第56話 ウザい護衛がヤバかった件

 私の名はニギヴ。


 自分で言うのもなんだが、巷では「王国にこの人あり」と謳われる伝説の殺し屋で【影踏みのニギヴ】という二つ名でも呼ばれている。


 ……まぁ勿論「ニギヴ」は偽名なのだが。


 さて。


 私はこの裏稼業で多くの実績を積んできた。


 北の帝国や南の王国でよくある依頼は「敵対貴族の暗殺」だが、西の連合国では商品価値を上下させるために風説の流布を行うことが多いし、東の王朝では斥候部隊として戦場に行くこともあった。


 自慢ではないが私は凄腕の暗殺者だ。おかげで闇ギルドを通じて指名依頼が多い。


 今回の依頼は南の海岸沿いを領地にしているスペンシー侯爵家からのものだった。


 そう。いつもの「敵対貴族の抹殺」だ。


 おおやけにはふせられているが、先日急逝きゅうせいしたスペンシー侯爵の後釜を殺して欲しいというものだ。


 理由を確認すると実に異例なことだが、襲爵するのはスペンシー侯爵の遺言で八男のランザらしく、それを不服に思った四男のチェトィリエが依頼してきたわけだ。


 ランザという男は素行が悪く、とっくに家から出された挙げ句にあちこちで諍いを起こす流浪者になっている。そんな男なら殺すのは簡単だ───と、その時は思っていた。


 私がランザを見つけた時は、都合よく冒険者ギルドで騒ぎを起こして衛兵に連れて行かれるところだった。


 普通なら衛兵詰所に投獄された相手では手が出せないと思うだろうが、私にとってはそうではない。むしろ人が少ない牢獄の方が殺しやすいと言える。


 だが、私は手が出せなかった。


 ランザに付いているあのチンピラ冒険者風の男───ルイードとは一体何者だ!?


 外見は小汚く、言動もただのチンピラ冒険者にしか見えない。それなのに尋常な相手ではないと私の本能が悲鳴を上げている。


 私は一度だけ魔王配下の魔族と戦ったことがある。あの時も圧倒的な能力差から走馬灯が見えたが、ルイードの存在感はその魔族の比ではない。どう例えればいいのかわからないが、率直に言うと「戦う前から自分の死が予感できる」というレベルだ。


 あんな化け物と戦って勝てる気は全くしない。だからランザが一人になるタイミングを狙おうとしたのだが、どういうわけかルイードはいつも、いつでも、どこででも……とにかくランザを殺すタイミングで現れて邪魔してくる。


 例えば、便所に向かったランザを追おうとすると「おおっと漏れる漏れる」とルイードが割り込んで私より先に便所に入っていく。本当に尿意を我慢していただけにあれは辛かった。


 例えば、安宿に泊まっているランザを殺すため、息を殺して天井裏に忍んでいたら、ルイードが「ネズミがいるみたいだぜぇ?」と短剣を天井板に突き刺してくる。あやうく腹を貫かれるところだった。


