第64話 ウザいやつらは情報過多である

「なにはともあれ、仕事なのでランザ様は潰させてもらいますよ。物理的に」


 仮面の魔法使いアラハ・ウィが手を上げると、それに呼応するように巨大な腕が動き出す。


 もしもこれの全身が人の形をしているとしたら、その身の丈は千メートルを超えるだろう。それほど巨大な腕がゆっくり降りてくる。いや……ゆっくりに見えるのはその巨大さ故で実際はとんでもないスピードで落ちているらしく、空気抵抗と摩擦熱で巨大な掌が真っ赤になっている。


 そんな巨大な落下物から逃げるすべなどない。なんせ、その掌だけで地平線近くまであるのだから。


 上から押し込まれる空気が圧力を以てあたりを押しつぶし、ランザの乗る馬車の幌も音を立ててひしゃげ、気絶した馬たちは一度目を開けたが絶望したように再び気絶した。


 スペイシー領軍とゴブリン軍も地面に押し倒され、中にはお互いに抱き合って恐怖から逃れようとしている人間とゴブリンもいる。


 そういった周りの状況をボサボサの髪の隙間から見て、ルイードは少し面白そうに口元に笑みを浮かべた。


「いいねぇ、悪くない。だが、オメェはとりあえず引っ込んどけや」


 ひゅいと短剣を片手で振る。なんのことはない横殴りの素振りだが、たったそれだけの動作が何を生じさせたのか……なぜか巨大な掌が裂け、痛がるようにして割れた空間の中に引っ込んでいった。


「あー、虚空斬でも皮一枚切っただけかぁ」


 掌を斬られた巨大な腕は完全に空間の中に引っ込んでしまい、割れていた空は元の姿を取り戻していく。


 その空中にポツンと仮面の魔法使いアラハ・ウィだけが残された。


「あなた、この世のことわりを無視しすぎですよ……」


 唇の端を吊り上げながら引きつった笑みを浮かべるアラハ・ウィは、ゆっくり地上に降下してルイードと対峙した。


「あぁ? 意外にマジメな事を言いやがるな」

「そこは世界のルールというものがあるでしょう? あなたはそのルールをガン無視して私を原子分解しましたよね!? 肉体を組成させるのに時間かかったんですよ!」

「勝てばいいんだよ、勝てば」

「それは私のような悪役が言うセリフですがねぇ」


 仮面の魔法使いアラハ・ウィは両手を上げた。「降参」と言いたいようだ。


「あなたに位階第七階層の黒魔法をぶつけた所で産毛一つ燃えないでしょうし、ここは白旗を挙げさせていただきますとも、えぇ」

「俺だって原子分解しても蘇ってくるやつをぶっ倒してもつまんねぇよ。てか、お前が存在するせいでいつまで経っても異世界から稀人が送り込まれてくるんだが? そうなると俺の仕事が終わらないんだが? 最近魔物が増えてきて面倒くさいんだが? また性懲りもなく魔物集めて人間たちに宣戦布告すんのかよ、

「いえいえ。一度原子分解されて蘇った今の私は魔王ですから」

「うわ、屁理屈ぅ~」


 まるで久しぶりに会った友達との会話を楽しんでいる二人だが、その近くにいるランザは会話の内容から頭が混乱していた。


『え、うちのお抱え魔法使いが元魔王!? それを倒したのがルイード!? 原子分解原子分解って、どうやったらそんなことができるんだ!? てかこいつらどうして和気あいあいと喋ってんだ!?!?』


 おろおろするランザを尻目にアラハ・ウィは両手をひらひらさせて敵意がないことをアピールしている。


「ランザ様を殺すようにとドヴァー様からのご命令でしたが、しくじってしまいましたねぇ(棒)」

「たった一人潰すのに大層なやつを呼び出しやがって……。てか、オメェが魔王じゃねぇっつーんなら、なんで魔物が増えてんだ? お?」

「私のせいではない、ということだけ」

「出たよ、匂わせ」

「くっくっくっ。今はちゃんと人間としてほら、貴族に仕えたりしていますからねぇ」

「人間があんなのを虚数空間から呼び出すなっつーの。人類が滅ぶだろうが」

「いやー、あなたがいたので、どうせならトコトンやってやろうかと」

「ふ~ん、まぁいいけどよ」


 よくねぇよ!!とランザが胸の内で絶叫する。


 二人の会話の内容は断片的にしか理解できないが、詳しく聞いたら世の中がひっくり返りそうな内容だと直感している。


「おい、分かってると思うが俺はこいつの護衛だ。まだ殺そうとするってんなら容赦しねーぞコラ」

「はいはいわかっておりますとも。、私は負けました。まーけーまーしーたー♪」


 アラハ・ウィは歌うように言うと、ヒラヒラと長いローブを閃かせる。するとその体は空間を割って埋もれてゆく。ここに現れたときと同じように、どこかに転移しようとしているのだ。


「最後に一つだけ。スペイシー家の次男は私が破れたときのことも考えて別の手を用意しています。お気をつけください」

「オメェ、それが分かっててさっさと手を引いたな?」

「それはそうですとも。せっかくですから遠くから楽しく拝見させていただきたいな、と。それではまたいずれ」


 水晶玉を手の上で転がしながら仮面の魔法使いは空間の中に消えていった。


 辺りに静寂が走る。


 この規模の戦いにしては負傷者は少ないが、ゴブリンが軍勢を率いて砦を攻めてきたという事実は動かない。近いうちに人間側は冷静になり、ゴブリン討伐を進めることだろう。


 だが、よくわからない巨大な手に襲われた人間とゴブリンの両軍は、今は命が助かったことを互いに喜び、肩を組んで喜び合っている。


「助かった! 助かったぞゴブリン!」

「ゴブ! ゴブ!」

「お前、顔は醜いけど俺をかばってくれた良いやつだよな!」

「ゴブ」

「魔物と握手なんて初めてだぜ」

「ゴブー」


 共通語を認識しながら自分から話すことはできないゴブリンたちと、ボディーランゲージを含めてコミュニケーションを成立させる兵士たち。誰一人として武器を向けあっていない平和な光景だ。


「なんでゴブリンとうちの領兵たちは仲良くなってんだ……」


 ランザが眉をひそめて辺りを見ている時、ルイードはボサボサの前髪をかきあげながら、砦周りのほのぼのした状況を見て微笑んだ。


「いいね、悪くない」


 その精悍で美しいとすら思えるイケメンシブオジフェイスを見た者はトゥンクと胸を打たれて思考を奪われる。だが、残念なことにその素顔を見ることができたのは、ランザと馬車を引く馬たちだけだった。




 ■■■■■




 両軍の戦いのドサクサに紛れて殺されるはずだったランザはピンピンしている。


 その一報を受けたドヴァーはこめかみに怒りの血管を浮かべた。


「アラハの術が敗れたというのか! くそっ、見掛け倒しの手品師風情が!」


 空間転移や遠見の術など、一介の魔術師にはその理知もわからない秘術を駆使するアラハ・ウィだが、ドヴァーにとって都合のいい結果を残せないのならただの役立たずだ。


「ランザは領内に入った。じきにこの館にも来てしまうぞ。ええい、アジーン兄はどうした!」


 側近たちは顔を見合わせている。


「貴様ら、兄から目を離したのか!?」

「い、いえ。所在は確認致しております」

「どこにいるのかと聞いている!」

「はっ。う、海の家でノーム種の少女を口説いておられました」

「ほう……」


 側近たちの予想とは違い、ドヴァーはここ最近で一番悪い顔で笑みを浮かべた。


「さすが長男。を見つけたか」






(第五章・完)

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