身分」だということは知っていたが、俺はそんな仕事しかできなかったわけだ。


 しかし、実際やってみると意外にこの稼業は俺に向いていた。


 俺は王子としてある程度の戦闘訓練を受けていたし、王家伝来の無属性魔力攻撃『オーラシューター』の免許皆伝でもある。だから最初から依頼料が高い戦闘系を受領することができたし、失敗なく依頼をこなせる幸運にも恵まれた。


 おかげで順当に等級は上がり、気がつけば熟練者の証である三等級冒険者になっていた。


 ―――そんな頃だったな。帝国のオータム男爵という稀人に見いだされて「アイドル冒険者」としてデビューすることになったのは。


 その時、同じグループのメンバーとして紹介されたのが、ガラバとアルダムだ。俺たちのグループ名は「一生誰にも言わずに墓場まで持っていこう」と全員で誓っている。これは俺が王子であること以上に口にしてはならないことだ。


 しかしアイドル冒険者としてデビューしたはいいが、俺たちはまったくの鳴かず飛ばずで人気は出なかった。まぁ、三人が三人ともアイドルというものが理解できていなかったし、やる気もなかったからなんだが。


 そんなこんなで売れなかった俺たちは、オータム男爵から見限られ、挙げ句「貴族の愛人になってこい」と枕営業を強いられた。つまり、オータム男爵の株を上げるために男娼になれということだ。


 そんなの冗談じゃないということで俺たちの意見は一致し、三人揃って逃げ出た。


 その後、男爵の報復を怖れて大陸中を転々としていた俺達は、なんだかんだあってルイードの親分のお世話になることになり、今はその依頼で連合国のレッドヘルム学院に来て「教職員役」を演じている。


 ここで冒頭に戻るが、「ぶっちゃけ俺の本職は冒険者なのだが、最近は高等部の教師という役も板についてきた」という話だ。


~。さっきの授業でわからないとこがあるっちゃ」

はどうして片方の前髪だけ長ぇんだ? オラわっかんねぇぞ?」


 どういうわけか俺は生徒からは「ちなみに先生」と呼ばれている。


 理由は俺が口癖のように「ちなみに」と言うからだと聞いたが、そんな口癖の自覚はないのでおかしな話だ。


「ち~な~みぃ~にぃ~、ちなみに先生はリーグに出る自信あるぅ~?」

「他の先生達より強いってホントですか、ちなみに先生!」


 強い教師?


 常識度外視理不尽冒険者のルイード親分はいないので、おそらく敵はいない。―――が、めんどくさいので、できるなら出場したくないというのが本音だ。


 このように、俺が担当している庶民クラスは真面目タイプから不良タイプまで、みんながみんなリーグ話で持ちきりだ。これほど流行っているのには明確な原因がある。


「一口たったの中銀貨一枚! さあさあ、何口でもいいよ!」


 このクラスをいつの間にか牛耳っているシルビスの姉御が「教員でリーグに出るのは誰だ!」という賭けを行っているのだ。(仲間なので俺は黙認しているが、他の教職員に見つかったらタダではすまないので用心してもらいたい)


「さあさあお立ち会い! 大穴狙いはいないのかな!? 一攫千金狙っていかないと賭けが成立しないわよ!」


 シルビスの姉御が堂々と下馬評を教室の壁に貼って、いそいそと集金している。ほんとに見つからないようにして欲しい。


 そういえば、今日は「誰がリーグ戦に出るのか職員会議で決める」とシャクティさんが朝礼で言っていたな。


 三等級冒険者の俺が選出されるのは当然、という空気が職員室には漂っていたが、本当にめんどくさいので出たくない。


「ちなみに先生がんばって」

「ちなみん、ふぁいとー」

「ちな公、あんたに賭けるぜ!」


 最近思うんだが、生徒たちは俺の名前を知らないんじゃないだろうか。シルビス姉御の下馬評にも「が最有力」とか書いてあるし、姉御ですら俺の名前を忘れている可能性が……。




