第167話 ウザい歴史と超兵器(笑)説

 ―――闇の中に追いやられたレッドヘルムの一族が戻ってくる


 なんでも見透かしたような女教師の言葉に一抹の不安を抱いたビランは、その日の放課後にルイード一味に集まってもらった。肝心なルイードは所在不明だが、他の面々は律儀に来てくれたのでまずは安堵する。


「レッドヘルム一族について調べたい」


 事のあらましを伝えて依頼をかけたビランに反対意見はない。なんせ今ルイード一味がここにいる理由である「学院内のいざこざをどうにかする」という依頼に直結するのだから。


 調査結果はその夜には出た。


「アホみたいに早くないか。ちゃんと調べられたのか?」


 ビランに与えられた教職員用宿舎(一戸建て)に集まった面々に対して正直な感想を言う。半日もかからずに集められた情報は、常識としてビランも知っている事柄だろうと予見できたからだ。


「可能な限りは」


 そう言ったのが間者スパイのシーマだったのでビランは安心した。


「まずは連合国内では常識的な部分からすり合わせておこう」


 ―――嘗て、大陸西方にある土地の大部分を支配下に置いていたレッドヘルム一族。……といっても別に強い支配を強いていたわけでなく、それは真っ当な「領地運営」だったようで、支配圏の民衆からの支持も厚かった。


 ―――そればかりか周辺の弱小諸国との関係も良好だった。当時の周辺国は一族との貿易がなければ国としての体裁も整えられないほど困窮していたらしいが、おかけで豊かになった。


 ―――どこかの小国で災害が起きれば、レッドヘルムの救助隊が駆けつけ物資援助も無償で行った。


 ―――どこかの小国が【帝国】や【王国】から脅かされれば、レッドヘルムがその防波堤となって守った。


 ―――どこかの小国で内乱があれば、正当性を客観的な判断するためレッドヘルムが「裁判」を行い、それを諌めた。


 つまり、この一族は大陸西方の各国にとって「善良なる盟主」とも言える存在だった。


 しかし、その栄華は裏切りによって終わった。レッドヘルム一族のおかげで豊かになった周辺国家は、恩を仇で返すように一族相手に戦争を起こしたのだ。


「レッドヘルム一族は徹底抗戦するのかと思ったが、戦争が始まってすぐに和平への道に進んだ。つまり、抵抗しなかったのだ」


 シルビスは「レッドヘルムなんて物騒な名前なのに意外と腰抜けでございますのことね。私だったら反逆した国は全部すりつぶして王家は全員ケツから口まで串刺しにして街道に並べるでございますわ」と文句を言っていたが、「シルビスが君主じゃなくってよかった」とシーマは苦笑する。


「和平の実態は完全なるレッドヘルム一族への降伏勧告で、この連合国首都も元々はレッドヘルム一族の居城と城下町だった。この学院も和平の記念としてレッドヘルムの名を冠したのではなく、元々レッドヘルム一族の家だったという話だ」

「えー? 和平が成立したのに、レッドヘルム一族は土地を追われたってことかしらですわってばよ?」


 シルビスの文法が崩壊していてもシーマは気にしないことにした。


「そうだ。一族はすべてを接収されて姿を消した。その一族の子孫が何処にいるのかはようとして知れないから、一族郎党皆殺しにされた可能性もある」


 全員の喉がゴクリと鳴った。


「なぜ和平に舵を切って降伏勧告と迫害を受け入れたのかはわからない。もちろん歴史書を読んでも連合国に都合よく改ざんされているので当てにならない」


 ちなみにビランの出身国であるビー大公国は、レッドヘルム一族に反旗を翻さなかった周辺国の一つだ。


 ビランのご先祖様は「これまで様々な援助や協力を施してくれた友好的で善良な一族に取って変わろうとする不逞の輩に加担するわけにはいかない。我々はレッドヘルム一族に助力する」とかっこつけたのだ。


