第109話 アモスのウザ恨みを晴らすべき時
「ありがとよ、カーリー」
「どういたしまして」
いつものようにギルドの裏手で密談するルイードとカーリー。
以前ここにはテーブルと椅子しかなかったが、今は日よけの大型パラソルが設置され、見栄え良く背の高い花壇が置かれて外界から二人をシャットアウトしてくれている。まるで王宮の庭園のようだ。
今日は珍しく受付嬢たちがメイドのように待機することもなく、ルイードとカーリーは二人きりだ。
「しかし『私の知り合いの知り合いの親戚の住んでいる近所にいるおじさんの息子さん』って、よく言えたな」
「あなたがそう言えと言ったからよ」
「適当に言っただけだが……。すまねぇな。オメェに嘘つかせちまって」
「それにしても不可解だわ」
「んあ?」
「どうしてあなたが店を買い取ったと直接言わないのかしら?」
実はカーリーが『私の知り合いの知り合いの親戚の住んでいる近所にいるおじさんの息子さんの店』と言ったのは、ルイードが私財を投じて購入した物件なのだ。
「弟子に店一件プレゼントだなんて噂が流れてみろ。俺様の所にどんどん人が来るだろうが」
「それでなくても最近あなたの周りには人が多いわね。ノーム種のシルビス。元アイドル冒険者の三人組と
「そんなめんどくせぇことするかよ。てか人が集まってるのも一時的なもんだ。いずれみんなどっかに行くさ」
「そうかしら」
「人間との付き合いなんてそんなもんさ。繋がっては切れ、切れては繋がる。永遠なんてものはねぇよ」
「わ、私との付き合いはどうなの」
カーリーは顔を真っ赤にしながら突然ぶっこんできた。
「ふぇ?」
思わず可愛らしい声が出てしまったルイードだが、カーリーが恥ずかしそうに明後日の方を向いているので言葉を濁すことにした。
「そ、そういやぁ、エチル王女たちの処分は決まったのか?」
「そ、そうね。元老院は次の会議でキャリング公爵とそのエチル王女を証人喚問するらしいわ」
「爵位降格と継承権剥奪ってところかぁ? しかしおかしな話だぜ。バカはバカでも公爵令嬢だった女が、まるで売女みてぇな格好して街を練り歩いてるんだからなぁ。あんなに派手なパンツ見せびらかして……」
「は? 見た?」
カーリーの鉄面皮に明らかな「怒り」が浮かんでいたので、ルイードはビクッとしながらも言葉を濁さなかった。
「ま、まぁ、そりゃ見たっていうか見えたって言うか……」
見てないなんて嘘をついたところでカーリーにはすぐ見抜かれるくらいの付き合いはあるし、そもそも嘘をついてごまかす必要がないと考えたルイードだったが、予想外の展開が待ち受けていた。
「……そんなに見たいの?」
「ふぇ?」
「あなたは女の下着を見たいのかと聞いているの」
「え、いや、そんな……いやそりゃ……見たいかって言われると見たくないわけではないけどっていうか、おいまてカーリー、なんでスカートをつまみ上げようとしてんだ」
「そんなに見たいのなら私が」
「「「ぬはぁぁぁぁ!!」」」
カーリーとルイードは別のところから湧いてきた声に眉を寄せた。
高く積まれた花壇の裏手で「だめ、耐えられない。尊すぎる」と何人かの受付嬢が鼻血を出していたが、数秒後に憤怒の形相になったカーリーに捕まり、こめかみに指の跡が着くくらい強烈なアイアンクロースラムを掛けられたのは言うまでもない。
■■■■■
「カーリーさんから借りた賃貸物件はここ……だよね?」
「な、なんですかここ。拷問部屋……」
アモスとチルベアはそれぞれが別の意味で青ざめている。
物件の入り口には真新しいカウンターがあり、広いフロアの中にはたくさんの器具が並んでいる。
それはアモスの前世の記憶では見知ったもので、ウエイトスタックやブレードロード、ランニングマシンやベンチ、ダンベル、バーベル……つまりここは「トレーニングジム」だ。それらの使い道がわからないチルベアからすると確かに拷問器具に見えないこともない。
「チルベア、これは拷問器具じゃなくて、僕のいた世界では『体を鍛える設備』だよ」
よく考えるとそれらの設備は一部が木製だったりするので、元の世界から持ってきたような代物ではない。あちらの知識を用いてこちらで製作したのだろう。
「きっと僕みたいな【稀人】が作ったんだと思うけど。それにしてもどうしてここに? まさかカーリーさんはここで鍛えてたのかな……」
筋トレするカーリーの姿を想像してアモスは少し納得した。噂では冒険者ギルドの受付統括は下手な冒険者より強いとか。
「アモス様、奥に広い更衣室とバスルームが! わわっ! トイレは流行の水洗式です!! やっぱりここは最近作られた建物ですよ! 新品です!」
この街に上下水道が整備されたのは最近で、水洗トイレが設置されている家はまだまだ少ない。
「二階も見てきますね!」
「うん。お願いするよ」
こんな広くて立派で新しい建物が、月にたった
───もちろんこの物件の本当の持ち主がルイードであるとか、そのルイードは王妃命令で税金を免除されているとか、そんな事は知る由もない。
「うーん。もう設備もあるし、服屋やるより、こっちの方が人気ありそうだなぁ」
アモスはここの設備をそのまま使ってフィットネスジムを開いたほうがいいなと考え直し、そんな事を考えてしまった自分に対して苦笑した。
異世界冒険モノ好きな陰キャだった自分が、まさか筋トレという縁遠い分野で商売をしようとは。
「まぁ、師匠に教えてもらったことをみんなに教えればいいんだから、きっと出来るよね」
ルイードがアモスにしたような特訓を世に広めれば、人智を超えた化け物が増産されることになるのだが、そこまで後先のことは考えていないアモスだった。
「あ、やっとみっけた。ってか何ここマジヤバイwwww」
けばけばしい化粧をした女達がずかずかと入ってくる。
「あ、すいません。まだ開店していないので……」
女達を追い返そうと試みたアモスは、その先頭に立つ女───アイラを見てゾッとした。
忘れようもないその女は、陰キャ女子高生だった生前のアモスをホームから突き飛ばした張本人なのだ。
『こいつも異世界に!? し、しかも見た目が一緒だなんて、転生じゃなくて転移してきたパターン!?』
アモスは動揺した。自分を殺した憎き相手がヘラヘラと仲間を引き連れて現れたのだ。
「えーと、あんたがアモス? ちっさwww」
「……僕になにか?」
「あー、ちょっと彼ピッピに頼まれちゃってさ。死ぬほどボコるけどごめん……ね!!」
アイラは隠し持っていた短い棍棒で、アモスの横顔を手加減抜きで殴りつけた。
「その彼氏ってどこのどなたでしょうか。こんなことをされたら僕も黙っていられないんですが」
その棍棒を軽く受け止めたアモスは、以前のおどおどした陰キャ女子高生ではなく、堂々とした伯爵子息としてアイラを睨みつけた。
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