 □□□□□




「ビラン先生を指名することに反対します! ちゃんと教職員の中で選抜をするべきです!」


 俺に指を突きつけてヒステリックに言うこの女教師は、気難しさがすべて顔に全て出ているタイプで、口うるさいので生徒からの評判は悪い。


 確か「歩く鋼鉄の処女アイアンメイデン」という不名誉なあだ名がついているが、彼女の本当の名前がアンメデンらしいから、そのあだ名が付けられてしまうのも納得だ。


「反対に賛成」


 俺だけが手を上げてヒス女に賛同するが、教職員たちは俺をスルーしている。


「みなさん! 臨時教員が我が校の代表職員だなんて、ありえないと思いませんか!! ここは信頼と実績のある熟練した教職員も交えて、ふさわしい方を選出すべきですわ!」


 、どういうわけかこの女教師は普段から俺を目の敵にしているので非常にめんどくさいのだが、今回は許したい。なぜなら、俺はこんなリーグには出たくないので、他の人が選ばれたほうがいいからだ。


 だが、副学院長のシャクティさんは俺で決定だ、という初案を崩さない。


「アンメデン先生はご存じないのかも知れませんが、最強教職員決定戦は純粋に腕っぷしを問われるリーグです。教員歴や雇用形態はまったく関係ありません。ですから毎年どこの学校も戦闘士や冒険者を臨時雇用して『教員』として送り出してきます」


 元々蛇人種ナーガの顔立ちは表情が読み取れないというのもあるが、シャクティさんは美人すぎるので輪をかけて読みにくい。だからこの人がどうして俺を推しているのかさっぱりわからない。


「それに、がリーグ戦で怪我をすると、その後の授業に差し支えますから」


 推している理由がわかった。ちゃんとしていない教職員の俺は、そこそこ強いから優勝も狙えるし、たとえ大怪我しても学校運営に差し支えがない、ということか。


「ですが! こんな人より、もっと強い方冒険者を雇ったほうが優勝確率が上が……」

「アンメデン先生、口を慎みなさい。ビラン先生に失礼ですよ」


 シャクティさんの冷たい一言でヒス女は黙るかと思ったが、さらにヒートアップしてきた。


「しかし! 伝統ある我がレッドヘルム学院の教職員代表が、最近採用された庶民の教師というのは、あまりにも保護者受けが悪いと考えます! 冒険者でなくとも戦うことができる貴族の教職員は他にもたくさんおりますのに!」

「アンメデン先生。あえて公には致しませんが、ビラン先生が確かなゴミ……いえ、ご身分であることを確認しています。ご心配なく」


 この蛇女、今ゴミって言わなかったか? てか俺の実家のことを知っているのか? いや……知ってるだろうなぁ。


 なんせシャクティさんは連合国の冒険者ギルド受付統括という立場が本業だ。ギルドの受付は冒険者のあらゆる情報を拾ってこれるので、俺を学院に入れる前に正体を調べておくなんて造作も無いことだろう。


「さらに、ビラン先生は三等級冒険者の資格もお持ちです」


 シャクティさんはとどめの一撃をくれた。


 三等級という言葉に職員室が「おー」という声で満たされたので、さすがのアンメデン先生も諦め―――なかった。


「やはり納得いきませんわ。立候補した教員同士で競技して、その結果で出場者を決めて頂けませんか!?」


 ほんとにしつこいな。俺はこの女に嫌われることをしただろうか。


「つまり、アンメデン先生が出場なさりたいと?」

「もちろん立候補します!」

「……他の先生方はいかがでしょう?」


 お。ヒス女の他にも二人が手を上げた。俺とは接点がなさすぎてよく知らない教職員たちだ。


「じゃあ俺は必要ないということで」

「そんなわけないでしょ」


 シャクティさんに睨まれた。怖いなぁ、この人……。


 ああ、めんどくさい。

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