第62話 ウザい男は世界から見張られている
王国王妃。この国の実質的支配者である。
一応国王もいるのだが、彼は王位継承権を持つ公爵家の者ではなく王妃に見初められて婿入した身なので、実はなんの権限も持たずに後宮で隠匿生活をしている。だからこの「見守る者たちの会」に国王は参加していないし、そんな会合があることも知らされてはいないだろう。
その会合が行われているのは、王国、帝国、連合国のどこにも属していない山脈の最高峰「白髪の山」の頂上。そこに人知れず作られた砦の中だ。
この山は決して踏破出来ない標高ではないが、普通の人間ではこの砦に辿り着くことは至難の業である。まずどんな山より道が険しいことが挙げられるが、そんなことよりなにより、ここには危険な動植物が多すぎる。冒険者ギルドが指定する「一等級危険討伐対象」がうようよしている場所なのだ。
そんな最上級危険地帯であるこの地は、どの国家にも所属していない。「ここを支配しようとした国は滅びる」という言い伝えがあり、実際にそうなっているため、どこの国も自領に含めていない。
ここは暗黙のうちに出来た『聖域』なのだ。
その聖域の中にある世界で一番危険な砦に行くには、空間転移の超高等魔法を用いる。そうしなければ麓で魔物の餌になるだろう。
そこまでして集まる「見守る者たち」の面々は豪華絢爛である。
【王国】王妃
【帝国】帝王
【連合国】大統領
まずこの大陸の殆どの土地を占めている大国の三巨頭が、臣下にも知らせず集まって会合している時点で、これ以上のことはない。
だが、さらに円卓に並ぶ面々を知れば誰もが凍りつくだろう。
【青の一角獣】
【見えない爪】血盟の義賊のユーカ。
【サマトリア教会】の聖女シホ。
【魔術師ギルド】総帥のシュン。
……魔王を討伐せしめた救国の勇者たち。一人で一国の軍隊を上回る戦略級兵器とも呼べる彼らが一同に介しているのも珍しい。
彼らはあまりにも強すぎて制御不可能であるため、普段は離れて生活しているし、表舞台に立たないようにも気を配っているのだ。
円卓に並ぶのは他にも各国の天才や賢者などで、その中には【冒険者ギルド受付統括】の王国代表カーリーと帝国代表ドゥルガーも混ざっている。
これほどの面々がなにを見守るのか。答えは「ルイード」だ。
救国の勇者たちを育て上げたアークマスターであり、そんな勇者たちを置き去りにして単身で魔王をぶっ倒した常識外の化け物であり、今もこの世界にやって来る稀人たち管理監督をする男であり、ギルドでウザがられる新人教育係のルイード。
そんな化け物を国家権力で抑えることなどできないし、下手に刺激して敵に回したくもない。だがルイードが何処で何をやらかしているのか、その動向は確認しておきたい……それが「見守る者たちの会」の意図だ。
「王妃、緊急招集の内容を伺いましょうか」
神経質そうな細身の連合国大統領が尋ねると、王妃が口を開くより先に恰幅のいい帝王が口火を切った。
「その前に。先月ルイードが朕の帝都で随分と活躍してくれた。おかげで帝国貴族の中で暗殺や誹謗で幅を利かせていたオータムという稀人男爵を禍根なく捕らえることができた」
「その噂は連合国にも届いています。アイドル冒険者システムを構築したオータム男爵が不正で捕縛された、と」
「うむ。実はそれだけではない。ルイードはサンドロレートという古い神を祀る修道院を再建してくれた。多くの孤児たちが救われたことだろう。そういう子どもらを救えない帝国の不甲斐なさを、ルイードから物言わずして叱られた気分だ」
帝王はさらに「闇ギルドに所属していた名うての暗殺者たちが突如引退した」と続けた。
「帝国にこの人ありと言われた暗殺者のジョナサンも引退した。が、噂ではルイードの下について王国ギルドの厨房で働いているらしいな」
ちらりとギルド受付統括のカーリーを見る。
エルフ種のカーリーは「鉄面皮」と呼ばれるほど表情崩さないことで有名だが、さすがに「え」と驚いた顔をした。
確かに凄腕の料理長をルイードに紹介され、そのおかげで稀人が持ち込んだ異世界メニューを堪能しているが、まさかその
「今回のルイードの働きに礼を言わせてもらいたい。かたじけない王妃」
「私は何も」
王妃は苦笑する。彼女がルイードにそうしろと命じたわけではないので、その一件には無関係なのだ。
「して、王妃。此度の緊急招集の理由は?」
大統領に再び促された王妃は、やっと本題を口にした。
「王国では魔王討伐から今まで減少傾向にあった魔物絡みの被害が増えている。各国はいかに?」
「ふむ、帝国も増えていると聞いている」
「連合各国もそうですな」
国家元首たちは顔を見合わせる。
「各国の冒険者ギルドでも魔物討伐の依頼が増えていることを確認しております」
カーリーが言葉を添えると、ドゥルガー、そして連合国の冒険者ギルドで受付統括をしている美女も頷いた。
「まさか、魔王が蘇ったのか?」
参席している誰かが、誰もが脳裏に思い浮かべながらも口に出さなかった言葉を吐き出した。
「それはありえないと思いますけど……」
答えたのは聖女シホだ。
「ルイード様が魔王を殴って原子分解するのを私達は見てましたし……」
「あー、うん。私も見た。粉々っていうか、もう消滅っていうか。ちょっと魔王に同情しちゃったわ」
聖女シホに続いて戦士のアヤカがはにかみながら言う。その場で何も出来なかったことを恥じているのだ。
「一撃だったもんね……」
「あれは酷かった」
義賊のユーカと魔術師ギルド総帥のシュンも乾いた笑いを浮かべている。
「確かに魔王はルイードが倒した。だが、今の魔物の傾向からすると次の魔王が生まれたと考えるべきではないか?」
王妃が言うと帝王が首を傾げる。
「まさかとは思うが、魔王を倒したルイードは次の魔王ということになるのではなかろうな? 魔王を倒した者が次代の魔王になるような継承システムがあれば、だが……」
帝王はそう言いつつも「無論、そのような話は聞いたことがない」と自分で否定する。否定したいのは、世界最強の人間であるルイードが魔王になったら誰も勝てないという恐ろしい現実を見ないためだ。
「ルイード様でも魔王を倒しきれなかったということはありませんか? 現に今も稀人は現れ続けているのですから、魔王は死んでいなかったと見るのが妥当かと」
帝国のギルド受付統括ドゥルガーが大きな体に見合った大きな椅子の上で推察する。
「あのルイードが討ち漏らすことなど……いや、意外と抜けておるからな。ありえない話ではない」
王妃は眉間にシワを寄せた。
「して、今ルイード様はいずこに?」
連合国のギルド受付統括代表の美しい女性が尋ねる。
「奴は王国南の領地に行かせておる。家督争いで殺されそうになっている稀人の護衛といういつもの仕事だが……妙に胸騒ぎがする」
「王妃様の胸騒ぎ……」
見守る者たちの会に揃った一同は沈黙した。
王国王妃が女だてらに国家を引率できているのは、彼女が政治家として優秀だからというのは当然だが、その勘の鋭さにもある。彼女の有する「女の勘」は外れたことがないのだ。
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