 しかしレッドヘルム一族が無抵抗で姿を消し、ビー家は勝者である反乱側……つまり現在の連合国から疎んじられて、今は貧困国だ。


 ―――闇の中に追いやられたレッドヘルムの一族が戻ってくる


 その言葉にアルダムは「まさか俺たちの敵は、国を奪われたレッドヘルム一族の怨霊たちかぁ?」と嫌そうな顔をした。


 血肉を持ち『生きている』魔物の類ならまだしも、不死系アンデッドの中でも実態がない亡霊系の魔物は、それ専門の冒険者じゃないと対応できないのだ。


「その女教師が言った言葉の意味は見当がつかない。怨霊なのか子孫なのか。なんにしても今の連合国に対抗できる戦力を持っている可能性は低い」

「おいおい。話の規模が大きすぎないか」


 ガラバが唸る。これは一介の冒険者がどうこうできる問題ではないという判断だ。


「ガキどもの上流と庶民の格差問題ですら頭が痛いってのに、亡国の亡霊相手に俺たちがどうこうできる話じゃないだろ。こいつは連合国が対処する国家規模の案件だと思うぞ?」

「いやガラバ。相手の規模によるぞ。一族に関係する少数の危険分子が学院を狙っている可能性もあるからな。なぜ狙うのかはわからないが」


 ふーむ、とガラバが黙り込むと、アルダムが挙手した。


「なあ、学院は元々レッドヘルムのモノだったんだろ? 実は誰も知らない超兵器が隠されていて、残党がそれを狙ってるとかいう説はどう?」


 全員が目をしかめる。


 シルビス「超兵器とかwww 想像力豊かでございますのことよろしwww」

 ガラバ「あーあ、学生になったら頭の中も学生並に……」

 ビラン「いい年して中二病に冒されたか」

 シーマ「夢見る童顔」


 アルダムを除いた全員が笑うが、実はアルダムの推測は然程外れていなかった。




 □□□□□




 翌日の庶民クラスにて。


 間者スパイの勘で引き続き調査しているシーマは欠席しているが、シルビスとアルダムはいつもどおり授業を受けている。


 ビランも普段どおり教員として働き、ガラバも用務員として学院内を駆けずり回っている。そしてルイードは所在不明だ。


「アルダム、アルダムー」

「なんすか姉御」

「あんたの言ってた学院に隠された超兵器(笑)、探しに行かない?」

「あのね姉御。巷で流行っている怖い物語だと、そうやって首を突っ込んでいく女は大体死ぬんですぜ。あとビッチとパリピといじめっ子も死にます。生き残るのは処女と童貞と虐められっ子って相場が決まってるんですよ」

「この超兵器ネタはあんたが言い出したんでしょうが! てか、見つけちゃったのよ、なんだか怪しい地下室への入り口!」

「地下室?」


 そのタイミングで、腕章をつけた男たちが庶民クラスに入ってきた。先日もやってきたジョージとかいう貴族とその取り巻き達だ。


「姉御、目立たないようにね」

「わかってるっちゅーの、ですことよ」


 慌ててエセ貴族言葉を使い始めたシルビスだが、もう遅かった。


「おい、そこの女」


 ジョージは明確にシルビスを指差した。


「いかがわしい胸をしているな。校則違反かどうか僕が調べてやろう」

「言いがかりも甚だしいな、こんガキャあ!」


 シルビスは大声を出して立ち上がった。


「どこの校則に胸の大きさで違反とか書いてあるのよ! っざけんじゃないわよ!」

「校則は最低限の決まりだ。僕たち一流生徒はその上にあるを決める。んー。貴様の態度と胸の大きさは秩序を乱している。教育的指導が必要だなぁ」


 ジョージとその取り巻きはニヤニヤしている。他の庶民生徒たちは巻き込まれないように視線を外し、静かに教室から出ていく者もいる。


「……はぁー!?」

「僕の言うことを聞くのなら、手心を加えてやってもいいぞ?」


 ジョージのニヤニヤが止まらない。


『こいつがレッドヘルム一族を追いやった立役者、シルバーファング一族の端っこも端っこの雑魚ね』


 シルビスは前夜にシーマから連合国に纏わる話を聞いているので、むかっ腹が立っていた。だから「てめこのぶっころ」と叫んでやろうと息を吸った。だがその時―――


「おい、おまえ、鼻毛出てんぞ」


 アルダムはジョージの鼻っ柱を掴んで思い切り引っ張っていた。

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