第154話 ウザ絡み一味は今日もウザい
~王国王都の東区冒険者ギルドにて~
「ヒャッハー! ここはクールなビランのおごりだから、みんな飲んでいよぉぉぉぉ!」
シルビスがテーブルの上に乗ってジョッキを掲げると、冒険者たちが「ひゅぅぅぅぅぅぅぅ!」と歓声を上げる。
勝手に名前を使われたビランは、普段なら「ふざけんな姉御」と詰め寄っていただろうが、今は違う。片顔を隠した前髪をかきあげながら「全然問題ない」と余裕だ。
熱血のガラバや
その御蔭で
「みんな聞いて! 私ちゃん、大活躍だったんだから!」
他の冒険者達にドヤ顔をかますシルビスは、あることないこと冒険譚を語り始めたが、みんなその胸しか見ていない。
そんな食堂側の様子を見ながらギルドの受付嬢たちは苦笑いを浮かべているし、二階の踊り場から睥睨している受付統括のエルフ種、カーリーはいつもどおり冷淡な鉄面皮だ。
世は事もなし。いつもどおりの冒険者ギルドの風景だ。
だが、そこに異質が紛れ込む。
ギルドの扉が開いて薄汚れた中年冒険者が入ってきた瞬間、喜色満面だった冒険者たちから音が消えた。
その男は、黒い巫女服を着込んだ貧相な少女に首枷を付け、四つん這いで歩かせながら鎖で引っ張っている。
この国では犯罪奴隷以外は認められていないし、犯罪奴隷は炭鉱労働など人目のつかないところで働かされているので、町中で奴隷を見ることなどはない。しかもそれがまだ幼い少女だとしたら、見た瞬間に善良な者たちは怒り心頭になるだろう。
「なんてことを」「ひでぇことしやがる」「最低だぜ」
そんな罵声を浴びせられながら、中年の冒険者はしおしおの葉巻をくわえた。
「あぁん?」
王朝から戻ってきたウザ絡みのルイードは、自分に向けられた冷たい眼差しに反抗するかのように辺りをガン付けた。
「なにやってんすか!?」
シルビスはテーブルから飛び降りてルイードのもとに駆け込む。
「奴隷!? このご時世に奴隷!? しかもこんなちっさな女の子を! もしかして性奴隷ですか! ヒロイン的な私を蔑ろにしといて、王朝でそんなの買ってきたんですか! 恥を知れ、ばかー!」
「奴隷もなにも、こいつはペットだ」
「さいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ルイードとしては間違ったことは何一つ言っていない。
この巫女少女は、ウザーラというピザ屋にやってきた天照大神の神使で、その正体は「鶏」であり人間ではない。というかこの世の存在ではない。
いろいろあって暗黒山脈麓の村で飲めや歌えやの乱痴気騒ぎを起こたこの「鶏」は、ルイードにしこたま怒られた後に、飼い主である天照大神から
そしてルイードとしては、鶏が逃げ出さないように手綱を握るのは当然だとすら思っている。彼からするとこれは少女ではなく「鶏」なのだ。
「なにやってんですかあんたぁ! すぐに開放しなさいよ!!」
シルビスが大きすぎる胸を左右にバインバイン振りながら抗議する。
「この国では奴隷は廃止されてるんですよ! こんな子供をこんな目に! ほんとに悪い人みたいに見えちゃうじゃないですか!」
シルビスが指摘する通り、冒険者ギルドでルイードの事を知らない冒険者達の視線はすべて侮蔑するものばかりだ。
「いやほんとにこいつは卵生むしか能がない雌鳥で……」
「最低!!」
「ちょっと待て。誤解がある。おいこら正体見せろ」
「いたいけなわしをこのおっさんは陵辱するんじゃ、助けてー(棒)」
神使の巫女少女が棒読みで言うと、シルビスは顔を真っ赤にして立派な角の先でルイードの脇腹を突いた。
「痛っ。ハリケーンミキサーはやめろ! 陵辱とかしねぇよ気持ち悪い! 誰が鶏とやるかよ!」
「さいてええええええ!!」
「お、おい、チンピラ! その子たちを離せ!」
見知らぬイケメン冒険者がルイードの後ろにいた。
「ああん?」
正義感溢れるイケメンは、女冒険者数人を引き連れたハーレムパーティで、キレイな装備品からしてまだ駆け出しだろう。
「女の子にそんな酷いことをするやつは許せないわ!」
「そうよおっさん!」
「言っとくけどうちのエージは【稀人】なんだからね!」
「尻尾を巻いて失せやがれ!」
取り巻きの女達が強気で吠えているが、エージと呼ばれたイケメンは顔を引きつらせている。
『おだて上げられて引くに引けなくなった稀人か。そんなに実戦経験もないくせに正義感で俺様に戦いを挑むってかぁ? ふむふむ、久しぶりだが分類Gってところだな』
ルイードはボサボサの前髪の中で目を細めた。この鶏の処分をどうしようか考えあぐねていたので、丁度いい押し付け先だと思えたのだ。
「何だテメェは。このルイード様に喧嘩売ろうってのか、ああん?」
エージはルイードの迫力に負けてイケメンをこわばらせている。それを見た取り巻きの女が助け船を出す。
「ねぇ! ここは冒険者ギルドでしょ! 職員さん、このチンピラを追い出してよ!」
だが受付嬢たちは微動だにしない。二階の踊り場にいる受付統括のカーリーも氷のような眼差しで睥睨しているだけだ。
『ったく。ギルドは冒険者同士の揉め事には感知しないのだということも知らない素人か。女どもはどうでもいいとして、このエージとかいうやつは度胸が足りねぇなぁ。成功体験がないってところか』
ルイードは刃をつぶしてあるショートソードを抜いた。神気全開の破壊神スサノオでもふっとばしたその剣は、その辺りで売っている既製品で紙一枚切り裂けないゴミのような剣だ。
「よく見りゃいい女連れてんじゃねぇかよぉ。へっへっへっ、俺様が夜もしっぽり楽しませてやっからこっちによこせば許してやるぜぇー(棒)」
シルビスが顔を手で覆って恥ずかしそうに「下手か」と零しているが気にしない。
「もし俺様に勝てたらこのガキをテメェに譲ってやんよー」
鎖を引っ張り上げて鶏の巫女少女を吊る。だが足が床についているのはちゃんと確認しているので窒息することはない。
「貴様! 女の子をモノのように!」
ここまできて、やっとエージは剣を抜いて攻撃してきた。
『刃が立ってねぇし、剣の技は素人以下。こんなんじゃ薪も割れねぇが、まぁ仕方ない』
剣を叩きつけられたルイードは大袈裟に転がって「いてぇよいてぇよ(棒)」と喚きながら鎖を手放し、ギルトから飛び出していった。
「弱っ」
「ううん。エージが強いのよ」
「女の子、大丈夫?」
「私達と一緒に来る?」
取り巻きの女達が鶏を救い、初めての戦闘に勝ったエージは目を輝かせて「俺にもできる」と自信を持った。
その様子をギルドの外から見たルイードは、傷一つない自分の身体をポンポンと叩くシルビスに微笑まれた。
「久しぶりのウザ絡みですね!」
「まぁ、な」
「ところでこの先にウザいけど美味しいお好み焼き屋さんがあるんですけど」
「わかったわかった。おごってやんよ」
「わーい。みんなも連れてきますね!」
今日もルイード一味は平和だった。
(第八章・完)
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