 例えば、食物に毒をまぶして殺そうとしても「あー、なんだそれ、腐ってないか? 取り替えてもらえよ」とルイードに促され、毒入りは残飯にされてしまった。


 他にも様々な邪魔をされたが、偶然そうなったのではなくルイードが私の行動を見抜いて妨害しているのだ。


 感想? とにかく「ウザい」だ。


 あれほど私の仕事を邪魔したやつはこの世にいない。今後も現れないと断言する。


 それでも私はプロだ。


 得意の変装をし、故郷に帰るランザと同じ乗合馬車に搭乗して暗殺する機会を伺った。勿論ルイードもいるが、長旅の中なら必ずチャンスが有るはずだと踏んでいた。


 殺しの道具も万全だ。西に生息しているキングエレファントを数秒で死に至らしめる猛毒を塗布した針を投げ、少しでも傷が入ればすべてが終わる。


 この針は大振りしなくても指先の微かな動きだけで投擲できる。もちろん私がそういう鍛錬を積んできたから可能なことだが、とにかくこの攻撃がバレるはずがないと思った。


 だが……すぐバレた。あのチンピラは私が放った針を容易く指先で掴み取ると、ウザったらしくにやりと笑ったのだ。


 ここまでされると、私が何をしても防がれてしまう絵しか見えない。ルイードは「戦ってはいけない相手」だ。


 だから奴が「全員てめぇの兄弟が送り込んだ殺し屋だ」とランザに告げた時、私はスパッと自白して白旗を上げた。


 ちなみにこの馬車にいる殺し屋は私だけではない。


 五男のピャーチに雇われた 【風切のシーラナ】と【風使いのトッド】、六男のシェースチに雇われた 【笑いハーピュレイ】という三人娘もいる。


 どいつもこいつも裏社会では知らぬ者のない名前だが、全員が白旗を上げた。どうやら私と同じようにルイードに邪魔され続け、心が折れたようだ。


 こうして我々殺し屋は、次の停留所がある宿場町で降ろされた。


 有り金はすべて巻き上げられたが、命を拾えたと思えば安いものだ。宿代がなくても寝泊まりだけならこの停留所ですればいい。


「ありゃ無理だよ」

「無理だね」


 親子のふりをしている殺し屋…… 【風切のシーラナ】と【風使いのトッド】は、停留所の椅子に腰を下ろして腹の底から絞り出すような声で言った。


「やつがいちゃ仕事になんないよ」

「あんなウザったい化け物が世の中にいるんだね。こわいこわい」


 完全に同意だが、正直この二人がそんな弱音を同業者の私に言うとは思ってもいなかった。


 私の知る限り、【風切のシーラナ】が使う投擲武器チャクラムは恐ろしい。その回転する輪っかのような刃は一撃で敵の首を落とし、そのままブーメランのようにシーラナの元に戻ってくる。正面切って戦えば私でも勝てる気がしない相手だ。


 そんなシーラナだけでも難敵だというのに、彼女は【風使いのトッド】という魔術師と手を組むことにより、さらに強くなっていた。


 トッドは幻術で見た目を子供のようにしているが、実はかなりの年齢でシーラナより上のはずだ。


 そんな老熟した風魔法の使い手は、風でシーラナの投擲武器に複雑な動きを与えたり、鋼鉄でも簡単に貫く勢いをつけることもできるらしい。


 とにかくこの二人に狙われたら、どんなに堅牢に守られていても必ず殺されると噂されていた。


 その二人と私が匙を投げた難しい仕事を、三人組の若く痩せた女…… 【笑いハーピュレイ】がこなせるはずもなかった。


「「「やっと震えが止まった」」」


 同時に同じ声色で喋る彼女たちも、裏社会では有名だ。


 三人は魔族と人間の私生児と言われており、その特徴は魔族に近い。


 私の情報によると、彼女たち三人は意識と記憶と思考を常に共有しているため「実質一人」という特殊な女だ。その三つの体は朝昼晩でそれぞれが稀人クラスの身体能力を発揮し、通りの名が示すとおり殺しながら笑うらしい。実にサイコパスな殺し屋だ。


 だが、そんな【笑いハーピュレイ】でも、朝昼晩とか関係なく馬車の中で終始震えてビクついていた。もちろんルイードを見て恐れおののいていたのだ。


 何が彼女たちをそこまで恐怖させるのかはわからないが、とにかく「この仕事は駄目だ。関われば死ぬ」と思えたらしい。


 こうして私こと【影踏みのニギヴ】、そして【風切のシーラナ】【風使いのトッド】【笑いハーピュレイ】は任務を放棄した。


 正直、肩の荷が下りた。


「命拾いしたな」


 何処からともなく聞いたことのある声がした。


 まさか今のは帝国最強の暗殺者……ジョナサンか?


 どういうことだ。どうしてあのジョナサンがここに? 命拾い? ルイードとなにか関係しているのか? わからない……わからない……自分の無知が恐ろしい……だが、世の中には知らなくていいこともあるはずだ。


 よし、寝よう。

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